10話 試験2日目 午前
前回:――3人組の会話と出待ち――
翌朝になると、部屋の前に待機していた人達は、流石に深夜の間に部屋に戻ったらしく、誰も居なかった。けど、それでもワタシ達は、人目を気にして、朝食はエルフさんの自室で取ることになった。
混乱を防ぐのが目的だって言っていた……エッグベネディクトとかって言っていたけど、あんな朝食あるの?
「アリス、大丈夫か?なんか気分悪いとか?」
朝食後にお皿を洗っているヴァンが、ワタシを気にかけてきた。なんか申し訳ないな。なんでか知らないけど、氷の調理器具も出している。
「うーん、気分悪いんじゃないんだけど……あまり食べた事ない食事だったから、不思議な感覚?」
気にしてくれるのは嬉しいけど、なんか食べ慣れない物を沢山食べて、体が吃驚してるような……そんな感じかな。それに昨日は、初めてあんなに沢山の人に囲まれたから、ちょっと疲れていて怠い。
「まあ、無理はするなよ?今日の実力試験の結果で、ギルドにどう見られるか変わるっていう面はあるけどさ。それで無理して頑張ると、悪い評価も付きかねないからな」
「どういうことだよ?頑張るのは普通じゃないのかよ?」
「お前が言うか?頑張りすぎる奴って言うのは、時に目の前が見えなくなっていることがあるんだ。誰かが止めるのならいいけど、それで止まらずに突撃する場合もあるし、要注意人物に見られることがあるんだよ」
……そんな所まで考えるの?ちょっと考えすぎな気もするけど、何か考えがあるのかな。
「実際にこれ、エリナさんがテコ入れした件の1つだけど、そのヒトの性格や特徴を記録するんだ。戦闘の傾向や、筆記試験の傾向で判断する。
最初は反感が多かったものの、実施するようになってから、内務の人達の喜びの声が結構上がったらしいからさ」
「内務……?ぼくたちには関係ないんだ」
「まあ、戦場でスプラッタが減るのが関係ないって思うのなら、そうだな」
死ぬ人が減るって意味なら、関係あるんじゃないかな?ユータは、蒼い顔して動き止めちゃったけど、考えてなかったの?やっぱり、鈍感……
「とにかく、今日午前から午後一杯まで、ずっと練兵場にいる事になるから、覚悟してくれよ。一応水筒と食える物は準備しておくけど、トイレとかは先に済ましておけよ?」
「ええええええ……そんな根気のいれる事なのかなー?ありえねー……」
たまに見るから、お皿を洗うのに氷の調理器具出しているのかと思っていたけど、昼食の準備だったの?
「今年は多いって言ってるだろ?今はまだ、前期第一募集なのに、500人は申請があったからさ。
いつもならせいぜい300とかっていう所なのにな。まあ、多いに越したことないからありがたいんだけど、教育する側が足りない状況だな。
だから俺まで駆り出されるんだ。狩人の1等級だっていうのにさ」
「ん?昨日、代理って言ってなかった?」
確かにそう聞いたけど……
「ああ、代理は筆記試験だけだよ。本当なら、竜人族のゲイラー一家が担当する仕事だったんだけどさ、急遽王族の依頼で、ワイバーンの巣の掃討に行ったんだよ。
今度、隣国との交渉の関係で通らなければいけない道に、ワイバーンが巣食ったからさ」
それで今回は、忙しさに拍車が掛かるんだ……討伐の仕事、大変そう。
「狩人の方はどうなんだよう。関係ないでは済まないんじゃないか?」
「それが済んでしまうんでね。そもそもの申請が少ない上に、主に道楽のような扱いだ。仕事として真面目に取り組む奴も結構いるんだけど、あくまで副業。
畜産が安定し始めてから、高級肉以外は食の需要の安定はでかいものでね。それでも、少々高級嗜好なものだから、狩りがないと庶民に肉が廻りきらないんだけどさ」
それなら、あまり急ぐ理由は、無いのかな?確か、彼は狩人だけでも、結構稼げるって、話していたと思ったけど。
「とにかく、そろそろ移動しよう。俺もまだ仕事を頼まれているから、遅れるわけにはいかないしな。できる限り、早く行きたい」
「え、ヴァン……まだ、お仕事頼まれていたの?凄く忙しいんじゃない?」
まだ仕事があるなんて、新人としてやっていく人が、やる事じゃ無いんじゃないかな?これから試験があるのに。
「仕事って言っても、パフォーマンスだよ。大体、弟子になっていたヤツはやるんだ。よし……準備できたかあ?」
いつの間にか、いつもの軽鎧を着て、サーベルを腰に差している。ワタシも準備しなきゃ……そういえば、鎧とか着た方が良かったのかな?持ってないけど……
「あれ?アリスその服で行くの?流石に防御考えなさすぎじゃない?」
「うーん、昨日鎖帷子か何か、買ってこようかなって、思っていたんだけど、捕まっちゃってたから……」
ユータもいつの間にか、革鎧を着ている。囲まれているのは、ちょっと怖いくらいだったけど、でもみんなに聞かれるの、実は結構嬉しかったのもあるし、忘れちゃってた……
項垂れるワタシに、ヴァンが近づいてくる。怒るのかな?
「でも大丈夫!そんなあなたにこれ!
見た目は普通のローブ、でも見てこれ!
伸縮自在なバイオレットラグーの繭から取った絹の布地に隠された、裏地にオリハルコン製の鎖帷子!
描かれた模様は衝撃吸収などの刻印付き!防御の不安もこれですっきり解消!
これでお値段1ガル!たったの1ガルですよ!どうよ奥さん!」
空間収納から取り出した、不思議な刺繍が入った白いローブを、ワタシの前に突き付けてきた。軽やかに揺れているけど、これで鎖かたびらが入っているの?
「だから何でいちいちテレビショッピングみたいなことをやるんだよ!おかしくないかな!」
なんかユータは怒ってるけど、金貨1枚なら予定の金額に収まる?ちょっと迷うけど、今日買うなら、これしかない……かな……?
「あ……うん……じゃあ買う」
「買うのかよ!」
多分、ヴァンが作った物なら大丈夫だと思う。鎖帷子って鈍器と刺突に弱くて、斬撃に強いんだったよね。そしたら気にするのは刺突かな?
「あ、演説の途中で言ってなかったけど、射撃や刺突に対して効果を発揮する流体結界も付いてるから、ちょっとした矢の射撃は逸らしてくれるよ。でも、過信するなよ?」
言いながら、ローブを渡してくる。不思議な程に軽くて、硬い感触。
「じゃあ、着替えてくるね」
「はいよお、ごゆっくり」
「いや、ゆっくりしてる時間ないんじゃなかった?」
そんな話になってたっけ?早めに行こうって話だったとは思うけど。
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広い練兵場に、所狭しと言った感じで人が溢れている。ワタシ達が来た時にはもう、200人くらいは、居るんじゃないかな。正確に数えるのが難しそう。
「これだけでも、充分多いよね。どうやって審査するの?」
まさか、トーナメント方式とかじゃないよね?ワタシ達の後からも続々と来る。
「試験官を相手に闘うんだよ。一応、試験官も簡易結界とかを使って怪我しないようにしてる。
こっちは、得意な種類の武器を選んで使うんだ。魔術相手には守護結界を張って、その中で撃ちあう。自分を守る結界は、自分でどうにかして作るんだ。
一気に試験を熟していく為に、4組ごとに分かれて試験する予定だ」
それでも、1組125人くらいは、相手にするんだよね。試験官の人は、凄く疲れそう。
「試験官は実践するヒトと、第3者視点から見るヒト2人の、計3人組だ。疲れたら交代するさ。気にせずどう戦うか、先に考えておけよ?」
時間が迫ってくるにつれて、人の数が増えてくる。そして、試験官らしい人達が、入ってきた。一列に並んで、こちらに向いている。
「ヴァン、行かなくていいの?仕事って言っていたのに」
「すぐに呼ばれるさ」
私の疑問に、彼はニヤッと嗤っただけ。なんだろう?いつの間にか、さっきの倍以上のヒトが集まっていた。
そろそろ、時間。
「ではこれより、実力試験を行う。名前を呼ばれるまで、壁沿いに並んで待機してくれ。練兵場の中央を空けるようにな」
白い鎧の人が、大きな声で皆に話しかけてきた。腰に白くて大きすぎる剣、背中に大きい盾を装備している。表情が、少し硬い。
その横に、昨日の小さいお爺さんがいる。あの人は誰だろう、偉い人なのかな?ちょっと苦笑いしてる。
「ダントンの奴、もう少し気の利いた言葉を言えよなあ。真面目なのはいいんだけど、自分が緊張してるのモロバレだ。マスターも渋い顔しちゃってるじゃないか……」
「ん、マスターって、誰?」
「おじいちゃん。あそこに居るヒトで、そう呼べるヒトって1人だろ?」
……ワタシ、ギルドマスターに面接されてたの?それに小さい頃に会ってるって、何だろう……全然覚えにないんだけど?
「それでは、最初に説明を行いながら、実戦演習を行う。これと同じ条件で、全員試験を受けて貰うから、そのつもりでよく見ておくように。
ヴァン・カ・フェンリル、前へ!」
一番最初に、彼が説明の為に演習をするのが、仕事だったんだ。他の人達は、練兵場の壁側に移動して、空間を作る。その空間の中央に、白い騎士鎧の人と、彼が向かい合う。
「まず、結界が張られた後に声をかける。それが開始の合図だ。
演習用に、複数種類の演習用武器を用意している。得意とする武器を手にして、結界の範囲に入ってくれ。ヴァン、おまえはいいのか?」
ロングソードの形の木剣を持ったその人が、ヴァンに問いかけている。腰に差している剣は、それよりずっと太いけど、良いのかな?
「ダントン、俺の聖剣さんは空気読んでくれるぞ?」
いつの間にか、サーベルを抜いていた彼が手にするそれは、刃の部分のカタチが変わっている……変な形。
「ハリセンブレードなら斬れまい、どやあ!」
なんか彼が、変な事言って、周りからちょっと、笑い声が上がってる。なんで、そんな形にしたんだろう?ちょっと、恥ずかしい。
「ああ……まあ、いいだろう。魔術に対してだが、接近も使う者は、得意とする属性1つに絞ってもらう。彼の場合は火、俺の場合は聖属性、といった具合にだ」
「正確には俺は焔だから、お前のパンツだけ焼けるけどな?」
肩を竦めながら、また茶化した。明らかに狙ってる。同時に笑いが、周りからまた上がった。もう、馬鹿にされちゃってるじゃない。ワタシが恥ずかしくなる。
「……ヴァン、真面目にやってくれ。魔術師は、自分で結界を張ってくれ。そして結界を張れない者は、我々に言ってくれば、簡易結界を張らせてもらう。基本はこれだけだ。それじゃ、始めるぞ!」
そして、彼等は向かい合った。お互いに構えた状態で、彼らの周囲に結界が張られた。
「始め!」
結界を掛けた人が声をかける。同時、2人が何かを呟いた。
ヴァンは氷の剣を出して、空間に魔方陣を描いている。同時にいくつもの術式を行使しているみたい。あんなに術を使えるものなのかな。
彼の周りに雪が降って、氷の塊がいくつも地面から突き出た。
「聖護結界――エンゼルホルン!ハア!」
ひと声と一緒に騎士鎧の人が踏み込んできた。斬りかかるのかもしれない。一瞬でヴァンに近づいてきたけど、彼は攻撃にも防御にも動こうとしていない。何故?
「ダントン、油断大敵」
そう言った彼は、騎士鎧の人に斬られ、砕けた……?
「残念、それは氷像だ。残像でも映像でもないぞ?」
いつの間にか後ろに回り込んでいた彼は、後ろから頭を叩いて、炸裂するような音を出している。
何が起きたのか、ちょっと解らなかった。
「良く分かる解説ぅ!最初に雪を降らせましたね。あれは幻覚作用のある雪を降らせて、移動を気付かせないようにする為。
そして同時に出てきた氷塊は、俺の体を氷で作るのを気付かせないようにする為だったんです。
俺によく似た氷像を動くように剣を1本氷像の中に隠して氷を動かし、俺の体は幻覚と隠蔽で移動している事を見えないようにしたんですね。
幻覚、隠蔽は一応、氷属性を基軸とした反射魔法だから、ルール違反はしていない、と言う訳なんです。
みなさん、わかったかなあ?」
そんな事言われても、一瞬でそんな事ができるのが、おかしい気がする。全部の魔術を、同時に発動したの?まるで、手が何本もあるみたい。
「ああ、まあ……ううん。とにかく、そういう事だ。同じようにはできないだろうが、自身のできる事を全力でやる様にしてくれ。
因みにヴァン、あれは見抜かれていたら、どうするつもりだったんだ?」
「え?後ろを振り向いた瞬間、両脇から宙に浮いてる剣が襲ってくるし、砕いていなければ俺の氷像も、ケツに噛みついていたぞ?」
あの像、頭が動くだけじゃないんだ。そんな複雑な動きを当たり前のように出来るものなのかな。
あれ1つで本物の人のように動かしていたら、とんでもない計算が必要な気がするんだけど。殆どの人が笑っているけど、何人かは険しい顔をしている。
その後、数時間をかけて行われる、演習が始まった。中央を起点として、4分割された空間で、それぞれ試験が行われている。
流石に、彼のように動ける人は居そうにないけど、触発されたのか、自身の力量を最大に発揮しようとする人が多かった。それでも、大体の人は試験官に勝てないみたい。
「アリス・エインズワース!」
名前が呼ばれた。ワタシの相手の人は、あの白い騎士鎧の人だ。
試験官の人は皆、本気を出しているようには見えないけど、それでも殆どの志願者が、一撃を入れる事すらできていない。
多分、ワタシもそうなんだろうけど……何だろう、負けたくない。ワタシって負けず嫌いだったのかな?
「行きます!」
ワタシが気合を入れて声を挙げたら、結界が張られた。早口で呪文を口遊む。ヴァンがくれたこのローブなら、ある程度は守ってくれるはずだから、無理に守るより、攻撃に集中した方がいいと思う。
なら、
「スプラッシュランス!」
水の入ったビンを開けて、突き出す。
空間にある水分を使うより、媒介を使った方が、マナの消費が少なくて威力が増すから、ワタシはこの方法を取っている。
騎士鎧の人は数歩前に出ていたけど、止まって、背負っていた盾を取って、守りに入った。でも、それがワタシの狙い。
槍のように飛ばした水を使って、そのまま生活魔法の水球を作る。周りにある空気や土の水分も併せて、マナで創った疑似液体まで合わせて、その人を包むように。水圧で、動けないように。
「おお!動けないように水に包んだか。狙う場所によっては水死を狙えるし、水圧で動けなくすることもできそうだな。これは意外な使い方だ。いいぞ!」
揺らめく大きな水球に包まれている彼は、ちょっと楽しそうに笑いながら、褒めてくれた。ちょっと恐い事言っていたけど、これは、勝ちでいいのかな?
戸惑っていると、結界が消えた。ワタシは水球を消し、一礼して、元居た場所に戻る。
「やるじゃん、アリス。水球は妨害魔法とかないから、意外と逃げられないんだよな」
ヴァンも褒めてくれた……まだ、ちょっと実感がないけど……でも嬉しい。彼に笑顔を返す。
「あああああ!」
その横で、ユータはドワーフのオジサンに吹き飛ばされていた……ドワーフさんに、いつも通りみたいな顔を向けられてない、彼?
精霊のボヤキ
――童女、媒介で闘うタイプね……――
ああ、母親がそうだって言ってたな。
――童女の母親が、ね。あれ、精霊の力をあまり借りなくても、強い威力出せるタイプだから、どれくらい仕込みがあるかが鍵ね。空間倉庫覚えたのもその為?やるじゃない、童女――
あの……もう童女じゃないから、呼び方変えません?




