第53話 鋼の溶解
全身に力が溢れていく。
人々の思いが、意思が、アッパーの体を駆け巡る。
人を守れと、地球を守れと、膨大な数の思いがアッパーの体を強くした。
――『全人統一強化』。
そう呟き、ゆっくりと足に力を入れる。
その瞬間、アッパーの体は消え、巨大戦艦の前に現れる。
『危険度の上昇を確認』
『迎撃を開始します』
突然の反応。それでも機械達は冷静に対処を始める。
だが彼らの中にインプットされているデータに、今のアッパーに対処出来るほどのデータが無かった。
「――!!」
右の青のガントレットを突き出すように機械達に向けるアッパー。
すると前腕部の装甲が展開され、中から砲塔が現れる。
その光景に機械達は警戒を始めるがもう遅い。
目を細め、身構える。
それと同時に砲塔の中から巨大な光が発射された。
『回避、かい――』
光に包まれ、蒸発する機械。
それどころか、巨大戦艦を守っている障壁をも貫き、戦艦に大穴を開けたのだ。
『うわあああ!?』
衝撃だけで地球にいる人々を震わせる。
何という力、何という威力。たった一撃で絶望的な力を持った相手を理不尽に退けたその力ではあるが、不思議と人々は恐怖を抱かなかった。
当然だ。
今アッパーに託されているのは全人口七十三億人の意思。
即ち彼らの意思がこの力に宿っているため、彼らは恐怖を抱かない。
それどころか、アッパーの見せる力に人々は精神を奮い立たせたのだ。
『いけえええ!!』
『俺達の意思で! 世界を守るんだ!!』
大穴を開けられた巨大戦艦。
しかし驚くべき事に、その大穴は徐々に修復を始めようとしており、更にはその巨大戦艦とは別の巨大戦艦が五隻この場に現れたのだ。
「――!」
宇宙に空間にいるからか声を出せないアッパーではあるが、それでもその光景に目を見開いて驚いていた。当然だ、一隻だけでも十分脅威なのに、サラハはそこから更に五隻用意していたのだ。
『残存戦力……九十%』
まだまだ戦いは終わらない。
しかし、例え強大な力が出てきても、負ける気はしない。
「――!!!!」
『排除、排除』
『敵を、破壊せよ』
迫り来る護衛のロボット達。億を超えたその数に対して、アッパーは左の赤のガントレットを横へと一閃。そのたった一度の動作で、無数のロボットが真っ二つになっていく。
「――!」
赤のガントレットの手首にはいつの間にか幅広の剣が生えていた。
アッパーはその剣を使って無数のロボットを切り刻んでいく。
そして青のガントレットによる砲撃で巨大戦艦へと撃ち込んで行く。
もはや戦艦の障壁なぞただの飾りと言わんばかりに、障壁を打ち抜き戦艦に大穴を開ける。だがその隙に別の戦艦がチャージをし終えたのか、アッパーごと地球に向けてあの光を発射して来たのだ。
「――!!」
最初は防ぐ事が出来なかった光。
それでも今なら、全ての人間から託された今のアッパーなら――行ける。
一点全力強化。
右の砲塔を収納し、アッパーはその光へと拳を放つ。
その瞬間、戦艦の放つ光は一瞬にしてアッパーの放った拳の衝撃によって消し飛ばされ、その勢いのまま巨大戦艦三隻を消滅させたのだ。
『残存戦力……六十五%』
『ドッキングシステムを起動します』
聞こえて来た護衛機械の言葉と共に、更に何もない空間から新しい巨大戦艦が六隻現れる。そして驚くべき事に、その残っている巨大戦艦同士が引き寄せあっていき、合体を始めたのだ。
これがたった一人の人間が見せる力。
何も特殊な能力を持たないただの人間の辿り着いた科学の果て。
アッパーの感知範囲に人の反応を察知した。
恐らく新しく現れた巨大戦艦の中にサラハ本人がいたのだ。
これが最後だと、これが全力だと言わんばかりにそれは現れた。
――太陽と同等の巨人が、アッパーの前に姿を現したのだ。
「――」
それでも、アッパーと全人類の意思は決して折れない。
どんなに強大な敵が立ちはだかろうとも、決して諦めない。
アッパーの体を、眩い程の光が包み込む。
それはまるで一点全力強化を使った時のような光の輝きで、例え機械が相手だろうとあまりの圧力にフリーズしていく程。
『――!!!』
「――!!!」
両者共に、声にならない叫びで相手へと立ち向かう。
宇宙を、惑星を、地球を震わせながら両者拳を相手に突き出した。
一瞬の拮抗。
しかし機械の拳はアッパーの拳に耐えきれず、アッパーの勢いを許してしまう。
「お兄ちゃん!」
「そのまま行けアッパー!!」
「いっけえええアッパー!!」
「あいつをぶっ飛ばせえええ!!」
「アッパー!」
「てめぇの力を見せつけろぉ!!」
ラビィ。
アイ。
サイ。
ライト。
アトリ。
アル。
彼らの声援がアッパーの力を強化する。
これがアッパーが築いて来た力。
これがアッパーが積み重ねて来た力。
そして彼らだけじゃない。
王様。
漫画家。
スタントマン。
歌手。
数奇な運命によってアッパーと共に苦難を退けて来た人達もまた、宇宙で戦っているアッパーに向けて声援を送る。彼らを助けた事に意味があった。彼らのお陰で中身のない己に誇りを抱けた。
だからこそ、彼らのために負けられないのだ。
「……――うおおおおおおお!!!」
圧縮していた肺の中の空気を吐き出してでも声に力を乗せ、気合で真っ直ぐ突き進む。巨人の拳を壊し、腕を壊し、例えあの光によるオールレンジ攻撃がアッパーを止めようと殺到しても、突き進む。
◇
そんな光を、モニターで見つめる存在がいた。
自分が求めてやまなかった救いの光に目を離さなくなっていた。
「……あぁ」
結局のところ、救いはないと思いながらも救いを願っていたのは自分自身なのではないかと彼女は思っていた。人々に試練を与えたのも、本当は救いがないという証明をするのではなく、誰かが自分の考えを否定して欲しいと考えていたからなのではないか。
まるで光に向かう虫のように、まるで太陽へと向かうイカロスのように。
自分を破滅させる光でありながら自分を照らす存在に、彼女は求めたのだ。
「これで……ようやく……」
そう呟いたその瞬間、彼女の脳内に一人の男の声が響き渡った。
「――まだ、何も得ていないじゃないか」
「……ライカン?」
「久しぶりだね……サーラ姉は何も変わってないな」
「……貴方は、変わったわ……私のシミュレーションより随分老けた」
今この瞬間底上げされた能力によって、二人は声だけだが再会する事が出来た。僅かばかりの奇跡の時間ではあるが、それでもこの再会に二人は幸せを感じていた。
「貴方が生きてくれて良かった……」
「サーラ姉も生きてくれて良かったよ」
「でも私は幾つもの過ちを犯したわ」
「それでも……サーラ姉は私の唯一の家族なんだ」
家族。こんな自分でも家族と認めてくれるのかと、サラハは思った。
「どんな事があっても、私はサーラ姉を諦めない」
「あの光が私を焼いてしまったとしても?」
もうすぐ、あの光がサラハの作り出したアザトース・マキナを壊し、彼女を殺すのだろう。そう思っていたサラハではあったが、ライカンはそんな彼女にフフッと笑う。
「あれは天罰じゃないさ」
「え?」
「あの光は証明だ。何も知らない、知る事が出来なかったサーラ姉に対する私の、私達の証明なんだ」
その言葉の意味を彼女はまだ分からない。
しかし他ならぬ弟分の言葉に、不思議と光に対する印象が和らいだ。
徐々に振動が大きくなっている空間に、終わりが近いと悟るサーラ。
「ライカン……会えるわよね?」
「あぁ……また会おうよ」
その瞬間、サーラのいる空間が壊れ、光がサーラのところへとやってくる。しかしその光はライカンの言う通り、彼女を焼く事はなく寧ろ暖かい光がサラハの体を包み込んだ。
「これが、そうなのね……ライカン……」
自分の中の鋼が溶けてゆく感覚を抱いて、彼女はそっと瞳を閉じた。
次回の更新は明日の18時頃になります。




