02話 少年、引っ越しの挨拶
屋敷を購入した次の日、勇樹は宿を引き払い荷物を全て屋敷に移すと、引っ越しの挨拶をする為にアリサのいる教会へやって来ていた。
「この度、家を買ったのでその挨拶にやって参りました!」
「へ? 家?」
予想もしていなかった勇樹の言葉に、アリサは思わず針仕事をしていた手が止まり、持っていた針を落としてしまった。
驚きのあまり固まった空気に、針の落ちた音が響いた。
「い、家って……ユーキ君はまだFランクだったよね? どうやってそんなお金……」
「自分、稼いでますから!」
「稼いでるって言ったって……」
冒険者が稼ぐ方法の代表格と言えば、協会か個人から出される依頼料である。
しかし依頼にはランクがあり、受けられるのは推奨されるランクの依頼と決まっている。
これは低ランクの冒険者が無理をして高ランクの依頼を受けたり、逆に高ランクの冒険者が低ランクの依頼を独占したりしないようにする為の制度である。
他にも討伐したモンスターの素材の売却や採取した薬草などの買い取りもあるが、ハッキリ言って低ランク依頼は報酬が少なく儲からない。
何せ毎月の決まった時期になると農村の次男や三男坊などの実家を継げなかった者や、街のチンピラや元軍人などの訳ありの人間が、新人冒険者として協会に登録しに来るのである。
前職で実績がある人間は即Cランクに登録されるが、実績がない人間はFランクで登録され問題を起こせば即剥奪されるような見習いなので、冒険者なったと言ってもならず者同然なので低ランク向けの依頼に高い報酬の出る筈もない。
そして、勇樹が家を購入できたのは偶然だった。
毎日のよう安くない貸し工房を借り、高い家賃を即金で払えるだけの資金があり、毎日受付と無駄話していたお陰で人格的にも問題ないと判断されたので例外的に認められたのである。
但しこれは浮浪者が高級マンションを購入するような話なので当然普通ならば有りえない話である。
突然の雲を掴むような話に一時フリーズしていたアリサだったが、気を持ち直して恐る恐る胸を張っている勇樹に話しかけた。
「えーっと、空き家を勝手に占拠したら犯罪になるんだよ?」
「当然じゃないですか。僕はちゃんと協会から紹介された物件を買ったんですよ」
「えぇ……」
唯一ありそうな想像が否定され、再び言葉を失う。
「いや~、恥ずかしい話だけど、あの宿を追い出されちゃってね。近くに同じような宿はないし、だったらもう思い切って家を買っちゃえって思ってね」
「買っちゃえ、そんな簡単に……」
家を買うのは決してそんな簡単ではないのだが、未だ現代日本の感覚が残っている勇樹には、社会階級によって制限を受けるという事を知識としては知っていたが、それが実際にどういう物かは想像すらできないのであった。
故に勇樹はアリサが驚いているのが、ネット小説に良くある『つい先日までFランクだった子供がもう家を買ったのか!?』という程度の驚きだと思っている。
アリサの驚きを余所に、勇樹は口を窄めて愚痴り始めた。
「それがですねぇ、買った家を改造しようと今朝に軽く壁とか天井とかを調べたんですけど、あれじゃあ単なる箱ですよ箱。外壁ばっかり頑丈で、中の壁はまるで衝立みたいでスッカスカだったんですよ」
「え、それでちゃんと住めるの?」
「オッチャンから許可は取ってるからね! 外壁は残して中身は全部僕が好き勝手やらせて貰うよ!」
「ほ、程々にね?」
「大丈夫! とりあえず工房とお風呂は欲しいよね……後、キッチンも使いやすいのが良いなぁ。あとアレとそれと変形……合体……」
勇樹はそのままブツブツと不穏な事を呟きながら考え込み始めた。
夢中になって改造計画を練り出した勇樹を、アリサは苦笑いで見ていた。
そんな風に見られている事にも気付かず、勇樹は考え込みながら視線を動かすとアリサの胸元に勇樹が作製した小さなブローチが輝いているのに気が付いた。
「あ、それ付けてくれてるんですねっ!」
「ええ、これを付けた所為か今日は朝から調子がいいの。いつもよりも頭がスッキリしてるし、何だか手先も器用になってる気がする。ほら、子供たちの服も集中してたらこんなに繕えちゃって自分でもビックリしちゃった」
アリサはそう言ってテーブルに積み上げられた子供服を指差した。
どれも古着ながらも解れた部分が綺麗に修復され、且つ肘や膝などの子供が転んで擦り剥きやすい部分には厚い布を当てて改造まで施していた。
「あ~、それって確か支援系が上がる様に『知力上昇』と『魔力ブースト』、それに『技術補正』とか付けてた奴だ。頭が良くなるかと期待して『知力上昇』を付けてみたんだけど、僕には効果無かったんだよね……知力と頭の良さが関係ないとは思わなかったよ……」
「あははは……ゴメン、流石にそれは知ってたかな」
「マジですか……」
それまでスキルの補助で色々できたので期待していただけに、それが外れてガックリと項垂れる勇樹。
ちなみに先代の勇者の昔話にも似たような話があり、この世界へやってきた異世界人がとりあえずやるお約束のような物として残っていた。
午前中、教会でアリサや子供たちと遊んだ後、勇樹はアーノルドとの約束を思い出して冒険者協会へとやって来た。
扉を開けて中に入ると館内の空気が張り詰めていて、冒険者たちも嵐が去るのを待っているかのように静まり返っていた。
勇樹は何事かと首を傾げながら、その空気の発信源であるアーノルドにひょこひょこと近づいた。
「やー、オッチャン。昨日はありがとう~」
「ア゛?」
暢気に手を上げて挨拶する勇樹に対して、アーノルドは眉間にシワを寄せてガラ悪く睨み付けた。
その様子はどう見ても事務所の受付ではなく、頭に「ヤ」の付く組合の方のようである。
「どの面下げてここへ来たんだ。あぁ? 約束のモンも寄越さねぇで帰りやがって」
「こんな面下げてきました! ついでにこんな物も下げて来たよ?」
心臓の弱い人でなくても心臓が止まってしまいそうなほどの殺気を笑って受け流しながら、勇樹は腰のポーチから透明な液体の入った一升瓶を取り出してカウンターに置いた。
それを見た瞬間、アーノルドの眼の色が変わり、目にも留まらぬ速さで勇樹の手からそれを引っ手繰り、目を皿のようにして瓶の中を覗き込む。
「こ、コイツか! コイツが例の……」
「はい、それが約束のブツです」
「おお……っ!」
勇樹の答えにアーノルドは瓶の中身をジッと眺めると、緊張したように蓋を開けて匂いを嗅いだ。
するとアーノルドはそれで確信を得たようで、頬を緩め目尻を下げて嘆声を漏らした。
彼の余りの変わり身にそこにいた全員が驚き目を見開いて声を失っていたが、勇樹もアーノルドもそんな事は気にした様子もなく話を続けた。
「いや~、こんな珍しいモン貰っちゃって悪いなぁ~」
「いえいえ、昨日お世話になったお礼だし、僕は飲めないからね」
「何だ、勿体ねぇ……こんなスゲェ物を持ってんのに飲めねぇのかよ」
勇樹が下戸だと白状すると、アーノルドは可哀想な人を見る様な目を向けながら瓶に頬擦りしていた。
その視線に対して、勇樹は苦笑いしながら答えた。
「だって僕、未成年ですし、おすし」
「は? もう15は過ぎてるだろが、若いんだから少しは飲めるようになっとけよ」
「あははー、田舎でも同じような事を言われて近所のお爺さんたちに無理矢理飲まされたんだけど……翌日、皆からお前は絶対に酒を飲むなとしこたま怒られたでござる。ギガ理不尽」
「お、おぅ……てか、なら何でお前はこれを受け取ったんだよ」
「それをくれた人が結構珍しい物だって言ってたからね。それにこれは餞別で貰っただけで別に僕が飲めとは言われてないから、こういう風に使ってもいいんじゃない?」
「はぁ、幻の酒が交渉材料扱いか……いいか? この酒はなぁ」
「ああ、ゴメン。この後、用事があるからその話はまた今度ね」
アーノルドが語る姿勢に入り、話が長くなりそうだと感じ取った勇樹は出鼻を挫くように席を立った。
取って付けたような理由ではあったが、引っ越した屋敷の掃除をする予定にしていたので嘘ではなかった。
「そうか……じゃあ、また来た時にはコイツの感想を嫌ってほど聞かせてやるよ」
「あははは……お手柔らかに~」
上機嫌にニヤリと笑みを浮かべるアーノルドへの返事に苦笑いを浮かべて曖昧に答えながら、勇樹は逃げるように席を離れて、冒険者協会を飛び出すように後にした。
外へ飛び出した勇樹は勢い良く扉を閉め、扉に額を押しつけながら安堵の溜息を吐いていると背後から肩を叩かれた。
明らかに面倒くさそうな雰囲気を感じながらも振り向くと、そこに立っていたのは「ザ・雑魚冒険者」とテンプレで出てきそうなガラの悪い冒険者3人組だった。
「えーっと、僕に何か御用ですか?」
「おう、ちょっと首を貸して貰おうじゃねぇか」
「言っとくが変な真似すんじゃねェぞ? 俺たちはCランクだからな」
「何かあっても手加減できねぇぜ?」
ニヤニヤと明らかに勇樹を見下した笑みを浮かべながら裏路地を指してお約束じみた脅しを掛ける。
勇樹はそれに対して、溜息を吐きながら手を軽く上げて頷くのであった。
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