アウクスブルク帝国への招聘9
「ぐはっ……!?」
アルが血を吐いた。アルの身体は、目玉が集まって形勢された槍によって貫かれていた。幸い、急所は外れている。スピードを重視した為か、かなり無理があったのか、それほど長くも太くもないので、致命傷とはならなかった。もちろん貫かれた場所が心臓や頭なら今頃アルの命はなかっただろう。ただ言える事は、間違いなくアルは重傷だ。
「くっ……!?」
苦痛で呻くアル。アルがこんなに苦戦するのだなんて初めて見る。最大出力の魔法剣でも滅ぼす事ができないのだなんて……
アルの身体には、槍で貫かれた出血が多量に見て取ることができ、動くたびにポタポタと地面に血の滴を垂らしていた。
まずい……! 回復しないと!
私は勇気を出して、アルの傍にかけよろうとする。
「駄目だ、クリス、今の君では足手まといだ」
確かに、うかつに近づいても、いつ足がすくむかわからない。
しかし、アルの目は虚ろになっているし、身体はフラフラとし始めている。もう、限界だ。体力的にも、HP的にも、精神的にも……何もかもがアルの限界を示していた。
「アル、私の事はいいから、もう逃げて!」
私はアルと魔族の間に入り、アルをかばった。
「そうか。ならば、仲良く二人共死ぬがいい!」
「…………な?」
私の視界から、アルが消えた。重症を負っていた筈のアルは、ふっと、突然、何の兆もなく泡沫のように消えてしまった。
「しゅ、瞬歩?」
その光景は、私の目に張り付いて消えなかった。全身を筋肉隆々とし、禍々しい闘気を纏いながら、風の魔力の奔流をまき散らす大男が、その目を金色に爛々と光らせながら剣を振る。
「あれは誰?」
あれは? いや、その大男の服はアルのものだ。
「あれはアルなの?」
「き、貴様! 人間がぁ、人間なのか? 本当にぃ?」
そう、それは本当に人間だろうか? 禍々しい闘気はとても人間の物とは思えない。ましてや、魔族はその大男に怯えているのだ。そんな事ってあり得る?
「ぐわっ……!?」
音の速度を越え、空気を切り裂き、まるで雷鳴のような音を奏でてアルの剣が魔族に打ち込まれた。慌てて槍を構えて剣を防ごうとする魔族だが、大男の速度に敵う筈もない。
ズカン!! と凄まじい音と共に、魔族の片手が切り裂かれて後に吹っ飛んだ。それは、人に斬られて生じた現象とは思えないようなものだった。魔族の腕をバラバラにしたその剣戟は魔族を突き抜け、後方の山にまるで大砲の弾丸が着弾したかの様な大きな破口を作ったのだ。
そして陵辱が始まった。大男は魔族の顔面に拳をめり込ませた。そして、高く突き出た鼻持ちならない鼻をゴキゴキとへし折り、鋭い牙の様な歯を欠けさせ……。
「ひっ……!? ふっ、ふぐっ……!」
「……これはクリスの分」
大男は更に魔族を殴った。折れた歯や血しぶきを撒き散らしながら……
魔族の端正に整っていた顔は、見るも無残な姿になっていた。鼻は潰れ、歯は折れ、血まみれだ。
「や、止めて、止めてください」
魔族が涙を流して地面をのた打ち回るその姿は、人間を見下し上位の存在であることと何の疑問も持たず、傲慢をただ誇示していたモノとは思えないほどだ。
「……これは僕の分」
ドカン!! と凄まじい音と共に、魔族の身体は後に吹っ飛んだ。それは、人間に殴られて生じる現象とは思えないようなもので、それこそ女神様の天罰、天変地異級の隕石が着弾したかの様だった。
折れた骨や血しぶきを撒き散らしながら、魔族は再び地面に叩きつけられた。
「よ、よくも魔族であるこの私を殴り飛ばすとは……人間ごときがぁ! 人間風情がぁ……!!」
魔族は涙や血で顔を濡らし、鬼の様な形相で立ち上がる。だが、先ほどまでの余裕のある力に満ちた様な立ち方ではなく、プルプルと膝が笑っているのが見てとれた。まるで震えている小鹿のような頼りなさだ。
「人間風情がぁ! こ、殺してやる……! 生きてきたことを後悔させてやる! お前をズタズタに引き裂いてから、そこの女は何度も何度も凌辱してやる!!」
大男は爛々と光るその金の目で、魔族を見据えると、
「クリスをどうするんだって?」
「ひっ、ひいいいいっ!?」
大男の身体全体が跳ねあがる。昇る龍のごとく、それは魔族の身体をその拳が腹部にめり込み、魔族の身体を遥か高く舞い上げていた。そして、ドン! と凄まじい音がした。魔族の身体はおかしな方向にねじ曲がり、正常な状態である筈がなかった。そして、その身体はいくつかの部分へと分割されて吹き飛んでいった。
「あ……あ、ぱ……」
魔族が奇妙な声で蠢く。だが、そこへ大男は近づき、大男が剣を振り下ろしたのだ。大男が剣を振り下ろした地面は、真っ二つに割れ、地震の後にできた穴の様だった。
魔族の首が空に舞い、くるくると回った。魔族の最期だ。いや、既に彼の命は風前の灯火だったのかもしれない、ただ、物理的に良くわかる形にあの大男がしただけなのかもしれない。
「……ア、アルなの?」
「あ、あっ、アルだよ」
アルの姿はまるで伝説の巨人の様に大きく筋肉隆々となっていた。細身のアルとは思えない。
「一体、どういう事なの?」
「ユニークスキルだよ。僕は狂戦士ベルセルクのスキルを持っているんだ。君に見られたくはなかったんだけど」
「なんで、早く使わなかったの? そのユニークスキルを使えば簡単に倒せたんじゃ?」
「君にこの姿を見られたくなかったんだ。それに、この姿になると理性がね…危険なんだ」
そういう事か……よかった、でも私でさえ知らないアルの一面を見てびっくりした。
「もう、隠しごとは止めてね。アル、お願いだから」
「できれば一生知られない方がよかったのに……」
「そんな事で私ががっかりでもすると思ったの?」
「……いや、心の底から馬鹿にされるかと思った」
それはそうね。私ならそうするか?
「もう、アルの意地悪!」
「なんで、僕嫌われてるの?」
「知らない!」
こうして、アルは魔族に耐えがたい苦痛を与えて滅ぼした。
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