10話 少年、小鬼と一戦交える
「フッ、良い啖呵ダ。ならばこちらも相応に応えよウ」
「その前に一つ質問いいでしょうか!」
「む、なんダ?」
無防備に背筋を伸ばして右手をピンと挙げた勇樹に出鼻を挫かれ、ゴブリンは思わず返事を返してしまう。
問答無用で襲い掛かって来るタイプではないと判断した勇樹は、ニヤリと笑ってそのままの体勢で質問を投げかけた。
「先ほど魔王様がどうのと言ってましたが、貴方は魔王とお知り合いなんでしょうか?」
「なるほど、名乗りがまだであったカ。オレは魔王様より生まれし、 “小鬼王”の名を戴いた王の側近也」
「なるほど良く分かりました! ヤバい、いきなり中ボスレベルが出て来ちゃったよ」
レアモンスターを狩りに来て、まさかの魔王の側近エンカウントに勇樹は口をひくつかせた。
そんな勇樹の反応などどこ吹く風で、小鬼王は緩みかけていた構えを直して拳を前に突き出した。
「さて、無駄話もそろそろ止めようカ。オレも呼ばれてから雑魚の掃除ばかりで飽きていた所ダ」
「ハッ、歩いて踏み潰した虫自慢なんて、魔王も結構暇なんだね」
「貴様ッ!!」
勇樹の安い挑発にあっさりと激情した小鬼王は拳を振り上げた。
この時、勇樹は油断しているつもりも、ましてや相手を侮っているつもりもなかった。
相手は魔王の側近、確実に自分より格上の相手の一挙手一投足を見逃さないつもりであった……が、気が付いた時には攻撃の余波による突風に吹き飛ばされていた。
「ぐはっ!?」
「ほう、咄嗟に身を捩って直撃を防いだのカ。大した勘ダ」
「……さ、さっきと動きが違い過ぎません? 全然動きが見えなかったんですけど」
「ふん、さっきは軽く撫ぜただけダ。足元を這う虫に本気になる訳がないだロ?」
小鬼王の台詞に冷や汗が流れた。
先ほどの突撃の時は、当たれば危なかったものの目に見えていたので容易に躱す事が出来た。
しかし、今の攻撃は反応どころか認識する事すら出来なかったのである。
「あいたたた……調子に乗ってたつもりはなかったんだけどなぁ。下手にデッカイ蜥蜴なんかやっちゃったから、どっかで油断してたね……」
「ほう、アレをやったのはお前だったのカ。だが、あんな雑魚を散らす為に用意した奴を倒した程度で侮らないで貰おうカ」
「ははは、ホント申し訳ない。じゃあ……今度は久々の本気で行くよ」
勇樹はそう宣言すると槍を構え、ゆっくりと静かに息を吸い始めた。
深く限界まで吸い込むと、今度は小さく口を開きゆっくりと息を吐く。
息を吐く音が風に揺れる木々が擦れる音にまぎれ、森の間をそよ風が吹き抜けた。
風が当って僅かに気が逸れた、その刹那の合間に小鬼王の視界から勇樹が消え去った。
「フッ、隠れたカ。だが、それでこのオレから逃げられると……っ!?」
勇樹を探し出そうと一歩を踏み出そうとした瞬間、目の前に刃先が迫っていた。
慌てて小鬼王は頭を大きく逸らすと、そこには槍を短く持ち拳をように槍を突き出した勇樹が立っていた。
目の脇を掠らせながら、小鬼王は狂暴な笑みを浮かべる。
「ハッ! いつの間に正面へ現れたかは知らないガ、その程度の速度でオレを出し抜こうナド……」
だが小鬼王が振り向いた時には、勇樹の姿は無かった。
不意を打たれた事に若干イラつきながらも、息を吐いて冷静さを取り戻す。
突然、槍の刃先が目の前に現れたのには驚いたが何の問題もないと、肩を回して再び勇樹を見つけ出そうと辺りの気配を探った。
しかし、返ってくるのは草むらの陰にいる虫たちの気配のみで、この周辺にそれ以上の生物の気配は感じ取れない事に、小鬼王は首を傾げた。
「……逃げたカ? いや、それにしてもこのオレが気配を察知できないとはどういう事ダ……?」
戦闘特化ではあるが小鬼王の【気配察知】スキルは獣人すら上回っている。
その有効範囲は数kmにも亘り、その範囲内ならば子ネズミ一匹すら捕捉できるほどの察知能力を持っていた。
だが、そんな強力なスキルですら直前の勇樹の奇襲を察知できず、今も隠れているであろう勇樹の気配を察知できていなかった。
「転移魔法? いや、そんな物を使った気配はなかった。ならばどこに……っ!?」
小鬼王が僅かに目を左にズラした直後、視界の端にキラリと光る物が入った。
それに何かを感じ取った反射的に小鬼王は顔を庇うように左腕を上げると、左腕に何かを突き立てられる感覚が襲った。
すかさず顔を向けると、何の感情も宿していない能面のような顔をした勇樹と目が合った。
「カッ! まるで暗殺者のようではないか人の子ヨ!」
興奮した様子で牙を剥きながら左腕を振り払うと、身体ごと左側に振り向く。
しかし、その頃には勇樹の姿にはそこにはなかった。
そしてこれこそが、勇樹が災害級のモンスターが渦巻く竜の砦にて編み出した、生き抜く為のスタイルだった。
魔法に頼らずに隠れるだけではなく、相手の意識が薄い死角となっている空間に身体を潜り込ませて周囲と同化する。
時には虫を嗾け枝葉を揺らしてそちらに気を逸らせ、あえて呼吸を乱して顔を振り向かせるなど相手の意識の隙間に入り込む事を徹底し、相手の意識が途切れた瞬間に刈り取る。
弱かったが故に至った、一撃必殺に徹したスタイルだった。
「だが、それでもオレを覆う障壁を破る事は出来んゾ!」
「――それはどうかな?」
「ハッ!」
背後から聞こえた声に、小鬼王は腕で薙ぎ払って背後にいた影を引き裂いた。
そして、引き裂かれた影から赤い液体が飛び出す。
「フン、呆気ない物だナ……何!?」
何かを引き裂いた手ごたえにニヤリと笑い、改めて顔を上げてそれを見て目を見開いた。
小鬼王が引き裂いた物は、ゴブリンの死骸であった。
小鬼王が騙された事に驚き固まっていると、左側に勇樹が現れ思いっきり槍を振り殴った。
「グフッ!?」
「まだまだぁ!」
勇樹は腰のポーチに手を突っ込むと、魔術式を刻んだ魔石を数個掴んで小鬼王に向かって放り投げた。
放り投げられた魔石は激しい光を放ち、爆発を巻き起こした。
爆発と同時に勇樹は後ろに飛んで、爆風を利用して距離を取る。
「やった……わけないよね」
「当たり前ダ。この程度でやられるわけなかロウ」
「チッ! やっぱ決め手に欠けるなぁ!」
前回からの悩みを愚痴りながら反転して、小鬼王に背を向けて走り出した。
遠ざかる勇樹の背中を眺めながら、小鬼王はゆっくりと屈むと次の瞬間には両者の距離がゼロになっていた。
「!?」
「逃げ切れると思ったカ? 愚カ」
振り降ろされる拳から逃げ切れず、咄嗟に受け止めた槍の柄が圧し折れて吹き飛ばされる。
「ぐっ!」
「フン、これで終わりダ」
「……計画通り!」
「何?」
勇樹が折れた槍を地面に突き立てた。
直後に地面の下から何かが爆発したような振動が起り、突然小鬼王の足元が崩れた。
「ッ! 落とし穴カ!! だがそんな物……」
「落ちろ!」
魔力を全身に回して何かをしようとしている小鬼王に、勇樹は更にロープの端に魔石を付けたボーラを投げ付ける。
遠心力によって小鬼王に当たったボーラは、そのままひとりでに絡み付き、動きを封じ込める。
すると絡み付いたボーラの先端に付いた魔石が黒く変色し、魔石に刻まれた【重力変化】魔法によって体重が数倍になり鈍い音を立てて穴の底に落ちた。
穴は直径5m程、深さは20m以上でそう簡単に抜け出せそうな物では無い。
「グ、こんな穴が……!」
「いや、この前にここへ来た時に地下に魔力反応があったから気になって掘ったんだけど、結局何も見つからなかったからそのまま落とし穴にしてみました! そしてこれで終わりだ!」
勇樹はポーチの中からもう一つポーチを取り出すと、底に折れた槍を突き刺して穴の中へ落とした。
底に穴を開けられたポーチは、刻まれた術式が崩れて中の空間が崩壊、ポーチに入れられて居た物が一気に噴き出した。
「一体何ヲ……ナ!?」
ポーチの中身――この穴を掘る時に出た土砂が小鬼王に降り注ぎ、一瞬で穴が塞がった。
穴が埋まった事を確認すると、勇樹は慌ててその場を逃げるように立ち去った。
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