21話 気持ち
前回:――なんで師匠より早く難しい魔術覚えられたの?……あと、フラグが回収されましたっと――
最初、彼の発言で、怒っていた人は多かった。
危険な相手を何度も相手にして闘ってきた戦士なんだから、弱いなんて言われたら怒りたくもなる。
それでも、子供の言うこと、前世で何かあったのだろう、少なくとも相応の経験をしている、なんて言われていた。まだ何人かは悪意を持った目を向けるけど、エリナが居るから手を出せない人が多い。
何にしても、彼は最初、敵が多かった。
けど、気が付いたときには、
「ぎにゃああああ!やめてええぇぇ、そこは、あひゃあああああ!」
数人の女性冒険者に囲まれて、撫でられている。たまにこうなるんだよね、最近。撫でる人は、私たちと仲いい人の場合が多いけど……私も撫でたいなー。
「ほーら、良い子ねぇワンチャン」
「オオカミだあ!畜生、ガチガチ!」
「ほら、おいでー」
「カプリ」
「あー!本当に甘噛みしたー!かっわいいー!」
「何だこいつら!なんでどこぞの姫様みたいな行動を当たり前にできる奴の割合多いんだあ!」
「えー!姫様なんて、嬉しい事言ってくれるじゃなーい!ああー、この子連れ帰っちゃダメー?」
撫でてた子が、彼に抱きつく。ヴァンくんはちょっと暴れてるけど、尻尾振ってる。……羨ましー。
「いいやあああ!エリナさん、ヘルプ、ヘルプー!」
「もぉ、ダメに決まってるでしょぉ?うちのヴァンくんなんだからさぁ、ねぇリサぁ」
「う、うん。そうだねー。そろそろ、ヴァンくんも寝る時間だから放してあげて欲しいんだけどなー」
私の声で、場にブーイングの嵐が吹き荒れる。もう1時間くらいはずっとこの調子。
最初の頃は確かに、気難しくて近づきがたい感じで、怒りっぽいように見えたけど、話してみたら結構面白いことを言いだしたり、動物や人の物まねしたりして、みんな彼を面白がり始めちゃったんだよね。
その結果が、彼の予想とは違って、たくさんの女の子に囲まれる状況なんだけど。
一部の男性から彼に向けられる殺気がちょっと怖い。殺気はないみたいだけど、恨みというか怨念というか呪いというか?爆発して欲しそうな眼をしている人もいる。
……なんでこうなったんだろう?
「ちっくしょう!おれのよほで、さけほのむんじゃなひ!よっはらうじゃねえか!ここはキャバクアかほ!」
「えー、何々どうしたの?まさかニオイだけで酔っぱらったのー?かわいー」
「何でも可愛いで済むのは今の内だけだぞ、いぬっころ!羨ましいな、畜生!」
どこかから出たヤジで、酒場が一気に笑いに包まれる。これで、良いのかな?……あー、シングだったら、これでいいんだとか言って大笑いしそうな気がする。じゃ、いっか。
「ふぁ?なんか外が騒がしひ。誰か来た?でももう夜だほね」
「えぇ、外の音聞こえたのぉ?よく聞こえたねぇ。誰か聞こえたぁ?」
エリナの問いに、誰も頷かない。
ここはギルドの地下にある酒場。正面入り口は少し前に閉まって、ギルド内に滞在する人は専用通路を使うはず。正面玄関から左奥にあるから、そこは音が届きづらいと思うけど。よく聞こえたねー、どこからだろう?
「ああ、おれが確認してくるよ。何か急用なのかも知れないしな。アンデッドとかなら、おれが行くべきだし」
「そぉね、奴らがぞろぞろわいてきたとか有り得ない訳じゃ無いし、行ってきてぇ」
聖属性の使い手のダントンが名乗りを上げて、階段を上がっていく。アンデッドが墓場の死体や死にかけの人に憑りついて暴れることはたまにあるし、それを解決するのは基本的に彼なんだから、しょうがないかな?
「違う……スン。ウウェ……酒で解りづらくなってるけど、血の匂いがしている。人数、4……あいつらか?」
「アイツらって……ちょっと、ヴァンくん?」
声をかけたのに、振り向きもせずに独りでよたよたしながら走って行っちゃった。私とエリナは、彼を追って1階に上がる。
そこでは正面玄関が開いていて、狼狽える商人のような人と、
「ケンジ、マリー。どうしたのアンタたち?討伐隊はどうなったの?」
血に濡れたマリーちゃんと、震えながら、かすれた声で何かをダントンに言っている、ケンジくん。彼の右足がなくなっている。
「それよりこっち。エリナさん、どうにかできる?」
玄関前に止められている馬車……じゃなくて、騎竜が引いている竜車に顔を向けて何かを指さしているヴァンくん。
それは、
「ソーリ、どうして?随分顔色が悪い。これは……呪い?それだけじゃこの状態には……」
「俺の『よく知ってる毒』の匂いもする。ちょっと薄くなってるから、時間は経ってるし水もかけたんだろうけどさ。治せる?」
使用禁止毒物。いくつもある中で、偶然オルランの匂いがしたなんて……?でも、それをオークが持っているなんて考えづらい。
あれは確か、少し手間のかかる錬金術で作られる毒。副産物でもないから、偶然とは思えない。
「頼む、お願いだ……今までの事は謝るから、ソーリの事、助けてくれよぉ。なあ……」
いつの間にか、私たちのところまで這いずって、ケンジくんが縋り付いてきた。それを、ギルド内にいたみんなが見ている。ほんの少し前には、見せなかっただろう彼の姿を。
「討伐隊はどうしたの?一体何があったのか、教えてくれない?」
「それより、頼む。アイツを……」
やっぱり、彼は何かに憑りつかれているんじゃないかっていうくらい周りが見えていない。気持ちは分かるんだけどね。
「…………討伐隊からの、伝言です……巣のあるだろう、場所は充分に、探したのに……見つかりませんでした。
……ただ……以前と同じく、おかしな術式が……かかっている、可能性があると……1人の術師が考えたので、報告を仰せつかり……参りました。
……来る途中で……オークが20匹も出てきて、犠牲を払いながらやってきた……次第です」
「マリーちゃんありがとー。あなたは大丈夫?」
息も絶え絶え、といった風に報告をしたマリーちゃん。私の言葉にはうなずくだけ。治療を進んで行っている人も、大丈夫と頷いた。問題は、ケンジくんとソーリちゃん。
「ダメね、もう毒が回りすぎている。毒を抜いたけど、これ以上は無理。細胞が死に始めている」
「オオカミの時は助かったんだろぉ!頼む、頼むから助けてやってくれよー……あ、ああああああ」
ケンジくんは、最近見る事のなかった仲間への想いを、エリナにぶつけて泣いている。それでも、彼女がこう言うって事は……もう、無理なのかな?
「ブラックタグは無情に見えるけど、したくてしていることじゃないんだ。それにこういう事もあるって分かってて冒険者やってたんじゃないのか?」
「ヴァンくん、あまり言ってやらないで。こいつは今、ようやく目が覚めたばっかりみたいだから」
無情……確かに、そう見えてもおかしくないかもしれない。今までにも、どれだけそういう人たちを看取ってきたのか分からない。いつだって心が、マヒしそうになる。
「ぁ……あれ……な、に?……」
ソーリちゃんが目を覚ましたみたい。もしかしたら、これが……
「っ!ソーリ!聞こえるか!俺の声、聞こえるか!」
「うる、さい。……なんで、生きてたの」
目を開けた彼女に近づいて名前を呼んだケンジくんを、鬱陶しそうにしている。そんなにキライになっちゃったの?この前、好きだったって言ってたのに……
「な、んでって……お前が助けてくれたから…………」
「ごめんねー、あたしも甘いから、こんな奴でも捨てていくなんて、できなくってさ……どんな奴でも、助けようなんて、バカみたいな約束、破れなくってね」
「マリー、それでいいの。聞こえる?今できる限り毒は抜いて、呪いも解呪はした。けど、あまり体が持たないから、悔いは残しちゃダメよぉ」
エリナ、もうちょっと優しく言ってあげて。ソーリちゃんにとって、本当にこれが最期になるかもしれないのに。
「ぁ……えりな、さん。……あのこ、いる?」
涙を流しながら、もう自分が、死ぬことを受け入れて、少ししか話していない彼を気にしている。
多分、ずっと気にしていたんだと思う。
「ここにいる」
一言だけ発した彼の言葉に、彼の方を向いて手を伸ばし、彼もそれを掴んだ。
「オオカミくん、ごめんね。もっと……たくさんお話、したかったのに。仲……良く、なりたかった、のに…………」
「それはもう、この間の話で解ってた。恨んだりはしてないし、君は攻撃してこなかったしね。戦ってるときも、何度か優しさを見せてたんだから、分かるよ」
彼の言葉に、ソーリちゃんは涙を流した。
「……ぁ………………ありが、と。マ、リー。どこ?」
「横にいる。大丈夫?無理しなくていいから」
「うん。今まで、ずっと……ごめんね。迷惑、かけたし……楽しい事……もっとしたかった」
ヴァンくんと話している間に、横に移動してきたマリーちゃん。涙を流さないようこらえているけど、口から血を流すくらいかみしめている。一番、仲良かったもんね。
「どうして、こうなっちゃうんだろう。……うまく、行かないなー」
「マリー…………ありが、とー……ケンジに、言っといて」
「何?」
「……あの子をイジメたら、呪うから……って」
「それ、もう言っておいたからダイジョウブ」
それが聞こえたケンジくんは、青ざめて、そして震えていた。
……そこまで、女の子怒らせるような事ばっかりしてたんだ。それじゃ、嫌われてもおかしくないよね。
「もう嫌なものは忘れて、楽しい事考えなよ。もしかしたら、俺みたいに転生するかもよ?
前世はまあ、あまりいいもんじゃなかったけど、生まれ変わったらすごく優しい親だったからさ、俺の場合ね」
「それ、いいかも……ね。生まれ、変わったら……オオカミ君の、子供……かもね?」
「それ、面白いじゃない。犬みたいに庭駆け回るんでしょ?」
「俺は狼だあ!」
彼、ちょっとは気が遣えるじゃない。あんな怖いこと考えるより、楽しい事考えながら最期を迎える方が、良いかもしれない。
普通ならみんな怖くて、死ぬ前に震えるものなのに。楽しみ、増えちゃいそう。
「あ、どこ……ま、りー……おお……か、み…………」
段々声が弱くなってきた。もう、意識も途切れる頃合い。
彼女の手を、2人がしっかり握る。
それに安心したかのように笑い、目を閉じて息をついた。
しずくを1つ、ながしながら。
「……脈、無し。彼女は、『眠った』よ」
手を握ったまま、小さく呟いた。
「そう。ヴァンくん、マリー。ごめんね。できれば助けてあげたかったけど。アタシにも、できないことはあるからさぁ。
無理に回復術使っても、細胞が破壊されて余計ひどい最期になったと思うし」
そういう人を何度か見たことがある私たちにとって、死にかけた人に使う回復術は最終手段で、鬼門。
使ったら、サイコロで生死を決めるようなものだから。数回振って、連続で同じ目を出すような気持ちでかからなければいけない。少しでも違えば……
「うそ、だろ?…………なんでだよ……」
「事実さ。認めたくないものでも、真実なんだ」
彼は、涙を流さず暗い声で応えた……歯軋りして、体を震わせながら。揺れる首飾りが、涙の代わりに煌めく。
「何でそんなこと、言ってられるんだよ!……こいつは、最後まで……お前の事を……なのに、なんで?」
「今、お前の感じているその悲しみを、少しでも無くす為に、冒険者は戦ってるんじゃないのか?ただの見栄でできることじゃないだろ!」
私たちが一度も言ったことがない言葉を、彼自ら発した。
彼も、何かで知ったのかもしれない。絶対に、忘れちゃいけない気持ち。数ある栄光の裏にある、残酷な真実。それに目を背ける者は沢山いる。
ケンジくんもきっと、忘れていたんだと思う。
「さっき、巣が見つからないって言ってたよな。それってつまり……」
「そうだ、そうだよ!オオカミ!お前、代わりに敵を取ってくれよ!
頼む、今までの事謝るからさ!ソーリの敵、取ってきてくれ!強いんだろ、お前は!」
誰かがつぶやいた言葉で、ケンジくんは思い出したかのように息せき切って、ヴァンくんにしがみつき、懇願している。ゴブリンの時も、彼が見つけたのは事実だけど……
「なんで俺が、お前の願いを聞かなきゃいけないんだ?」
「強いって言ってたろ、あの魔術だって本物なんだろ!?アイツらの巣も探せるだろ!お前なら、出来るんだろ!言ってたじゃないか!頼む、頼むよお!」
涙を流し、彼は子供に懇願して縋り付いている。あまりの姿に誰も言葉が出ない。彼が強いと言っても、1人で全部片づけられるわけじゃないのに。
「そうじゃない。お前は俺に、何をしてくれた?そのお前に、俺が何をしなきゃいけないんだよ」
対する子供の声は、そうとは思えないくらい冷たい。その目も、穢い物を見ているような残酷さを孕んでいる。
「そりゃ、俺が森でしたことを考えたら……」
項垂れて、地面を悲しく見つめ始めた。これまで理解してこなかった事を、受け止めて。
「その事は、お前のオヤジが責任を受けたって事で流そう。でも、その後お前は何をした?……俺に、周りの人に……この子に!何をしていたのかを、聞きたいんだ!」
今、眠ったばかりの娘に指を向けて、彼は叫んだ……言いたいことは分かる。
「お前は俺にバカみたいにケンカ売って、周りの迷惑も考えず、この子の気持ちを踏みにじって、自我を通していたな?
それでまだ、自分の気持ちを晴らすために、復讐してくれというのか?
そんな我儘を、俺が聞く必要あるのか?
……復讐がしたいならお前がやれ!毒をぬったバリスタなら、今の足でもそれなりに殺せるだろ!」
「あ、でも……だって…………」
「お前は、ロイが、俺に何をしたか知ってるか?決闘の翌日にはクッキー持ってきて、その後も無口なりに何とか意思疎通しようとしてたぞ?
ダントンが何をしていたか知ってるか?ちょっとした嫌がらせをしていた厨房をなだめるために嘘をついて仕事に行くフリをして俺の飯を賄っていたり、周りでやっかんでいる奴らをなだめていたりしたんだぞ?
お前に嫌味を言っていた奴らが何をしていたか知っているか?嫌味を言うだけでなく、街の人に被害が出ないように奔走したり、いろんな人に話をして誤解を解いたりしていたぞ?多くの人を安心させようとしていたぞ?
俺が知っているだけでもこれだけある。俺の知らないことは、多分10倍はある。お前はそれを、どれだけ知っていた?
――お前はそういう優しさを!どれだけこの子に与えていた!!
……できないやつが、何を言っている。お前は冒険者失格で、玉潰れる前から、男も失格していたんだ。恥を知れ!」
ロイの事は、クッキーは見ていたし、気持ちには気づいてた。ダントンは……仕事ってウソだったんだ。
その他の事は、私たちが聞いていたこと。エリナの暴走の時や、その前後の、いろんな人の反応。いろんな人の、ちょっとした優しさ。それを、彼なりに感じていたんだね。
……最後の方によく分からないことがあったけど、それは置いといて。やらなきゃいけないことがあるよね。
「ヴァンくん、そうは言ってもねぇ」
「エリナさん、行こう。言い合っていても時間の無駄だ」
「ヴァンくん、どこ行く気ー?」
彼は背を向け、この場を離れようとする。でも、既に伝えていたはず。
見つからない巣なら、
「見つからない巣なら、俺の出番だろ?ちゃっちゃと見つけて、落とし前つけなきゃ、どれだけの被害が出るか分からないよね?ゴブリンの時も相当数だったのなら、これも無視できない。
……ああ、言っとくけど、お前の為でもその子の為でもないぞ、DQN」
分かっていたみたい。彼の言葉に顔色が良くなって、少し晴れた顔のケンジくんに、彼は指を向けた。
「俺には俺の狙いがある。
あくまでも俺は『狩人』なんだ。狩場を邪魔されるのも、狩りとった肉を流通に流せないのも問題なんでね。
下らない復讐より、先のある未来の為に行くんだ。それが、俺の生きる道なんでね」
言うだけ言って、彼は踵を返し、準備に取り掛かるために部屋に向かった。しょうがないなー、この子は。
でも、彼の行動に、少し心がときめく。
「ヴァンくん、分かってるよねー」
「戦いは任せます。俺は極力逃げる方針、以前と同じ」
「だねぇ。でも、いざとなったらちょっとだけ使っていいからねぇ。今死ぬより、でしょぉ?」
できれば……ううん、絶対にそれはさせない。させたくない。私たちが、させない。
少し前の掃討の時と同じ、3人で戦場に向かった。
精霊のぼやき
女性が恐い。
――なに言ってるの。このくらいじゃ、恐いの内にも入らないでしょ。嫉妬や妬みなんて、言葉にしたくらいじゃ到底足りないんだから。普通よ、普通。女には優しくしときなさぁい――




