17話 試験3日目 昼食
前回:――女子買い。男抜きになると、色々喋りたくなるよね?――
先輩冒険者3人と別れて、ヴァン達との待ち合わせの場所に向かう。
この街にはいくつか公園があって、芝生の広場にベンチが置かれた場所や、池とちょっとしたコテージのある広場、植樹した森林公園など、複数の形があるらしい。
その中で、縁に沿って植樹した、芝生の広場の中央にコテージがある公園が、待ち合わせ場所だったんだけど……
「やい、犬!骨だぞ!」
「オオカミだあ!骨なんぞ要らん!」
「ほら来い!」
「畜生、よこせ!」
要らないなんて言いながら、子供が振り回してる何かの骨を、追いかけまわしていた……何やっているんだろう?
「こら、放せよ!マテだ、マテ!」
「ハン、犬じゃないから従わん!オオカミは怖いんだぞ!」
骨に噛みついて、そのまま子供を引きずって遊んでる。それを見ていた子供たちが、だんだん骨にしがみついて増えて行って、そのまま5人くらいが引きずられていく。
なんだろう、子供には、本当に人気があるのかな?
「アリスー、ヴァンをどうにかしてくれよう……アイツさっきからずっと遊んでるんだよ……」
ワタシ達に気付いたユータが近づいてきた。ヴィンセントさんも一緒にいたみたいだけど、彼は唖然として動きを止めている。その彼の足元には、小さい女の子が1人いて、一緒に眺めている。
「どうにかって、普通に話しかけたら終わるんじゃない?」
「それがそうでもないんだよ、ぼくが話しかけても無視されるんだよう……」
そうなのかな?沢山の子供が、彼を追いかけているけど、話しかけたら、普通に止まるんじゃないかな?
「ヴァン!そろそろご飯にしようよ!」
「オー、ちょっと待ってろ!はい、お前ら悪いけど、俺飯にするから遊ぶの終わり!」
「「「えー!」」」
いつの間にか10人にまで増えた子供が、一斉に不服を訴えている。もしかしたら、最初からいたのかも。
「ほら、お前らも飯の時間だろ。早く帰らなきゃお母さんに怒鳴られるぞ?」
不貞腐れている子供たちを宥めながら、背中を押して家に帰るよう促している。そして、彼に手を振って離れていく子供を、ヴィンセントさんの足元に居た子供が、追いかけて走っていく。
「お前ら、服は買えたか?あの人達は結構おしゃれ好きだから、安くていい服売ってる店知ってるんじゃないかと思って、紹介したんだけど。
あ、薬品と盾はもう買ってきたから、今日は後はフリーでいいんだけどさ」
「ヴァン、全く迷わずに選んでたよな。それよりなんでぼくが声かけても無視しててアリスが声かけたら戻ってくるんだよ」
それは分かるんじゃない?揃ってなかったからだと思う。
「お前の相手をする必要があるのか?それなら子供の相手をしても変わらん。アリスたちが戻ってくるまでは暇なんだしな。寝るか遊ぶかくらいしかないだろ」
「ユータ、何とかして、自分が目立とうとするじゃない。結構鬱陶しいよ?ちょっとくらいは子供の相手してもいいじゃない」
いつもしつこくあの子供たちと同じように、追いかけまわしているんだから、変な嫉妬をしなくてもいいんじゃないかな。
「えー、バカがキライで、アリスがコイビトだからじゃないのー?」
「ハル、失礼なことを言ってはなりませんよ」
なんかまだ、ハルちゃんは勘違いしているみたい。本当にそういうのじゃないんだけど。
「ハル君、オオカミは一匹を愛する者だよ、解るかね?」
「わかんない」
ヴァンはなんか格好つけて言ってるけど、一蹴されている。ワタシもちょっと解らない。独りが好きなのに、子供と遊んでるのって変だと思う。
「まあ、良いではないか。それより、食事は何処でするのだね。店は、この近くに在る様に見えなかったのだが」
ヴィンセントさんが言うのも分かる。この辺りに食事のできる店は見当たらなかったけど、多分彼が考えているのは、お店に行くことじゃない。
「ああ、知らないのか?ここの統治をしている王女は獣人好きだけど、街全体は嫌っているヤツが多いから、基本的に俺は店に入れないんだ。
だからギルドか、自炊かのどちらかしかないんだよ。買い物できる店は、増えてきたんだけどね」
彼は、空間収納から調理器具を出し始めた。ヴィンセントさん達は唖然として、それを見ている。
「それは……つまりお店に向かうのではなく、この場で調理して食べるという事ですの?」
「そう。冒険者であれば、ある程度は屋外での食事になる。戦場や冒険先なんかで、酒保商人のような奴ら相手に食材を買い取る事や、村なんかで分けてもらう事だって多い。
基本、外での炊事なんかが当たり前になる。驚く事じゃないぞ?」
何となく、ワタシはそうなるんじゃないかなって思っていたから、持ち運び用の簡易テーブルを空間収納から取り出す。お茶も入れておこうかな?
「そういえば……誰もレーションとか食べてるの見ないよね……」
「ユウタ、ほとんど中世のこの世界で、レーションとかバカの妄想だぞ?
なぜか中世や近代の世界観でレーションとかいって、カロリーナンチャラの模倣品が出てくる作品が多くあるけど、レーションの原型は第2次世界大戦の頃の話だし、更に古くしてもせいぜいナポレオンくらいの時代の缶詰もどきまでだ。こっちはアーティファクトが、現代に近いレベルになりかけているけど、同じじゃないしな。
元々、傭兵相手の行商人である、酒保商人とか従軍商人って呼ばれるヤツがやっている商売か、強奪か、自分で用意するかの3択なんだよ……どうした?」
ヴァンの言葉に、ユータが何故か顔を青くして震え始めた。なんだろう?
「なななななんでももなないいい」
「あからさまに震えすぎじゃないか?まあいいけど。もうパスタ捏ね終わったから、後は切って茹でるだけだし」
スープは先に作ってあったのか、パスタを捏ねた後、サラッと茹でて、彼はあっという間に調理を終えた。
「ズッキーニとモッツアレラチーズのマルタリアーティ バジリコ風と、手軽なポトフだ。パンもある」
彼が出した皿は、緑色のソースにズッキーニって呼ばれた野菜、レウルス、チーズ、四角いパスタを和えたものと、普通のポトフ。ソーセージが入ってるけど、彼が作ったものかな?
「ヴァン、とうとう手抜きしたのかよ。パスタって言ってもこれ四角いじゃないか」
「馬鹿め、もともと存在する物だ。ただ形が違うだけだ。これをデカいマカロニみたいな形に巻いて、中にミートソースを詰めたりしても美味いのだぞ?イタリアンに存在している料理だ。慣れていないだけだよ」
なんかこの光景は、本当にいつもの2人の会話。さっきの蒼い顔は、何処に行ったんだろう?ユータはもう、平気なのかな?
「形が違うだけで何が変わるんだよ。ペラペラの紙みたいじゃないか」
「全く違うよ。食感や舌触りが別物だろ。さっきも巻けば、マカロニのデカい奴って言っただろ?フォークの先っちょに引っかかるレベルじゃない。ナイフで切らなきゃ、口に入りきらないんだ。それに比べたら、これは食べやすい。
しかし、ズッキーニがあるのは意外だったな。この世界では違う名前で呼ばれていたけど。ああ、アリスお茶入れてくれてたのか、ありがと」
簡単にお皿に盛りつけて、テーブルの上に置いた彼は、ワタシがいれていたお茶に気付いたみたい……ワタシって何で気づいたんだろう?
「それで、お前らの見つけたい答えはあったのか?その辺、今の内に話し合っていてもいいんだけどさ。
ぶっちゃけた話、実力的な面でも、知性的な面でも、お前ら以上の奴はいない。ヴィンセントはリーダーシップを張れる存在だと思う。変に調子に乗る人間じゃなさそうだし、目的も存在している。
しかも独善的なものではなく、人が持つべき感情を孕んだ希望として。それだけあるのであれば、充分信頼したい存在なんだが、俺の事を信頼できないか?」
3人にフォークを渡して聞いている彼の表情は、嗤っているようだけど、多分、緊張しているんじゃないかな?尻尾の揺れ方がいつもと違うし。
「私が見る限りでは、不信と云うよりも、画策的と見るべきと考えていたのだ。そして確かに、策があるのは少なからず見えた気がする。
然し、我々で良いのか?まだ碌に話してもいないのに、我々を信じようと云う考えが理解できない。信じるに値するか否かは正直、未だ判らないので、断言は出来無いのだが」
「ワタクシ共が聞いた限りでも、貴方が下位として始めるのも不思議に思わていたようですし、力を認めたのではないかなどと言われました。
しかし、貴方のギルドにおける存在は、5等級のそれではないはずです。ワタクシ共が信用するかどうかより、貴方自身が、何故ワタクシ共を信用するのかが気になります。他に居られないのですか?」
「うん、その話はゆっくり確かめて行けばいいから、食いなよ。冷めちゃうよ?」
真剣に聞いている2人に対して、気の抜けたような声で彼は食事を勧める。その2人を差し置いて、ハルちゃんだけは先に食べてるけど……彼の勧めに対して、2人は渋い顔をして食事をとり始めた。
「まず、俺は初めて会った人間と組むのは、これが始めてじゃない。それに、そんな事を言ってどうにかできる物じゃないしね。
仲間が大事って言いたいのは分かるけど、じゃあ仲間じゃないから大事じゃないっていうのか?残念だけど、それは違う。
例えば……ユウタが初めて見た、火竜と俺が戦う姿、周りで鎧を着たヤツラが、囲んでいたはずだよな?お前は……」
「もう、解ってるって。あれは見ていたんじゃなくて、お前と連携を取っていたんだろ?」
「そう。そしてその状況は、幾らでもありうる話だ。
信用する仲間との旅は楽しいだろう。でも、そうじゃない者と力を合わせるのも、当たり前なんだ。誰を信用するとか信用しないとかじゃない。共闘する者か、否かなんだ。
俺には俺の目的がある。でも、それは俺の都合だ。煩わしいと思うなら、切り捨てて構わない。それなら、他に頼める奴を探すしな」
つまり、筆頭候補だからって必ず欲しいって意味じゃないって事だよね。この人達の自由もあるし、それを勝手に変えていい物じゃない。
「ヴィンセントさま、ぎんろーはやっぱり悪いやつじゃないんだよ。ほらー、ごはんおいしいでしょー」
……関係あるのかな?
「……ヴァン殿、君の考えは理解した。簡単に言えば、君は自分の手柄を横取りされたくは無いのであろうが、それだけなら受けられない。本当に他の目的は無いのであろうな」
ヴィンセントさんの厳しい目が、彼を射抜く。
「……その事だけどさ。話していなかったけど、理解できると思っていたよ。偽りの貴族はどうなる?」
「……」
彼の言葉に、ヴィンセントさんの表情が険しくなった。多分、ユータとハルちゃんは理解していないみたい。
「あ、わかった。ウソつきだから、みんなの為にすることがウソに見えて、住民のひとがわるいめで見るんだ。それでケンカとかすることあるよね。となりのリョーチがそんな風になってるって聞いたことあるよ」
「ええ、そんなことあったの?!」
……理解していないのは、ユータだけだった。
領を治める人が、あからさまな不正をしている事が、浮き彫りになるとしたら、誰がそんな人を信じるだろう。
最初から注意深く見ている人だったら、当然気付く事だけど、そんな事で細かい情報が流布される訳じゃない。でも、騎士候は大々的に流布される物だし、国中に知れ渡る……その内容と一緒に。
ドラゴン討伐をしたと言いながら受けた騎士候が、吟遊詩人が謡う内容では、他の人に変わっていたら、混乱が起きる。それが何度も起きていたら、不信が確信に変わってしまう。
つまり、
「つまり、混乱からくる暴動や、移民を抑える理由になる、という事でもあるんだ。最も、俺だけでそんな極端な流れができる訳じゃないが、一応はこれ以上の混乱を抑える理由になる。
勿論、これはあわよくば、という考えであって、絶対になる訳じゃない。市勢に詳しい者なら気づくと思っていたけど、買い被りかな?」
ヴァンはまた、2人に嗤いかけている。そういう顔をしなくていいんじゃないかな。悪い人ぶらなくても、ヴァンがいい人なのは知ってるし。
「ですが、それで社会が変わると、本気で思っておいでですか?それこそ買いかぶりじゃありませんか?
事実、誰がそんな事を願うのですか!?」
エイダさんは、やっぱり彼を信じられないみたい。でも、彼は気にしていなさそう。
「第3王女、エメラルダ・リ・ヴェルリ・ブルラント。彼女からの個人的な依頼だ。
最も、『可能なら』という言葉を彼女自身、何度も使っていたから不可能かもしれないと思っているんだろう。
そもそも、そう都合よく獣人とチームを組む貴族が来るとは、考えていないようだったしね。彼女の友達が躍起になって、俺と組むか、直接的に政治で攻撃するなんて言い出して、治めるためにした約束だ。
実はこれは、国政の一部だったんだよ……重すぎるし、悪いけど俺はどうでもいいから、『可能なら』やるって言っただけなんだけどね……お代わりいるか?」
「うん、いるー」
意外な人……でもないのかな、彼は親交あるって言っていたし。王女の名前が出てきて、流石の2人も、驚きながらも、納得はしたみたい。全然気にしていないハルちゃんはお代わりしているけど。
精霊のボヤキ
――あんた、なんで骨につられるのよ――
知らんが、体が疼くんだ。狩らねばならぬのだ!
――いや、骨だよ?――
分かるんだけど、分かってるんだけど……止まらないんだよ、畜生!
――変なの――




