後日談 溶かされた鋼
すみません、遅れました。
地球を襲った未曾有の危機は過ぎ去った。
現在、地球では戦争による後始末をアンダームーンが主導して行っていた。
あの戦争以降、アンダームーンの尽力によって地球と能力者の間にある蟠りは解消されたのだ。
アンダームーンの能力を使った強制的な相互理解により、地球側は能力者に対する偏見を無くした。
今のところ地球に住む、もしくは生まれた能力者に対し迫害していると言う情報はないため、以前ほどの深刻さはもうないと見ていいだろう。
そして徹底抗戦を宣言したアンチノーマル。
彼らはこの戦争以降姿を現す事はなかった。
彼らは一体どこに行ったのかは、アンダームーンでも追う事は出来なかった。しかし来年となる2016年に襲撃が予想されている事から、いつかは彼らと争うのだろうかと思わずにいられない。
果たして彼らまで救って良かったのか。
そう思う者がいるのも事実だ。
しかし彼らを救って良かったと思っている人々もいる。
もしまた襲い掛かって来たら、今度もまた理解させればいいのだ。
人々に、争いなんて必要ないという事を。
一方、今回の黒幕にして元凶であるサラハと、バーンハード・コールスの処遇については、アンダームーン預かりとなった。
「ここから出せ! この私を忌々しい貴様ら能力者の牢に入れるとはただではおけんぞ!! 偉大な科学者である私は人類の発展を目指す使命があるのだ!! ここを出たら貴様らの脳を取り出して実験してやる!! ……おい待て貴様ら私をどこに連れて――」
バーンハード・コールスに関しては、精神諜報機関が担当する事となった。
特級能力者であるレンジにより下半身付随となった彼だが、身寄りのない子供を実験し、その命を道具として扱った経歴から死よりも重い苦痛を受ける事だろう。
そして、サラハに関しては。
「……本当に、老けたわ」
とある病室で眠ったまま起きる気配のないライカンの側に、彼女はいた。
愛おしそうにライカンの頭を撫で、無表情だった彼女の顔には慈愛の笑みが浮かんでいた。
彼女は今回の件を受け本来ならば死刑になっていた。
だが彼女の持つ能力者を超えた頭脳と技術力、そして彼女自身が反省の意思を見せている事から、特例として監視付きでアンダームーンの協力者となった。
手始めに、アンダームーンは地球に残っているサラハの作り出した全ての兵器の回収を彼女に命じた。しかし彼女は回収ではなく破壊を提言し、実際に彼女が遠隔で全て黒い砂に変えたのだ。
僅か数時間の出来事だった。
この件でアンダームーン側は、彼女の異常な頭脳に改めて驚愕した。
「ふふ……まるで親戚のおじさんとその姪ぐらいの外見かしら」
サラハ本人は例え窮屈な生活を送ろうとも、ライカンが側にいれば満足している様子だった。彼女の生活は病室に住みながらライカンの世話をしており、時折要請によって機械を作る日々を送っている。
「興味は無かったけど、貴方のためなら私の外見を成長させる機械を作ろうかしら……でも、貴方が眠っている間に若返らせたらそれはそれで面白そうね」
ライカンは、今回の件でずっと眠ったままであった。
前例のない能力暴走薬の完全制御、そしてそれによる地球人類の意思の統合は予想以上に彼の負担となっており、今になっても目が覚める気配は無かった。
「精神に関してはまだ未研究の分野だけど……私達には時間がまだまだあるし、作れる。いつかは貴方が起きるかもしれないし、私が起こすかもしれない。それでも今だけは、甲斐甲斐しく私に世話をさせてね」
それでも、彼女は満足しているようだ。
そして、最後に。
戦争を終わらせ、世界を救った功労者であるアッパーだが。
「……」
彼もまた、ライカンと同じく眠りについていた。
十月下旬から始まった一連の事件から、十二月の中旬になってもまだ、彼は眠ったままだった。これはライカンと同じで、いくらアッパーでも地球人類全員の意思は強烈な負担となっており、宇宙からサラハを連れてきた直後に彼は眠るように倒れたという。
連日連夜アッパーの元に仲間達が見舞いにやってきては世話をする毎日。
それでもライカンと違うのは、アッパーはライカンより自力で目覚める確率が高いという事。確かに今回は流石のアッパーでも精神的負担が大きかったのだろう。
しかし彼の身には意識関係なく働く能力という存在があるお陰で、きっと近い内に目が覚めるだろう。
――そして、とある日の夜。
一人の男がサラハの病室の前に近付いて行った。
その目に憎悪を宿し、その手には物騒な刃物を持っていた。
「サラハ……貴様とアッパーだけは」
能力を使い、範囲内にある存在に催眠の波動を広げる。
それによって中の部屋からゴトっと音が鳴り、対象が眠りについたと思った男はサラハのいる病室に入ろうとする。しかし――。
「二人の邪魔をしちゃダメよ?」
「――!?」
突如として女性の声と共に肩を掴まれた男は、そのまま驚異的な力によってサラハの病室から引き離されるように吹き飛ばされた。
「ぐあっ!?」
「はぁーい、今回の真・黒幕さん?」
「ぐっ……貴様は、誰だ!?」
男の蛮行を阻止したのは白衣を着た、美しい女性。
彼女の名前はノウン。アッパー以上の力を持つ正体不明の能力者だった。
「私の事よりも貴方の事よ? ……貴方でしょう、戦争にまで発展させた人というのは」
「ぐ……っ」
「アンチノーマルの構成員、いや幹部かしら? アッパーとサラハちゃんに対する憎悪からスキーマーと同じ……いえ、それとも別の未来から来た未来人という訳かしら?」
「……」
ノウンの推測は全て当たっていた。
おかしい。自分の存在はずっと隠しており、この女とは面識も無いはずなのにどうして、と男が混乱する。
そんな男に、ノウンは静かに自分の推測の過程を説明した。
「先ず、どうしてアンチノーマルが急に戦線布告をしたのか」
本来ならばアンダームーンへの襲撃の予定があるのに、能力者に対する迫害をし始めた地球に対し宣戦布告をして悪戯に戦力を消耗させた。
「スキーマーは仲間達に対し必要のない犠牲を強いる事は好まない……少なくとも作戦に支障の出ない内は。でもその宣戦布告は違う。今後のためならいくらでも我慢出来た筈なのに、アンチノーマルは態々名前を出して宣戦布告をした」
「ふん……貴様にスキーマーについて何が分かる?」
「そうね、直接会った事は無いし話した事もない。ただ又聞きした程度の知識ってだけね」
「ならば貴様の考えは間違っているという事だ」
「いいえ? 私の考えは間違っていないわ。そうじゃなければここで貴方の行動を阻止出来る筈もないでしょ?」
そのノウンの言葉に男は警戒を強める。
「確かに戦争はサラハちゃんやバーンハードも願っていた。だけど彼らはあくまでアンダームーンとの戦争を考えていただけ。貴方達アンチノーマルの存在なんて知る筈もなかった」
ただ能力者が乗ってくれれば誰でも良かったと、サラハとバーンハードに対する尋問で分かった。
「結局のところ、どうして自分達の存在を明かしてまで戦争に乗ったのか……それは戦争を引き起こす事こそが貴方達の利があるからとしか思えなかった」
「……それはなんだ?」
「当然、復讐でしょう?」
即答したノウンに、男は歯軋りをした。
「サラハちゃんにも憎悪を抱く貴方は、恐らく未来でサラハちゃんにこっぴどくやられた」
「……っ!!」
「その様子からして、恐らくスキーマーと同じくアンダームーンに勝利した未来だろうけど、その後何かしらの要因でアッパーとサラハちゃんが手を組んで、貴方達を倒した」
そして過去に戻った男はサラハに対し復讐を抱いたのだ。
「でも……貴方はサラハちゃんの技術力を見誤っていた。あの戦争で貴方はサラハちゃんを探して始末しようと考えたけど、あの子はどこにもいなかった」
男の記憶には絶望し、救いを捨てたアッパーに寄り添うサラハの光景があった。アッパーが先頭に立ち、サラハの作り出した武器によって武装した地球の人々とアンチノーマルが争いを繰り広げた。
だから今回も武装した地球の人々の後ろでサラハがいると思ったが、ついぞ見つける事が出来なかったのだ。
「そしてあの状況でサラハちゃんを探す事を諦め、サラハちゃんが改心してここにいると分かった貴方は直接にここにやってきたっていうわけ……どう? 合っているかしら?」
「貴様……一体何者だ……!!」
「本来はここまで行動する気はなかったけど……貴方に関する情報を『あの子』から聞いていなかったのよ。だからおかしいと思ってここに来たけど……なるほどこれなら『あの子』も知らない筈だわ」
「何を言っている!?」
「『あの子』の知らない範囲なら、私が行動しても良いわよね?」
その瞬間、ノウンの体から尋常じゃない圧力が男を襲う。
未来で幾度も受けたアッパーの圧力より遥かに重いそれに、男は膝をついて息が出来なくなる。
「あ……あっ……あぁ!!」
「あら? 苦し紛れで私に能力を使う気? ……でも残念ね。貴方と私の相性は悪すぎた」
男はノウンに対し『催眠』を施そうとした。
精神に作用し、あらゆる生命を眠りへと誘い、もしくは相手を意のままに操る能力。だがその能力は――。
「あっ……え……」
「私の精神に干渉しようだなんて……数十億年鍛えてから出直していらっしゃいな」
圧倒的、精神の力が男に逆流する。ノウンの精神に干渉した瞬間、男はノウンの精神によって自分の精神を圧殺されたのだ。
ばたり、と倒れる男にノウンはため息を吐く。
「あぁもう……これだから『精神系』の相手は後処理するの面倒なのよ」
◇
窓から差し込む光が、閉じていた目蓋ごしに目に注ぐ。
その眩さに手で遮ると、ふと自分が今まで眠っていた事に気づく。
「あ、あれ……俺いつの間に」
目を開けて、体を起こす。
周りを見渡すとどうやら自分の部屋にいるようだ。
「……お兄ちゃん?」
「……まゆり?」
すると部屋の扉から見知った声が聞こえる。
そこに顔を向くと、目を見開いているラビィの姿があった。
そして何かを言おうとした矢先に、ラビィがアッパーの体に飛びついた。
「ま、まゆり……?」
「良かった……良かったよ……」
「あー……なぁ、俺ってどのぐらい寝てた?」
どこか既視感のある光景にアッパーは恐る恐るラビィに尋ねる。
するとラビィは動きを止めて、ゆっくりとアッパーから離れた。
「あの……まゆりさん?」
「もう、お兄ちゃんは起きるのが遅すぎるよ」
「遅いって……やっぱり?」
「ハロウィンもクリスマスも全部過ぎちゃった」
一緒に過ごしたかったのに、とラビィは言う。
「そ、そんなに寝ちゃってた?」
「そうだよ」
そしてラビィは、次に衝撃の一言を放った。
「あけましておめでとう、お兄ちゃん」
「……」
どうやら、年が明けたようである。
これにて第四章、完!!
いやぁ長かった……というよりも途中一年程更新停止してしまいました……。
そのせいで設定のど忘れなどのブランクがありましたが、ようやく終われました!
さて、これでいわゆる起承転結における承の部分が終わり、次回から物語の転の部分に入り、これまで散りばめられていた設定や伏線の回収をしていく予定です。
更新スケジュールですが、プロット練り直しのため暫く間が空いてしまう予定です……。
それほど長く時間を空く訳ではありませんのでご安心ください。
次章開始する際は、登場人物紹介を挟んで第五章第一話を同時投稿します。
それでは、よろしくお願いします!




