幕間3‐1 勇者と受け付けとギルドマスター
ここは日に何十人もの冒険者たちが所属し出入りする冒険者協会エルクレア支部。
荒くれ者な冒険者を相手に事務処理や買い取りを行う協会を統括するのは、『ギルドマスター』と呼ばれている元上級冒険者である。
言ってしまえば、各地の協会自体がそこに所属するギルドマスターの縄張りでもある。
故に冒険者協会で揉め事を起こすような不心得者が現れれば、傘下にいる上級冒険者パーティか常駐しているギルドマスターが出張って来るので、冒険者協会で小さな喧嘩は起こしても、職員などに対して乱暴をする者はほぼいない。
そしてここにも一人、現役時代には『灼斧の鬼人』と鳴らしていた男が現在、机に向かって一枚の書類の睨みながら難しい顔をして唸っていた。
暫くその状態で硬直していると、部屋のドアがノックされた。
ギルドマスターは生返事で返すと、若い女性職員が一枚の書類を持って入って来た。
「ギルマス、本日の集計を持ってきました……って、そんな顔をしてどうかしたんですか?」
「あ? ああ、いやちと上に報告書を上げにゃあならんのだけども、困った事があってだなぁ~」
「何かあったんですか?」
何か言い辛そうに言葉を濁すギルマスを見て、職員は小首を傾げた。
彼女の中では、この男は細かい事は気にせず大雑把な『豪放磊落』を絵に描いたような人物だという認識であった。
面倒臭い物は深く気にしないと普段から公言していて、仕事も殆どを部下に押し付けて自分は持って来られた書類にサインと判子をするだけの怠け者でもある。
そんなギルドマスターの珍しい姿に、職員は内心で若干驚いていた。
だが、彼女も持って来た書類にギルドマスターのサインを貰わないと帰れないので、とりあえず書類を机に置いた。
「悩むのもいいですけど、とりあえずこれに目を通してサインください」
「あいよ~……はぁ、どうしたもんかなぁ」
「……一体、何にそんなに悩んでいるんですか?」
これ見よがしに溜息を吐かれて、職員も仕方なく問い掛けた。
「いやな、優秀で見込みのありそうな新人をリストアップして上に報告しなきゃいけないんだが、どうした物かと思ってなぁ」
「優秀な新人……となるとやはり短期間でCランクに上がったカイル・フランブリッツや、先日討伐ランクCのグリードグリズリーの討伐に成功した冒険者パーティの『双頭の鷹』でしょうか?」
職員はすぐに優秀な新人たちの名前を挙げた。
しかし、それを聞いたギルドマスターは大きく溜息を吐いた。
「いや、そいつらは良いんだよ……ただ一人だけ判断に困る奴がいるんだよ……」
「珍しいですね。いつもなら見れば分かるって言って、すぐに終わらせているじゃないですか」
「とにかく変わってる奴でな、俺の目でも実力が図り切れんかった」
「変わってる……どんな感じにですか?」
「二日酔いで不機嫌な強面の受け付けに『二日酔い? 調子悪そうだね』とかのたまっておきながら、そこから2時間もどうでもいい雑談に付き合わせる程度には変わった奴だ」
「それは何というか、神経が図太いか鈍いだけなんじゃないですか?」
「それだけの奴だったら半年もしないで依頼に失敗して死んでるだろうよ。だが、ソイツはこっちに来て一ヶ月間の殆どを貸し工房に引き篭もって、依頼も報酬度外視で早く終わりそうな物を最低限の数だけ熟して、新人にありがちな無謀な事もしてねぇ。凄いんだか凄くないんだかよう分からんヤローだよ」
苦虫を潰したような顔で渡された書類に軽く目を通してサインを書き、職員に返す。
「だったら、書かなければいいじゃないですか」
「そうはいくか、もしソイツが上級に上がったり何らかの成果を上げていたにもかかわらず報告してなかったら、俺の監督責任になるんだよ」
そこで職員が納得したように頷いた。
ギルドマスターとは冒険者協会の最大戦力が故に、いつでも動かせるように協会から動いてはいけないのである。
なのでギルドマスターは依頼を熟せない為に収入は主に給料制で、当然だが仕事をサボれば給料は下がる。
「やべぇよ。給料が下がったら母ちゃんにドヤされる……」
「ハァ……そんなに悩むのでしたら書いてしまえばいいじゃないですか」
「出来たらこんなに悩んでねぇよ!?」
「じゃあどうするんですか? というか他に誰か知っている人はいないんですか?」
「……アイツ、いつも決まった相手としかは無さねぇんだよ。しかも、見た目には素人丸出しだから見ただけの奴は当てに無んねぇ」
「……その人、本当にギルマスが頭を抱えるほどの人なんですか? 正直、今聞いた話だけだとそこまでの人物のようには思えないんですが、一体ランクは幾つなんですか? 『C』という事は無いでしょうが『D』ぐらいなんですか?」
冒険者の間では『D』で駆け出し、『C』に上がって初めて一人前と言われている。
理由としてはCランクに上がる為には昇格試験があるからや、Cランクになると冒険者協会のある都市での入市税免除などのサービスが増えるなどの憶測がある。
ギルドマスターが頭を悩ませている相手ならば、一人前とは言わずとも相応のランクだろうという、ある意味当たり前の質問だった。
しかし、それは大きく裏切られた。
「いや、ソイツはFランクだ」
「ハァ!? 最底辺なんですかその人!?」
職員が驚きの余り思わず上げてしまった声に、ギルドマスターは煩そうに耳を塞いだ。
しかし、ハッキリ冒険者とも呼べない様なド底辺を這い蹲っているような相手に、冒険者協会を取り仕切るギルドマスターが永延と悩んでいたと聞けば、誰もが声の一つも荒げたくなるのは必定であった。
「うるせぇなぁ……そんなに怒鳴らなくてもいいだろうによぅ」
「怒鳴りたくもなりますよ! Fランクの為にギルドマスターの貴重な時間を浪費してどうするんですか! しかも話を聞けば明らかにやる気が無さそうなのに、そこまでの逸材な訳ないでしょう!」
冒険者になりたがる若者にありがちな功名心が無く、他者と関わらず冒険心も無い臆病者。
ギルドマスターからの話から職員はそう断じた。
職員の言葉にギルドマスターは気まずそうに頬を掻いて呟いた。
「いや、それが……を買ってたからなぁ」
「は? 何をですか?」
「アイツ……家を買ったんだよ」
一瞬、彼女はその言葉が理解できなかった。
そして数秒の後にその言葉の意味を理解して声を上げた。
「はい!? なんでFランクが家を!?」
「スゲーよな、しかも一括払いだぜ」
「いえ……そこも驚いていますけど、Fランクの冒険者がどこからそんな伝手を?」
「あ、それは俺が紹介してやった」
「ギルマス、貴方はバカですか?」
暢気に手を上げたギルドマスターに思わず本音が飛び出した。
だが、冒険者はBランクでも上位クラスになって初めて家購入の交渉の余地ができるという事を考えれば、それも仕方のない事である。
「あ、もしかしてどこかの大きなパーティやクランに所属していて、共同で使う家を探していたとかですよね?」
「いや、アイツはソロだ」
「じゃあ、尚更なんで!?」
「だってアイツ、依頼は最低限の物だけ熟したら、後はずっと貸し工房に引き篭もるのを1月以上やってるんだぞ? その癖食うに困った様子はねぇし」
「それが一体なんだって……っ!?」
そこで職員は、その冒険者の異常性に気が付いた。
ハッキリ言って冒険者協会にある貸し工房は非効率に極みである。
腕に覚えが無ければ使えない場所にも拘らず、使用料は割高な時間制で一般的なCランクでは使わない。
かと言って技術がある者なら、早々にどこかの工房に弟子入りするかどこかの冒険者パーティに入って専用の工房を用意してしまった方が色々と融通が利く為、貸し工房を利用する者など1年に1人か2人も居れば多い方である。
そんな割高な貸し工房をどこにも所属していないソロのFランク冒険者が、最低限の依頼しか熟さずに引き篭もる等、思いっきり訳ありとしか考えられなかった。
「……よくそんな人が他の冒険者に目を付けられませんでしたね」
「そこは強面の受け付けと懇意に話し込んでいるからな。態々ドラゴンの寝床で薬草取りはしねぇよ」
「まあ、そうですね」
よっぽどの馬鹿でもない限り、火中の栗を拾う真似はしない。
そしてそんな馬鹿は真っ先に死んでいくのが冒険者として生きる者たちの掟である。
誰も近寄らない所へ喜々として向かう奴を警戒しない方が悪いのだ。
「もし、その冒険者が裏のだったらどうするんですか」
「いや~、大丈夫だろ。アイツら特有の臭いはしなかったし、何つうか動きの節々が素人くさいんだよ。素直っつうか何も考えてねぇっつうか」
「で? 結局、どうなさるんですか?」
「あ~、もういいや。自分の目が衰えたとは言わねぇが、俺の思った通りの奴ならひっそりやるだろうし、間違ってたらそこまでの奴だったんだろうから報告はやめだ」
そう言ってギルドマスターは、最後の名前を書かずに書類に判を押した。
「そうですか。それじゃあ、帰る前にこちらの書類の山にサインをください」
「はっ!? ちょ、こんな量、今日中には片付けらんねェぞ!?」
「溜めに溜めたのはギルマスでしょう? 全部、明日の朝までにお願いしますね」
「オーノー!?」
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。




