5話 お風呂
前回:――黒いヤツにフラグが立ちました。攻略ルート追加。やったねぇ――
ロイの行動に随分笑わされた後、私が落ち着いた頃には、2人はお茶とクッキーと楽しんでいた。……私抜きでズルい。いつの間にか仲良くなってるようにも見える。
「なんかこのお茶、セイロンみたいな感じだね。渋み強めで香り豊かだから、ミルクに入れたい。ミルク後入れなんて邪道だし、またの機会か」
「お茶に正論なんてあるの?ちょっとこだわりすぎでしょぉ。ミルクが合うのは分かるんだけどさぁ」
なんか会話が食い違っているような気もする。2人を見てるだけでまた笑いそう。
「もー、2人だけでズルいよー」
「何をおっしゃいます、3人分で分けてありますよ。独り占めなんてするもんですか」
私がテーブルに近づくとヴァンくんはすました顔でポットを手に取り、お茶をカップに注ぎ始める。入れる位置が少し高い気がする。
「しっかし、ホントこの部屋は乙女チックなんですね。俺、ここで生活するんですか?」
「なんかしゃべり方固くなってなぁい?どぉしたの?」
「いや、師弟関係なんですから。一応形だけでも」
話ながら周りを見回している彼はどう考えているのかな。寝室とキッチンの2部屋のみの空間。ギルドの中に設えられている、代行やマスターに与えられる自室。今、向かいの部屋は、荷物の持ち出しなんかで騒がしくなっているみたいだけど、その内静かになると思う。
確かに壁紙は赤みの強いピンクで、家具もなるべくかわいらしい物を揃えた。私が選んだ絵画も、エリナがたまに作るぬいぐるみもあるから、男の子の感覚には合わないのかもしれない。起きた時、ベッドが天蓋付きのしっかりした作りで、花柄だった事にも驚いていたようだし。
「ムゥ。これは異世界とか関係なく女性の感覚、なんだろうな。俺には目がちかちかする」
少し渋い顔をしてお茶をすすりながら呟いている。
「ならどんな部屋がいいのよぉ。それ聞いてから考えてみるぅ?」
「一族の時はテントだったけど、前世で一番落ち着けたのは、暗くて狭い部屋」
「何それー、かび生えそー」
彼の感覚は、ちょっと受け入れられないかも。今のままでいいよね?明るくて爽快感のある部屋で、みんなと過ごしたい。
「そう言えば、ギルドのヒトって並人ばかりだったね。他にいないの?」
確かに少ない。8割くらいは並人だと思う。仕方ないかなー。
「居ない訳じゃないけどねぇ、この国自体並人の国だから。最初は並人の寄り集まりだったらしいんだよねえ。戦争とかで領土獲得したりして拡がったらしいけど、敗戦国の人は街には殆ど居ないんだよねぇ」
「オゥ……恐ろしい、戦争は嫌だね。平和が一番だよ」
敗戦国の住人は殆どが、労働奴隷か、それに近い環境で暮らしている。特に戦争絡みで、獣人の扱いが酷くなったらしい。普通のお店にも、彼は入れない場合が多いと思う。
「じゃぁ、リサも落ち着いたしそろそろ準備しにいこうよぉ。その前に、お風呂入んないとだけどねぇ」
みんなが落ち着いて、お茶を飲み終わる頃合いに、エリナが立ち上がる。確かに、準備するものは沢山ある。支度しなきゃ。まずはお風呂、それからご飯かな。
「そうですか。俺は待ってますので、行ってらっしゃい」
ヴァンくんは微笑んで手をひらひらさせている。一緒に行くつもりはないみたい。
だけど、
「ヴァンくんも行くのよぉ、ほらぁ」
「え、ちょっと待って。俺は1人で入れる。ほら、俺もう7歳。中身オッサン。1人でお風呂くらい入れるから大丈夫!」
エリナに抱きかかえられ、彼は暴れ始めた。……カップは落とさないようにしっかり持ってるけど、中身は少しこぼれたみたい。
カップを私が取り上げ、テーブルに置く。彼の体がぴったりエリナにくっついている感じだし、また磁力の魔術を使われているみたい。
「いいやあだあああ!1人ではいるううう!」
さっきの落ち着きはどうしたんだろう。足も手も、しっぽもじたばた動かしているけど、それくらいじゃ彼女に掛けられた戒めは解けないと思う。
「ヴァンくーん、背中に手が届かないんでしょ?洗ってあげるから一緒に入ろー」
「ニャ?!何故それを!」
「あれぇ、こんなとこに猫ちゃんがいるぅ?狼じゃなかったんだぁ」
彼の種族というか、獣人の特徴の1つが、4本足で走れる骨格になっている為、自分の背中に前足が届かない事。動物だったころの名残なんて言われている。
だから、昔関りのあった獣人はみんな、柄の長いブラシを使うか、誰かに洗ってもらっていた。
「今は女性の時間だしぃ、朝だからそんなに騒がしくないでしょぉ」
「だねー。昨日はこの子の事もあって、入って無かったし」
昨日の夜はこの子と、ゴブリンの関係の報告書類が主だったけど、少し遅い時間まで書類整理していたし。私たちが離れている間に起きた問題は、ほとんどがマスターによって処理されてはいたものの、やっぱり仕事は溜まる。
片づけなきゃいけない問題は、たっくさんあって目が回りそう。
「女性の時間って、浴室1つなのか。なら、男の時間に入りますうう!」
……まだ1人で入りたがってた。一生懸命体を引きはがそうとして、少しはずれたと思ったら、すぐにまた彼女の胸に埋もれている。
何が嫌なんだろう?お風呂場までずっと、入る入らないの問答を繰り返していたけれど、脱衣所に来た時にはさすがに観念したのか、彼はうなだれてしまった。
彼が身に着けているのはズボンと紐のネックレスだけだから、あっという間に脱がされて、
「はぁい、先入っててぇ」
「何でえええ!」
湯船に投げ込まれた。
なんか動きがおかしいかなーって思ってたけど、反重力の魔法も使ってたのかもしれない。使うのが難しい術式を当たり前に使っているあたり、やっぱりエリナも規格外な感じがする。
「ほぉんとなんで独りになりたがるかなぁ?寂しいじゃん、ねぇ」
ふてくされた顔で、彼を眺めている。と言っても、底の深い湯船に沈んでいて見えないけど。浮いてこないのかな?浮くよね?
「しょうがないんじゃない?2年も独りで居たし、いきなり人と関わるなんて、居心地が悪いのかもしれないじゃない」
私は2人のやり取りを眺めながら、服を脱ぎ始める。流石にドレスアーマーを着たまま、寝るわけにはいかないから、今はラフなワンピース。脱ぐのは早い。
「それにしても、ホントぉにいつみてもあんたのデカいよねぇ。またデカくなったんじゃない?」
「ひゃ?ちょちょっと!デカくなって無いからー!揉まないでー!」
いつの間にか後ろに回ったエリナが、いきなり私の胸を鷲掴みにする。さらしで巻いて固定していても、重くて辛いばかり。
男の人の視線も、顔よりこっちに向けられることが多いし、女の人からは嫉妬か侮蔑、たまに共感の目線が向けられる。慣れてはいるけど、それでも居心地が悪い。
「でもぉ、さらしで巻かなければヴァンくんは喜ぶかもよぉ?」
そうなのかな?……エリナでも私でも、ダッコされるのは嫌がってるみたいだけど。それに私、無駄に筋肉付いてるし、胸は……
「激しく動くと千切れそうになって痛いんだからね?胸囲100センチ超えたあたりから負荷が倍になった気がするんだから」
多分、気がするだけだとは思うけど。剣士として動くからには、あまり余計に揺れないでほしい。だからさらしでガチガチに縛りつけてるんだけど、その分息苦しい。ほんと、この部分は無駄。最終的には120越えたし。
「ええぇぇ、そうかなぁ?あたしだったらむしろそれを鈍器として使っちゃうけどなぁ」
言いながら胸を振り回して、軽く揺らしている。
「使えません!」
なんて下らない考えをしているんだろう。明らかに男性がするような下らない発想だと思うんだけど。なんて話している間に、2人とも服を脱ぎ終わって浴場に入る。
けど、彼の姿はない。
「あれぇ、ヴァンくんは?」
「エリナ、あれ……」
素っ頓狂な声を上げる彼女を制し、湯船を指さす。湯船の底から泡が立っている。そして浮かんできたと思ったら
「ふっふふーんふっふふっふふーんふっふふーんウィーオールリーヴインナ……敵艦発見、潜水ぃ開始ぃ……プクプク」
マズルだけ出してなんか言ったらまた沈んじゃった。……何をやっているんだろう。
「はい、出てくる」
「なあ!我が艦轟沈セリ!帝国バンザーイイ!」
「……ここは王国なんだけどぉ」
エリナに首根っこを掴まれて、彼も観念したのだろう。暴れもしないで顔を出した。そのまま湯船の外に出したのだけど、湯船には彼の抜け毛が相当に浮いている。
「ヴァンくん、随分抜け毛があるねぇ。どこか剥げてない?ストレスとかさぁ」
「ないない、ただ2週間くらい水浴びもしてなかったから。あと、毛が生えかわる季節なんですよ。だから抜ける量が多いのです。いきなり湯船なんてダーメダーメ」
分かってたんなら、早めに出てればよかったんじゃ……まー入った瞬間にはもう結構浮いてたのかもしれない。
「それじゃ、体洗っちゃおうか。ヴァンくんこっちおいでぇ」
「いえ、1人で洗えますから。ブラシなんて氷で……」
また2人で言い合いが始まった。この2人、仲が良いんだか悪いんだか、よく分からない。どっちが洗うかを舌戦している2人を置いて、私は石鹸を泡立てて、彼の背中にこすりつけ始める。
「あひゃあ!勝手に洗うなー!」
声が裏返って、変な言葉になっているけど、しっぽを振っている。結構喜んでるじゃない。……何だろう?泡立ちが悪い。それに、肌が変な感じがする。
「あれ、ヴァンくんの肌、黒くなってるんじゃない?どーしたのー、これ」
私の声に、ビクンと跳ね上がる彼と眼を鋭くさせるエリナ。一緒に入りたがらなかったのは、これを隠したかったからなのかもしれない。
「あー、これはですね。点火すると受けることになるダメージの蓄積で……しかも……正直なところ、少し前の戦いでリスク倍賭けしていたもので。それも仕方なく、ですね?やりたいわけじゃないけど、昨日俺も煽っちゃっていた訳だし、つまりまあ……自業自得というか」
しどろもどろになりながら答える彼に、エリナが睨んでいる。ちょっと恐いかなー。
「へぇー、それで納得すると思ってるんだぁ」
「ゴメンナサイ」
彼のいい訳には、納得できない。実際、戦わなくていいのに、戦う羽目になっちゃったし。
むしろ、彼は自分から率先して戦っていたように見えた。やりたくない、という人の姿じゃないと思う。まー、あの場を必ずしも穏便に済ますなんて、できたかわからないけど。
「そしたら、余計に装備の事ちゃんと考えないとねー。そっちに乗せ替えしたら、ヴァンくんリスク受けなくて済むんでしょー」
こういえば、エリナもそっちに気を回すはず。ヴァンくんも流石に観念したのか、大人しく洗われてる。
「そぉねぇ、ヴァンくん何がいい?やっぱり男の子だし、ロングソードとか、槍?ハンマーなんかもありじゃない?」
……え?石鹸を泡立てて、彼の正面を洗っているエリナを見る。彼は魔術を使うんだから、そっちじゃないの?エリナが交渉してたんだし。
「俺は前世で格闘技をやってたし、剣も一族から一応の教授は受けているけど……サーベルだね。剣って元来サブウエポンでしょ?魔法メイン、サーベルをサブ。魔法の一部に、格闘。これだね」
……あれ?わたしの思ってた考えと、2人の考えは違うみたい。
「えーと、2人ともちょっといい?ヴァンくんは魔術師として、育てるんじゃないの?私はそう思ってたんだけど……」
「「え?」」
私の疑問に対して、2人は驚いている。なんで、私も教えることが決まっていたような顔をしているんだろう?
「てっきり、2人そろって教えてくれるものと思ってた。話し合いとかしてなかったの?一族みんな、接近武器と魔法の両方使うんだけど」
「あぁ、話し合いしてなかったねぇ。でも、シングも、魔法とバカデカい剣持ってたから、リサも理解しているもんだと思ってたわ」
確かに、彼の剣は異常にでかくて重い。それは分かってるんだけど、一族みんな、っていう事は知らなかった……あれ、聞いたことあったっけ?そしたら、私も教えるって事?
「まあ、教えたくないって言うなら別に……」
「ちょ、ちょっとまって。教えないなんて言ってないけどー、でもいきなりそんな風に言われても、心の準備がさ、ね?今迄に誰かに1から教えたこともなかったし、エリナが話進めてたからてっきり……」
全然考えて無かったから、どぎまぎする。どうしよう、私にできるかなー。
「あれ、これホント泡立たないねぇ……」
「いや、一度泡を擦り付けてから流してもう一度洗えばいいんだから。それ以前に、前は自分で洗えるんだからやらなくていいんだし」
エリナの一言で、私の言葉が流されている。流すのなら、泡を流してほしい。
「で、リサさんは教えてくれるの?出来ればリサさんに教えて欲しいけど、できないなら別に……」
あ、また言われた……
「で、出来ない訳じゃないよ?……仕方ないから、教えてあげる。私は厳しいからね?」
ここまで来て、やらないって言いたくない。本当は、自信ないんだけど。教えられるのかな。私、才能ないのに。
「リサさんって、ソフトなツンデレですか?」
「え、ツンデレってなぁに?おいしいもの?」
「私を食べようとしないでほしいなー。どうしてそうなるのー?」
いつの間にか泡だらけになった彼を、これでもかというくらい強くこすった。ギャアとか騒いでいたけど、汚れはそれでも、落とし切れないくらいに出てきていた。
精霊のぼやき
――あんた、なんだかんだで喜んでない?エロガキぃ――
しっぽは条件反射。そもそも一緒に入ったくらいで騒ぐもんじゃ無し。江戸時代だって混浴だぞ?
――いい訳なんかしちゃってこいつぅ――




