11話 少年、石に噛り付く
翌日、勇樹が協会に顔を出すと、協会内は少し騒々しい雰囲気に包まれていた。
奥にいる職員たちは焦っている様子で駆け回っており、冒険者の方も受け付けの職員に突っ掛っている者や集団が職員に何かの説明していたり、昼間から酒を煽っている者など昨日と比べても騒々しさが段違いである。
一体何事かと首を傾げていると、一人の職員が中位ランク向けの掲示板に大きな張り紙をしていった。
「何だこれ。『ルベル付近の森林、緊急調査依頼』? 『森の浅部にて変異種の目撃情報により、森を封鎖して対象ランクの方へ調査依頼を発行します。尚、期間中は森へ入る依頼は全面停止いたします』……えーっと、これはつまり“森に変なのが出たから分かるまで森に入るんじゃねぇぞ”って事?」
掲示板を覆うように張り出された内容に勇樹が疑問に思っていると、低ランク向けの掲示板にも似たような張り紙がされ、こちらには森へ入る事を禁止する内容のみが書かれていた。
「Dランク以下は森に近づく事すら禁止か。コレだと薬草の採取とかで食い繋いでいた人には痛いよなぁ」
現に勇樹の後から来た冒険者が受け付けで掲示板の事を聞き、肩を落として出て行く場面を何度も目撃している。
その光景と掲示板を交互に見て、勇樹は何かを思案し始めた。
「変異種……変異種ねぇ」
勇樹はその張り紙を一人見つめてニヤリと笑い、静かに冒険者協会を後にした。
勇樹が冒険者協会を出て行った頃、森の中部に一人の冒険者がいた。
それは昨日、協会で勇樹に話し掛けてきた銀髪の獣人少女――名をルシア=ジルヴォルフ――だった。
「変異種ねぇ。確かにいつもと様子が違うみたいだけど、本当にそんな奴がいるのか?」
周囲を見回しても、そこにはいつもの森の風景しかなく、別段何かがおかしいようには感じられない。
とは言っても、瀕死の冒険者が駈け込んで来ての情報なので何かしらの証拠を見つけない限りは報酬が支払われないので、ルシアは気を取り直して森の中を改めて注視する。
「う~ん、特におかしな所はないな。強いて言えば、ちょっと森が静かなとこぐらいか……」
そこで初めて、ルシアは首を傾げた。
森の中部はCランク以上の冒険者しか入らない危険地帯とは言え、動物も生息している筈の場所が静かな事に違和感を覚えた。
まして、ルシアは獣人であり普人よりも聴力は優れている。
「なるほどな。確かにこれは異常事態だ」
一度気付いてしまえば、その異常性に冷や汗が流れ始めた。
縄張りに入ってきた者を警戒して監視するグレイファングや、死肉や雑草を貪るヨロイバッタやランブルボアの気配もない。
ルシアは別世界にでも放り込まれたかのような感覚に陥った。
「どこだ……どこにいる」
愛用の大剣の柄に手を掛けながら、周囲を警戒して慎重に足を進める。
ここは既に敵のテリトリーの中、片時も気が抜けないと気を張った途端、森の奥から地響きのような音が聞こえてきた。
――ブモー!
「っ!? オークか!」
鬼種に分類される多型モンスター『オーク』。
多くの創作物に登場するように、猪に似た頭部を持つ人型モンスターで種族としてオスしか生まれず、主に人間の女性を浚って母体にする最も忌むべきモンスターである。
しかし、そのオークは様子がおかしかった。
「こい!」
――ブモーン!
大剣を構えたルシアを見つけ、オークが血走った目で腕を振り上げた瞬間、轟音と共にオークの頭が弾け飛んだ。
そして、頭の無い死体が大きな音を立てて倒れ、その奥にいたソレの姿を露わにした。
――ヴォォォン!
「な、何だアイツは……」
ルシアの前に現れたのは12mを超える巨体に4本の腕を持つ森の暴君――討伐ランクCの『イーラコング』、その変異種であった。
イーラコングは左右の「上腕」と呼ばれる腕を上に振り上げ、「下腕」で大きくドラミングをし始め大きく咆えた。
空気を震わす大声は、一瞬で場の空気を支配するのに十分だった。
――ヴォォォォ!!
「しまっ……」
イーラコングに圧倒されてしまったルシアは、目の前に迫っていた拳に反応するのが遅れた。
反射的に剣を楯にする事は出来たが、剣諸共イーラコングの豪腕に吹き飛ばされる。
「ぐはっ!?」
吹き飛ばされたルシアは木に叩き付けられて、剥がれ落ちるように地面に叩き付けられた。
「くっ……」
全身にダメージを受けた所為で体が言う事を聞かないながらも、それでもルシアは剣を地面に突き立てて立ち上がる。
だがそんなルシアにも、イーラコングは容赦なく拳を振り上げた。
「死んだ」と諦念と恐怖から目を瞑った時、イーラコングの悲鳴のような大声が響き渡った。
「な、なんだ?」
何事かとルシアが目を開けると、そこには信じられないような光景が広がっていた。
「ヒャーッハ! ド派手に行くぜ!」
――ヴォォォ!?
「な、何だアイツは」
目を開けて見えたもの、それは顔の目以外を布で覆い、上半身裸に肌の上に泥で紋様を描いた少年が、イーラコングに棍棒一本で殴り掛かっているところだった。
少年はチラッとルシアの方を見ると、イーラコングの頭を殴り飛ばして倒し、ルシアの目の前で着地した。
「コレ、クスリ。飲メ」
「あ、ああ、ありがとう」
――ヴォォォン!!
何故か片言の少年から薬を受け取った直後、地面に倒れていたイーラコングが起き上がって怒り狂ったように腕を振り回して咆え猛る。
それを見たルシアは痛みを忘れたかのように少年の腕を掴んで叫んだ。
「何をしてんだ。逃げるぞ! オレたちじゃ、アイツには敵わない!」
「大丈夫」
少年はそれだけ言うとルシアの腕を外して、怒り狂うイーラコングに向かって棍棒を構えた。
「暴れるぜ~、止めてみなっ!」
次の瞬間、少年の足元が爆ぜた。
まるで弾丸のようにイーラコングへと突っ込んで行った少年は、空中でさらに跳び上がり、迎え撃つように払われた腕は空を切る。
そして、イーラコングの背後に回った少年はグルリと縦に回転して……踵をイーラコングの脳天に叩き込んだ。
――ヴォウ!?
勢いよく顔面を地面に叩き付けられるイーラコング。
そして起き上がった時に、ルシアと目があった。
――ヴォォォ!!
「チッ、来るなら来やがれ!」
イーラコングの腕がルシアへと伸びようとした時、頭上から槍がイーラコングの腕を貫いて地面に縫い付けた。
――ヴォォン!?
「おいおい、ここはまだ俺のステージだぜ!」
木の上に立ちながら芝居がかったポーズを取った少年は、近藤を構えたままイーラコングへと飛び降りた。
数分後、イーラコングを倒すと同時に、無傷の筈の少年も崩れ落ちるように倒れた。
少年から貰った薬で動けるまでに回復したルシアは、慌てて少年へと駆け寄った。
「おい、何があった? 大丈夫か?」
「うぅ……」
ルシアは少年の隣まで近づいて、肩を揺すりながら声を掛ける。
すると、少年が小さく呻き声を上げた。
「よし、息はあるな。しっかりしろ、意識はあるか?」
「…………た」
「なんだ? 何が言いたい?」
「お腹、空いた……」
次の瞬間、少年の腹から獣の唸り声のような音が、静かな森の中に響いた。
2人の間に何とも言えない空気が流れ、少女は溜息を吐いて自分の鞄から携帯食を取り出した。
「ほら、残り物で悪いけどこれで我慢してくれ」
「はむ、むぐむぐ……これじゃ足りない」
「いや、足りないって言われても、オレもそれしか持ってないぞ」
「仕方ない……」
そう呟くと、少年はフラフラと立ち上がってイーラコングの方へ歩き出した。
腰に差していたナイフを抜き、イーラコングの胸に突き立てる。
脇で見ていたルシアは、少年の行動に戸惑った。
「お、おい。今からそいつを解体して食うのか?」
「もーまんたーい」
少年はイーラコングの胸を開くと、心臓付近にある物を取り出す。
それは鮮血のように真っ赤な魔石だった。
「魔石? 魔石なんか一体どうする……」
ルシアが首を傾げて問い掛けた瞬間、少年は魔石をヒョイッと口に入れてしまった。
「ガリッガリッ、ガリゴリガリボリ」
「はぁ!? 魔石を食った!?」
まるでコップに残った氷を齧るように、ゴリゴリと音をさせて鉱石である魔石を食べた。
「ガリゴリ、ちょっと固いね」
「ちょっとじゃねぇよ!? 石だよ石、そんなもん食ったら腹を壊すぞ! ペッしろペッ!」
信じられない光景に、少女は思わず少年の肩を掴んで止めさせようとする。
しかし、それに構わず少年の口の中の魔石はドンドン小さくなり、最後にゴクリと飲み込んだ。
「いや~、魔石って初めて食べたけど、あんまり美味しくないね。ほんのり塩気があるけど、ジャリジャリしてるから砂を食べてるみたい」
「砂じゃなくて石だよ! というか、食うなよ!」
暢気な少年のセリフに頭を抱えるルシア。
「換金できる魔石を食ってどうするんだ」という憤りと、「そもそも倒したのかコイツだし……」という躊躇が入り混じって、何と言って良いのか言葉に悩む。
そんな複雑な思いを抱えるルシアは気にも留めず、少年はスッと手を上げた。
「じゃ、僕はここで帰りますね! お腹も空いたし!」
「魔石を食ってたじゃねぇか……いや、そもそも魔石を食うのがおかしいんだけどよ」
釈然としない物を抱えながらも、少年の奇天烈な言動に付いて行けなくなったルシアは、考える事を放棄してとりあえず頷いた。
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