既視感
薄暗い廊下。壁は石造りで、すっかり冷え切っている。その廊下の真ん中に、赤いスカートを履いた黒髪の少女が倒れていた。
「うーん……」
イヴが目を覚ます。イヴは身体を起こすと、ゆっくりとあたりを見渡す。
(ここは―)
イヴは、この光景に見覚えがあった。イヴは、立ち上がると左のほうに歩いてみる。すると、イヴは思わず立ち止まった。目に映る絵に、見覚えがあった。
『青い服の女』
イヴは、思わず身構える。以前、不思議な美術館に迷い込んだイヴは、このいろんな色の服を着た女にいつも追いかけられていた。
しかし、いくら待っていても飛び出してくる気配はなかった。おそるおそる近づいてみるが、やはり、飛び出してこない。
(考えすぎ、かな)
イヴがホッと安堵のため息をつく。すると、突然後ろのほうで扉が大きな音を立てて開く。
「ギャーっ!」
イヴはその叫び声に思わず飛び上がり、再び身構える。扉から出てきた『それ』は、イヴに向かって真っすぐ走り、飛びついてきた。
「血……血よ!花瓶を調べてたら、いきなり血が出てきたのよ!」
イヴに掴みかかったボロボロのコートを着た青年は、そのまま激しくイヴを前後に振った。イヴはされるがまま、頭を前後に振られていた。
すると、目の前いるのがイヴだと気がついたのか、ギャリーはピタリと腕を止める。
「あ……イヴ!?どうしてここに?」
「わからない。ただ、ギャリーの様子を見に行ったら、黒い水の洪水に巻き込まれて、絵の中に入っちゃったみたいなの。」
「そう……イヴもあの絵の中に入っちゃったのね。それにしても、どうしてあの絵があそこにあったのかしら?」
イヴとギャリーが取り込まれたのは、『深海の世』というタイトルのワイズ・ゲルテナの絵だ。以前、二人がゲルテナ展覧会を訪れたとき、『深海の世』という絵が展示されていた。
イヴが腕を組んで考えているギャリーを見上げていると、ポケットに青い花が刺さっているのが見えた。
「ねえ、ギャリー。それって、もしかして―」
「え?なにかある?」
ギャリーがポケットに手を伸ばす。青いそれを手にすると、顔の前まで掲げた。ギャリーの手に握られているのは、青いバラ。
「これって、まさか―」
イヴもポケットを探ってみる。すると、案の定、赤いバラが見つかった。すると、どこからともなく、声が聞こえてきた。
そのバラ 朽ちる時 あなたも朽ち果てる
バラとあなたは 一心同体
命の重さ 知るがいい
いつか、聞いたことのある言葉。ゲルテナ展覧会で迷い込んだ不思議な美術館でも、二人は同じことを聞いていた。
「じゃあ、ここは、あの美術館なの―」
イヴは、再びあたりを見渡す。そうだ。ここは、イヴがギャリーの青いバラを取り戻した場所だ。ということは、やはり、あの不思議な美術館に再び迷い込んだのだろうか。
「とにかく、先に進みましょ。きっとどこかに出口があるはずよ。」
イヴは大きくうなずく。ギャリーはイヴの手を取ると、段差を数段のぼり、その先の扉に入る。
扉の先は、先ほどとは違い、橙色の明るい部屋だった。壁には、2枚の絵が飾られていた。二人は、その絵を見る。
『隠した秘密』
『既視感』
『既視感』には、先ほどの部屋の風景が描かれていた。
「これも、ゲルテナの作品なのかしら。だとしたら、やっぱりここは、あの美術館なのかしら……」
「でも、あそこには、こんな部屋なかったよ。」
「うーん……どうなってるのかしら。」
ギャリーとイヴは、疑問を抱きながらも、扉の先に進む。
「!」
扉をくぐると、ギャリーは息をのんだ。頭がイヴの身長くらいあるヘビが、額縁からはみ出して眠っているのが目に入ったからだ。
「へ、ヘビだわ・・・・・・なんて大きいの。起こさないようにしましょ。」
イヴはうなずく。2人は、ヘビを起こさないように息をひそめ、その先にある狭い通路に入っていった。
通路を進むと、壁にいろいろな色の額縁の絵が並んでいる廊下につながった。廊下の真ん中には、緑のドレスを着た金髪の少女が座り込んでいた。
「あっ!」
少女はこちらに気が付くと、イヴたちに向かって走ってくる。
「イヴ!」
メアリーは、そのままイヴに抱き付く。
「よかったあ。私一人だけになっちゃったかと思ったよ。」
メアリーはイヴの手を取り、ピョンピョンと跳ね回った。
「どうして、メアリーまで?」
「うーん。よくわかんない。気が付いたら寝ちゃってて……。起きたら、ここにいたの。」
どうやら、メアリーはイヴたちとは違い、『深海の世』を通ってきたわけではないらしい。
「とにかく、あそこにいたアタシたちみんな、ここに迷い込んじゃったってことね……」
「そうだ!ねえ、これ見てよ!」
メアリーはポケットから何かを取り出し、イヴの目の前に差し出す。
「ほら、黄色いバラ。本物だよ!イヴも赤いバラ、持っているんじゃない?」
メアリーは、黄色いバラを左右に振りながら笑顔で尋ねる。
「うん。持ってるよ。」
「やったあ。お揃いだね!」
メアリーの顔に笑顔が浮かぶ。ギャリーは、メアリーの持っているバラをじっと観察していたが、どうやら、本当に本物らしい。
「なあに、ギャリー?」
じっと見ていたギャリーに、メアリーが問いかける。
「いや、なんでもないわ。それより、いい?そのバラは、絶対に手放さないこと。あと、一人で行動しないこと。三人一緒に行動しましょ。」
「はーい!」
メアリーが元気よく返事をし、イヴは大きくうなずく。
「ここがどこだかはっきりしないけど、きっと出口があるはずよ。頑張って探しましょ!」
「おー!」
「……同じだね。」
イヴが小さくつぶやく。そう。不思議な美術館でイヴとギャリーが初めてメアリーに会ったときも同じようなやり取りをしていたのだ。
「言われてみれば……」
「楽しみだね、イヴ!また、みんなで冒険だよ!」
イヴはうなずく。不安なことも多いはずなのに、イヴの顔には笑みが浮かんだ。みんながいるから大丈夫。そう思った。




