14話 少年、懐かれる
※7話からを書き直して差し替えました。(7/23)
夕方になり、勇樹が帰ってくる様子も無いのでフィーアが一人で夕食を食べていると、入り口のドアが勢いよく開かれた。
そして、まるでゾンビのように呻きながら、のそのそと入ってきたのは……フィーアの主人である勇樹だった。
フィーアは慌てて食事を中断すると、勇樹の方へ駆け寄って頭を下げる。
「ユーキ様、お帰りなさいませ」
「……」
「ユーキ様? アレ、この臭い……」
勇樹に近づいた時に、ふいにフィーアは鼻に突くような酒精の臭いに気付いた。
しかし、フィーアが疑問を口にするよりも前に、勇樹は両腕を前にピンと突き出して、そのまま倒れ込むようにフィーアに抱き着く。
「うにゃ~」
「え!? ゆ、ユーキ様、一体何をっ」
「おやおや、何をして……うわ、随分と酒臭いねこの子。随分と出来上がってるじゃないさ」
「お、お酒?」
産まれてこの方、酔っぱらっている人間と係わる事の無かったフィーアは、驚いたように目を丸くしながら自分に抱き着いている主人を見た。
「あの……このような状態の場合、どう対処すれば良いのでしょうか? 何分、このような状態のユーキ様は初めて見るので……」
「酔っ払いなんてベッドに運んで寝かせとけばいいのよ。それで、起きた時には水でも飲ませなさい」
「わ、わかりました」
タコのように絡んでくる勇樹に肩を貸しながら、フィーアは勇樹を部屋へと連れて行った。
足元も覚束ない勇樹を何とか部屋まで移動させ、絡んでくるのを何とか引き剥がしてベッドへと座らせる。
「くぅ~ん」
「ユーキ様、大人しくしてください」
「ふっふっふっ、我が死んでも第二第三のワシが……すぅ」
ベッドに寝かせると糸が切れた様にすぐに眠った。
勇樹が寝静まったのを確認すると、フィーアは静かに部屋を出て行った。
翌日、不意に意識が浮上した途端に、強烈な頭痛が襲い掛かってきて目が覚める。
「いたたた……頭痛い……気持ち悪い」
頭痛に呻く勇樹は、あまりの痛さと吐き気に我慢が出来ず、薬を飲もうと枕元のポーチに右手を伸ばそうとして、腕が何かに挟まれている事に気が付いた。
動かしても抜ける様子が無いので、仕方なく左手を使ってポーチに手を突っ込み、小瓶を取り出すと脇に置いてあるコップに一滴だけ垂らし、水を注いだ。
「勿体ないとか言ってらんない……」
その水を一気に飲み干すと、頭の痛みと気持ち悪さがスーッと引いて行った。
そして、改めて起き上がろうとした勇樹だったが、右腕が挟まったままなのを思い出し、こんもりしているタオルケットを引っぺがし……固まった。
「う~ん、あ? 飼い主様……もう朝なのか」
「な、な、な、なぁ!?」
無造作に剥いだタオルケットに下には、勇樹の腕に絡む様にルシアが寝ていた。
ただし、一つ問題があった。
正確には一つどころではないがその他諸々は脇に置いておくとして、勇樹には目を反らせない大問題が発生していた。
突然だが獣人は野性的な気質により、服や装飾には興味が無いと思われがちだが事実は違う。
この世界の獣人は、他人に裸を見られる事を極度に嫌う。
少なくなってしまった体毛を服で補っているという考えがあり、特に獣であれば当然覆われているはずの背中などは特別な関係にでもならない限り、絶対に見せる事はありえない。
なので、一番無防備になる睡眠時に一糸纏わぬ姿で寝るなどあり得ない……筈だった。
「おはよう。オレの飼い主様」
そう言って朗らかに笑うルシアは勇樹に顔を近づけると、鼻の頭をペロッと一舐めした。
その瞬間……勇樹の叫び声が部屋に響き渡った。
勇樹の悲鳴を隣の部屋で聞いたフィーアは、尋常ではない主の声にすぐに部屋を飛び出して、勇樹の部屋へ飛び込んだ。
そして中の惨状を見て、目を丸くした。
「待って! ホント待って! 思春期の青少年にはその恰好は色々不味いって! アニメだったら謎の光が差し込んじゃうから! とりあえず何か着て!」
「口ではそんな事言っても、本当は興味津々なんだろ? これでも体つきには自信があるんだぜ? 余所の国にいた時には毎日のように、オレを欲しいって男たちが決闘を挑んで来るぐらいだったんだぞ。全員、返り討ちにしてやったけど」
「いいから服を着てください! あと僕は君に勝った記憶が無いんだけど!」
「何言ってんだよ。あんなに激しくオレを屈服させた癖に。ああ、思い出しただけでも下っ腹の辺りが疼いてきた」
「ヤバいよ……話が通じないよこの人!」
勇樹が全裸の獣人に抱き着かれて、暴れもがいていた。
最初何が起こっているのか分からず、少し経ってもやっぱり分らず、最後に勇気が困っていそうだったのでフィーアは助けに入った。
「ユーキ様、この方は一体……」
「フィーア、ヘルプミー! なんか朝起きたらこの人が隣で寝てたんだけど、何か知らない!? 昨日出掛けてからの記憶が曖昧で、何があったか覚えてないんだけどさ!」
「いえ、昨日はお一人で御帰宅されてからはずっと部屋でお休みになられていましたよ? 隣に居ましたけど何方かが訪ねてきた様子なかったかと……」
「おい、コイツは一体誰だ? もしかして、飼い主様の番か? まあ、獣人は番が何人もいるのは当たり前だから、オレは何人居ようが構わないぜ」
ルシアはそういうと、一旦勇樹から離れて座り直す。
そして深々と頭を下げた。
「オレは『銀狼』の一族、ルシア=ジルヴォルフ。訳合ってCランク冒険者なんて物をやっている。昨日の飼い主様との決闘で、オレは獣人の掟に従いアンタの群れに入る事に決めた! だから、飼い主様の子種をオレにくれ!」
「ぶっ!?」
「こ、こだ!?」
ルシアの爆弾発言に勇樹たちは一気に混乱する。
異性との交際歴=年齢の勇樹はルシアの姿を視界に入れないようにしながら、大きく首を横に振った。
「そ、そんな事出来る訳ないよ!? そもそも、なんでそうなるのさ!」
「昨日の決闘で、オレは完全に飼い主様に負けた。これはもう、子を産むしかないに決まってるじゃないか!」
「どこにも何も決まってないっ! 脈絡すら繋がっていないよ!?」
ルシアの過程をすっ飛ばした結論に、勇樹は思わず叫んだ。
そして、息を切らせながら深呼吸を繰り返していると、ある事を思い出した。
「……待って、確か獣人には負かした相手の群れに加わるっていう風習があった筈。もしかして、それの事を言ってる?」
「流石、飼い主様。オレの事をよく分かってくれてるな!」
無条件の信頼の笑みを浮かべるルシアに、勇樹は益々頭を悩ませる。
そもそも、勇樹は昨日何が起こったかを殆ど覚えておらず、決闘の内容も知らないので寧ろ何もわかっていない。
ルシアでは埒が開かないと、勇樹はフィーアの方を見た。
「ハァ、僕は昨日の記憶が無いんだけど、フィーアは何か知らない?」
「その、ユーキ様はご帰宅された時に酷く酔っていました。どこかでお酒を飲まれたのですか?」
「お酒? お酒なんて中一の正月にお爺ちゃんたちが『めでたい席なんだからお前も飲め』って御猪口一杯渡されて、起きたらお前はもう飲むなって怒られて以来、一口も飲んでないよ……あ、そう言えば糞赤オークの時にも同じ事があったなぁ」
「決闘の最中に飼い主様が酒を被って、そこから様子がおかしかったな」
「原因はそれか」
ルシアの呟きに、勇樹は治ったはずの頭が再び痛くなってきた。
つまり昨日、勇樹は『決闘中に酔っ払い、何故かルシアに勝利して、ルシアが負けを認めて部屋に入り込んできた←今ここ』という事になる。
事実だけ聞いたとしても、桶屋が儲かるレベルを超えていた。
「というかさ。銀狼の一族がそんな勝手に群れに入っていいの? 割と大問題じゃない?」
「お? 飼い主様はオレたちの事を知ってるのか?」
「一応、先生たちに教わってね。『銀狼』って言うのは伝説級のSランクモンスター『神狼フェンリル』の事で、獣人はそれぞれに対応した神獣が先祖だと言われている。殆どの獣人はその姿のみに名残を残すだけだけど、『銀狼』と名乗る一族は僅かに神獣の力を受け継いでいる。普人で言えば王家王族のようなものかな」
「スゲェな! 他の奴なんか『銀狼』って聞いても知らん顔だったのに、そこまで知ってる奴は初めてだ!」
勇樹が『銀狼』について知っているとわかり、感極まって飛びつこうとしてきた。
しかし、そもそも身構えていた勇樹に簡単に押さえつけられる。
するとその会話を聞いていたフィーアが、小さく手を上げた。
「あの、先ほどからユーキ様の事を飼い主様って呼んでますが、それは一体どういう意味なのでしょう?」
「そんなの、オレの飼い主様だからに決まってるだろ?」
「……獣人は婚姻を行う際、決闘をして雄が雌を組み敷かなくちゃいけないって儀式があるんだよ。逆に言えば、雌を組み敷いた者にはその雌を従える権利がある……って言いたいんじゃない?」
「おう、その通りだ!」
暢気にそんな事をのたまうルシアに、勇樹もこの状況にも疲れて来たので徐にロープを取り出した。
それを見たルシアは頬を染める。
「な、何だよ。昼間っからそんな物を使うのか? 最初から激し……」
「もう黙って」
まず全裸のルシアをタオルケットで包み、その上からロープで縛って所謂寿司巻き状態にする。
ついでに目と口も隠して、完全に動けないようにした。
「……うん、もういいや。お腹も空いたし、今日の昼にはここを発つからその準備もしないとね」
「え、ですがこの方は……」
「それは後でどうにかしよう。今は目の前の問題が先決だ! という事で食堂へGO!」
「あ、ユーキ様。待ってくださいっ」
あれこれ考えた結果、自分の領分を超えると判断して勇樹は考える事を放棄した。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。




