08話 少年、奴隷にコミュ障を拗らせる
予定が次々と狂ってしまった為に、すっかりやる気をなくした勇樹は屋敷へと帰って来ていた。
今日は一日中出かけていると言って出て行ったはずの主人が午前中で帰ってきた為に、フィーアは慌てて出迎えた。
「お帰りなさいませ、ユーキ様!」
「あうあー、なんか出鼻挫かれて面倒臭くなっちゃった……とりあえず残りの2階の部屋の改装やっちゃうからお茶持って来て……ポットの使い方は分かるよね?」
「は、はい!」
「ん。じゃあ、後よろしくー」
纏っていたマントをフィーアに預け、肩を落としたままのそのそと階段を上って行った。
フィーアはそれを見届けると、コート掛けにマントを掛けてお茶を入れに台所へ向かった。
魔力で水を入れるだけで勝手に沸騰してくれる魔動ポットでお湯を沸かし、葉っぱ1枚入れるだけで色が付く茶葉を急須に入れてお湯を注ぐ。
そして暫く置いて香りが立ち始めたのを見計らって、カップと共にお盆に並べて台所を出た。
現在、勇樹もフィーアも1階で寝起きしている。
その為に殆どの部屋は締めきっている状態なので、勇樹がいる部屋は作業の為にドアを開けているので、一々ドアを開けて中を確認しなくとも一目で見つかった。
「ユーキ様、お茶をお持ちいたしました」
「ん。そこ置いといて」
部屋に入って来たフィーアの方を振り向きもせず、生返事で作業に没頭していた。
高いスキルの補助と高いステータスのお陰で、重労働であるはずの改装を模型でも組み立てるが如く異常なスピードで次々と組み上げて行く。
暫くフィーアはその様子を大人しく見ていたが、ふと疑問が浮かび上がり気になったので勇樹に聞いてみた。
「あのユーキ様、ちょっと聞いてもよろしいでしょうか?」
「ん? な~に?」
「ユーキ様の冒険者ランクは幾つなんですか? こんな立派なお屋敷に住んでいますし、わたしを買う時も即金で払っていましたし……」
「冒険者ランク~? Fだけど~」
「……え?」
フィーアは一瞬、聞き間違えをしたのかと自分の耳を疑った。
「え、Fランク……なんですか?」
「そーだよー、だってCとかBになったら色々面倒臭そうじゃん? お金稼ぐだけだったら別にランク上げなくても出来るし、お金を稼ぐ手段にも困ってないしね……っと、この部屋終了」
フィーアと話している間も手を止めていなかった勇樹は、ものの1時間程度で部屋の改装を終えてフィーアの持って来たお茶をグイッと呷った。
「うん、お茶美味しかったよ。ありがとう、今日中にはこの階の部屋の改装を終わらせるつもりだから何かあったら呼んで」
フィーアにそれだけ告げると、工具を持って次の部屋に行ってしまった。
勇樹がFランクの冒険者だと聞いてますます謎が深まり、勇樹の得体の知れなさにフィーアは困惑した表情を浮かべて勇樹が出て行った扉を見つめていた。
「終わったー!」
時間は既に草木も眠る丑三つ。
やっている内に興が乗った勇樹は一つの部屋を除いて、殆どの部屋の改装を終わらせてしまった。
長時間を動きっぱなしで思った以上に疲労していた体を軽く伸びをして解す。
部屋の灯りを消して廊下に出ると、当然ながら真っ暗で窓から入ってくる僅かな月明かりだけが、薄らと廊下を照らしている。
さっきまで明るい部屋の中にいた勇樹は、目が慣れていない為に全く前が見えなかった。
「うわー、真っ暗で何にも見えないや……灯り灯り」
腰に付けた鞄から魔動式の懐中電灯を取り出して灯りをつける。
「あの娘も寝ちゃってるだろうし、水飲んで寝ようっと」
凝り固まった体中をバキボキいわせながら、水を求めて台所へ向かった。
すると、台所のドアから薄明かりが漏れている事に気が付いた。
「あれ、寝る時に消し忘れたのかな?」
僅かに開いていたドアの隙間から中を覗くと、そこにはフィーアが台に突っ伏して眠っていた。
それを見た途端、勇樹は思わず天を仰いだ。
どこで聞いたかは定かではないが、使用人はいつ呼ばれてもいいように主人より遅く起きてはいけないし、主人よりも先に休んではいけないと聞いた事があった。
つまり、フィーアも今の今までずっと起きて待機していたのだった。
他人が住んでいるという事の意味をよく考えていなかったと、深く後悔していた勇樹の耳に小さく腹の虫の声が聞こえた。
「あ~、そっか。僕は夕飯も食べずに、ずっと部屋の改装作業をしてたから、この子も食べずに待ってた訳か……一声掛けてくれればいいのに」
言い訳じみた呟きをする勇樹だったが、これはフィーアにも言い分があった。
フィーアは夕飯時に何度も勇樹に声を掛けていたが、作業に熱中していた勇樹は当然生返事だった。
真面目なフィーアは主より先に食事を取ってはいけないと、いつまで経っても戻ってこない主を空腹で腹の虫が騒ぐのを水で誤魔化ながら、今の今まで待機して待っていたのである。
「とりあえずベッドまで運んで……ああ、でも少しはお腹に何か入れた方が……とは言っても僕は何も作れないし……」
迷いに迷った挙句、とりあえずホットミルクでも飲ませておこうと、牛乳と水を入れた鍋を火にかけた。
牛乳を入れた鍋は沸騰しないように注意しながら掻き回し、温まってきた所で火を止める。
一方、水の方は沸騰して来たらカップを入れて、ミルクを注いだ時に冷めない様に温めて置く。
最後に飲み易いよう少し甘みを付けてから、温めたカップにミルクを注いだ。
用意が出来た所でフィーアを起こした。
「起きて、こんな所で寝ていたら風邪引くよ?」
「……う、あぁ?」
勇樹に肩を揺すられて、フィーアがゆっくりと目を開けた。
目覚めてすぐはボーっとした目で勇樹の顔を見ていたが、やがて目に力が戻ると皿のように見開いて、慌てて立ち上がった。
「ゆ、ユーキ様!? あ、わたし……申し訳ありません! 気が付かなくて……」
「いいよいいよ。僕もこんな時間まで引き篭もってたのが悪いんだし。はいこれ、もうこんな時間だし、空腹で眠れないだろうからホットミルクしたから飲んで」
「あ、ありがとうございます……」
そもそも勇樹が引き篭もっていた所為で夕食を食べ損ねてしまったのだが、そこを棚に上げて平然とした顔でカップを差し出した。
態々、主が用意したホットミルクをフィーアは割れ物を扱うかのように、両手でゆっくりと受け取った。
暫く2人はカップが空になるまで、特に会話もせずに黙々とホットミルクを飲んでいた。
「ふぅ、じゃあ僕はこれで寝るから、君も部屋で休んでいいよ。おやすみ~」
「は、はい! おやすみなさいませっ!」
先に飲み終わった勇樹はカップに水を張って流しに置くと、そのままキッチンを出て行った。
「あ~、自分の性格が嫌になる~」
廊下の片隅で、勇樹は寝袋に包まれながら自己嫌悪に陥っていた。
既に日付は変わって一昨日から勇樹はフィーアを買って来て以降、全くと言っていいほどフィーアに自分の事を何も話してはいなかった。
中には周囲にバレると不味い事もあるが、今まで話した内容が初日に奴隷市で言った自分の名前と冒険者である事しかないのが駄目な事は、浅い人付き合いしかした事のない勇樹でも分かる事だった。
「とは言ってもな~。あの年頃の子と何を話せばいいのか全く分からない……まずは天気とか趣味を聞けばいいんだろうか……」
思考が泥沼になり始めた頃、勇樹もその存在をすっかり忘れていたマジックアイテムが起動した。
『……き、起きておるか? ユーキ』
「あれ? なんだか、赤爺の幻聴が聞こえるよ……」
『何を寝ぼけておるんじゃ、これは別れる時に渡したマギフォンの念話機能じゃよ』
「あ~、あったねぇ。そんなの」
突然聞えたドラグニールの声に、勇樹は寝ぼけ眼で脇に置いた旅人の鞄からマギフォンを引っ張り出した。
そして、染みついた習慣から電話の様にそれを耳に当てた。
「もしもし? それで、一体何の用?」
『うむ、実は良いニュースと悪いニュースがあるんじゃが、どっちから先に聞きたい?』
「あー、じゃあ、そっちが話しやすい良いニュースからで」
『そうか、悪いのう。こほん、実はお主が好きそうなモンスターが目覚めたんで連絡したんじゃ。名は『厳山竜』、数世代前の勇者が呼び出された時に大暴れして、そのままエルクレア領内で退治されずに百年単位で寝起きを繰り返しておった大物じゃ。名前に竜とは付いておるが、実際はドラゴンですらないただ図体がデカいだけのリザード種じゃ』
「大物……マジで!?」
それまで半分寝ぼけてボーっとしていた勇樹は、勢いよく体を起こして目をランランと輝かせた。
「それで! それはどれくらい位大きいの!?」
『まあ、軽く山くらいはあるのう』
「や、山ッスか!」
予想以上の例えに勇樹の目の輝きが増した。
『巨体を維持する餌の量はどうなっているのか』とか『それだけの自重を支える足腰はどうなっているんだ』などの色々なルールを無視した、いかにもファンタジーな生物に出合えると聞いて勇樹のテンションは分かり易く上がって行った。
「それは是非見に行きたい! で、それはどこにいるの!?」
『あ~、うん。それなんじゃが……』
勇樹の問いにドラグニールが気まずそうに言葉を濁す。
ワクワクしながら返答を待っていると、ドラグニールは小さく溜息を吐いて答えた。
『実はな。お主が今いる街へと向かって侵攻中なんじゃよ』
一瞬、勇樹は何を言っているのかわからなかった。
「侵攻中?」
『うむ』
「どこに?」
『お主がいるエルクレアにじゃ』
「誰が?」
『山くらい大きなトカゲがじゃ』
「…………っ!」
暫く言葉を失った後、勇樹は鞄を持ってフィーアを起こす為に部屋へ向かった。
買ったばかりの家を守る為、知り合った人たちを守る為、そして何より超巨大生物を見物する為に勇樹は走り出したのだった。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。




