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フェンリルの挽歌~狼はそれでも狩りがしたい~  作者: 火魔人隊隊長
幕間 師弟異世界放浪記+α
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海を渡って編

前回:――ユーシャ、振られる。流石です――

 海底都市ムー。

 それは不思議な術式を使ったことで海水の滝に囲まれ、流されてきた魚を好きなだけ釣ることのできる不思議な街。


 しかし、この街には他に2つの顔がある。1つは連邦制国家、共和国リィンの首都。そしてもう1つを、今日初めて使う。


 陸側の下り坂から街を通り、反対側へ向かうと上り坂が伸びている。その先にあるのは、船だ。

 2艘の船体を橋で渡したような形の平たいものだ。ちょっと、イカダっぽいかな?

 その船を3隻くらい並べられるような感覚をあけて、氷の筋が2本、海に浮いている。見た感じ、壁になっているようだ。海底まで続いているのだろうか?流石に無理だろ。そもそも、この氷自体何なんだ?


「ここからしか、隣の大陸に行けないのか。つまり、新たな一歩を、この船は、繋グ……オロロロロロロロロオロロロロロ」


 船酔いした。うん、やっぱり陸と船は違うんだね。実際乗り始めて1時間ほど経過したけど、普通の船の揺れ方しないから仕方ないよね。


「あー……ヴァンくん大丈夫?ほら、お水。この船以外は沖に船出しただけで、沈められちゃうことが多いから仕方ないけど……」


 前も聞いた、クラーケンやらなんやら。それが理由っていうのも、よく判らない。

 遠くで今なんか跳んだな。岩みたいなクジラ?あれくらいなら……船なんか軽く大破だな。水飛沫が間欠泉のように高く上がっている。


「あぁ、この船の揺れ結構強烈だよね……ウプッ、なんでリサはそんな平然としていられるのか、分かんないんだけどさぁ」


 流石のあの破壊神も、この船は強烈だから酔っているらしい。そんな中、リサさんは平然としているどころか、揺れのヒドイ船の上で立ち上がって、揺らされもせずに歩いてる。ああ、酔う事のない状態異常無効が欲しい。

 しかも、他の乗客の面倒まで見るって、あなた誰のお母さんなんですか?テレサさんですか。


「この揺れの原因、少し静かに泳いでくれ。ファンタジー要素なのはいいけどさ」


 船の推進力に話しかけても、答えないし聞いてくれない。そうだよね、見た目イルカだもの。シロイルカ。

 ただし、なんか頭に星のマークが書かれてる。角とかはないけど、背びれにはとげがある。あの背びれで戦ったりする、武闘派だとか。どうやって背びれで打ち付けるんだ?

 とにかく、そんな奴に船は牽引されている。


「あともうちょっとで行程の半分ですね、皆さん頑張ってください!」


 声をかけてきたガイド、聞いた話では、人魚。

 しかし、見た目は上半身、人間女性、下半身、魚の鱗を持ってヒレのある、人型の脚。ダイバースーツっぽい物を着て、サンダルっぽい物を履いている。頬のあたりに鱗があるくらい。

 どっちかって言うと、魚人のハーフとかってところだ。こっちはまだ、マシだけど。

 水飛沫が上がって、もう1人が海中から飛び上がりながら、水の中から船に移動してきた。


「ちょうど半分だから、ここで休もうか!今の内に気分戻しておいてね!」


 全く表情変えていないけど、声の感じからしたら明るい……表情とかあるわけないよな?

 このヒトも、足は鱗とヒレがあるのは変わらず、腕にも鱗がある。それはいいとしよう。スタイルも結構いい女性だが、顔は縦に短くなった、マンボウだ……マンボウだ。


「なぜ、マンボウなんだ?」

 言ってしまった。失礼しました。怒るかな?


「あー、うん。遺伝だねー。私のお父さんがマンボウで、彼女のお母さんはライゴだよ」

「ライゴってなんだ、そしてマンボウの魚人?人魚?どっちでもいいけど、2人の特徴ってすごい違いあるよね?どうして……」

「うん、ハーフだからね。2人とも親が並人と人魚なんだよ。それと、ライゴっていうのは電気を流すサメだね」


 雷属性のサメの、人魚。猛烈。電気ウナギだって怖いのに。それに、サメって頭になんかあって電気ダメなんじゃなかったっけ?

 まさか、異常発達してそこから放電?電気袋?色は黄色くないけど……


「鳴き声はピカピーですか?」

「いや、ライゴは鳴かないんだけどな……」

 顔だけ見るとややこしいけど、声は困ってる感じで、素敵なイントネーション。スイマセンデシタ。


――でも、この人のインパクト凄いねぇ。しかも、二人とも黒い水着が映える体つきだし――

 うち1名、サメ肌かもな?映えるって言える、がっちりな体なのは事実だけど、筋肉以上に泳げるヒレとかあるんだもの。

 しかし、そんな事より大事なことがある。


「なんでみんな気持ち悪くなるのに、この動物に、船曳かせるのさ?なんて動物かも知らないけど」

「ああ、クルカン?この子が引くと早いからね。その代わり、ちょっと暴れるのが玉に瑕なんだけど。因みに名前の由来は、クルルカン、12英雄からだよ、獣人君。かっこいいでしょー」


 ……はて、なんか聞き覚えのある単語だ。何だったっけ?

――いや、あんたも12英雄でしょ?だから――

 あ、思い出した。クルルカンってケツァルコアトルの別名だ。なんだ、ケツか。なるほど、また神様の名前ですね。引くわ。何で前世の神様の話が、普通に出てくる。

――あぁ、そっち?それは知らない――


「この子も12英雄なんですよぉ。フェンリル。だから負けてないよねぇ、ヴァンくん?」

 うちの子自慢とか、誰得?そんなのどうでもいいですから、お気になさらず。スルー推奨……


「ああ!そういえば、少し前にフェンリルの一族が渡っていきましたよ。もしかしてあの一族がやることがある、『巣立ちの儀礼』の子?珍しいー」


 全く表情が変わらないのに、マンボウの人が嬉しそうな声で俺に抱きついてきた……魚クサい。人肌に見えて、においは魚だ。それになぜ抱きつく?必要ないだろ。

 当然だけど、さっきまで海に入ってたからベタベタだ。暴れたけど、力強くて逃げられない。


「巣立ちの儀礼ってなんだ!俺は口減らしとしか言われてないぞ!」


 あの一族は、どうにも都合のいいような場所に、捨ててくれた。転生者って事を、父親も知っていたっぽい、話してないのに。ブルドッグ顔の占いおばばが、余計なことを言ったのか。


 それに、例によって今も、どこかから見られている感じだ。

――うん、今、船中の視線集めてる――

 いや、船の上からだ。

――あたししかいないけど?――

 なるほど分かった。きっと監視衛星だ。それで誰かが俺を監視しているんだ……んなあほな。


――――――――――――――――――――――――――――


「それで人魚さんに確認したいんだけど、あの魚水揚げされたとかって話、聞いてない?」


 ようやく海を渡り切って、初めて踏みしめた隣の大陸…………気持ち悪くて自分の脚で歩けないので、まだ触れていない。

 暴れる気力もないからリサさんに抱えられている。このヒトが抱える事、基本的に多くないから、ここぞとばかりに頬ずりされるが反発できない……気持ち悪い。


 町並みは、木造建築の漁師町って感じだ。熱海とか、湘南とか、その辺の雰囲気がちょっとする……サーファーは居るのかな?


「あの魚ってドクログイ?確か、何匹か今朝、挙げられたはずだね。食べに行こうかって話はしてたけど、行きます?」


 マンボウさん、今なんか、不穏な名前言いませんでした?師匠はまさか、そんな物騒な名前を食べたいなどと言わないですよね?俺は肉専門だから、魚は……嫌いじゃないけど。


「あぁ、じゃあ一緒に行きましょうよぉ。おごりますからぁ」

 食う気だ。どくろ食うとかいうヤツ、食う気だ。肉食動物はまずい、これセオリーだよ?魚はほとんど肉食系が多いけど。


 俺の気持ちは、気持ち悪さとリサさんの頬ずりで言葉にできず、人魚だと言うマンボウの人とエリナさんは約束を取り付けてしまった。ヒレをペタペタと音をさせて、2人は街へと消えていった。


――――――――――――――――――――――――――――


 2階建ての和風旅館の外観で、なぜか中華風の装飾が入っている、いろいろ混濁させた建築物が今日の宿。

 畳があるわけでもないし、装飾が中華風。掲げてある絵画は、なぜか西洋絵画……前世の実家近くの民宿が中国人に買収されて、おかしな改造された宿と同じ歪感だ。

 確かあれも、見た目は和風、内装西洋風、ところどころ中華、外に流れてる川を無意味に7色にライトアップして、結果風情も何もぶち壊しにした挙句、眠りにくい明りが、川を変に照らして新種のホラーに仕立て上げていたな。まあ、どうでもいいけど。


 で、その1階の食堂に例の人魚……魚人って言っていいような気がしていたけど、ちゃんとした人魚?……胸より下が魚の同僚を連れて、集まっていた。俺も師匠がどうしてもっていうから来たけど。


「私、あれちょっと苦手なんだよねー。おいしいと思うんだけどさ、見た目がちょっと……」

「ドクログイだっけ?名前からしたら恐ろしい想像するんだけど、どれだけ危ない奴なの?」

 どうせ酷い牙とか、棘とか、角とか、ヒレに毒とかあるんだろう。


「見た目が怖いだけで、味は格別なのぉ。毒とかはないから安心してねぇ」

「己、考えを読むとは……どんな魔術を!」


 グダグダとそんな話をしていると、その魚が厨房の方から運ばれてきた……デカすぎる。

 5mくらいのチョウチンアンコウみたいなやつだ。肌が緑色で、提灯がやりみたいに尖ってるし、胸鰭っぽいところが上に伸びて折れ曲がり、下へ向いている……カニ足みたいに見える。タカアシガニだ。いや、体がチョウチンアンコウの、カニか?口は牙が生えているけど、それ以外は普通だ……ドクロ要素、どこ?エサか?


「こいつ、何食べてるの?」

「確か、海藻だったよね?顔が怖いからヘンな名前つけられちゃったけど」

「まさかの草食系!顔が怖いからって、この名前はかわいそうでしょ、改名要求します!」


 騒いでいる内に、調理人が当たり前のように足のようなヒレをもいで、殻をむき茹で始めた。ああ、うん。これ、カニみたいに食べるって事?

 茹で時間もほとんどかからず、新鮮なカニしゃぶみたいに粒ができたヒレを渡された……ヒレのこの部分て、普通骨とかだよね?


「あーこれだけは譲れないよね。ホアルの実を絞って食べるの最高……」

 ライムっぽい実を絞ってかけてる人魚さんたち。


 真似して掛けて食べてみたけど……うん、カニ。かににゆずかけた感じ?……チョウチンアンコウじゃないのか?ここ、骨じゃないのか?あれ?おいしいんだけど……あれ?


「美味いしプチプチだけど……醤油はないから魚醤で。こっちの方が俺にはいいかも」


 どうせなら何もかけない方が、って思ったけど、味が薄い。だから、ちょっと味付けをするみたいだ。

 カニ足みたいなヒレを食べている間に魚の解体が進む。頭を落とされ、皮を剥がれ、そして身を焼かれ始めた。何かのタレを塗られている。


「このタレ……スン、黒酢のような酢酸と動物性の油、それに発酵させた豆。

 ちょっと、かば焼きのタレみたいな感じだけど、酸っぱそうかな。王国の料理に似たものがあったような?」

「匂いだけで判るのか、こいつ。獣人はこれだから困るんだよなー」


 職人さんに睨まれた。うん、俺は悪くない。正確に見抜いたわけじゃないし。狼スペックの鼻のせい。

 鍛えればきっと、たれのちょっとした違いも、匂いで正確に嗅ぎ分けられるだろうけど、今は、何となくそうなのかな程度。


 出された照り焼きのような切り身は、脂が乗っていて煌めき、身はその脂とタレを受けて、しっとりとした光を放っている。脂と身が層になっていて、まるでミルフィーユのよう。


「ドクログイって言ったらここだよね。私は絶対、これは譲れないからさ。味が濃厚で蕩けるー……」


 マンボウさんがほんのちょっと表情が変化した。今まで同じ顔だったのに……見ようによってはお多福顔だな。

 ともあれ、味の方。脂が濃厚でありながら、身の方も負けず劣らずの主張をしていて、それをタレが纏めあげている。舌だけで身がほぐれるし、脂もとろりとしていてチーズのように溶けていく。


 切り身の照り焼きを堪能した後、メインの料理、あん肝の鍋、と言えばのか……あったっけ、アンコウなんて食わなかったから、知らんけど。

 気が付けば、自分の前に用意された鉄鍋に入っている肝と野菜の鍋、順番的には先に出すべきじゃないか、とも思うのだが。フレンチなんかで前菜から魚、肉という流れは、ワインの味と合わせてちょっとづつ、濃くしていくのだし。

 さっきの味を超えるのか?しょっぱさだけで誤魔化そうとか言わないよな?それで騙されるのは、日本のジジイだけだぞ?甘さ、辛さ、塩気、苦み、酸味……それらがバランスよく揃って、初めてのメインディッシュだ。


「はあ、さっきの切り身がすごすぎて、鍋がどうなのか。まずはスープから……これは、25種類のハーブを使って味を調えながら、海藻や魚の骨から取られたスープ?しかも、この魚の肝から出た味が、異常と言える旨味を出していながら、違和感を出さないようにしているのは、独特のワインの味か。まさか、ワインが使われていたとは。塩気は独特なミネラル分を持っている、海由来の塩か。もしかしてだけど、サンゴ礁のある場所の塩じゃないかな。ムグ……この肝も、濃厚すぎる。一体どれだけの栄養を蓄えていたんだ……濃厚な旨味とスープの調和、蕩けるような舌ざわり……噛みしめる度に、口に幸せが広がる……喉を通る時にも、圧倒的な幸福感を与えてくれる……ドクロなんて名前、やっぱり間違っている。天国にしよう」


「スープと肝それぞれ一口でどんだけ語ってるんだよ。それに野菜も食えよ、ちび」

 子供だからチビなのは事実だ、仕方ない。野菜も嫌いじゃない。

 そのあと無言で食べきらせていただきました。美味い物には、言葉はいらない。美味い、その一言で充分だ。


「最後、デザートだねぇ。これが最高なんだよぉ」

 エリナさんはこれが目当て?最後に出されたのは、紅い球体……タマゴ……でっかい魚卵だ。


「ほらぁ、変な顔していないで食べてみないとぉ」

 首を傾げながら掴んでみる。見た目は特大のイクラ。野球の硬球のような大きさだ。

 口に入れるのも大きすぎるような気もするけど、口に入れてみる。流石に硬球じゃないので、口に入れると歪み、口の中で弾けた。


「ムグ……ん?洋ナシ、リンゴ、ブドウ?どれにも似ていてどれも違う様に感じる。もう一口……今度は、メロン?なんで食べるたびに味が替わるの?」


 この魚、1匹でどれだけバリエーション持ってるんだよ。独りで味覚のパレードかましてるよ。デザートが卵で、しかも味が何種類もあるって……百の味があるジェリービーンズじゃないんだから。


「あ、なんか変な味に当たった。外れもあるんだね」

――これ、鼻くその味じゃない?――

 やっと喋ったかと思ったら、その味を言うか。今世に来てから、そんな味は食べたことはない。ヘドロ味は覚えにあるが。


 その後、なんだかんだで食後の歓談で、人魚さんたちの悩みとかも聞けた。やっぱり、マンボウさんは表情が変わったように見えないから、昔から要らぬ誹りを受けたようだ。

 分かる、その気持ち。前世は無表情が怖いって、俺も散々言われた。でも、表情をコントロールするのって、むずかしいだろ。

 見た目で決めてんじゃねえ!見た目いいエリナさんが、どれだけ破壊的か分かってるのか、ゴルア!

精霊のボヤキ

――儀礼のことは判らないけど、確実に口減らしは口実だねぇ――

 考えてみれば、母親が精霊術師じゃ無いの、忘れてた。

――だから嘘つかれても気づかなかったって?そんな事する意味って何なの、無いでしょ?――

 なんだろうね。探ったところで材料が無いし……悪意はないんだろうけど。

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