06話 少年、勘繰られる
魔王復活の影響でモンスターが王都へと進攻した騒動から既に半月が過ぎ、街道の骸は片づけられていた。
だが、踏み荒らされ戦闘によって抉れた道は未だ修復中で、依頼を受けた冒険者がスコップなどを使って作業している横を通り過ぎていく。
「のどかだねぇ~」
「そうですね」
勇樹の乗っている馬車は、屋根が作り付けになっている箱馬車と呼ばれるタイプで、本来であれば4~6頭の馬で牽くような代物だが勇樹の設計の元、この馬車にはノームの技術が集められ作られていた。
車体には重量を軽減させる装置を組み込み、馬車単体でも走行できるように魔導式モーターを備え、乗車部分は空間魔法の応用で3畳ほどの個室が2つとキッチンとリビング兼用の4畳ほどの部屋、そして3点ユニットバスが設置してある。
ただし、見た目はちょっと古めかしい小型の馬車にしか見えず、牽いている馬も相まって幌馬車を無理に改造して作ったような野暮ったさすらあった。
「それにしても、凄い馬車ですよね。砂利道を進んでいるのに、こんなに揺れが少ないなんて信じられません」
「タイヤとか車軸に仕掛けがしてあるからね。それにガタガタ揺れる馬車に長時間座ってるとか耐えられないよ」
「あははは……」
通常はその耐えられない事をしているという言葉を、フィーアは苦笑いで誤魔化した。
そこで空気を変えるべく、フィーアは用意していたポットを取り出す。
「ユーキ様、お茶はいかがですか? 今日は暖かいので気を付けていないと倒れちゃいますよ」
「そうだね~。じゃあ、一杯いただくよ」
そんな風に、今まで全くなかった主従の会話をダラダラとしながら進んでいると、地図を広げたフィーアがある方向を指さした。
「ユーキ様、前方に見える大きな木の下に休憩所の広場があるようです。アールとアルスも休ませないと」
「りょうかーい」
勇樹はそう返事をすると、2頭に合図を出して速度を速めた。
休憩所に近づくと、既に数台の馬車が止まっていて、護衛らしき冒険者たち数人が馬車を守るように現れる。
「やあ、お嬢さん。どこかへご旅行かな?」
「え、いえ、わたしは……」
突然、冒険者のリーダーらしき人物に声を掛けられて、フィーアは慌てて勇樹を見た。
その反応に冒険者は怪訝な顔をする。
「どうした?」
「いやいや、どーも。僕は冒険者をやってるイトーって言います。そちらは護衛依頼の最中ですか?」
「あ、ああ。オレは『鬼神の斧』リーダーのザッグだ。君が冒険者ということは、そちらのお嬢さんは……」
ザッグは勇樹の隣に座るフィーアに視線を移す。
今のフィーアは若草色のワンピースに白の羽織物を羽織って、縁の広い麦わら帽子を被り、首にある奴隷紋を隠すためのチョーカーを除けば余所行きのお嬢様のような格好だった。
「ああ、彼女は僕の仲間のフィーアです。えーっと、少し離れて休憩したほうがいいですよね?」
「そうだな。その方がこっちも助かる」
勇樹はそれだけ確認すると、先客から少し離れた位置に馬車を止めた。
2人は御者台から降りると、すぐに桶を取り出して馬用の水と飼い葉を用意する。
目の前に置いた途端に、馬たちは勢いよく水を飲み始める。
「ほーれ、たーんの飲んで食べれー」
「あの、ユーキ様。コレは何ですか?」
そう言ってフィーアが指さしたのは、飼い葉桶の中に入れられた褐色のレンガのようなものだった。
「ああ、それは岩塩だよ。人間と違って飼い葉には塩分がないから、こうして汗とかで流れた分を補給してやる必要があるらしいよ」
「へえ、そうなんですか」
フィーアが感心したように頷く。
ちなみに、岩塩の話は勇樹が祖父の実家に住んでいた頃に、近所で牛を飼っている家の手伝いをした時に教えて貰った事を覚えていたのである。
「ユーキ様、先ほどから向こうより視線を感じるのですが……」
「それは仕方ないでしょ。護衛する以上は不安要素になりそうな怪しい輩とは、できるだけ関わりたくないだろうからね。多分、向こうは僕たちを『護衛代をケチったお嬢様』とか思われてるんだよ。きっと」
「そうですか……ええ!? お、お嬢様ってわたしがですか!?」
「ははは、流石に冒険者感丸出しで男の僕を、お嬢様とは間違えないでしょ」
「で、ですが、わたしはハーフエルフで奴隷ですし……」
「耳は髪と帽子で隠れてるし、奴隷紋はチョーカーで隠してるから、見た目には分からないよ。肌は白いし、渡してるクリームのお陰で指先も綺麗だから、どっからどう見ても深窓のお嬢様ですよ!」
「そんな、え、あ、うぅ……し、知りません!」
からかってくる勇樹の言葉に、フィーアハ顔を真っ赤にして何も言えなくなって、帽子を深く被り直して顔を隠すと馬車の中へと逃げてしまった。
「あらら、逃げられちゃった。まあ、片づけと馬具の装着は一人でも出来るからいいんだけどね」
「おや、お仲間のお嬢様は中に入ってしまわれたのですかな?」
「ほへ?」
馬たちが飼い葉を十分に食べたところを見計らって、勇樹が桶を片づけようとしていると背後から声をかけられた。
振り返ってみると、こちらを警戒して睨む冒険者一人を連れた男性が、人の良さそうな笑みをたたえて立っていた。
「えーっと、僕に何か御用ですか?」
「いや、用というほどの事ではないんだが……君たちの格好がとてもチグハグなのが不思議で仕方なくてね。我慢できずに声をかけてしまったのさ」
「はぁ……?」
「まず君の格好はどう見ても駆け出しの冒険者で、もう一人のお嬢さんはちょっと外へ出掛けるような軽装だ。なのに、君たちは馬車に乗って街から離れた場所にいる。しかも、その馬車はお世辞にも立派とは言えず、牽いているのは体が大きく力は強いが臆病で鈍重なロカ種が2頭だけ。他に仲間や護衛はいないようだし……だとすると君たち2人だけで何らかの事情を抱えてここまで来た事になるね?」
「あはは~、想像力が逞しいですね~」
顔は笑みを浮かべながらも明らかに何かを探るような目に対して、勇樹は軽く笑い飛ばして返す。
桶に残った水を捨てて、桶を馬車に詰め込むと勇樹は男性の方を振り返った。
「じゃあ、僕たちは先に行きますね。そっちは大所帯ですから、ごゆっくりどうぞ」
「いやいや、待ってくれ。ここは他所の土地と違って盗賊に襲われる心配はないが、それはこの辺に生息するモンスターが桁違いに厄介だからなんだぞ? そんな中を2人だけでなんて……」
「お構いなく~、相応の準備は重ねて来てるんで~」
「準備は万全なつもりでも、何かあるのが世の中だよ」
通り過ぎようとした勇樹の前にさり気なく立ち塞がりながら、男性はニヤリと笑いながらそう告げる。
男性の勿体ぶった言い方に、勇樹は思わず眉を顰めた。
「……えーっと? 結局、何の御用なんでしょうか?」
「むしろ、君たちが私に用があるんじゃないかな? あまり無理をすると長生き出来ないよ?」
勇樹はその言葉で、目の前の男性の意図を察した。
と同時に、男性が大きな勘違いをしている事にも気が付いた。
男性は勇樹たちが、『お嬢様と駆け出し冒険者が「何らかの理由」でお粗末な馬車で街を離れたがっている』と想像していて、自分を売り込んでいるのだと。
「何か勘違いしてる上に頑張っているところ悪いけど、色々と見て回りたいんで先に行きますね」
「……そうですか? そこまで言うのであれば仕方ありませんね。なら、何かお困りの際には是非ウチの商店をお尋ねください」
「はは、その時はよろしく~」
これ以上、粘っても分が悪いと感じ取った男性は、素直に身を引いて諦めた。
話は済んだと言わんばかりに勇樹は男性の横をすり抜けて、手早く馬を馬車と連結させると、御者台に乗り込んで馬車を出発させた。
勇樹の馬車を見送りながら、男性が控えていた冒険者に声をかけた。
「貴方の目から見て、あの2人はどう見えましたかな?」
「どうも何も、どっかのお嬢様と護衛なんじゃねぇんですかい? まあ、坊主の立ち振る舞いの不釣り合いさがちょっと気になりやしたが、目を付けておかしいと言うほどのモノでもないでさぁ」
「彼の立ち振る舞い?」
冒険者の指摘に、男性は首を傾げた。
「あの坊主、装備こそ初心者丸出しでしたが、こっちの警戒にはキッチリ感付いていたようですし、素人特有の臭さが一切感じられなかったのが気になりやしたが……まあ、別段気にする事でもないでしょう」
「そうですか……まあ、あの様子では気にする必要はないかもしれませんね」
冒険者の見立てを聞いた男性は、それだけ呟くと自分の馬車へと戻っていった。
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