05話 少年、下座る
(´・ω・`)艦隊と御城に挟まれて、小説が進まない……!(自業自得)
前回、ハーフエルフの奴隷フィーアを即金で購入した勇樹は、彼女と目を合わせる事も無くフィーアの手を取ると無言で奴隷販売所を出たのだが、ここで問題が発生する。
勇樹は年が大きく離れた大人や子供とは問題無く話す事が出来るが、同世代になると途端に何を喋って良いのか分からなくなってしまうという、面倒臭い人見知りを拗らせていた。
先ほどの興奮したテンションとは打って変わって黙り込んでしまった勇樹に、フィーアは小さな不安を感じながら、腕を引かれるままに彼の後ろを歩いていた。
人見知りで全く話し掛けられない主人と自らは話し掛けられない奴隷は、冒険者が利用する宿の多い大通りでは足を止めず、そのまま通り抜けて高級住宅地の方角へ向かっていった。
最初はどの宿屋にも向かわない事に不審に思っていたフィーアは、大通りを抜けた辺りからその事に気が付き、勇樹に気付かれないようにしながらも内心で慌てふためいた。
先ほどの自己紹介で冒険者だと聞かされ、一般的な冒険者がどの程度稼ぐのかは分からないフィーアでも、勇樹程の年で高級住宅地に縁があるとは考えられなかった。
下手をすれば通報される恐れもある為、何度か注意しようと勇樹に声を掛けようとしたが、結局話し掛けられないまま勇樹は住宅街を通り抜けた。
そして、とある敷地の前で足を止めた。
「ウチ、ここだから。入って」
ほぼ街の外と言っても良い程外れにある広い敷地の大門の前で立ち止まり、フィーアにその一言だけ呟くと、勇樹は何の躊躇いも無く門を開けて入って行ってしまう。
フィーアは困惑を隠しきれないまま、恐る恐る勇樹の後ろに付いて行った。
お世辞にも綺麗とは言い難い、伸びきった草をただ刈り取っただけの道を通り、屋敷の玄関へ辿り着くと、勇樹は扉を開けてフィーアに中へ入る様に促した。
促されるままに屋敷の中へ入ったフィーアは、玄関ホールを見て言葉を失った。
一言で言えば『雑多』だった。
普通、このような屋敷では玄関ホールは客人を迎える為に余り物は置かず、貧相にならない程度の調度品を置くのが普通である。
況してや、名うての冒険者ならば自分が狩ったモンスターの剥製などを数点置いて尋ねてきた客に自慢する為に置くのが一種のステータスである。
しかし、この屋敷の玄関に置いてあるのはただの『物』。
恐らく薬草の類であろう草が生えたプランターに、使用の目的が良く分からない大きな桶、何かの素材であろう鉱石は取って来てそのまま置いたのか泥だらけで床を汚し、他にも木箱や袋がただ積み上がっていた。
「こっち」
言葉を失って立ち尽くしているフィーアの手を取って、勇樹は奥へ引っ張って行く。
まるで倉庫の様に物が置かれて狭くなった薄暗い廊下を通っていると、そこで不意に彼女の脳裏に同じ奴隷だった少女たちが話していた内容が過ぎった。
冒険者というのは、特に男女の出会いが限られている。
収入が不安定で毎回命の危険と隣合わせの冒険者と付き合う者はいても、結婚にまで至る事は早々ない。
故に冒険者は、一定の金が溜まると若い異性の奴隷を買って家庭を作るのは珍しくない。
というよりも若い冒険者の大半は、引退と同時に溜めた金で田舎に小さい家と奴隷を買って夫婦になるのを目標にしている。
自分が買われたのも、そう言う目的なのかと思い至り悶々としていたフィーアを余所に勇樹が案内したのは、1階にある応接間だった。
フィーアは寝室にでも連れ込まれるのではないかと思い込んでいただけに、目をぱちくりさせて思わず周りも見回した。
勇樹が連れてきた応接間は……ハッキリ言ってゴミ屋敷そのものだった
玄関と同じように物が散乱して床を埋め尽くし、椅子やテーブルにも袋や箱が積まれ埋もれており、壁は剣などの武器が立て掛けられて部屋として視界に入る場所が天上しかなかった。
「今、座れる場所を作るから、ちょっと待ってて」
勇樹は足で床に散らばった物を退けながら、椅子の上に乗った物を慎重に退かして2脚を確保すると、ほんの僅かにスペースを開けた所へ椅子を向い合せに置いてフィーアに座るように促した
彼女が恐る恐る座ったのを確認すると勇樹も座り、先ほどまで全く合わせなかった目を輝かせながら口を開いた。
「じゃあ、改めて自己紹介。僕はユーキ・イトー、Fランクの冒険者やってます! 趣味は工作と読書とフィールドワークです! で、早速だけどハーフエルフについて詳しく教えてくれない? 精霊魔法が使えないって言ってたけど、そもそも精霊魔法ってどんな事が出来るの? それ以外にエルフとの違いは? 属性魔法はどの程度使えるの? ご両親はどっちがエルフでもう一人は普人なのかな? そもそもハーフエルフの寿命って……」
「え、えーっと」
いきなり捲し立てられるように質問攻めにされて、戸惑うフィーア。
そんな彼女の様子にも勇樹は気が付かず、自分の得意なフィールド(自宅)で自分が興味持った対象に自分の得意な話題をしている事でさらに勢い付いて饒舌になって行く。
「そもそも異種族の間に子供って出来るのか? いや、ベースは人間だから精々人種が違う程度の問題なのかな。でも、属性魔法が使えて精霊魔法が使えない理由って何だろう? 僕の場合は逆なのに……でも、こっちの人間じゃないからそのルールには当てはまらない? という事は……ねえ、君以外にも今までにハーフエルフっていたの? その人たちも精霊魔法は使えなかった?」
「え、は、はい! 詳しくは分かりませんが、過去にはそのような方が何人かいたと聞いています……」
ブツブツと呟きながら物思いにふけっていた勇樹に突然、話を振られた所為で答えが尻すぼみになって行くフィーア。
そんなフィーアの様子は気にも留めず、彼女の回答に勇樹は一回だけ頷くと更に質問を重ねた。
「なるほど……じゃあ、勇者との子供は? 中には勇者と一緒になったエルフっているでしょ? やっぱり生まれてくるのはハーフなのかな? でも、そうなるとその子供は精霊魔法が使えないのかな……特に師匠たちが言ってた勇者だったら手を出しててもおかしくないけど……」
「い、いえ、過去に人間の勇者と関係があったのは、千年前に勇者のお供に付いたというハイエルフ様だけだと聞いていますが、勇者と間に子供がいたというのは聞いた事がありません……」
「うーん、それじゃあ確かめようがないなぁ……」
疑問が解消できず思わず頭を掻いた勇樹に、フィーアはまるで自分が悪い事をして叱られるかのように身を縮み込ませた。
勇樹も当初の目的を完全に忘れて、フィーアの無遠慮に顔を覗き込んだり手を取って観察してみたりと好奇心を抑える気も無く、欲望の赴くままに彼女を弄り倒した。
瞳孔を覗きこまれたり、脈を測られたり、膝を軽く叩かれたり……意味不明な検査を一通り終えて、勇樹が記録を付けている最中にフィーアは何気なく視線を泳がせた。
そして、そこで目に付くのはゴミ、ゴミ、ゴミの山、汚れた衣服がソファーの上に山積みになり、食事に使った食器はそのまま、鉱物らしき石が泥付きのまま麻袋にパンパンに詰め込まれ、窓際に置かれた植木鉢には花や雑草が煩雑に植えられ、木の実やキノコが積まれた籠が並べられている。
一言で言えば、汚かった。
「いつかはエルフの里にも行ってみたいな……あ、ドワーフにも会って見たい。この世界のエルフとドワーフは犬猿の中なのかなぁ? でも、先生たちを見る限りエルフがどうのって気にするような……」
何か考え込んでブツブツと呟いている勇樹に、フィーアは疑問に思った事を聞いてみる事にした。
「えーっと、随分と立派なお屋敷ですけど、他の方はいらっしゃらないのですか?」
フィーアが聞いたのは極普通の事だった。
そもそも、こんな屋敷を勇樹の様な若い冒険者一人で借りるなどまず不可能。
当然、勇樹はどこかの冒険者パーティないしはクランに所属していて、この屋敷はそのメンバーで共有している物だと思ったのだ。
フィーアにとっては何気なく聞いた事であったが、それに対しての勇樹の反応は予想外の物だった。
問われた勇樹は暫くフィーアの目をじっと見据えて、すっと立ち上がると……膝から力を抜いた。
支えを失った身体は腰、肩、頭の順に重力に沿って落下し始める。
「え」
思わずフィーアの口から声が漏れる。
力が抜けた膝はその稼働領域に従い前へ突き出るように折れ曲がり、膝が地面に突く。
元々、2人の距離は散らかっている物の所為で膝を突き合わせる程度のスペースしかなく、その場に座り込む余裕はない。
勇樹はそれを、膝を突くと同時に僅かに後ろへ下がり、椅子を後ろへ押し退ける事でスペースを確保した。
その間、視線はフィーアの顔に固定されている為、勇樹が正座した状態で彼女を見上げる形となる。
突然のアクションに驚いて反応も出来ないフィーアを置いて、膝を突いた同時に身体を折り畳む様に胴が前屈みになり、両手を両膝の前に手の平を肩幅と同じ程度の位置でハの字に揃えて床に突いた。
フィーアが動き出す前に、勇樹は勢いよく頭を手の間に床に押し付ける様に下げた。
そして……
「助けてください! お願いします!」
「え、え? はい!?」
額を地面に叩きつけるような勢いで勇樹は頭を下げた。
それはどこからどう見ても美しい土下座であった。
ただでさえ何一つ状況が把握できていないフィーアに、勇樹はさらに畳み掛けるように額に地面を擦りつけながら声を上げた。
「自分、不器用なので家事が一つも出来ないんです! どうか、どうか我が家をお助け下さい!」
まるで手本のような土下座をする勇樹を前に、フィーアはますます混乱し頭の中が真っ白になる。
自分がハーフエルフだと知って他の奴隷を押しのけで気に入ったと言われ、奴隷として買われたかと思ったら主人となった冒険者の少年は屋敷を持っていて、屋敷に入ったら主人に土下座されていた。
常人ですら対応に困る勇樹の行動に、人生経験の少ないフィーアが真面に反応できる訳がなかった。
「このままでは我が家は腐海に呑み込まれてしまいます! どうかその前に、人間的な、ごく一般的な人の住まいに! 力を貸してください!」
「え、あの……と、とりあえず顔を上げてください。奴隷にそんな事をするなんて……」
「僕は! 貴女が頷くまで! 土下座するのを止めない!」
「わかりました! わかりましたから!」
半ば自棄になりながらフィーアがそう叫ぶと、勇樹は土下座を解いてゆっくりと立ち上がった。
そして、落ち着いた勇樹はやり切った顔で額を拭った。
「ふぅ、という訳でこれからよろしくね! あ、ここは僕の家だから自分の家の様に寛いでいいよ!」
「は、はい! えーっと、それではお掃除から始めますね。貴方様の事はご主人様とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「ご、ご主人様!?」
そう呼ばれた瞬間、勇樹の全身から鳥肌が立った。
「ど、どうかなさいましたか? ご主人様」
「ゴメン! とりあえずご主人様は止めて! 背中が、背中がむず痒い!」
ファンタジーが好きでメイドや奴隷が出てくる作品も多数読んではいたので、そう呼ばれる事はある程度は覚悟をしていたのだが、実際に呼ばれてみると……勇樹が想像していた以上にこそばゆい物だった、
「名前! せめて名前で呼んでください! お願いします!」
「は、はい! えっと、ユーキ様?」
「うん、それがいいや……できれば様付けと敬語も止めて欲しいけど」
「そ、それは無理です! 奴隷が主に向かって馴れ馴れしく話しかけるなんて出来ません!」
「あ~うん、無理はいけないよね。そうだ、掃除の前に家の中を案内するよ! と言っても使ってるのはホンの数部屋だけどね」
勇樹は苦笑いしながら奥を指差した。
「まずは食堂! と言っても物が多くてゴミ置き場状態だけどね」
勇樹は入り口付近の壁に触れると、部屋の中の灯りが一斉に灯る。
それを見て、フィーアは目を見開いて驚いた。
「ここ、明かりのスイッチね。大体の部屋の入口にはこのスイッチが付いてるから、暗かったら付けていいよ。さぁ、次々」
「え……え?」
「ここが台所。当然、システムキッチンだよ!」
「すごい……こんなキッチン見た事ありません……」
無駄に凝った勇樹は窯と流し台だけの台所を取っ払って、レストランのキッチンのような一度に数人が調理に入れるキッチンに改造していた。
「魔法石を使用しているから蛇口を捻れば水は出るし、コンロの火の調整もお手の物! 素材には汚れに強く錆び難くて表面に着いた汚れを自動で浄化までしてくれるミスリル合金製! 包丁やフライパンだけじゃなく、ミキサーとかフードプロセッサーに電子レンジも揃えてるよ! ただ炊飯器だけはデータが足りなくてまだ作ってないんだよね……」
「……」
はしゃぎながらハンドルを回して水を出し、つまみを捻って火を点ける所を実演して見せる勇樹に対して、フィーアはただ絶句していた。
何せこの世界では貴族の屋敷ですら井戸から水を汲み、窯に薪を焼べている。
時々、物好きな者たちは水が湧く瓶や簡単に火が点けられる魔道具を持っている場合もあるが、どれも高級品で維持する為の魔力を一日一回は必ず補充しなくてはならない上、出せる量も多くない為に実用的ではなかった。
しかも、井戸から水を汲むのも薪に火を点けるのも、それだけで結構な重労働で一刻が経ってしまう事も良くある。
特にフィーアは奴隷商の元にいた時には、散々水汲みも火を入れるのもやらされた経験があるので、それをたった指2本で一瞬の内に出来てしまう事に、フィーアは言葉を失ってしまった。
「ここはもういいかな、じゃあ次はトイレとお風呂を案内しよう!」
扉を開けるまで、フィーアはトイレの使い方を説明するというのが理解できなかった。
この世界のトイレと言えば汲み取り式トイレであり、それはどこでも例外はない。
しかし、先ほどの台所の例もある為、今度は気をしっかり持とうとフィーアは気合を入れた所で、扉が開けられ中にあったのは陶器で出来た椅子だった。
「これを使う時はこの蓋を開けてから座ってね。で、用を足した後はこのレバーを捻ると水が出てきて出した物を下にある分解槽に流して無害な物に分解してから下水道へ流しちゃうから汲み取らなくていいよ。壁にあるボタンを押すと水が出てきてお尻を洗ったり、温風で乾かしたりできるから気が向いたら試してみてね」
「は、はい」
「次にお風呂だけど、ここもさっきの台所と同じように蛇口があってお湯も出せるから、お風呂を沸かす時は蛇口から直接入れられるよ。本当は露天風呂とかも作りたかったんだけど雨とか降ったら手入れが大変そうだから止めちゃったんだよね」
人は自分の得意な分野になると饒舌になる。
勇樹はフィーアが置いてけぼりになっている事に気付かず、次から次へと自分が作った物を自慢するように説明を続けて行く。
フィーアも驚きつつも付いて行こうと勇樹の説明に耳を傾け、必死に使い方を覚えようと後を追い掛ける。
台所、トイレ、風呂場と粗方の説明が終わり、最後にある部屋の前に立ち止まった。
「じゃあ、今日からこの部屋が君の部屋だから好きに使って良いよ。って言ってもまだ殆ど何もないんだけどね」
軽くドアを開けてみせると、勇樹の言う通り部屋の中にはベッドと小さなチェストが置いてあるだけだった。
「と、とんでもないです! 奴隷の身分で個室を与えられるだけでも十分贅沢な事なのにこれ以上は望みません! あの~、それでユーキ様のお部屋はどちらに?」
フィーアとしては何気ない質問だった。
しかし、それを聞かれた勇樹は突然目を見開いて深刻そうな顔をし始めた。
何か不味い事を聞いてしまったのではないかとオロオロしていると、勇樹は小さくボソリと呟いた。
「自分の部屋……そうか、それは盲点だった」
「え、え~……」
勇樹は屋敷を買ってからの一週間、ずっと屋敷のリフォームに勤しんでいたので作業は全体の2/3まで終了していた
しかし、作業中は眠くなれば廊下などで寝袋に入って寝ていたので、フィーアの部屋は用意できたが肝心の自分の部屋をどこの部屋にするかは全く決めていなかった。
そして、フィーアは自分より先に奴隷の部屋を用意してしまう主を見て、言葉に出来ない不安を覚えたのだった。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。




