9話 試験1日目 夜
前回:――ギルド試験の歴史。結構黒い……うん、それが人だよね――
「あの者の話、如何にお考えですか、ヴィンセント様?」
今日は、ギルドでの情報収集はやめにして、自宅での夕食にする事にした。この街にあった、然る子爵の別荘を買い取り、我が家としたのである。
子爵で在りながら相応の収益を出していたらしく、充分な広さを持っている屋敷の食堂にて、エイダは昼の村娘の事を訊いてきた。
「ああ、魔力も相応にあり、知識も悪くないだろう。しかし、自発的な行動に対して、些か不安があるのではないか?
我々の話には、殆ど受動的な態度に見受けられた。凡そ『銀狼』が、引っ張って居るのであろうな」
モーニングの擦れる音を耳にしながら、ワイングラスを傾け、あの者を思い出す。あの狼の瞳と同じ色のワインが揺らめき、こちらを覗き込む。
「じゃあさー、ギンローはどう思う?わるいやつー?」
ハルは首を傾げ、肩まで伸びたブロンドの髪を揺らしている。少し顔をしかめたまま肉を口に運んだ。
直接話した訳では無い。しかし、噂に聞く限りには良い話ばかりでは無い。時として牙を向け唸り、時として凶悪な存在として語られる。
真実なのか、偽りなのかは判別付かないが、あの話を聞く限り、我が領にて聖剣を手にした時の話の幾つかは、偽りである事が窺える。
「あの者が聖剣を手にした時の話の1つ、その聖剣を意味もなく振り回し、手を必要以上に打ち据えられたと訴えていた者は、騙り者に間違いあるまい。
しかし、噂の通りならば、我等の様な貴族の物は好まんであろう。フム、あわよくば、あの者を仲間に引き入れられるならば、とは思ったものの、それは水泡と為りそうではないか?」
年若くも、名高くなる者は幾らでも居るが、それが傍に居る事など、そう有りはしない。力を持つが故に、上位の者として扱われるのは、常なのだから。
されど彼の者は力を持ちながら、その在り方を下位の者として、社会に下ろうと言うのだ。既に、彼方此方で噂に成っている。
其れは即ち、自身の名声を高めるのにも、繋がろうものである。
しかし、其れは簡単には行くまい。
事実、彼自身の名が是ほどに高名に成ったのには、理由が有る。
竜を単騎で撃破する等、決して容易に出来はしない事は、王家からも栄誉の対象となり、1匹倒しただけで騎士候を受けられる物である。
勿論、其れは証拠となる物、詰まる所、竜の死骸や、人々の声が必要な事である。
だが、彼は騎士候を受けていない。其の手の話は幾つも在ると言うのにも拘らず、である。
それに対し、不自然な騎士候を受ける者が、彼の通った道の後に、ちらほら居るのである。しかも、必ずと言って良い程、獣人嫌いで有名な者か、名声に貪欲な者で在るとされる、貴族の手の者だ。この手の話は1つや2つでは無く、しかも騎士候を受けたと云うには、どうにも怪しい者ばかり。
当然、噂が立つ。「銀狼の手柄を奪っている」等と。
そう考えれば、彼は自らの栄誉を奪っている貴族を、好ましく思っていない可能性も有るのではなかろうか?
故に、貴族然としない村娘に現を抜かすのも、おかしな話では無いし、傍に虚け者を置くことで、自らの不安を拭っているのでは無かろうか?
為れば、其処に我らが入っていくのは、容易では無い事は、想像に難くない。
「ならば、彼は誘うのを止めておきますか?他に有望なものは、幾人か取り上げてありますが」
エイダは落ち着いた仕草で、ワインを傾けながら問いかけてくる。彼女は自然に話してはいるが、情報の収集力は脅威の腕前であろう。
「えー、ギンローは仲間ダメなの?カレーくれたのに?」
「あれは、志望者全員に、配られていたで在ろう。頂いた礼はするべきでは有るが、其れと仲間に成る事は、別の話であると言う事さ」
不貞腐れるハルを、エイダが無言で慰める。
この3人が恋仲である事を、是まで殆どの者が知らずにいたが、この度冒険者に成るにあたって、家族に宣言をしてきた。元より知っていた次兄は喜んではくれたが、残りの家族の不快な心情には、申し訳なくは思っている。
然し、この3人でなければ成らない。多くの者からすれば不快を催すものでも、それを理解しながらも、この在り方であるべきと、3人で決めたのである。
「しかし、難しいですね。先に情報を手に入れていたので、仲間探しをしなければいけないことは分かってはいましたが、一体誰を呼び込むべきか。
ワタクシが魔術と弓、ハルは格闘、ヴィンセント様が盾と槍ですから、バランスよく組むべきでしょうけど、相手によって、使う武器などを変えねばなりませんし……」
「其れは仕事の内容に寄っても、であろう。フム、短剣も使う様に慣らしては居た物の、状況次第では此方も、装備を考え直さねば為らぬか」
事、ハルの格闘については難しいやも知れない。何しろ、彼女は背も低く、故にリーチも短い。力は強いが、然し、魔術などを余り使えないのである。
為れば、不足を補えねばなるまい。
「でもさー、戦闘用のアーティファクトは、たかいでしょー?ハルは格闘だけでもガンバれるよ」
語りながら腕を振り回す。彼女の此処だけは直して欲しいものではあるが。それを見たエイダが自然と抑えにかかる。
「そうは言っても、皆武器を持って戦うのですよ。貴女はナックルダスターだけなのですし、少し考えてみてはいかがです?」
確かにこれ1つでは不安も残る。彼女は是まで、彼女の父により教えられてきた武術により、立ち回れる様に己を鍛え上げてきた。其の補助を行える様に、エイダは魔術と弓を修練してきたので在る。
然し、彼女に前に出る様にするのは、不安が少なくは無いのも事実なのだ。
かと言って、戦闘用アーティファクトであれば強くなれるかと言えば、そうでもなく。高い割には効果が薄いのである。
然も格闘用と言うのは、中々見つからない。素材や刻印する術師の技量に因る物でも在るのだが、土台作る者が少ないのも原因である。
「その事は後で考えましょう。とにかく、今は誰を引き込むかに意識を裂くべきです。少なくとも、昨晩の槍の男は無さそうですが」
確かに。あの者は流石に共に旅をする者では在るまい。痴れ者でかつ、短慮な者。あれは勇を成す前に、死に至るであろう者だ。
ともすれば、あの様な者に、巻き添えを食わされる事になる。
「目立つ者で言えば、エルフと妖精の2人組か……種族特徴で言えば、魔術寄りであろうが」
「あのエルフさん、ダガー使うとおもうよ?手のカタチがそんなかんじがしたー」
此の娘は、意外な程に良く見ている。何はともあれ、其の者達は候補の1組で在ろう。
「他の者で一体誰が良いのか、一度考えてみた方が良いでしょうが、材料が少ないですね。
少なくとも、数名貴族の家柄の者が居ますが、どれもヴィンセント様に比べれば霞むような存在です。
もしかすると彼らも、あの者を手駒にと考えているかもしれませんが、考えが正しければ、なびかないでしょうね」
先ほどの推測した内容からの答えであろうが、然しどう転ぶか分から無いのも事実。そしてその貴族の者達は、少なからず知る者達だが、恐らく水が合わぬで在ろう。
「今の処、解るのはこの辺りで精一杯で在ろう。残るは明日、一体どの者が、どの程度の技術を持っているのかが、重要な課題と為るのではないか?
恐らくそれを考える時間を与える為に、実戦能力を測り、1日間を開けるので在ろうから」
実際、判断をする相手も多過ぎるというのが、問題に上がる。故に、相手を選ぶ時間を与えているので在ろう。
無論、どの様な人柄かを充分理解し、組めるか否かを判断しなければ成らない。容易では無かろう。
話は一度、此れまでにするべきか。此れ以上判断するに足る情報も無ければ、食事も終わりの頃合いで在る。
「それでは、ワタクシは食器を下げさせていただきます」
「じゃー、ハルはおふろ入れてくるねー」
2人は各々仕事に入る。これは幼少の頃より変わらず、彼女達が為してきた事であり、そして、今も尚、自ら進んで行ってくれる。
其れは言い換えれば、既に貴族の世界から離れる身の自分が、何もしない事に引け目を感じる事でもあり、同時に貴族然としか振舞えない自分が、歯痒く思える瞬間でも在る。
窓際に移動して、空を見上げる。雨季が明けて乾いた空気は、空から雲を取り除き、澄んだ星の光を振らせてくれる。
明るく輝く穏やかな光は、生家にて生活していた頃よりも、力が弱い。地に咲いた光の花となるこの街が、古来より夜を見守ったモノを、退けて仕舞うので在ろう。
「此れより望み続けた生活が始まるというのに、天は光を与えてくれぬ……か。それでも必ず、光を燈そう。我々こそが、光と成るべきなのだ」
何時ぞやの、吟遊詩人が謡った言葉。幼い頃から幾度となく聞いた、とある騎士の発した物であり、自身がこの世界に足を踏み入れる理由と成った言葉である。
当然ながら、自身は騎士に成るのでは無いので在るが、然し尚、言葉が耳を離れず、心が自然と騎士の装いを選んでしまう。
今は、光だけを追いかけているのでは無いのだが。
「ヴィンセントさまー、おふろ準備できたよー。いっしょに入ろー」
「ああ、そうしようか」
部屋に入ってきたハルに近づき、口づけを交わす。
どれだけ後ろ指を刺され様と、文句は言わせない。次兄は許可した物の、他の家族は納得しなかった為、未だ婚姻はしてはいない。
然し、必ず彼女達と結ばれて見せよう。そう改めて心に刻み、浴場に向かった。
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「……参ったね。まさか、部屋の外でずっと待機するつもりか?アリス、悪いけど俺とユータは、ここで寝る事になりそうだ」
夕食が終わって、彼らは戻ろうとしたときに気付いた。酒場で話を聞きそびれた人が、部屋の前にまで来て、出てくるのを待ち構えているみたい。
「うーん……しょうがない、よね?でもなんでそんなに話が聞きたいんだろう。ヴァン、皆に人気ありすぎるんじゃない?」
「皆じゃなくて、一部だ。実際に、俺がこのギルドにいるからっていう理由で、獣人嫌いの奴らは他の街に行く傾向にあるし。
今いる奴だって、獣人が好きかどうかより、有名な事を気している奴らだろう」
防音の結界をかけている彼は、自分が好かれている理由が、詩の影響だと思っている。全部じゃないんだけど。
実際に話を聞いてみると、彼に助けられて冒険者になろうとした人が、数人いた訳だし。
「でも、これだけ人気だったら仲間になってくれる人は選び放題だろ?それじゃあ試験は余裕なんじゃないか?」
「お前はそんな温い事を言うか、安易すぎるだろう?
こういう奴らの考えが、どういうものだと思っている?有名な奴と仲良くなりたいとか、強い奴と組めば楽に成功できるって考えだぞ?
それだけで簡単にクリアできると考えていりゃ、駄目だ」
「はああ!?楽にクリアできれば最高じゃん!人間楽したがるものなんだよ!」
ワタシは頑張らなきゃいけないような気がするんだけどな……?
「まあ、そういう奴は、冒険者やらなくていいよ。そういう事で、ユータは別行動決定だな」
「は?どういう事?」
「ヴァン、流石にそういう意地悪はダメだと思うんだけど……」
「意地悪じゃないんだよ。でも、これは明日話そうか。俺も眠くなってきたし」
良く分からない事を言っている彼は、欠伸をしてテーブルの下で丸くなった。
「ヴァン、ベッド使っていいよ?そんなところじゃ……」
「ベッドはアリスが使いなよ。ユータと俺は床で充分だしさ。レディファーストってやつ」
「え、ぼくはベッド使っちゃダメなの?」
……何か変な期待していたような顔をしてる。ユータは何かしてきそうだから嫌なんだけど。
「椅子でもいいだろ。アリスに譲らないなら凍らせ……」
「ああ、うん。レディファースト大事だよね!……そんな言い方する奴、今いるのか?」
何かボヤいているけど、ユータもソファで寝るみたい……なんか悪い事しちゃった気がする。それに今日、お風呂入れなかったな。明日の朝、入れるかな?
「ヴァン、ユータ、ごめんね。お休み」
色々考えちゃったけど、結局彼の厚意に甘えちゃった。
……もうちょっといろいろ言いたいことあるんだけどな。
精霊のボヤキ
――はっ、どこかで噂されてるよ、アンタ――
いや、気のせいじゃない?そんなこと言ったら、吟遊詩人が謳っているせいで、延々噂されるだろうし。
――えー、そうかもしれないけど……――
はっ、また誰かに見られて……
――それこそ、気のせいじゃない?――




