20話 光
前回:――流石って当たり前じゃなぁい、あんたのお守りは2年してるんだから。でも、随分人が集まってきたねぇ。――
「ヴァンくん、2ヶ月ちょっとの間に、随分計算に慣れたねぇ。やっぱ転生者は違うわぁ」
「いや、これは俺のステータスに書いてあった、なんちゃらって技能の奴でしょ?
実際高校レベルの数学とか、前世では赤点すれすれだったのに、ここまで解けるようになるとは。エリナさんの個別特訓が効いてるのかね?」
最後の言葉に、彼女は気をよくして後ろから毛をもみくちゃにしてる。それに対して、彼はというと、思っていた以上に反応が薄い。慣れたのかな?最初の頃は、いやあって叫んでいたのに。
……今なら私がしても、嫌がらないかな?
「それにしても、角度計算に風速計算、距離の計算に力学、流体、更にカオス理論まで、本当に科学のない世界とは思えない。どっかで物理学とか……あれか、錬金がその辺をカバーしてるのか」
「物理って、物質の変化の事?そぉねぇ、錬金はその辺なら当たり前にやるかなぁ。そこらへん、詳しい人に教えてもらうのもいいかもねぇ、あたしあまり詳しくないしぃ」
「エリナさんが詳しくないとは、これは意外だ」
実際、錬金術は他の魔術とは違う成長をしたものだし、仕方ないかもしれない。
確か、基礎は使うけど、薬品や物質を基盤にして使う魔法の一種だよね。黎明期の魔法も、薬品創ることくらいしか、しなかったらしいけど。
「ポーションとか、興味あるのー?ちょっと意外かなー」
「興味あるって言っても、どんなもんか聞いてみたいくらい。飲んだら体が傷なくなるとか、滅茶苦茶強化されるとかあるの?」
「強化する薬はあるよぉ。毒だから、飲みすぎるとヤバいんだけどねぇ」
それを聞いて固まった彼は、多分違う想像をしていると思う。皮膚が固くなるとか、筋肉増強の効果のある薬はあるけど、それってだいたい、下痢になったり、ひどい発熱をしたり、頭がボーっとしすぎて、動きが変になるってくらいだったはず。
「回復力上げるものはあるけど、いきなり回復するものになると寿命縮んだり変なくっつき方するしぃ、体に石ができることもしょっちゅうだねぇ」
「錬金は、時間ある時にしましょう。今はまだ、課題の基本4属性と、空間収納とやらの習得ですね。
……空間収納が鬼すぎるけど」
なんか落ち着いて……気持ちを落ち着かせようとして、切り替えたのかな。
本の厚さや文字の大きさは、全部同じくらいのはず。初級のグリモワール一冊で、100くらいの術式が書かれてるのに対して、空間収納はたった、1種類のみ。その違いが、彼の悩みなんだろうねー。
ちょっとづつやっているけど、空間収納だけは、覚えていってる実感がない訳だし。
「でもぉ空間収納って、保有マナで総量が変わるから、ヴァンくんにとっては大事なことなんだよぉ?アタシだってすっごい容量あるけど、これを馬車で運ぶと、何台分にもなるんだからぁ」
「でも、収納の基準は容積でしょ?それがどれくらいかにもよるから、単純に馬車で換算できないんじゃない?
しかも、これ時間が止まるとかはないんだよね?時間まで止めるとしたら、時空魔法なんてものになるのか」
「時空魔法?聞いたことないかなぁ……できるのかなぁ、そんな事?」
「ほらー、おしゃべりはそのくらいにして、ちゃんと勉強してー。夕方になっちゃうよ」
なんというか……いちゃついている、って言えばいいのかな?もう、仲が良いのが当たり前になっちゃった2人を眺めながら、先を促す。
エリナのあんな表情、私も久しぶりかもしれない。50年の間に、随分笑う機会が減っていたし。これは、このままでもいいのかな?……でも少し羨ましいなー。私もあのフワフワの毛に顔うずめたい。
でも、多分こういうのはずっとは続かない。いつか、終わる時が来るんだろうなー。それまでになるべく多く笑っておかないと、その後、後悔する気がする。
「……ヴァンくん、お願いがあるんだけど、良い?」
「え、リサさんどうしたんすか?改まって」
多分、たっくさんはして貰えないだろうから、今の内にちょっとだけ、良いよね?
「今日お風呂入る時、いつもエリナにしているみたいに、私の背中も流してほしいかなーなんて。ダメ?」
「えぇ、リサぁ。それはちょっとぉ」
「エリナさん、リサさんだけ仲間外れはダメですよ。今までやって無くてすいません、今日からやらせていただきますので、怒らないでください」
怒ってないんだけど、まーいっか。でも、なんで硬いんだろうなー。本当はやりたかったけど、隠してるとか?ありえるかも。
「えぇ、リサがあんなにうれしそうなの、凄く久しぶりに見たぁ」
「それはお互いさまー。自分だって50年前の顔に戻ってるの気づいてないでしょー?」
私の言葉に、彼女は照れ臭そうに頭をかいていた。
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1週間後、その時は突然、訪れた。私にも、エリナにも訪れたそれは、突然彼の前に姿を現す。
「なななななんですとおおおおおおお!?」
一匹の狼の子供の前で、空間が白く光り、裂け始めた。
まだ、彼がちゃんとした魔術を覚え始めて2ヶ月と半月、この魔術を教えられ始めて、1ヶ月ちょっとなのに。
彼にとって、親和性の高い属性、焔。それは炎と空間の中間にある、亜属性。それもあって、彼は空間魔術とも相性がいいらしく、これを簡単に覚えてしまった。
私は、5年かかったのに……私の場合は適正も魔力も低いから、普通の人ならこれくらいって言われたけど。
「おおおおお!私でも半年かかったのに、1か月でできるようになるなんてすごぉいぃぃ!やっぱりヴァンくん、天才なんじゃない?アタシとおんなじでさぁ!」
「ミギャアアア!破壊神はイヤアアアア!」
騒いでる2人をよそに、光は収まる。そして、彼にはもう、いつでも出し入れできる亜空間の倉庫、空間収納が使えるようになった。
多分、私の空間の10倍以上の容量あるんだろうな……羨ましい訳じゃ、ないんだけど、ね……?
「え、ええええ?これで、空間にお肉入れ放題なの?」
「やっぱりお肉基準なんだ。でもぉ、これからは好きなだけヴァンくんの好きなお肉、好きなところで食べられるんだよぉ。素敵でしょぉ?」
それを入れる手間を考えておいてね……それはとにかく、教えていた魔術が一つ実を結んだ瞬間。やっぱりこの瞬間は感慨深いものがある。私が教えていたんじゃ、ないんだけどね。
剣の方は、少し休んでいたのと、重りのせいもあって、相変わらずなんだけど。
「じゃー、これからはヴァンくんにもお買い物、来てもらおうかなー。私一人でお買い物は結構しんどいからさー。前はエリナも来てくれていたからしんどくはなかったんだけどねー」
「「あ、ハイ。そうさせていただきます」」
実際、2人が勉強している間に、私が必要な物を買って来ていたんだし。これくらいはいいよねー。できれば、その間ダッコさせてほしいんだけどなー。
「リサさん、怒ってるんでしょうか?」
「ちょっとだけ根に持ってるけど、安心して。思ってるほど怒って無いから。ちょっと嫉妬してるだけだから」
「聞こえてるよー」
ひそひそ話、下手だなー2人とも。そろそろ夕方。ヴァンくんが厨房に教えていたパスタの、ファルファッレ。あれにしようかな?蝶々みたいでかわいいし。
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何が起きたのか、分からない。
どこを歩いているのかも、何をするためにここにいるのかも、わかりたくない……かんがえたく、ない。動かない足が痛む。
不釣り合いなカラダが支えきれず、ゆれる。少しずつ、日が傾き始めた。ずっと遠くに見える草原の辺りが赤く染まり始めている。荒野の道なき道を、2人に満たない足で、進んでいく。
見ようによってはきれいダロウ……でも、この明かりは、絶望を俺達に与えようとしているかに思える。
どうして俺には誰も……誰も?…………じゃあ、今の状態は……なんだ…………?
俺は、どうしてこうなったんだろう。……違う!俺たちはどうしてこうなったんだ、だろ!
それに、多分……大部分は、きっと……認めたくないけど、俺のせいなんだ!いや……俺が、悪かったんだ!
「ごめん、俺のせいで!」
「口、閉じてくれる?その不快な声……2度と聞きたく……ないんだからさ。ホント……今更だし」
俺の言葉で、ずっと黙っていたマリーが口を開いた。ロビンが身を挺して俺たちを逃がしてくれて、ようやくオークたちから逃げてきたのに、俺は……
「口動かす……暇があったら、自分の足で歩い……てほしいよ。その足で、歩けるならだけど」
彼女の睨むのも、当然なんだろう。何しろ、俺の右足はもう、無い。あいつらの持っていた石斧に切り落とされた。
こんな俺の事、放っていていいはずなのに、こいつらは俺の事助けて、その上……
「もう、俺は放っておいて、2人だけで行けよ、マリー。ソーリの事だって、抱えてるんだぞ?俺なんてお荷物なだけだから……」
「ホント不快……だよね。あんた……最初組み始めた時の……みんなの気持ち……忘れちゃったんだ。
有名にならなくても……たくさんの人の命を助けて、人知らざる英雄になろう……なんて言ってたくせに。
なんであんたなんかと組んだんだろう。あー……そんな奴助けてるわたしも……甘いんだなー」
ソーリは今、気を失っている。彼女を肩に背負い、俺をかかえて、華奢な魔術師はそれでも、オークたちから何とか逃れ、荒野を歩いている。
もうすぐ、街道だ……これで誰かが通れば、俺は助かる。
……待てよ、俺……今、自分が助かることに、安堵していなかったか?
俺たちが助かるよう犠牲になった、ロビンは、どうなったか忘れていないはずなのに。あいつは……
「わたしさー……ロビンが許嫁いるの、知ってて付き合ってるふり……してたんだー。本当はさ……本気で好きだったんだよね。かなわないって……知ってたのに」
俺の気持ちを、知らず。更に貶めて言っていることを、多分知っていて、彼女は語る。
「あんたたちがさ……結ばれれば……なんか、報われるんじゃないかって、どっかで思ってたんだろうね。報われるどころか……その許嫁から、好きな人……奪っちゃったんだけどさ、悪い意味で。ホント嫌になっちゃう」
俺は、そんなに多くの人を、踏みにじっていたのか……今だって、自分の事で喜んでいた。討伐だって、自分が1人になった事を妬んで、連携なんて考えなかった。
森でだって、自分の気持ちのために彼女たちを振り回して、自分より弱いはずの子供を、嘘じゃないなら、逆らっちゃいけないなんて言われる、本物の『英雄』を、踏みにじっていたのか。大事なはずの、仲間ですら……
「ごめん、今更、だけど、本当に、ごめん。」
「今更……過ぎる。それは、彼女とアイツに言って…………あんたなんかにできるなら、だけど。
アイツの許嫁……に言ってあげて。でも、それで許されるなんて、思い違いはしないでね。…………わたしたちは、永遠に許されないことをしたんだから」
その通りだ。むしろ、彼女は悪くない。俺が、悪かった。奴隷でもなんでもする。殺されても、文句言えないんだ。
だって、幸せになるはずだったロビンは、俺なんかが無茶をして出過ぎたから、身代わりになってその体を2つに割られた。臓物が地面に落ちる瞬間は、今も鮮明に思い出せる。
それで、ソーリが結界を張りながら、マリーが奴らを竜巻に閉じ込めながら、何とか逃げてきたんだ。
……俺は、何をした?何をしていた?
――――何もしなかったじゃないか!
「何が、英雄だ。何が、ヒーローだ……何が、オヤジだよ。どれも、俺じゃないし……俺なんかが、言っていい言葉じゃなかったんだ…………」
後悔が、どこまでも心の中に広がっていく。どうして、俺はこんなことをしていたんだろう。昔は、もっと前向きだったのに。明るい未来のために、頑張るつもりだったのに。
……なんで、今頃泣いているんだろう、俺は?
「気づくの遅すぎ。多分、あと半年早かったら、わたしたち……誰も恨んでいなかったと思うよ?まー……今更だけどね。
……ソーリの状態、分かってるよね?……この子まで死んだら、あんたを……呪うから。これ、冗談とかじゃないよ……?」
「ああ、そうしてくれ。それが、俺にちょうどいい、バツだ。
どうせなら、物凄く意地汚くて苦しくて、誰も目にしたくなくなるくらいきつい奴にしてくれ。それでも、俺には足りないくらいだよ」
彼女の背にいる存在は、重い。存在も、意味も、それに受けている、症状も。
「毒と呪いなんて、彼女が受ける必要のない事なんだ。俺が、受けるべきだったんだ!」
本当に、今更過ぎた。結界で防ぎきれなかった奴らの放った攻撃で、彼女は今も苦しんでいる。早く、治療してあげなきゃ。
彼女を、明るい日の元に戻してあげなきゃ。俺なんかを、好きでいてくれた人に。
嫌いになったのに、助けようとしてくれた、優しい女性に。幸せになってもらわなきゃ、意味がない!
「…………あんた、気づいてる?……オークが使った毒、何なのか。覚えてるはずだよね?
……禁止薬物、オルラン。あんたの大好きな液体」
今更、それを……待て、嘘だ。俺が使っていた、その毒。あのオオカミに与えた苦しみ、それを、彼女が?
「あ……ぁあ、ああああ。なん、で」
「…………それが……あんたが、してきたことの……バツって、事じゃない……?ソーリはね、最初から……あの子を……殺すこと、反対していたの…………知ってたでしょ?あーーー!もうムリ、ダメ、動けない!」
俺に肩を貸し、人1人背負った華奢な魔術師はとうとう崩れて、地に手をついた。背負っていた体も、同時に地に転がる。まるで人形のように。
辺りは少しずつ、薄暗くなり始めている。もうすぐ、闇がこの荒野を覆うだろう。
そしたら、俺たちは……特に、毒を受けている彼女はもう……
絶望に暮れる俺たちを、ほんの少しの希望が、小さな光が、街道の向こうから射した。
幌馬車だ。こっちに向かって来ている。
「お、おおおおおーーーーい!乗せてってくれええええ!」
俺は、ようやく、未練がましく腰に差していたロングソードを引き抜いて、杖代わりにして、立ち上がった。
親父に貰ったこの剣は、俺にとって宝だった。でも、今はその辺に転がっている石ころや棒切れと同じくらい、価値がなかった。
「頼む!頼むから!この2人を乗せて行ってくれええ!」
近づいてくるその馬車に、乗っている行商人に、心の底から。
――――俺にとって本当に大事な、大事だったはずの仲間の無事を、願った。
精霊のぼやき
――あんたの場合、天才じゃなくて変態じゃない?エロが直ぐ側に転がってるのに触りもしないなんてさぁ――
それは紳士と呼ぶのです。
――うん、変態紳士ねぇ――
違うよね?




