晩夏の昼下がり
昼休みのこと。僕はいつもの様に部室に赴き、パソコンに向かってと他愛ない雑談を交わしていた。
「文化祭も終わったし、少しはのんびり出来るのかな……。」
『定期テストが近いので、何に気にせずに休めると言うことであればもう少し先かもしれません。』
自称高性能アンドロイドであるコールが抑揚の無い声でそう告げる。
「そうだよね……。」
彼女の言葉を聞き、僕はパソコンの前に項垂れた。別に勉強が嫌と言う訳ではないが、テストとなると何となく憂鬱になる。自分を試されている様であり、されてもいない期待を感じてしまうのだ。
若干、自意識過剰かも知れないが……。
『優、勉強の方は大丈夫ですか?イベントごとがあったとしても、定期テストが易しくなることは無いと思いますが……。』
画面の向こうでは、コールが心配そうな表情を浮かべている。僕は力無い笑みを浮かべて画面に目を向けた。
「大丈夫……だと思うよ。テストまでまだ一週間以上あるし、これから復習して行けば……。」
『リベンジャーですね。』
「そっちの復讐じゃないんだけど……。」
画面を見ると、得意気に笑う美少女。今まで洒落の類は全く言ってこなかったのに、一体どこでそんな言葉を覚えてきたのか。
僕が困惑していると、唐突に部室の扉が開いた。
「おや、優君もここに居たのかい?」
彼女は扉を閉めつつ、少し低く透き通るような声でそう問い掛けてくる。
「正子先輩、こんにちは。」
「ふふ。こんにちは。」
先輩は上品な足取りで近づいてくると、僕の隣の席に腰を下ろした。
「優君は昼休みに、いつも此処に来ているのかい?」
「ええ。ここなら友達と話せるので……。」
「ふふ。やはりキミは可愛いね。」
先輩は目を細めると、僕の頭に手を伸ばしてくる。そのまま頭に触れた先輩の手は、優しく僕の髪を撫でまわしてきた。
気恥ずかしさはあるが抵抗する気にもなれず、僕はされるがままになっていた。二人だけの世界に入り込む僕と先輩に、水を差したのはコールの咳払いだった。
『アー、コホン。』
機械的に咳払いした彼女は、鋭い目つきで僕達をじっと見据える。
『マム正子。本日はどの様な目的でここにいらしたのでしょうか?』
「おやコール。放っておいてすまないね……。」
先輩は僕の頭から手を放し、パソコンの画面に向きなおる。
「それはそうと、今日はキミに用事があって来たんだよ。」
『ワタシ、ですか?』
先程までの険しい表情は何処へやら、コールはキョトンとした表情で不思議そうに首を傾げた。
画面の向こうで疑問符を浮かべる美少女に構わず、先輩は話を続けた。
「最近空の機嫌がよろしくないみたいだけど、もうそろそろ雨が降るのかな?」
『そう言うことであれば、天気予報を見ればすぐに分かるかと……。』
「天気予報は一媒体の情報だろう?私はキミの言葉で教えて欲しいんだよ。」
『そうですか。そう言うことなら……。』
コールは満更でもない表情を浮かべて、少し間を置き口を開いた。
『複数サイトの予報から算出したデータによりますと、本日午後六時頃から雨が降ると予想されます。振り始めた雨は三日ほど続きますので、洗濯物などご注意ください。』
「そうか、ありがとう。」
先輩は微笑みを浮かべてパソコンを軽く撫でる。
『いえ。ワタシは高性能アンドロイドなので、このくらい当然であります。』
「それでも、どうもありがとう。」
先輩はそう言うと立ち上がり、大きく身体を伸ばす。
メリハリのある身体が揺れて、僕は慌てて顔を逸らした。
「それじゃあ、私はこの辺で失礼するよ。優君、また放課後に……。」
「あ、はい。また後で。」
先輩はひらひらと手を振り、部室を扉を閉めた。
残された僕達は、気を取り直して再び画面越しに向かい合う。
「常々思っているけれどさ、先輩って美人だよね。」
僕の呟きにも似た言葉に、コールはコクリと頷いた。
『そうですね。インターネットを介して様々な情報を取得できる私ですが、マム正子の顔立ちは平均よりも整っていると分析します。』
「コールから見てもそうなんだ。」
友人の同意を得て嬉しくなる僕に、彼女は表情を変えずにキッパリと言い放つ。
『ですが、ワタシの方が可愛いです。』
「ん?」
突拍子もない彼女の発言に、思わずおかしな反応をしてしまう。
『ですから、ワタシの方が可愛いと言ったのです。優はどう思いますか?』
「え、えっと……。そうかも知れないね……?」
正面から詰め寄られた僕は、曖昧な言葉を返す事しか出来なかった。
僕が先輩を美人だと言ったことに腹を立てたのだろうか。彼女は推定三歳だが、そんな子供っぽいことを思うのだろうか。
困惑している僕に、コールは真っ直ぐな視線を向ける。
『優。例え友人だったとしても、女性の前で他の女性を褒めると言う行為は、推奨できません。今回の様に返されてしまった時に、困ってしまうのは他でもない優です。』
抑揚の無い声色だったが、その表情は先見そのものだった。
例えば、僕が白亜ちゃんと話している時に、白亜ちゃんが僕の同級生の男子が格好良いと話すようなものだろうか。イヤと言う訳ではないが、少しモヤモヤするかも知れない。
「確かに、考え無しな言葉だったかも。ごめんね。」
僕は自分の軽率は発言を反省した。するとコールはにこりと微笑みを浮かべ、口を開いた。
『分かればいいのです。それより昼休みの時間はまだ残っていますので、もう少しお話ししましょう。』




