悪戯の用意
普段通りの学校生活を送り、寄り道せずに帰路に着く。家に帰って来た僕は、真っ先にシャワーを浴びて気分をスッキリさせた。もう十月も終わるが、日中はまだ暑い。
別に潔癖症と言う訳ではないが、帰宅後に汗ばんだ身体で過ごすことに抵抗があったので家に帰った後はシャワーで身体を流すことにしている。さっぱりとした身体で自室に戻り、携帯を見る。
「おぉ……。」
僕は携帯の画面を見て、思わず声を上げた。僕は電子機器には疎く、携帯の画面は初期設定のままにしている。しかしこの日、僕の携帯は無数のキャンディで埋め尽くされていた。
「……なにこれ?」
画面を眺めつつそう呟くと、携帯の中に青髪を束ねた美少女が姿を現した。
『優、驚いていただけましたか?』
自称高性能アンドロイドであるコールは、画面の向こうはで得意気な表情を浮かべていた。
僕は携帯を持ったまま椅子に腰を下ろし、携帯を机の上に置いた。
「この画面は、コールの仕業?」
僕の質問に彼女は抑揚の無い声で、しかし誇らしげに答える。
『はい。ワタシ独自の判断で、画面を設定を変えさせていただきました。それで、驚いていただけましたか?』
「うん。とても驚いたよ。こんなことも出来るんだね。」
『えへん。ワタシは優秀なアンドロイドなのです。』
画面の向こうで、青髪の美少女は堂々と胸を張っている。キャンディは少し幼いかとも思ったが、彼女が推定三歳だと考えると、年相応の様にも見えてくる。
「ところで、今日はどういう趣向でキャンディを詰め込んだの?」
『え?』
僕が続けて質問すると、彼女は驚いた様に目を見開いた。
『優、もしかしてカレンダーを見ていないのですか?』
「いや……カレンダーは兎も角、日付くらいは毎日確認しているよ。でも、何かあったかな……。」
十月の二十七日。考えても何も思い浮かばない。
答え合わせを兼ねて、コールに質問を投げ掛けてみる。
「ねぇコール。今日、十月二十七日は何の日だったかな?」
『本日は読書の日、文字・活字文化のですが……。ワタシが言いたいのはそう言うことではありません。』
今日が文化的な日だと言うことは分かったが、彼女が求めている回答ではないらしい。
いよいよ分からずに頭を抱えていると、コールは呆れた表情で僕をじっと見つめてくる。
『最後に確認しますが、本当に分からないのですか?』
「ごめん。本当に分からないや……。」
僕がそう答えると、彼女の表情には驚きよりも憐みの色が強くなっていた。
コールは大きく溜息を吐くと、画面の向こうから抑揚の無い声を響かせた。
『優、四日後は何月の何日ですか?』
「四日後?えっと、十月の三十一……。」
そこまで行った所で、ようやく彼女の行動の意図が理解できた。
「あ、あぁ……そう言うことか……。」
納得して手を叩く僕に、コールは終始冷たい視線を向けている。
『ハロウィンがあるでしょう?今回の行動は、言わば悪戯の予行練習の様なものです。』
「そうか……。」
ようやく理解が追い付いた僕には、曖昧な言葉を呟くことしか出来なかった。
落ち着いた僕達は、改めて携帯の画面を隔てて向かい合う。
「今回、知らない内に携帯の画面をキャンディを覆いつくす悪戯をした訳だけどさ……。」
『はい。自分でもよく出来たものだと自負しております。』
誇らしげに胸を張るコールに対し、僕は小さな疑問を口にする。
「明々後日も、同じことをするのかな?」
僕の言葉に、彼女はふるふると首を横に振る。
『いえ。当日は、また違った趣向の悪戯をしようかと考えています。具体的には、SNSにアクセスして優の写真をばら撒くとか……。』
「それだけはやめておくれ。僕の将来に関わって来る。」
『そうですか。では、やめておきましょう。』
物わかりの良いアンドロイドで、取り敢えず安心した。
コールは指を唇に当て、首を傾げた。
『しかし、そうなると悪戯はどうしましょうか。携帯の画面を変える悪戯はもうやってしまいましたから……。』
僕も腕を組み、彼女と一緒に考える。
「そうだねぇ。いっそのこと、悪戯しないって言うのはどうだろう?」
『それはつまらないです……。』
コールは面白く無さそうに頬を膨らませる。可愛らしい仕草だが、悪戯はしたいらしい。
「それじゃあ、やっぱり携帯の画面をランダムに切り替えるとか……。」
『他に良い案も思い浮かびませんし、それで妥協しましょう。仕方がありません。』
彼女は残念そうな表情を浮かべていたが、僕は内心安堵していた。
コールはまだ幼いが、自作でゲームを作れるほど有能なアンドロイドである。やろうと思えば他人の携帯にアクセスする事だって可能だろう。なので、携帯の画面を変えるくらいの悪戯で済むならこれ以上のことは無い。
『ところで、優はハロウィンに何かの仮装をするのですか?』
「今のところ、その予定は無いかな。だから当日はお菓子を持参して配る側に回るつもりだよ。」
『そうですか。それは残念です。』
彼女は再び溜息を吐き、画面の中から姿を消した。
次の瞬間、画面いっぱいに埋まっていたキャンディは姿を消し、元の初期設定の画面に戻った。
『今日の所はこのくらいにしておきましょう。後は当日の楽しみにしておきます。』
コールは抑揚の無い声でそう言うと、無邪気な顔で笑い掛けてきた。




