1話 見える風景
前回:――貴族と、童女が冒険者に志願――
馬車がゆっくりと街道を進み、大門の前にある行列に並ぶ。
馬車には麦と芋、干した野菜やキノコ、少しの動物のなめし革が積まれている。
村の税はもう納めたから、これからこの馬車に乗っている品は商業ギルドに売り渡される事になる。そのお金で、村で必要な物を買って共有している。
ワタシの家族はあの村に滞在させて貰ってるからあまり大きな顔ができないんだけど、村の人たちはこのやり方に不自由は感じないのか、不思議に思う。
パンだって皆で焼いているし、食べる料理も皆で作って分けている。着る物だって自由じゃなかった。
それにワタシの家族も巻き込まれていた。今着てる服だってあの村のお金で買った物だけど、一応村の外の人として見られている私たちは別でお金を払っていた。
お母さんはいつ、そんなお金を作るんだろう?稼ぐような仕事をしないで、いつも森で植物の観察ばかりしてるのに。
研究者なのは知ってるけど……彼は知っているのかな。わたしの知らないこと、結構知っているし。
「もうすぐ街の中に入るぞ、アリス」
声に顔を上げる。
草原と森の間にある街道を進んできた馬車は、村から1日かけて街に着く。少しずつ日が沈み、空が赤くなり始める。
街壁の周りは壊れた廃墟が囲んで、その外を林が取り囲んでいる。
昔、古い時代に在った街の名残で、林の場所が古い結界の領域だったとか。今はその頃の風情は残していない。
よく人が入るからか地面を踏みならされていて、樹は低い場所の枝が払われている。手を掛けているというよりは生活の為に切り払っているみたいで、幹は所々歪んでいる。
そしてその林や廃墟の周りを、ぼろ衣を纏った様々な種の人がちらほらと、暗い顔で歩いている。スラムに住んでいる働けない人達だ。
契約奴隷にもならず、他の村の輪に入る事もできずにいる人だと聞いた。どうしてそうなるのか、ワタシには分からないけど、あの人達なりの理由があるのかもしれない。
馬車が門を潜る。街の周りを覆っていた、くすんだ様な雰囲気から一転華々しくも穏やかな石レンガの街が視界に広がる。
道の真ん中に置かれた不思議な石が、明かりを灯し始めた。仄かで柔らかいその光は、優しく街を包んでいる。
2階建てや3階建ての石レンガ造りの建物が立ち並ぶ街は、不思議なほどに落ち着いていて、夕焼けの空と相まって輝いているように見える。
まばらに歩いている人たちの顔も穏やかで、時折親子連れや恋人、友人と歩いている人たちが微笑んでいる。
……殆どの人が並人で、他の種族は少ない。獣人だけは、いない。聞いていた話ではこの街でも、獣人が結構住んでいるらしいんだけど、見える所にはいない。
「これからここで生きていくのか?俺にはハイカラすぎて落ち着かねえな。やっぱり牛と暮らすのがあってるって事か」
「んー、ローレンスさんはそうでもさ、この街で沢山の人が暮らしてるんでしょ?慣れた住処は都って皆言うけど、ワタシはあの村は嫌かな」
ワタシは、この街に来たのは初めてだけど、ずっと夢見ていた光景を目にして、ちょっと震えている。怖くはないけど、この震えを抑えられない。
「この街で、ヴァンは暮らしているんだ……思っていたよりも、すごくきれい」
町の中心には小高い丘があって、その頂上に向かっていくつかの壁が並んでいる。
この街の特徴の内壁だ。
確かその壁に添うように、堀が作られて水が流されていたはず。道の向こう側にその堀が見えてきた。夕日を少し反射している水面は、その奥に既に暗闇を孕んでいる。見ようによっては恐ろしくて、何故か美しく感じてしまう。
「俺が運べるのはここまでだ。悪いな、下層街しか入る許可貰っていないから。ここから先は、お前だけで行ってくれ」
堀の傍の門に馬車を近づけてから止め、ローレンスさんはワタシに告げた。
「それじゃ、セドリックとカリナに言うことあるか?言伝があるなら聞くが」
ローレンスさんは、外の人には厳しい態度をとることが多いけど、内の人には優しい。
結構怖がりで小心者なのに、体が大きくて怖い顔。大体の村の外の人の対応をしてくれる。でも、その優しさをもっと、彼にも向けて欲しかったかもしれない。一緒に居た並人には優しくしてたのに。
「ありがとう。行ってきますって、伝えてね」
言う事なんて、それだけ。
2人は寂しがる事よりも、むしろ喜ぶ気持ちが大きかったように思う。危険な仕事に就くのに、喜ぶのはちょっと違うんじゃないかなって思うけど、あの2人が教えてくれた事がきっとワタシを守ってくれるから、不安はない。
ワタシの気持ちもうまく伝えるのに苦労したけど、もう全部伝えてきた。
最後にちょっとだけ微笑みかけて、馬車を下りて門に足を向ける。
開け放たれているこの門は、有事の時には閉まって、その区画を締め切って被害を減らすらしい。それは言い換えればこの区画の人を犠牲にするって意味だけど。
その時の為に防壁内部から弓や魔法が撃てるよう作られている。それで牽制している間に、小門にまでたどり着けって事なのかな?
下層部は石垣で、その上が砦になっているって聞いた。流石に王家を守る為に作られている街だから、頑丈な造りになっているし、考えて作られている。
門を潜る時に、先に取り寄せていた、ギルドからの召喚状を見せて通る。これが無いと通してくれないなんて、結構厳重。しかも街中で検問をやっているから、衛兵さん達も忙しそう。
最近、働き手が少ないっていう話だけど、大丈夫なのかな。
門を通って街を歩いていく。下層街よりも綺麗で、整っている様な気がする。それに、人通りも多い。
所々に松明や光る石が置かれて店を照らし、中から人々の笑い声や話し声が聞こえてくる。
明るく照らされた石畳の道は声を反射して喧噪を更に街に広げていく。
気付けば空は紅から藍色に変わり始めている頃。もう殆どの人が仕事を終えて、食事を楽しんでいるんだろう。予定より、ちょっと遅くなっちゃったかな。
進んだ先に、目的の建造物が見えてきた。
この街に似合わず、木造で3階建てのかなり大きな建造物。歪に形を伸ばして、広いはずの敷地を埋めている。
これが、冒険者ギルド。
建物の脇に、厩が置かれていて、数頭の馬が飼葉を食んでいる。
屋根は朱色に塗り直したばかりなのか、街の光を反射して照り返している。
壁は少し古くなっていて、焦げ茶色。
門前の辺りに生け垣があって、片方に白い岩がある。
門は、樫の木で作られている、重厚な造り。既にそれは閉まっている。
……ここで待ち合わせの筈だけど、彼はいない。
「もう……忘れちゃってないよね?もしかして急な仕事が入ったとかかな。ヴァンが来るまで、ここで待つしかないのかな」
ワタシは溜め息をついて、門の傍にある岩に近づく。ここに座って待とう。
それで、来たらちょっとだけ文句……
「ムギュウ……」
座ったら、岩が声を上げた。
驚いて離れてみたら、岩がごそごそと動いている……魔物?
「ふあー……アリス、起こすにしたって、やり方ってものがあるだろ。ヒップドロップとか強烈すぎて、むしろ目が覚めなくなるかもしれないじゃないか?」
岩が突然、茶色い毛皮に変わってずり落ち、白い狼の獣人が顔を覗かせる。鎧を着てサーベルを腰にさし、首にクリスタルの飾りを下げている……彼は何してるんだろう?
「もう……びっくりさせないでよね。何かの魔物が来たかと思っちゃった。どうしてこんなところに隠れてたの、ヴァン」
ワタシにとっての命の恩人で、一番の友達。でも彼はやることが、変な時がある。意味があるのかもしれないけど、どうしてやるのか、よく分からないことも多い。
「うん、ごめん。ビックリさせようとしたんじゃ無いんだよ。だから怒らないでさ」
なんでこんなことをしていたのかは、言いたくないみたい。はにかんで、籠手に覆われた手で頭を掻いている。
たまに思うんだけど、動きづらくないのかな?鎧を脱いだところを、ほとんど見た事がない。
「別に怒ってないけど……だって、普通に待っていたらいいじゃない?どうして岩に見えるようにしていたの?」
考えてみても分からないから、ちゃんと聞いてみないと。普通そんな事しなくてもいいと思うけど。
「まあ、たまに俺に、直接話を聞きたいとかいうヤツが来たりしてさ。特にこの時期は集中するんだよ。必要以上に詩が広まっちゃっているのもあってさ」
吟遊詩人の詠う彼の話で、いろいろ言われているっていうのは、聞いている。
この国の人たちはまるで、悪魔のように話しているって言うけど、どこかの騎士よりずっと勇敢で、多くの人を助けている。今、国民の間でも、彼をどう扱うかで戸惑っている人が多いとは聞いていたけど……
「それで、しつこく追いかけてくるやつも居るからね。しかも、今年からようやく正式に冒険者として仕事をすることになるから、仲間に引き入れようとするヤツが多いこと多いこと。
普通に待っていたら、人だかりができて近づけなかったかもしれないぞ?」
自慢みたいに話しているけど、これって実は、愚痴なんだよね。
ワタシが聞いた旅や仕事の話でも、凄くかっこいい場面の話になると必ず、顔をしかめる。
お肉の話になるとすごくうれしそうで、ユータにお説教するときはすごく嫌味な哂い方をしている。
勉強している時は、集中しているからなのか分からないけど形相が鬼みたいになることがあるし、それ以外だと無表情……
人を笑わせる時とお肉の話の時以外、明るい顔をあまりしないんだよね。
「ふーん、でもさ。それだったら、他の場所で待ち合わせてもいいんじゃない?下層街とか街の外でもさ……」
「いや、俺も仕事終わらせた後だしね。狩りの獲物の計量、日が落ちるまでにやらないといけないからさ」
今日は狩人の仕事をやっていたのかな?冒険者と狩人の両立なんて、そんな簡単にできないと思うけど。
「それより中に入ろう。そういえば荷物は?流石に、何もって訳じゃ無いだろ。あ、もしかして……」
「うん、空間収納。ちゃんと覚えてきたよ。1年かかっちゃった」
でも、思ったより入らない。冒険者としてやっていくなら、必要になる道具もたくさんあるっていうから、魔術師は覚える人が多いって言われて、覚えたんだけど。
保有マナの総量で中に入れられる物が変わるって言っても、せいぜいクローゼット2・3個分くらい。服とかを入れるくらいならいいけど、大きい荷物は余り多く入れられなかった……
どうせ荷物多くないからいいけど。
「流石だな。適性とか関係なしに覚えられるって言っても、普通は数年かかるものだって話だし」
「因みにヴァンは?」
「1ヶ月」
「んー?化け物ー」
「畜生!化け物で悪かったな、畜生!」
いつも通りの反応が、おかしくなって笑ってしまう。毎回、彼とはこんなやり取りをしている。偶に反応が変わるから、飽きもせずに続けられる。
村の子たちって、こういう笑わせてくれる事をしないんだよね。いつも自慢ばっかりでカッコつけてる癖に、やってる事って意味がないし、良く分からない。ゴブリン1匹追い払ったくらいで、英雄気取りの子もいたし。
「んじゃ、挨拶終わったし、行きますか」
「えー、変な挨拶だね」
「そうです、わたしが変な狼です、畜生!訴えてやる!」
「誰に?」
いつも通りの変な会話をしながら、ワタシ達はギルドの中に入る。
ギルドのエントランス、右手にカウンターがあって、奥にいくつものテーブルが置かれている。
何人かがまだ、仕事をしているみたい。杖を突いてぎこちなく歩いている人が、こっちに顔を向けて、手を挙げた。ヴァンはそれに応えている。
その脇に階段が上下に向かって備えられていて、下の方からは喧騒が響いてくる。何人か、ビールやワインを運んでいる獣人さんが走って行った。皆、首輪がついている。
左手には、壁沿いにソファやテーブルが、無造作に置かれている。武器を手入れしている人や、会話している人が何人か座っている。チームの人なのかな?
「荷物が空間収納なら、そのまま飯にしちゃおうか。それとも一度、部屋に行くか?」
彼が部屋を取っていてくれたのかな。確か、ギルドの上階が宿泊施設になっているっていうのは、聞いていたけど。
「んー、うん。お腹空いちゃったし、先に食べたいかな」
昼にちょっと硬いパンを食べただけだったから、ペコペコ。
「よし、なら行こうか」
それだけ彼は言って、階段を下りていく。
少し広い階段を下りていくと、エントランスよりも広々とした、板張りの床の空間に行き着く。
正面には、カウンターがあって、その後ろにビールやワインの入った樽が、いくつも積み上がっている。樽に蛇口をつけて、そこからタンブラーに注ぐように作られているみたい。
左手には別のカウンターがあって、厨房が奥にある。右手と階段の後ろは、広く空間が取られていて、丸や角のテーブルが所狭しと並んでいる。壁は全部、石でできているみたい。
「ヴァン!遅かったじゃないかー、何やってたんだよう!」
あ、ユータ。居たんだ。右手の奥の丸テーブルに座って、何か飲んでいる。
「悪いな。アリスの迎えもあったし、今日はちょっと遠出で狩りしてきたからさ。フォーゲル借りれなくて、全力疾走してきたんだから、許せ」
「なんでそんなぼくには偉そうなのかな、本当に。大体おまえだっていつも忙しいのは分かるけどぼくだって暇じゃないんだしそれにやらなきゃいけないことがたくさんあるのにそれをむしして」
あ、これはいつもの長い愚痴だね。じゃあいつもの。
「「以下略」」
「なんでそうなるのかな?!」
ユータの反応に、いつも通りワタシとヴァンが笑う。本当に彼はいつも中身の無い愚痴を言って、弄られると変な顔をする。
今までは、彼らが旅行の時に来る度に、やっていた冗談だけど、これからは毎日できるようになる。すごく、楽しみ。
精霊のボヤキ
――今までで、一番しっかり町を見ているね、この子――
もとより観察大好き娘。虫でも内臓でもなんでもあれ、な子だし。
――今はお年頃だから、そうでもないんじゃない?――
あれ、確かこの間会った時は、牛の解体を手伝ったとか、蛾の幼虫を茹でて糸を紡いだとか、そんな話してたよな?
――……ツワモノ――




