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エピローグ ~あなたのことを忘れない~

 ここで、芸術家、ワイズ・ゲルテナについて述べておきたい。

 ワイズ・ゲルテナは、自画像を残さなかった。

 この世に存在する人物の絵も描かなかった。

 ワイズ・ゲルテナは、あることをよく口にしていた。

 『存在の交換』

 彼は作品を制作する傍ら

 絵に魂を宿らせることを考えていた

 それこそが、彼にとっての究極の芸術だったのだろうか

 彼の遺体は、彼のアトリエで見つかった。

 あまりにも突然の死だった。

 いや、死ではなかったのかもしれない

 その姿は、まるで魂の抜けた人形のようだったと聞く。

 彼は、作品に魂を宿らせる方法を探究していくうちに

 その逆の方法を見出したのではないか

 もし、彼の自画像が見つかったのなら、それは――

(『存在とは―無機物における魂および生命の可能性―』「芸術における魂」より抜粋)




「ねえ。今日、先生にプレゼントがあるんだけど。」

 彼女は、アトリエに入ってくるやいなや、作品の全体を眺めていた私のところに駆け寄ってきた。とても満足げというか、誇らしげな表情だった。

「プレゼント?うれしいな。」

 プレゼントをもらうのはいつぶりだろうか。孫にプレゼントをすることがあっても、プレゼントをもらうのは、ずいぶん久しぶりだった。

「あっちの部屋にあるから、来て。」

 彼女は私の手を取り、アトリエから出る。彼女は私が彼女のために貸していた部屋の前に立つと、扉を開く。扉の向こうには、布をかぶった随分大きな絵があった。

「ほう、絵か。ずいぶん、大きいね。」

 最近、よくこのアトリエに通っているなと思っていたら、これを描いていたのか。

「私だって、絵の勉強をしたことあるんだから。」

「ほっほー、それは楽しみだな。」

 彼女は、布に手をかけると静かに布を外す。そこにあったのは、キャンバスに向かうひとりの男の絵だった。

「これは、私かい?」

「そう。どうですか、ゲルテナ先生?」

「うん。なかなか立派じゃないか。」

 絵の勉強をしていたというだけあって、色使いや構図といった基本的なところは十分に見えた。なによりも、この絵には他の芸術家にはない工夫が施されているように思えた。

「これは、まだ未完成なの。」

「未完成?どういうことだい?」

「ここから先は、先生が描くんだよ。これは、私が見た今までの先生で、これから先の先生は、先生が描くんだよ。」

 彼女は、得意げな笑みを浮かべる。君が描いてくれてもいいじゃないか。そう言いたかったが、そういうわけにもいかなかった。彼女は、あとひと月でこの土地を離れる。遠くの地に嫁ぐのだ。

「そうだな。そうすることにしよう。」

「あと、もう一つ、プレゼントがあるんだけど。」

 彼女はそう言うと、どこからか黄色いバラの花を一輪、差し出した。その黄色いバラは、なんとなく色彩がうっすらとしているように見えた。

「花言葉は、嫉妬、だったかな?」

「うーん。まあ、それもあるけど、花言葉ってひとつだけじゃなくて―」

 そこまで言うと、彼女は口をつぐむ。しばらくして、彼女は顔を上げると、笑顔で口を開いた。

「『あなたのことを忘れない』。またね、ゲルテナ先生。」




 暗い深海の底の美術館。そこには、赤いバラの花びら。そして、その隣に、黄色いバラの花びらが一枚、そっと置かれている。深海の底で、ひっそりと。光にあふれているはずの世界を、真っ暗な深海の底から見上げ、つぶやく。


―待っているよ―





 イヴは、机に向かっていた。今日は、いろんなことがあった。遊園地に行って、また不思議な美術館に迷い込んで、三人で冒険して。今日のことを忘れないうちに、イヴは日記を書いていた。

 ギャリーとメアリーに出会ってから、ずっと書いてきた日記だ。

「イヴ、もう遅いから寝なさい。」

 イヴのお母さんが、扉をそっと開けると部屋に入ってくる。イヴは頷くと、ベッドに潜り込む。

「今日、楽しかった?」

 イヴは、静かに頷く。

「そう。よかったわね。それじゃあ、おやすみ。イヴ。」

 お母さんが、そっと頭を撫でる。イヴは目を閉じる。もう、あの悪夢は見ないだろうな。そう思った次の瞬間には、イヴは眠りについていた。

 イヴのお母さんは、安らかに眠る娘の寝顔を、しばらく見守っていた。



 いつまでも一緒

 そうであったらいいと思う

 けれど どうしても 別れてしまうときがくる

 それは 遠い未来かもしれない

 もしかしたら 明日かもしれない

 また会えるかもしれない

 もしかしたら もう会えないかもしれない

 でも どうしようもないの

 いつか そんな日が来てしまう


 それでも

 ううん

 だから 私は

 あなたと過ごした日々を忘れないように

 思い出を胸にしまって 生きていけるように

 おいしいお菓子でも食べながら

 笑い合うの


 ―了―


 こんにちは。大藪鴻大です。最後までお読みくださり、ありがとうございました。

 

 本作は、私がkouri様の原作フリーゲーム『Ib』を元に書いた二次小説、『Ib ~不思議な美術館~』の続編として書きました。完結に至るまでに多くの時間をかけてしまい、また、読者のみなさまを長らくお待たせしてしまったことをこの場を借りてお詫びします。

 

 ついに、終わってしまいました。前作が、完全なハッピーエンドであったのに対し、今作は少し切ない終わり方だと思われる方も、いるかもしれません。

 しかし、これこそ、私が前作を書き終えたときから、いつか形にしなくてはと思っていた一つの結論です。

 

 原作をプレイされた方は、ご存知の通り、ED4が『いつまでも一緒』、ED5が『再会の約束』となっています。そして、ED5が真エンディングとなっています。

 前作だと、このあたりが上手く表現できなかったなと思っていました。なので、今回、自分なりにもうひとつ踏み込んだ結論を出すことにしました。

 

 それが、言うなれば、今作の『あなたのことを忘れない』エンドでした。『再会の約束』と同じニュアンスの結末にしようとあれこれ考えた末、このエンディングに落ち着きました。


 あと、メアリーとギャリーのやり取りも書いてみたかったので、今作でそれが出来てよかったです。

 今作に関して、まだまだ語りたいこともあるのですが、それはまたの機会にしたいと思います。また、以前のように『制作の裏側』を書いたものを投稿するかもしれません。


 最後までお読みくださり、ありがとうございました。また、どこかでお会いしましょう。

 バイバイ!

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