11話 犬の気持ち
前回:――折れないはずの剣を折る。チート?――
朝起きたら剣が直っていた。ちょっと形が変わっているけど、何の目的なんだろう。それでも振りやすければそれでいい。どうせまた折れるんだろうけど。
直しただろう犬はまだ寝ているけど、そんなの関係ない。仕方ないから起こしてやる。
いつも通り、変な甲羅みたいな結界が張られてるけど、壊してやる。
「おら、さっさと起きろよ糞犬!」
……蹴っても剣で叩いても、こいつが張っている結界は割れない。何だこいつ。どうやって結界張ってるんだよ。
「おら、起きろってんだよおお!」
「ユータ、何やってる!」
ダントンが部屋に入って来て、ぼくを止めた。でも、何も悪いことしてない。起こしてやってるのに寝ているこいつが悪いだろ。
「こんな場所で剣を振り回すな、いくらストレスが溜まっていると言っても、やっていい事と悪い事があるだろ!」
……確かにそうかもしれないけど、でもこいつが起きないのが悪いだろ。
どうせ何やってもこいつはチートなんだから回復……できないんだっけ?変に回復すると体がおかしくなるとか。
……何やってたんだっけ、ぼく?
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「あんたさぁ、ヴァンくんが直してくれた剣で、斬ろうとするとか、どういう神経しているわけぇ?
感謝の言葉の代わりがそれって、あんたの国じゃそれが普通なわけぇ?そんなのが普通なら、あの子が憎むような感情を持つのも、おかしくないわ」
あいつを置いて、エルフ2人の部屋に連れてこられた。ぼくがやったことで周りが結構騒いでいたらしいけど、それはあいつが起きないからじゃないか。
「憎むってなんだよ。ぼくは何もしてないじゃないか!」
「剣で叩いてて、何言ってるの?アタシ達が相手をしてやろうか、えぇ?」
なんかにらんでるけど、そんなので怖い訳……雷が身体から出てる。近づくとヤバそうだ。見ているのも怖いんだけど。
「目を逸らしていないで、ちゃんとこっち見なさいよぉ。あんたの故郷には、まともにお礼も言えない奴らしかいないわけ?
それで人のせいにして斬ってかかるなら、冒険者になんてしてやれないから。
話したはずでしょぉ?犯罪の温床にならないようにしなきゃいけないし、常識がない連中が集まる場所でもあるんだからさぁ。
きっちり分別しなきゃいけないものがある事くらい、分かるでしょぉ?」
ゆっくり話してるのに、優しい感じじゃない。早口でまくし立ててもいないのに、怒りの感情がだんだん体に巻き付いてくる。
何なんだよ、これ。目を見たら本当に殺されそうな気がしてきた。なんて言えばいいのか分からないし、逃げたいのに震えて足が動かない。汗も出てきた……こんな状態でどうやってモノを言えばいいんだよ。言えるわけないだろ?
「目を見て話しなさいよ、あんたはあああ!」
「ひっ……」
「ファアアア、遅くなりましたあ、おはようございましたあ。あれ、どったのエリナさん。マジ切れモード、久しぶりじゃん」
怒鳴り声が響いてる中でドアが開いて、ノンキにあの犬が部屋に入ってきた。
お前これ見てわかるだろ。今ヤバい状態だから近づいたら危険だろ。バカか?
「エリナさん、何があったか知らないけど、落ち着きなさいって。キレイな顔が台無しなんだからさあ」
お前ホントに何言って……
「えぇ、ヴァンくんが、あのバカに、剣で斬りかかられてたんだよぉ。それを怒らなくてどぉするのぉ」
一気に雰囲気が緩くなった。なんで?一瞬こっちを睨んだけど、凄い形相で。
「あいつ程度の斬撃で、俺のプリズムシェル割れるとでも?敵対する者を焼き殺す精霊結界使うと、アイツ焼けそうだから、安全な防御として、防音の結界と一緒にかけてたんだけどさあ」
なんか今すっごく危ない結界、話してたな。そんなのあるのか。
「あぁ、ヴァンくんが言ってた、精霊のヤバい結界?確かにぃ、その攻性結界よりはいいかもしれないけどさぁ。でも納得できないでしょぉ」
「やられたことは納得できないし、しちゃいけないけど、あいつがやるのは納得できるね。周り見えてないから」
なんかすごい見下してないか?こっちがキレたいんだけど……キレたら何されるか分からないけど。別に、こいつなんて怖くないし?
「とりあえず、状況はイフリータさんが話してくれたからさ、大体は知ってるんだよ。
本人は起こすつもりだったらしいけど、最初っから蹴り、斬撃、蹴りの順だったらしいよ」
なんでそんなとこまで見てるんだよ、寝てろよ精霊!どんだけチートなんだよ!
「あれぇ、最初は普通に起こそうとしてたって、聞いたけどなぁ……」
「ハイハイ、とりあえずご飯にして修行ですよ。あんまり怒ってても、いいモノじゃないでしょ。結局、こいつはまだ、冒険者でも弟子でもないんだからさ。ただの食客でしかないんだから」
……触角ってなんだよ。意味わかんないよ。触角あるのはおまえだろ?
「あぁ、確かに、タダ飯食って、騒いでるだけだからねぇ。そう考えれば、怒るのも違うかなぁ」
「そそ、本気になるのは、冒険者になった後。加減した電撃で、3日くらい痺れて動けないやつとか出しても、みんなも大変だしね。
外部にやっちゃうとマジ問題」
そんなことするのかよ。お前もされたのか、マジか。ざまあ。
「ヴァンくんみたいに聞き分けいい訳じゃ無いからねぇ、叱ったらちゃんと聞いてくれる人って、ホント少ないから困るなぁ……」
聞き分けいいの?犬だからか?
「んじゃ、行こか。酒場の方でリサさんとダントンが待ってるでしょ」
そのまま2人は部屋を出て行った。ぼくの事を置いて。ぼくはと言えば、まだ足が動かない。
なんであいつはあんな怒った状態で平気だったんだろう。怖いとか思わないのか?
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やっと酒場に降りて行ったときには、全員食べ終えていた。
……こっちを見る目が痛い。なんで僕はこんな悪者みたいにみられているんだろう。悪いことしたっていうのは分からなくはないけど。
「ヴァンくん、ホントーにいいの?怒っていいんだよー」
言葉は優しいんだけど、なんか雰囲気がいつもと違う。なんだろう、殺気ってこういうものなのかな。小説とかではいくらでも出てくるけど、怖いとかそういう雰囲気って意味で使うものだと思ってた。
本当にこの人たちに目だけで殺されるかもしれないって思うくらい、空気が違う。
「怒ったところで、どうにかなるでもなし。こいつは構って欲しくて、こういう事をやってるんだろうからさ。相手にするだけ無駄だよ」
いや、構ってほしいのは自分だろ?実際、自分は沢山の人にかまってもらってるじゃないか!
「でもぉ、せっかく造った剣あげたのに、折った挙句ヴァンくんのせいにして斬りかかってるんだよぉ?流石にそれを無視するのはねぇ。何かあったら奴隷落ちでしょぉ」
「そう、だな。このままいけば、首輪付きは確実だろうが……なんとかしよう」
なんでみんなぼくが悪いで統一してるんだよ。こいつが偽物を渡したのが悪いだろ。
「はあ、とりあえず、今日はヒョウ爺のとこ行った後、狩りに行ってくるから。がっつり獲物取ってきてやる。
願わくば、デビルボアとか出ないかな?」
「物騒なものを願うな……確か、ずっと昔に2匹獲っただけだとか言ってたな」
ボアって猪か?そんな豚みたいなやつ、危険なわけないじゃないか。バカじゃないのか?そんなのにビビる奴なんていないだろ。
「そうそう。サンダーボルトで丸焦げと、エクスプロージョンで爆散された奴。
体高2mとか、あんなもの中々お目にかかれないから、出来れば狙いたいんだけどね。居ないんだよなあ……シカの奴はイビルもデビルも見たし獲ったけど、猪はなぜにあまり魔物化しないかなあ」
なんだかわからないけど、それがいったい何だってんだ?……エリナさんがちょっと挙動不審になってるけど、何かあったのか?
「とりあえず、今日の分の買い物、先行かないとね。ヒョウ爺との契約なんだしね」
「契約ってどういうことだよ」
毎週こいつは狩りと一緒にどっかに行ってるけど、何か意味があるのか?ヒョウ爺って誰だよ。
「お前には関係ないよ。俺の個人的な仕事だ」
「仕事って、休みとかなくていいのかよ?」
「休みって何それ、おいしいの?」
……何言ってるんだ、こいつ。休みがわからないとか有り得ないだろ。しかも笑ってるとかわけわかんねぇ。頭いかれてるだろ、こいつ。
「俺、前世からフリーターだったし、時給で生きる人間からしたら、休みを作るとか頭いかれてるとしか思えないね。働くことをバカにしちゃいけないよ」
「いや、でも普通……」
「日本人は、ただでさえ働き過ぎって言われてるけど、それだって基準はどこから来たのかを細かく理解できている人は、どれだけいるのか。ちょっと怪しいところだったりするよね。
知ってるだろうけど、労働基準法とかは、肉体労働に対して掛けられていたものが世界基準だし、労基にしても、多少は超過されてもいいように作られている。
問題なのは会社だけじゃなく、缶詰め状態にされたりしてて、当たり前に扱いがひどくなってるのに、それで何も文句を言わない会社員でもあるんだから。
デモ行動とかをしようなんて全く考えず、長いものに巻かれろなんて、ドM根性燃やしていることは問題じゃないか?働きすぎなんじゃなくて、奴隷になりすぎなんだよ。
ああ、奴隷にされてるって意味じゃないよ?自分達で勝手に奴隷になりに行ってるんだ。
それで休みを持つべきなのに、休ませないのがおかしいとか、会社が働かせすぎだとか、なんだかんだと言ってるけど、結局どこかで誰かが言ったことの内容を、理解したつもりでしゃべっているオウムの状態なのに、気づいてない人が多すぎるんだよ。
お前の言ってることも、親だのテレビだので言ってた事じゃないか?
そんなシステムに流されている意見じゃ、主張ではないんだけどね。俺はそういう操り人形じゃない。自分でやりたいからやってるんだよ。
奴隷になるんじゃなく、頭を使って交渉した上で行動してる。むしろ長いものは切り裂き、短くしたいからね、俺は」
……知らないよ。何言ってるのか全然わからない。休みの話からなんでこんな?普通休みたいだろ。出来るならずっと休んでいたいだろ。
「学生気分で夏休みとか、言ってられない状態だってのを、お前気づけよ?
今のお前は、就職研修の状態なんだ。インターンとかの方が現代的なんだったか。
これからこの仕事で生きていこうってつもりで、ここにいるんだろ?だったら、突発的な仕事で休みが消えるのなんか、当たり前って思っておけよ?」
それって休日返上で休みがないって事か?
「……だから前ブラック企業って言ってたのか!なんでそれで笑ってられるんだよ!おかしくないか?!」
「ブラック企業って言っても、考え方にもよると思うがな。ただ休みが無いだけなら、フリーターには常識だよ。
よくあるぞ?30連勤くらいしている人が居る職場。ある町工場の工場長のオッサンは、年360日は働いていたし。それで年収350だから、ワーキングプアまがいだしな。
それに対して、理解できていない馬鹿もいる。なんて言ったっけ?掲示板の……ああ、パネラー。パネラーなんかはそうだったよ」
パネラーって、ネット掲示板?バカにするなよ、ぼくだってそうだったんだぞ?父親のアカウントだけど。
「勤めていた土建の仕事、厳密には派遣だったんだがな。新人は信用が無いから、派遣されにくいのが当然なんだよ。
結果、勤め始めて5ヶ月とか研修だったんだが、そのパネラーが『ブラック企業』だのなんだの言い始めたんだ。仕事に行かせないから、とかって言って。
その間、月給は大学初任給くらいで、昼食代はタダ、9時に会社に行って研修室で過ごして勉強、5時に退社って感じだったのにさ。
労基にも違反せず、残業もゼロ。福利厚生も完璧だった上に、希望者にカウンセリングまでしていたのに。それを、パネルとかいう掲示板では、全ての人間がこの企業はブラックとかさ、批判していたらしい。
……頭悪いよな?精神的に追い込まれているんではなく、自分が納得できないから、相手を叩いていただけの、クソガキ板だったって事だろ。
冒険者だって、最初は稼げない。汚い仕事もある。精神的にも肉体的にもきつい。ある意味、ブラック企業以上の存在だ。
……自衛隊に入るようなもんだって言っていい」
「……なんで自衛隊?」
「自衛隊の本庁って、自殺の名所だって知ってたか?あまりにきつくて、5月病で飛び降りとかが、一気に増えるらしいぞ?
冒険者も一緒だ。きつい仕事して、苦しい思いして、生活を共にした仲間が死んで、それでもやっていかなきゃいけない。
……やらなきゃ、より多くの人が死ぬからな」
「それって……お前はいいのかよ!だって」
「問題ない。それが選んだ道だ。俺は狩人で、冒険者なんだ。今更、後悔するのがおかしいよ」
笑ってアイツは外へ向かった。なんであいつあんなこと言ってられるんだ?
「なんていうか、あいつの言うことたまにわからないけど、やっぱり子供っていう割には、考えてる処あるんだろうな。大人っていうにはどこか偏っているが」
「でも事実だからねぇ。
あれでしょぉ?あの子がやろうとしていた衛兵みたいな仕事も、社会が遊んでるときに休めないみたいなさぁ。この街の衛兵も同じだけどねぇ。
日払いの仕事でも、同じような仕事がたくさんあるのにぃ、みんなが休んでるのに休めないなんておかしいなんて、騒ぐ子が多かったとか言ってたらしいからぁ。
冒険者だって大して変わらないじゃなぁい?アタシ達はあの子森で追っかけまわしてる間、1ヶ月は森の中彷徨うの当たり前だったんだからさぁ」
本当にそうなのかよ。え、考えていたのと違くないか?それじゃ……
「でもー、牛の世話とか農家とかも、休みっていう休みないじゃない?それ考えたら似たような仕事なんて結構ありそうだけどー」
……社会問題って、何だったんだ?
……父さんは会った時ブラックだとかなんだって言ってたけど、浮気する時間はあったんだよな。なんだろう。理解できそうにない。社会人になった事が無いぼくが分かるわけないけど……
あいつはなんで笑ってやってられるんだ?
精霊のぼやき
――アンタも随分結界に慣れたねぇ。アタシがやる必要、無くなったかなぁ――
そりゃ、5年前とは違いますもの。基本、魔術の勉強は机でやるけど、週一で屋外授業、魔術ブッパですもの。
――それで、肉に結界張って金髪の魔法から守ったりしてたもんねぇ――
それを思い出させるな、俺の肉うぅ!!




