15話 少年、忠犬を撫でる
(´・ω・`)さてと、次はどうしよう……(無計画)
ついでに口と目も塞いでベッドの上に転がし、勇樹は朝食を食べる為に部屋を出た。
その後をフィーアが困惑の表情を浮かべながら着いて行く。
「あの、あの方はどうなさるんですか?」
「放って置いて……どうせ今日にはここを発つ予定だし」
「は、はあ」
朝からどっと疲れた勇樹がのそのそと階段を下りると、カウンターにいた女将が声を掛けてきた。
「おや、今朝は何か騒がしかったみたいだけど、なんかあったのかい?」
「ええ、ちょっと目が覚めたら知らない人が寝てたんで驚いたんですよ」
「へぇ、そうなのかい……はい?」
あまりにも普通に勇樹が言うので、危うく流し掛けた女将だったが、とんでもない内容に思わず二度見してしまう。
「知らない人って……泥棒にでも入られたのかい!? それで荷物は捕られてなかったかい!?」
「いえ、本人が横で寝ていたので盗んではいないと思います。ただ……とりあえず、朝ご飯をお願いします」
「まあ、アンタたちが大丈夫ってんなら良いだけどねぇ」
女将はそういうと渋々奥へと引っ込んで行った。
勇樹は近くの席に座ると、疲れたように項垂れた。
「つーかーれーたー。エクシル剤まで使って頭痛を治したのに、これじゃあ意味が無いよ~」
「ユーキ様、エクシル剤って何ですか?」
「正確にはエリクサーとかイクシールって呼ばれてる、小瓶だけでも死者が蘇るって触れ込みの万能薬だよ。まあ、実際には10歳くらい若返らせるのが精々だと思うけどね」
「そ、それって幻の秘薬って呼ばれている薬なのでは……」
伝説級の秘薬が二日酔いを治す為だけに出てきたので、フィーアは何とも言えない微妙な表情になる。
対して、色々な意味でノームに毒されている勇樹は、そんな反応など気にした様子も無くテーブルの節穴を穿ったりしていた。
そんな風にグダグダと話していると、ロッソが朝食を持ってやってきた。
「どうぞ」
「あ、ありがとー。いただきまーす」
「いただきます」
「ほら、飼い主様。オレが食べさせてやるよ」
「いや、それくらい自分で食べる……」
その瞬間、勇樹はビシッと固まった。
そして、油が切れたブリキ人形のようにゆっくりと声のした方を振り向くと、そこには部屋で巻き寿司にしてきたはずのルシアが座っていた。
「いつの間に。というか、結構本気で縛ったんだけど、どうやって抜け出してきた」
「飼い主様が自分で言ってただろ? オレは『銀狼』だぜ?」
「まさか、縄抜け程度に使うとは思わなかったよ!?」
「そんな事よりいいだろ~。オレも飼い主様の群れに入れてくれよ~」
そう言ってルシアは大型犬が飼い主にじゃれつくように、ごく自然に勇樹の首筋に鼻を押し当てた。
そこから飼い主の匂いを嗅いで、飼い主に自分の匂いを付けるように体を密着……させようとした所で、勇樹のストップが入る。
「むぅ、何だよ飼い主様。今良い所なのに」
「これ以上は未成年には刺激が強すぎるのでストップです。ほら、代わりにこっちで構ってあげるから我慢してください」
勇樹はそう言ってルシアの頭を撫で始めた。
髪が乱れるほど少し乱暴に撫でてきた為、反射的に目を瞑った。
「い、犬じゃねぇんだから、俺はこんな事をされたって喜ばねぇぞっ」
「ふっふっふっ、その強がりはどこまで通用するかな?」
嫌という程に犬の世話をした経験がある勇樹は、どこを撫でれば気持ちいいのか、どの程度の力加減で、その反応は何をしてほしいのか、それらを勇樹は熟知していた。
頭、耳の後ろ、顎、首、肩、背中、時に丁寧に時に激しくなでまわした結果……勇樹の膝の上に頭を乗せて話が出来ない程に脱力しきってしまった。
誇り高き狼からただの家犬へとクラスチェンジしているルシアを呆然とした様子で見ていたフィーアは、困惑した表情を浮かべた。
「ユーキ様、一体何をなさっているんですか?」
「思わずモフモフしてやった、今も反省していない」
「胸を張って言わないでくださいよ……もう」
ルシアの耳を揉む手を止める事無くあっけらかんと答える勇樹に、思わずフィーアの口から溜息が漏れる。
すると、隣で聞いていた女将も呆れた顔で会話に入ってきた。
「それにしても、坊やもこんな可愛い彼女をほったらかして浮気だなんて、顔に似合わず遊び人だったんだねぇ。フィーアちゃんも苦労するよ」
「わ、わたしは彼女じゃありません!」
女将の言葉でロッソが睨み殺すような視線を勇樹に送るが、勇樹はルシアの耳を弄りながら朝食を食べるのに夢中で気が付いていなかった。
そんな勇樹の様子に女将が気付き、軽く頭を小突いた。
「何、自分は無関係みたいな顔をして食べてるんだい。アンタの事でフィーアちゃんが困ってるんでしょうが」
「いや、僕も困ってるんですよ。でも、成るようにしかならないかなぁと」
「そんな無責任な事言うんじゃないよ! フィーアちゃんもこんな坊やのどこが良いんだい?」
「いえ、ですからユーキ様とわたしはそういう物では……」
それから暫く女将の説得が続き、フィーアもどう言っていいのか分からず、のらりくらりと曖昧に返事を返している内に、女将も処置なしと呆れたように諦めた。
そして、フィーアははたとある事に気付いて小首を傾げた。
「それにしても、この方はどうしましょうか? 一緒に連れて行くとなると、馬車はわたしのスペースを使っていただくとして、小物とかは買い足した方がいいと思います」
「え、そもそも連れてくの? 正直、殆ど初対面の相手に好意をぶつけられて困惑しかないんだけど」
「ですが、この町に置いて行ったとしても追い掛けて来ると思いますよ?」
「そうか、そう言えば昔にテレビで家族と離れた犬が追い掛けてきた話があったっけ」
納得と言うよりも諦めた表情で擦りついてくるルシアの頭を撫でる。
しかし、その場の中に一人だけ納得のいっていない者がいた。
フィーアが宿の仕事を手伝うようになって浮かれていたロッソである。
「フィーアさん、君はそれでいいのかい? コイツは君を宿に置いたまま他の女性にちょっかいを掛けるような奴なんだよ?」
「ええ、わたしはユーキ様のお決めになった事に従うだけですから」
フィーアの回答は、奴隷としては極めて一般的な回答である。
しかし、彼女を奴隷だと知らないロッソにしてみれば、完全に性質の悪い男に捕まって離れられないようにしか見えなかった。
ロッソの胸に、秘めたる思いを拗らせた義憤が沸々と燃え上がる。
「それじゃあ君の意思はどうなるんだ! 君がそんな奴の言う事を聞く義理はどこにもないんだ!」
「えーっと……」
食い掛らんばかりのロッソに、何と言ってよいか困惑したフィーアは自分の主を見た。
しかし、勇樹も宿の手伝いをしていた少年が突然怒り出したという認識でしかないので肩を竦めるに留まった。
その2人の無言のやり取りが、ロッソの感情に油を注ぐ。
「このっ」
「ロッソ、お止め。アンタにそんな事を言う資格はないよ」
「でも母さん! こんな奴隷みたいな扱いじゃ彼女が可哀想だ!」
「あの……わたし、奴隷ですけど」
「……え」
思いもしなかった一言にロッソは驚愕し、フィーアは徐に首に巻いていたチョーカーを外す。
そして、フィーアの首にある奴隷紋を見て言葉を失った。
「わたしはユーキ様の奴隷です。ですが、今の生活は奴隷のみならず世界中の誰よりも恵まれているのだと断言できます。そんな不自由のない暮らしをさせてくださるユーキ様に、わたしはどこまでも付いて行くつもりです」
「というか、フィーアが付いて来てくれないと、主に僕(の住居)が死ぬ」
「ユーキ様……アレだけ便利な物が揃っているのに、どうしてあそこまで汚くなるんですか」
「あはは~、何かに夢中になると他の事が億劫になっちゃう事ってあるよね!」
「全くもう……」
「え、あ……」
固まっている自分など居ないかのように会話する2人を見て、最早ロッソは何も言えなくなり、逃げるように食堂を出て行った。
出て行った息子の背中を見ながら、女将は溜息を吐いて勇樹の方へ振り向く。
「それで? お代は今日までだから、今日中には出て行って貰う事になるけど、アンタたちはどうるすんだい?」
「勿論、予定通りここを出発します。何せまだ国すら出てないんだから、せめて隣国の街ぐらいまでは行く予定です。あ~、君もそれでいいよね?」
「ああ、オレはお前が行く所ならどこでも行くぜ」
それまで勇樹の膝の上でベッタリだったルシアは、いきなりの呼び掛けにスクッと起き上がって答えた。
あまりの変わり身の早さに女将は驚きを隠せなかった。
「アンタ、今までの話は聞いてたのかい?」
「当たり前だろ? それにオレは飼い主様に拒まれても付いて行くつもりだったから、何と言われ様が関係ないぜ」
「そうかい……坊やも色々と大変だろうけど頑張りな」
「う~ん、酔った時の僕は一体何をしたのか……」
尻尾を振りながら自信満々に答える忠犬の如きルシアを見て、若干同情が混じった女将の眼差しに、勇樹は改めて記憶が無い事に頭を抱えるのだった。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。




