ある絵画の末路
薄暗い部屋の中。薄暗いせいか、どことなく空気がヒンヤリとしているように感じる。部屋のあちこちには、様々な大きさの青い鬼の人形が並んでいる。けれど、隣にいる赤いスカートを履いた少女には、これらが全て、かわいいウサギの人形に見えているはずだ。そんな人形たちが見つめている部屋の真ん中では、ボロボロのコートを身にまとった青年が座り込み、人形に向かって話しかけている。
「・・・・・・ギャリー?」
少女―イヴが座り込んでいるギャリーに近づく。
「フフ。でもアナタって、ホント、面白いわよねー。悩みとか、色々なんでも話せちゃいそうだわ。アハハハ・・・・・・」
「へー、それは初耳だわ。もっと詳しく聞かせてよ?」
「うんうん。誰にも言わないから!秘密にしてるわ。絶対に!」
「困るわよね?わかるわ。どうしようもない時あるもの。逃げちゃダメって、わかってるけど、なかなか上手くいかないのよね。どうしてかしら?」
「・・・・・・そうねぇ。それもいいかもね。何も考えなくてもいいし・・・・・・。嫌なこと全部忘れられるしね。アハハ。そうそう、それと一緒よ!」
「・・・・・・これ、本当にギャリーなの?なんか、変になっちゃってるよ・・・・・・。それに、こんなところにいるなんて、変だし。ねえ、イヴ?」
メアリーはひとりで話し続けているギャリーを見下ろす。ギャリーをここに連れてきたのは、私だ。ギャリーがこんなふうになるとは思っていなかったけれど、ここに留まらせることができるなら、なんでもよかった。
私は、外の世界に行く。イヴと一緒に。そのために、ギャリーにはここにいてもらわなくちゃいけない。もともとゲルテナの絵である私が外の世界に出るためには、誰かと入れ替わらなくちゃいけなかった。
「ギャリー、早くここから出ようよ。」
「あら?アンタ、迷子になったの?お友達、探しているのね?ここにいる子たち、みんなアンタと同じなの。もちろん、アタシも!だから、アンタもパパとママが迎えに来るまで、お話して待っていましょうよ!フフフフフ・・・・・・!」
ギャリーはイヴを見ることなく、青い鬼の人形に語りかけている。
「・・・・・・イヴ、先に行ってようよ。イヴの話、聞いてないもん。出口を探そう?ギャリーは大人だから、きっと後から来るよ!」
嘘だ。この様子だと、きっとギャリーはここに居続ける。居てくれなきゃ、困る。
「ね?だから早く、階段に・・・・・・」
メアリーがイヴの手を取る。すると、イヴはメアリーの手を振り払った。
「・・・・・・え・・・・・・イヴ?」
手を振り払う力があまりに強くて、言葉が出なかった。イヴはギャリーに近づく。相変わらず、ギャリーはイヴを見ることなく、青い鬼の人形に話しかけている。イヴは、ギャリーの側に座り込むと、そのままじっと動かなくなってしまった。
「ね、ねぇ。どうしたの?座ってないで、行こう?きっとあと少しで、出口があるよ!わたしもがんばるから!一緒にここを出ようよ!」
早くギャリーのことなんか忘れて、私と一緒に出ようよ。約束したでしょ、イヴ?
「ね!イヴ?」
メアリーは、精一杯の笑顔を作る。
「・・・・・・」
「ほら、立って!」
メアリーは座り込んでいるイヴの手を引っ張る。しかし、イヴは立ち上がろうとしない。
「うーん・・・・・・。イヴ・・・・・・わたし、先に行っちゃうよ?いいの?」
イヴは何の反応も示さず、ギャリーを見つめたままじっと動かない。
(どうして?どうして、約束を破るの?友達なのに―)
「・・・・・・イヴのバカ・・・・・・。一緒に出ようって言ったのに。わたし、ひとりで行っちゃうからね!」
メアリーはイヴを置いて扉に向かう。扉を開いたとき、ふと振り返る。イヴが立ち上がる気配はない。じっと膝を抱え、ギャリーを見続けている。もう、その青年はイヴを見ることなんてないのに。メアリーは扉をくぐる。
「・・・・・・もう!せっかく、ここまで来たのに!いいもん。わたし、ひとりで外に行くんだから!絶対!イヴなんて、知らないから!」
「あとちょっとだ・・・・・・あとちょっとで、わたし・・・・・・」
メアリーは、長い長い階段を下りていた。ここまで随分長い道のりだったはずなのに、その間の記憶がほとんどなかった。最後の段を飛び越えると、メアリーは走り出す。
気が付くと、薄暗い美術館にたどり着いていた。今までメアリーがいた美術館とは違い、作品や絵画たちがシンと静まり返っていた。メアリーは階段に向かって歩く。
ビシャ!
突然、絵の具を壁に叩きつけたような音が鳴り、階段の手前の壁に文字が浮かんだ。
『どこにいくの?』
メアリーは階段を上ろうとする。
ビシャ!
『そっちは だめだよ』
(どうして)
ビシャ!
『もどって おいで』
「うるさい!もう、帰らないよ!」
メアリーは、一気に階段を駆け上がる。そのまま、まっすぐ目的の場所まで走り続けた。
やがて、大きな絵が見えてきた。額縁は豪華な金色で、あまりの大きさにメアリーは飲み込まれそうなほどだった。絵の中には、明るい世界が広がっていた。
『絵空事の世界』
「着いた。この絵だ!」
すると、メアリーの声に反応したのか、鋭い音が鳴り、金色の額縁が消える。この絵に飛び込むと、外の世界に出られるはずだ。
「ここから出られる・・・・・・やっと、外に行けるんだ!」
「お菓子、いっぱい食べよう・・・・・・。いろんなところに行こう・・・・・・!」
そして、メアリーの脳裏に浮かぶ黒髪で赤いスカートを履いた少女。外に行けば、きっと他にもたくさんいる。
「友達もいっぱい、作ろっと!」
メアリーは数歩後ろに下がると、勢いをつけて絵の中に飛び込んだ。
誰もいなくなったはずの美術館に、どこからか足音が鳴り響いた。
「・・・・・・?」
メアリーが目を開くと、眩しいほどの白い壁が見えた。後ろを振り返ると、先ほどまでいた薄暗い美術館が描かれた大きな絵があった。
「わたし・・・出られたよね?ここは、外なんだよね?」
メアリーはきょろきょろと辺りを見渡す。あの美術館には、こんな明るい場所はないはずだ。
「・・・・・・やったぁ!」
自然と笑みが溢れる。
「だれかいないかな。ここも、美術館なのかな?」
辺りを見渡した限り、そこに人影はなかった。メアリーは希望を胸に歩き始める。階段を見つけ、一階に下りる。一階に下りると、木造の扉が目に映った。
「あ!ドアがある!あそこが出口かな!?」
メアリーは、扉に向かって駆け出す。ドアノブを掴むと、それを回す。しかし、いくら力を込めても、ドアノブが回ることはなかった。
「あれ・・・開かないや。カギがかかってる・・・。どうしよう・・・・・・。早く外に行きたいのに。」
メアリーがカギを探そうと扉から離れると、受付のテーブルの上に本が置いてあるのが見えた。受付には、誰もいない。
(そういえば、ここには誰もいないのかな・・・・・・)
メアリーは受付に駆け寄ると、その本を手に取る。
『わるいこ わるいこ きみのことだ』
美術館の電気が点滅し始める。
「な、何!?」
すると、美術館の明かりが消える。薄暗くなった美術館に、足音が響き始める。
もう もどれない
どこにも いけない
おまえの こころは つくりもの
どこからか、声が聞こえてくる。メアリーは怖くなり、走り始める。
きみのいばしょは ここじゃない
えいえんに さまよいつづけろ
「・・・・・・だれか・・・・・・いないの?」
一階も一周し、二階も見て回った。けれど、そこには誰もいなかった。この美術館にいるのは、メアリーひとり。
「・・・・・・念のため。」
メアリーはポケットから、パレットナイフを取り出す。イヴと一緒に美術館を探索していた時に、道具箱の中から見つけたものだ。
さみしいよ もどっておいで
みんな きみを まってるから
辺りがだんだん暗くなる。窓の外は真っ暗で、美術館の外には何もないようだった。
「怖いよ・・・・・・だれか、たすけて」
くらやみのなかに
おいでよ メアリー
バイバイ メアリー
その声と同時に、辺りが真っ暗になった。メアリーの目には、もう何も映らない。
『ある――の末路』
「やだ・・・・・・やだ・・・・・・。なにこれ・・・・・・何も見えない!」
あるところに 小さな女の子がいました
女の子は ―――― 美術館― ―――
「なんで・・・・・・なんでこうなるの?外はもっと明るくて、楽しくて・・・・・・。人だって、いっぱいいるはずなのに!なんで、わたししかいないのよ!」
しかし ふと気が付くと 女の子は 迷子になってしまい・・・・・・
「うううぅ・・・・・・イヴ・・・・・・。会いたいよ・・・・・・さみしいよぉ」
うす暗い 美術館の中を
探しましたが ――も出口も 見つからず
「怖いよ・・・・・・たすけて・・・・・・ギャ、ギャリー!」
怖くて 心細くて さみしくて
――――― ―――――
「うわあぁぁん・・・・・・だれかぁ・・・・・・」
転んでケガをして 体力も限界になって・・・・・・
「・・・・・・お父さん・・・・・・」




