6話 優雅な野生児
前回:――お風呂で潜水艦。白金はグラマーでマッチョだね。親近感覚えるわぁ――
「うへぇ……何これ。サイズ測ってないのにぴったりフィットしてる……」
自分が着ている服を見て、なぜか納得していない彼に対して、
「あああぁぁ!ヴァンくん似合いすぎる!可愛いィィ!」
悶絶しながら床を転がっている彼女。ちょっと怖いくらい恍惚としている。
エリナが彼の為に用意していた、タキシードとシルクハット。
ヴァンくんの履いていたズボンは流石に汚れがひどいから洗濯することになったんだけど、替えの服を持っていなかったみたい。
ずっと履いていれば、すっごく痛むし汚れるよね。それでエリナが用意していた服を着せてみたんだけど、その2人の温度差がすごい。
「あぁ、生まれてきてよかった」
「いや、言いすぎだから。似合ってないでしょ、これ」
似合っていると思う。彼自身はいつもの感覚と違うから、そう思っているかもしれないけど。実際、白と濃紺のコントラストが映えているし、シャツにしても、水色のモノを選んでいるから、色合いが際立ってる。
「かっこいい、と思うけどなー。それに、ドレスコードの1着も持ってないと、社会人としてダメだと思うし」
こう言えば、2人とも納得するかも?エリナの発言には、ちょっと私も引いてるけど、言うことは判る。
「ドレスコードはパーティとかないと意味無いでしょ?そういう所に呼ばれることって、階級の高い人じゃなきゃそうないだろうからあまりあってもね。ていうか、まず俺を呼ぼうなんてヒトいないだろ」
あれー、納得してくれない……確かに、パーティになんてそうそう呼ばれるものじゃないかもしれないけど。
あー、でもあの人とかは呼んでくれるかも?
「わっかんないよぉ?案外王女様が呼んだりしてくれるかもしれないんだからぁ。あの子、ここの管轄任されてるし、珍しい獣人好きの人だからねぇ」
「……獣人差別の国の王家が、ケモナー?嘘やん。獣人の差別禁止令出してくれればいいのに」
確かにそれができれば簡単に終わると思うかもしれないけど、実際には簡単に施行できないし、施行しても混乱が起きるだけ、なんて告げられて私たちも歯がゆいんだよね。
「とにかくー、今日だけでもそれ着て街いこーよ。服着ないままで歩くわけにもいかないしさー。ね?」
「いや、幻覚を使えば服くらいどうとでも」
「「それはダメ」」
幻覚あれば、裸で歩いても平気なのかな、この子。今までズボンしかはいてなかったからなのかもしれないけど、恥ずかしくないのかな。エリナもすごい鼻息荒くなってるけど、服を着せただけで興奮しすぎじゃ……ダイジョウブかなー、この2人?
「さぁ、それじゃぁご飯食べにいこぉ。ヴァンくぅん何食べたいぃ?」
嬉しすぎて気持ちが緩くなっているのか、喋り方がいつもより甘ったるくなっている。食事をする酒場は私たち以外にもいるんだから、もう少し引き締めてほしいんだけど。
私の心配をよそに、逃げようとする彼をいつも通り抱きかかえ、降りて行ってしまった。
――――――――――――――――――――――――――――
「はぁ!?この子の分を出せないって、どういう事よ!何の権限があって、そんなこと言ってるわけ!?」
「デジャヴやーつ、乙乙」
叫んでるエリナを無視して、なんか謡ってるヴァンくん。そんな歌あるの?
酒場でちょっと遅めの朝食を取ろうとしたら、彼の分だけ拒絶された。調理場にも彼の話は伝わっていたようだけど、料理人さんたちで出すか出さないかで揉めているみたい。
外のお店は大体獣人お断りだと思うし……
「せめて簡単なものでいいんです。みんなで分けられるやつとか、在りませんかね?」
こういう交渉事は、エリナに任せると大惨事になることがあるから私がしないといけない。今までにも彼女の癇癪で、出禁になったお店とか結構あるし。流石に、ギルド併設ならそういう事はないだろうけど。
それにしても意外。冒険者ギルドの世界基準でのルールの1つが地位も種族も年齢も関係なく平等、なんだけど……ここで差別が起きるなんて。
「悪いけど、マナーのなって無いヤツに食わせる飯なんかねぇんだよ。食材だって無限にあるわけじゃねぇんだからホイホイやってられるか」
料理人さん、よくわからない言い訳してる。犬みたいに床で食べるとか思ってるのかなー?これが理由なら、通らないんじゃないかな。まだ彼の食べ方見てないのに。第一、食材に関しては、充分な流通の確保がされていたはずじゃなかった?
「マナーって。テーブルマナーくらい理解してるし、むしろこの世界の生活基準の方が、俺からしたらマナーなって無いくらいなんだけどね。
群れの時はともかく、ここで誰もフォークを使ってないとか、俺には考えられないよ。手づかみして食うぐらいなら、犬食いしているのと変わんないでしょ?」
反論する彼だけど……何だろう、すっごく下に見られてる気がする。私もちょっと、カチンときちゃった。
「フォークって、牛の飼葉とかを上げるための道具の事?あれでご飯って……」
「ハハハ、流石にあんなデカくて尖ったものじゃないですよ、エリナさん。でも、手づかみなんて食事の方法しか知らないなんて、俺にはマナーもくそもないとしか思えませんなあ。サルじゃないんだから」
エリナも茶化す感じで返してるけど、更に口悪く返された。確かに普通食べる時は、スプーンとナイフを使うけど、後は手づかみなんだよね。その為のフィンガーボールもあるけど。たまにナイフに刺してる人もいる。
彼の言葉を聞いて、酒場にいる人がみんな固まっているけど。またケンカになっちゃうのかなー。エリナが居るから大丈夫だと思うけど……
「ほう、だったらその手本見せてくれるってのか?それで食えると思ったら大間違いだからな!ぜってぇ食わせてやるもんか!」
料理人さんを逆に怒らせちゃった。そうだよねー。どうしよう?
「もちろん構いません。でもできればちょっとだけ厨房お借りしたいのですが、それもダメでしょうか?勿論食材の費用は出させていただきます」
ヴァンくん、怒らせた上ですました顔で自分で料理するつもりになってる。お金って、自分で出すのかな?
「え、ヴァンくん、自分でやるの。大丈夫ぅ?」
いつの間にか、彼の発言で落ち着きを取り戻したエリナ。怒りの反動からかな、心配そうに見つめている。その言葉に答えずに飛び降り、厨房へと入っていくヴァンくんは、一瞬振り向いて親指を立てながらニヤっと嘲笑った。不安だなー。
「卵ある?生卵がいいんだけど」
厨房の人にいくつかの食材を聞いて、あったものを貰っていく。その種類を見ている料理人たちは、小声で「できもしない」なんて、バカにしたような口調で話してる。
あの子がここ数日料理しているのを見ている私たちは、出来るかどうかより、問題起こさないかが心配なんだけど。それと、あの魔法。多分使うよね。
「ほんじゃー、――点火――モードクック。
まずは葉物を千切って水に浸して、アスパラっぽいのは塩で茹でて、別の鍋で少しの酢を入れた水を沸騰させて攪拌、中央に生卵を落として、パンを少し薄めにスライスして焼く、間に挟むベーコン焼いて。
俺は卵黄とバターとレモンの代わりのかんきつ類の汁、塩コショウ、これ混ぜて。葉物は水切って皿に敷いたら、パン、ベーコン、卵、横にアスパラ添えて、そこにオランデーズ掛けて、はい完成。エッグベネディクト」
……この料理の仕方は何なんだろう?空を飛んでる調理器具に指示して自分も何かを少し手を加えて飾るだけ。今までで一番早かった気がする。しかも、
「サンキュ、イフリータ。これがなきゃ、始まらないね」
彼の精霊がどこかから持ってきた、小さくて曲がった4つ股のトライデント……フォーク?確かに見たことないかもしれない。なにあれー。
「師匠達の分もあるけど、食べる?」
「食べさせるつもりで作ったんでしょー」
3皿分作っていたらそう思うよね?でもこれ、大丈夫なのかなー。周りの人の目が恐いんだけど……
「おい、今の何やった?」
料理長は唖然としながら彼に聞いているけど、フン、と鼻を鳴らすだけで彼はすました顔で、厨房から戻って席に着いた。余りの早業に、誰も追いつけなかったみたい。
よく見ると、今も調理器具が海綿で洗われてる、氷の調理器具に……何あれ?
「では、頂きます」
ヴァンくんは顔の前で手を合わせて呟いた後、右手に自前のナイフ、左手にさっき作ったフォークを持って器用に食べ始めた。……今気づいたけど、このフォーク、石でできてる。彼の精霊が作ったのかなー?キレー。
「なあ、リサ。ちょっといいか」
「なーに、ダントン。今食事してるところなんだけど」
何かにつけて、彼は私と話そうとしてくる。声をかける割には、身にならない話や興味のない事を振ってくるから、私としては困るんだけど。エリナが恐いのは分かるけど、私に話しかけなくてもいいんじゃない?
「あの子が作ったもの、料理人も知りたがっているんだけど、何か知らないか?」
料理人さんは、そうまでして知りたいのかなー?ほとんど見た目通りだから、そんなに難しいことはないと思うんだけど。
「決め手になるのはソースでしょー?これと卵が混ざって……あー、なんだろーこれ……」
あの子の真似をしてフォークを使って料理を口にする。本当にあの子は不思議な料理を作る。今までたくさんおいしいものを食べたけど、彼のものはどれとも違う。ドロリと卵が溶けて、パンやソースと絡まって不思議なおいしさ。こんなもの毎日食べていたのかなー?彼の一族って、こんな不思議な食生活なのかな?
「ソース、か。それくらいなら……」
「なぁに?ダントンも料理してみるぅ?あんたにできるかなぁ」
ブツブツ言ってるダントンに気付いたエリナが、茶化し始めた。彼はそれで一気に顔が赤くなる。何を怒っているんだろう。ちょっと料理できなくても、恥ずかしい事じゃないでしょ。
「ソースは俺がやってたでしょ?バターと卵黄、柑橘類……出来ればレモン。味を調える塩コショウ。これだけ。割合は適当に組んで」
ヴァンくんは隠しもしないんだね。でも、生の卵なんてあんまり出回らないから難しいんじゃないかな?
「ああ、そうだ。オッサン、オレ、急な仕事が入ったんだ。弁当作ってくれないか?ついでだから、こいつらの分も。オレ持ちでいいからさ」
何を考えて、彼はこういう発言をしたんだろう。私たちは今日は街の中にずーっといる予定だから、お弁当なんていらないんだけど。
それでも、彼の発言を受け入れてキッチンでサンドイッチを作ってくれたみたいだし、貰っていいのかな?さっき作らないって言ってた人たちが悔しそうにこっち見てるけど、料理長さんは作る方針でまとめたみたい。見てる限り、これからは多分、大丈夫。作ってくれそう。
「ああ、そうだ。それと、あのー……小僧」
「ん?なんか呼んだ……ゲフッ」
食べ終えて水を飲んでいたヴァンくんにダントンが近づいて背中を叩く。強すぎてむせてるじゃない。
「昨日は、良かったと思うぞ。子供の動きじゃなかった。うん、それだけだ」
言うだけ言って、お弁当を貰ってそのまま階段を上がっていく。この後仕事だから急いでいるのかな。
「……なんであの人、ウソついたんだろうね?」
「「え?」」
嘘を見抜いて呟いた彼の言葉に、私たちは少し驚いていた。ダントンは誠実そのものだから、嘘をつくとはあまり思えないのだけど。どこが嘘だったんだろう?
――――――――――――――――――――――――――――
「ステータス?」
食事を終えて、教会へ向かう道のりの中、最初に必要とする物の説明をしてあげているんだけど、何か引っかかったらしい。「攻撃力とか、あるのか?」なんて、エリナの腕の中で呟きながら首を傾げている。
「そう、教会でその人の資質を測ってくれるの。ただ、教会は朝方バタバタするから、少し時間空けないと取り合ってもらうのに、待たされるんだよねぇ」
「それで朝風呂にのんびり食事とお茶の時間……もう昼近いけどね。ああ、お肉のいい匂い。釣られてしまう……」
「お店の方に顔を向けても買ってあげないよー」
実際に教会には、まだ人だかりができていた。やっぱり、ここはよく人が集まる。集まったあと、みんなで話し込むことがよくあるんだよね。
「で、教会って何の神様を祀ってるわけ?」
「え、何それ?」
神様を祀る、って言うのが分からない。前世の知識かなー。ちょっと興味あるかも。
「え、教会って、神に祈りを捧げるとかなんとかじゃないの?普通そうだと思うけど」
「ヴァンくん、神様の子孫が言うことじゃないよ?」
「…………ふぁ?」
一気に変な顔になった。面白い……我慢できない!
「プフッ…………」
「あぁ、笑ってるリサは置いといてぇ。ヴァンくんの前世の事は知らないけど、この世界で神様って言ったら、13神族。その内の1つが欠けて、12英雄なの。その内の1つが、フェンリルなわけ。
呼び方が変わったのは、13神族で暗黒大陸に赴いた後、シヴァの一族が欠けている状態で帰って来たから。暗黒大陸から帰った英雄って事で呼び方が変わったの」
もう、ずいぶん昔で、一番長く生きているハイエルフでも、ほとんど伝説のような扱いしているらしいけど。
今は、昔話としてしか伝えられていない。エルフたちは文献や史実について充分な証拠を持っているけど、並人は大体が、偽りの史実だと信じ込んでいるみたい。
「はあ?……え、ちょっと待って。それ聞いてない。フェンリルの一族は、神の血筋だって言うの?」
「そうでしょぉ。ホントぉに知らなかったのぉ?」
「…………なんだそりゃああああ!」
本当に知らなかったみたい。
「シングはこの事知ってたよねー?ヴァンくんは聞いてなかったの?」
「いや、そんなの聞いてない。偉大な一族、とは聞いてたけど。でも、大方あれでしょ。神様の名前を借りて威光を示した、とかさ。だからそのー」
なんか自分で言っていながら、混乱してる。目が回り始めた。
「でも、フェンリルの血筋に精霊術師が多いのは真実でしょ?普通、魔術師でも精霊術師になれる人って百人に1人くらいなんだから。物凄く貴重な存在なんだけど?」
「魔術師だって、普通の人の百人に1人くらいだもんねー。羨ましー」
魔法が全然使えない私に比べたら、2人は……
「え、ちょっと待って。そんなに少ないの?嘘でしょ?いや、もっといるはず!ほら、妖精とか!」
「妖精の一族は、踊りで精霊を使役する術師だから、違うんだよねぇ。そこに分布している精霊に頼るだけで、身体に宿す術師じゃないし」
エリナの言葉がとどめになったみたい。教会の前にたどり着いた時には、腕の中でぐったりしていた。なんでだろー?
「お、なんだあれ?」
何かに気付いた彼は、教会の裏手に顔を向ける。教会併設の孤児院。そこには複数の子供たち。奥に何人もの並人の子供、手前には、3人の獣人と1里の並人。その横に、白いローブを着たシスター。
「あれ、ヴァンくんがヒョウ爺にお願いした子供たちだねぇ。ここで生活するんだね」
なんでか、寂しそうなエリナの声。その腕の中で、彼は……
「ブフッ……ハハハ!」
笑い始めた。なんでだろう?ここはもっと、喜んだり寂しそうにしたりするものじゃないのかな?
「いや、ごめん。やっぱり子供は、元気に遊び回るのが一番いいなって思ったら……」
孤児院の方に目を向けると、騒がしく子供たちが暴れ回っている。何人かはもう、獣人の子と仲良くなり始め、遊んだりケンカしたりし始めたみたい。微笑ましいって事でいいのかな?会話の内容が聴こえたとか?
「あの中に混ざりたいとかないのぉ?」
「いや、どうせなら俺は、独り縁側で、ゆっくりお茶でも飲んでいたいよ」
それは子供のすることなのかなー?マスターがよく似たようなことを庭でやってる気がするけど……
精霊のぼやき
――フォークってこんな感じ?先が四本足で軽く曲がって、持ち手が手に握りやすい形だよね?――
そう、これ!流石大精霊。
――なんでこんな変なもので食べるの?摘まんだ方が早くない?棒とかでさぁ――
教えてないのに、箸を考えるか。さては貴様……
――転生してないから――




