第52話 鋼の意思
戦争が収束に向かった。
誰もが無理だと諦め、手放した戦いを救い上げた。
「……」
ライカン・ハーバーはその奇跡と思えるような光景に声が出なかった。
ただ食い入るようにモニターに映る人々を見つめていた。
「これが……答えなのか」
この世に救いがないという証を示すために動くサラハを止めるため、一体どうやって彼女の考えを否定するのか考えていたライカン。彼自身も外交によって様々な国へと赴いていた彼は、最終的に彼女と似た考えを抱くようになった。
結局、人々は救いようがない。
彼自身、自分の能力で考えを押し付けなければ外交に支障を来たしていたと思うほど、てんでバラバラな考えを持つ国々に手を焼いていた。
確かにライカンの力は強力だ。
強制的に考えや思いを共有させるその能力は単なる洗脳とは違う。その人自身の意思をそのままに己の意見を同調させる力だ。
下手すればライカン一人で世界を牛耳れるほどの力。
しかしそれでもライカン一人ではどうにもならないのが現実だ。
どれほど頑張っても、その間にも異なる考えを持った人物が現れる。まるでイタチごっこだ。いや、ライカン一人に対し無数に現れるため、部が悪すぎる。きっといつの日かライカンの頑張りが無駄になり、その人々の意思で破滅的な未来を歩んでいくのだろう。
だからこそ、人々は救いようがないのだ。
サラハの物とは完全に同一とは言えないものの、ライカン自身もそのような考えを抱いているため、彼女を止めようにも否定する考えを見つけられなかった。
だが違う。
他ならぬ、年端も行かない少年が示してくれた。
多様性があるからこそ破滅へと歩んでいくのと同時に、多様性があるからこそ破滅を乗り越えられるのだと示してくれた。確かにライカン一人だけだと無理だろう。しかし他の人もいるからこそ自らの破滅を止められるのだ。
「ようやく……胸を張って君を止められそうだ」
だが今は時間がない。
今ライカンの目の前には人型ロボットと戦っているアッパー達の姿があった。だがそれらのロボットを倒しても、彼女にはまだまだ切り札があるとライカンは察していたのだ。
きっとあのロボットを倒したら、彼女の本当の力が現れるのだろうとライカンは幼少の頃の思い出を思い返しながらそう感じていた。
「そのためには……」
◇
そして現在。
自身の証明のために地球を破壊しようとサラハの作った戦艦がエネルギーを充填している最中、ライカンはアッパーに対して静かに説明をしていた。
「私のやるべき事……その一つはバーリ君に時間稼ぎをして貰う必要があった」
汎用性のある能力を持っているバーリならば、どのような事態に陥ってもきっと時間を稼いでくれるだろうと考えた。そして事実、バーリはライカンの考え通りに成し遂げたのだ。
「次の二つ目は、私自身がこの力に耐える事」
そう言って、アッパーに向けて何かの瓶を放り投げた。
「これは……能力暴走薬!? アンタまさか!?」
「バーリ君が時間を稼いでいる間、僕は薬による暴走を抑え込もうとした」
誰もが、その薬を使って能力を制御出来た者はいない。
当然制御しようと思っても制御出来ないのが関の山なのだが、それでもライカンは制御に成功したという。だがその道程はそう容易い物ではなく、今のライカンの様子を見れば相当な労力を強いられた事だろう。
「……はぁ、はぁ……あっ……」
「ライカンさん……?」
「あぁ、いや……何でもない」
そう言うが、アッパーは彼の鼻から血が流れていた事を見逃さなかった。感覚を研ぎ澄ませ、まるで透視のようにライカンの容態を見ると、彼の体は脳を中心にボロボロになっている事が分かる。
「……さて、後は君だけだ」
「俺だけ……それは、さっき言った全ての意思を統合するっていう……?」
「そうだ。君の能力は意思や思いによって能力が応える物だろう? 目的意識がはっきりとしていれば、より君の能力が応えてくれると、ノウンから教わった」
「ノウンさんから……」
相変わらず、ノウンの行動が読めない。
だがそれで事態が好転するなら縋るしかないのだ。
「……お願いします! それを俺に教えてください!!」
「……そうか……私が最後にやるべき事……それは底上げされた私の能力で、地球にいる約七十三億人の人々の意思を統一し、君に託す」
強固に、そして膨大に膨れ上がった人々の意思をアッパーの能力に捧げる。そうする事で、理論上はその強い意思に応えるために能力がアッパーを強くする。
成功すれば、アッパーはあの巨大戦艦を圧倒出来る力を得る。
しかし失敗すれば、アッパーの意思は人々の意思に飲まれ、廃人と化す。
そのライカンの語る言葉に、アッパーは息を飲んだ。
「君は……全世界の人々の意思を背負う覚悟があるか?」
その問いに、今更考えるまでも無かった。
「――勿論です!」
このためにアッパーは戦っていたのだ。
誰も失わず、誰も傷付かないよう、力無き者のためにその力を使ってきた。
誰からも言われずに衝動的に人助けをしてきて、それで人から歪と言われようが決して立ち止まらない。
おかしいのは自分だと自覚しても、それでも人のために戦うのだ。
「茨の道を進む君が、報われる事を願うよ」
「俺はもう既に報われてますよ」
この戦争を通じてがむしゃらに人助けをしてきたアッパーが初めて何かを得られた。人を助け、助けた人が助けに来てくれた。その事実にアッパーは報われた。
「……そうか」
だからこそ、ライカンは体を張ってまでアッパーに協力しようと思ったのだ。
ライカンは力を抜き、抑え込んでいた能力の全てを解放させる。その瞬間、ただの人でも分かるほど膨大な波動が全世界へと広がっていき、地球を包み込んだ。
『諸君、我々はバラバラな個性の元に争ってきた。対話や理解する能力があるのに、それでも争ってきた。人類の歴史とは争いの歴史なのだと、自ら証明し続けてきた』
静かに、ライカンの声が全世界の人々に伝達される。
その脳に響き渡る声に人々は驚愕するも、不思議と混乱する者達はいなかった。
『今、地球はたった一人の脅威によって危険に晒されている……そう、たった一人だ。一個人のみで全人類を追い詰めているのだ』
あまりにも異常な話だ。
そのたった一人の人物に、これまで築き上げてきた人類の歴史が終わろうとしている事実。一人だからこそここまで成し遂げたのか。多様性がある人類よりも一人でいた方が優れているという証明が、これなのか。
『確かに我々はその多様性故に隣人を傷付け、彼女のような存在を生み出した。しかし諸君も今回の戦争を通じて理解出来ている筈だ。我々は分かり合える。我々は通じ合える。人類の歴史とは何も争いの歴史だけではない。人々が助け合い、共に発展してきた歴史でもあるのだ』
そう、人は一人では生きていけない。
それは『孤独』に苛まれる能力者だってそうだ。
『我々は、それを彼女に証明する必要があるのだ』
救いを知らない彼女に救いを分からせる。
――そのためには。
『諸君らの持つ意思を、たった一人に分からせてやれ』
その言葉と共に、ライカンの能力が完全に発動された。
膨大な全人類の意思が一つに統一され、ライカンの元に集まり始めた。
「う、ぐ……ぐぐ……!!」
爆発しそうなる意思を必死に押し留める。
そんな光景を見ているアッパーの元に、白い異形の存在が近付いた。
「クー!」
「……クーか、ここにいたら危ないぞ?」
「クー!! クー!!」
クーしか発しないが、アッパーはクーの言葉を理解出来た。
「お前も、一緒に戦うのか?」
「クー!」
「……そうか、じゃあ一緒に頑張ろうぜ?」
「クー! クー!」
アッパーが、腕の中にあるバーリをそっと地面に横たわらせる。そしてクーがアッパーの腕にひっつくと、クーの体が一対のガントレットへと変化し、アッパーの腕に纏った。
赤と青のガントレットに変わったクーの調子を確かめ、アッパーは静かに立ち上がってライカンの目を見つめた。
「この意思を、君に託す」
「……はい!!」
――『全人統一強化』。
次回の更新は明日の18時頃になります。




