01話 少年、家を買う
お待たせしました。
『勇者は101人いる』第3章はじまり……ます……(血反吐)
――エルクレア外街大通り。
日が昇ってからまだ数時間しか経っておらず、大通りは人が活発に行き交い、屋台などでは客引きの声がそこかしこから聞こえて来る。
そんな活気ある周囲とは対照的に、肩を落として暗い雰囲気を巻き散らして、とぼとぼと歩いているのはこの物語の主人公――伊藤勇樹であった。
「はぁ、どうしよう……」
今日も今日とて冒険者協会で工房を借りて引き篭もる予定だったが、その足取りは枷を付けられたように重たかった。
その理由は彼是11時間ほど前、いつもの様に教会で夕飯を食べてから宿へ帰ってくると女将が腰に手を当てて待ち構えていて、勇樹に宿を出て行くようにと言い放った。
思いもしなかった出来事に勇樹は思いっきり動揺していた。
「え、な、何でですか?」
「何がですかじゃないよ! ウチはねぇ、宿屋であって武器屋でも武器庫でもないんだよ! ベッドのシーツを交換しに中に入ったら、部屋に武器が所狭しとあるじゃないの! ウチは木造なんだから、あんな事されたら部屋が傷だらけになってウチは堪ったもんじゃないよ! さっさと部屋を片付けて出て行っておくれ!」
女将はそれだけ言うと、話はそれだけと取り付く島も無く仕事へと戻って行ってしまう。
いきなり退去するように告げられた勇樹は、溜息を吐きながら部屋を片付ける為に階段を上がって部屋へ戻る。
そして、開けたドアの向こうは彼が作った道具や採取した素材が所狭しと並び、ベッドとその通り道以外は足の踏み場すらない状況であった。
女将に出て行くように言われた翌日の今日、勇樹は部屋に散乱していた物を全て旅人の鞄に押し込んで、ついさっき鍵を女将に返却して宿を出てきたのである。
「とは言っても、他の宿は食事が悪かったり部屋が汚かったりするからなぁ。だからって高級宿だと今みたいな生活は出来そうにないし……」
勇樹の泊まっていた宿は、冒険者の間では知る人ぞ知るD~Cランクが好んで使用されている宿屋であった。
経営している夫婦が元冒険者だったので不規則な冒険者の生活事情も理解していて、金が無い冒険者の為に食事や洗浄の為のお湯などは個別に追加で頼めるようになっている。
冒険者にとっては優良宿であり、何と言っても他の宿に比べて清潔であった。
それと同等のサービスを求めるとなると商人など向けの高級宿になるので、そう言う宿では1日1回は必ず部屋に清掃が入る上、部屋の物を汚すとクリーニング代が掛かるなど制約が多い為、今の勇樹には不適合であった。
「となると……一つしかないかなぁ」
勇樹は取り敢えず、冒険者協会へと足を向けた。
「という訳で家を借りるか買いたいんだけど、どっか良い物件ない?」
「どういう訳だよ……」
受け付けに着くなり唐突に話を始めた勇樹に、アーノルドは溜息を吐いた。
相も変わらず彼の座る受け付けには誰も並びに来ない為、世間話で話し込んでも誰の迷惑にもならなかった。
ちなみに隣の受け付けには、銀行のATMの様に冒険者たちがズラリと入り口近く並んでいる。
それを見たアーノルドは心底面倒くさそうな顔で溜息を吐いた。
「家……家ねぇ。お前、Eランクで家を借りられるだけの金があんのか?」
「ここの工房を毎日借りてるんだよ? その位の蓄えぐらいあるって、それから出来れば家は大きいのが良いな。それから出来れば家は大きいのが良いな。工房とかも作りたいから部屋が幾つもあるようなのね」
「んー、じゃあ幾つか見繕ってやるが……Eランクじゃあ借りるには厳しいぞ?」
「大丈夫!」
自信満々の勇樹に、アーノルドは胡散臭い物を見る様な目を向けて返した。
しかし一応仕事ではあるので彼は面倒臭そうにしながら席を立って、奥の棚から何枚かの書類を持って戻ってきた。
「今んとこウチで扱っている物件で、そこそこ広い所って言ったらこの3件だけだな。どれも商人や貴族の元別宅を手放した奴で、家具は揃ってるし手入れもされているから手続きが済めば今日からでも住めるぞ」
「えーっと、それって見学って今日できる?」
「今からかぁ? えーっと、手が空いてるのは……おーい、誰かいないかー?」
そう言って奥にいる職員たちに呼びかけるも、皆忙しそうに働いていて勇樹たちの方を振り向く素振りすら見せない。
職員の無反応さにアーノルドは頭を掻きながら勇樹の方を向き直して口を開いた。
「わりぃ、今手が空いてる奴がいないから明日以降に出直してくれや」
「もう少し努力してもいいと思うんだけど!?」
「えー、何で俺がそこまでやらなくちゃいけねぇんだよ」
「おかしい……この人ってここの職員だよね?」
心底面倒くさそうな顔をするアーノルドを見て、勇樹は思わず隣で丁寧な受け答えをしている受付の女性の方を見て、年齢と性別が違うだけでこうも応対が違うのかと見比べてしまう。
そして、奥で忙しそうに動き回っている職員と目の前で鼻クソを穿っている中年を交互に見て、勇樹はある事に気が付いた。
「あれ? オッチャンは仕事ないの?」
「俺はアレだ、ここに座ってんのが仕事なんだよ」
アーノルドの返答に勇樹は確信を得た。
即ち――ああ、コイツは暇なんだ……と。
そうと決まれば勇樹の言う言葉は一つ。
「じゃあ暇なんだね。ならオッチャンが案内してよ」
勇樹が何気なく言った瞬間、館内の空気がビシッと固まった。
隣の受付の女性と、彼女に報酬の金額が少ないと難癖を付けていた冒険者。
そして、依頼が張り出される掲示板の前で屯していた冒険者たちが、目を皿のようにして勇樹を見て固まっていた。
その空気に勇樹は首を傾げながら、アーノルドの方を振り返ると……物凄く嫌そうな顔をしていた。
「なんで俺がそんな事せにゃならんのさ」
「だってオッチャンしか暇な人がいないんでしょ?」
「だから、明日だったら手が空いた奴に案内させっから」
「いい~じゃ~ん、暇なんでしょ~? それに僕にはあんまり時間が無いのです」
「え~、だりぃ……」
「何だったら帰りにオッチャンに奢っちゃうからさぁ。オッチャン、竜泉酒って知ってる?」
勇樹が何気なく問いかけた瞬間、眠そうだったアーノルドが見開き、怖い顔つきで勇樹と顔がぶつかりそうになる距離まで詰め寄った。
余りのアーノルドの豹変ぶりに、勇樹は驚いて思わず仰け反る。
「おい……それ、どこで聞いた。ソイツは滅多に市場に出回らない知る人ぞ知る秘酒だぞ」
「赤爺に……此間のお爺さんに少し分けて貰ったんだ。どんな頑固な口も滑る凄い酒だって」
「チッ、あの爺さん中々の食わせ者だったか……よし、いいだろう。俺が直々に案内してやる。さっさと支度しやがれ」
「わーい、やったー」
出会ってから初めてやる気を見せるアーノルドに、勇樹は大袈裟に手を上げて喜びながら席を立った。
そして館内に微妙な空気を残しながら、少年と中年は冒険者協会を後にした。
一件目の物件へ向かう為に住宅区域を歩いていると、アーノルドが頭を掻きながら勇樹に話しかけた。
「あ~、言っとくがあんまり期待するなよ? 家っつっても冒険者に貸すような物件だから、住居区域の端の方で立地条件としては最悪だぞ?」
「大丈夫、最悪建物さえ建ってればどうにでもなるから。それでどの程度まで手を入れていいの? 柱だけ残ってれば全取っ換えしてもOK?」
「おいおい、どんだけやるつもりだよ。屋敷を買い取るならそれでも構わんが、借りるなら元に戻せるレベルに抑えろ」
「え~、じゃあ外壁は弄らないから中の壁だけ変えてもいい? 工房とかの壁は頑丈にしたいからさ」
「ま~、それ位ならいいけどよぉ。あんまり派手にするんじゃなきゃ好きにしな」
「やったー!」
その後、病死した少女の幽霊が館内を彷徨っていたり、実は盗賊の根城だったなどという事もなく、お屋敷見学は恙無く終了した。
特に案内にやる気の無さそうだったアーノルドが、勇樹が質問すると惑う事も無くスラスラと答えていたのでスムーズに進み、最後の物件へと向かった。
「よーし着いた。ここが最後の屋敷だ。偏屈な商人が街の外れに建てたはいいが、ソイツが死んで以降は誰も住まなくなって久しいから、買うなら相場の半値で良いぞ」
そう言ってアーノルドが案内したのは、住宅区域の奥を抜けて町の郊外まで壁に沿ってひたすら歩き続け、近隣に屋敷が見当たらなくなって来た頃にポツンとあった門の前だった。
案内された屋敷の前で周りを見渡した勇樹は、疲れと共に溜め息交じりでぼやいた。
「……ねぇ、本当にここって街の中になるの? 敷地は広いけど殆ど外じゃん」
「書類上はギリギリ街の中に屋敷は建ってんだよ。それにここは他と違って色々制限が緩いから冒険者にはオススメな物件だぞ?」
「う~ん……ぶっちゃけ、どの屋敷も税金対策の物置用だったよね? 一応、住めるようにはなってたけど、前の2つはデザインが一緒で金持ちの屋敷特有の拘りみたいな物が一切感じられなかったし、ここはここで敷地の半分以上が街の外だからモンスターが侵入してきそうだし」
「たりめぇだろ。冒険者なんてならず者に貸すんだ、曰く付きじゃない訳がねぇだろうが」
「ですよね~」
ちなみに冒険者が真面な家を借りようとしても、まず拒否される。
大概、空き家を管理しているのはそこの住宅区域の代表なので、誰しもならず者を近所に入れたくないと思うのが心情であり、例え高ランクの冒険者であってもよっぽどの事情が無い限り、一般の住宅地に家を借りる事は出来ない。
そして、そんな事情もあって冒険者協会が冒険者向けに家を貸し出しているのだが、協会が所有できる物件は国から払い下げになってしまうので、貴族からの押収や住人が死んだなどの一般では売れない物件しかないのであった。
「じゃあ、ここでいいや。屋敷の広さや部屋数はどれも大して変わらないから、敷地が広い方が作業しやすいし」
「おう、ここは通常なら280万Eだが割り引いて130万Eで良いぜ。改装する際は必ず協会の方に報告しろよ? 後は近所とトラブルさえ起こさなければ自由にしていいが、問題を起こせば取り上げられる事もあるから注意しろ」
「はーい。じゃあ、即金で大金貨13枚ね」
「この場で出すなよ……じゃあこの書類にサインしな。えーっと、金貨はひい、ふう、みい……よし、ちゃんと13枚確認した。ほい、じゃあこれでこの家はお前さんのもんだ。大事にしろよ?」
「りょうか~い」
剥き出しで渡された金貨をアーノルドは呆れながら数えながら、勇樹に契約書を渡した。
書類にサインが書かれた事を確認して判を押した瞬間、勇樹は自分の城を手に入れたのだった。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。




