幕間2‐1 100人の勇者たち、初戦闘
勇樹が竜の里にて、ヌシである鉱石蜥蜴と戦闘をしていた頃、100人の勇者の中の1人である天河星也は朝の訓練場で独り、黙々と剣を振るっていた。
理由は焦燥感、異世界から来て約一ヶ月が経ったが未だ訓練だけの日々、身体を鍛えるだけでもレベルが僅かながら上がるので全体的に7レベル前後にはなったが未だにモンスターとの戦闘は1回も行っておらず、勇者としての使命に燃えていた星也としては焦りが募るばかりであった。
「ふぅ……今日のノルマ終了っと」
「ご精が出ますね。セイヤ」
「あ、セレネ……見てたのか」
星也が切り上げたタイミングで誰もいない筈の訓練場に拍手が聞こえ、音の方を振り向くと、そこには星也の指導役であるセレネ・メルクーリスだった。
セレネは星也に駆け寄ると持って来たタオルで、汗だくの星也の顔や首元を甲斐甲斐しく拭き始めた。
「良いよセレネ。自分でやるから」
「いいんですよ。私が好きでやってるんですから」
この一ヶ月間、星也は勇者として真面目に訓練や講義に参加した上で、指導役であるセレネに教えを乞うていた。
自らの未熟さを自覚し、他の勇者の様にチート能力に任せ慢心する事なく、コツコツと訓練を重ねていた。
一般人の域を出ないが他の勇者が不満を漏らす中で星也は挫ける事無く、ほぼ毎日剣を振るう姿を傍らで見ていたセレネは、そんな星也に好感を持っていた。
セレネに見つめられ、星也は恥ずかしさから顔を背ける。
「あ、ありがとう。でももういいよ、後は自分でやるから」
「あっ……」
星也が離れた一瞬、セレネから蚊の羽音のような小さな声が漏れた。
しかし、星也も恥ずかしさに慌てていた為、その声を聞く事は無かった。
星也はセレネに至近距離まで近付かれて、セレネは思わず漏らしてしまった自分の声に照れて黙り込んでしまい、微妙な空気に包まれる。
そんな空気を一人の女性が現われて空気を破った。
「セイヤ様!」
「リリシア様?」
汗臭い訓練場には似合わぬ、流れるような金髪を靡かせて豪華なドレスを纏った女性が星也に手を振りながら駆け寄って来た。
星也の居るエルクレア王国の第1王女リリシア・エルクレアであった。
「お部屋に行きましたら、セイヤ様がいらっしゃらなかったので探してしまいましたわ」
「え、それは申し訳ありませんでした……」
「……姫様、むやみに殿方の部屋へ行かれるのはお止め下さい」
「あら、むやみじゃないですよ。私はセイヤ様を選んでやっているだけです。他の人にはしませんわ」
そう言ってリリシアは星也の腕を取ると自分の腕を絡め、自分の胸の谷間に星也に肘を埋め込んだ。
その瞬間、セレネの視線がキツイものに変わるが、星也としては立場的にも男としても王女を振り解く訳にも行かず、女性2人に挟まれて曖昧な笑顔を浮かべるしかなかった。
星也の腕を取ってにこやかな笑顔を浮かべているリリシアに、そんな星也を見て殺気を放つセレネ、そしてそんな2人に挟まれた星也はどうする事も出来ず微動だにできずにいた。
そんな妙に張り詰めた空気を破ったのは、やはり空気を読めない彼女だった。
「そういえば、セイヤ様はこれから城外へ出てモンスターと戦うのだと聞きましたが、本当ですか?」
「はい、こちらへ来て1ヶ月。漸く勇者としての活動が始められそうだよ」
とは言ったものの、星也のレベルは未だ『8』。
平均レベルは超えてはいる物の、王都の外で戦うには心許ないレベルである。
その上、装備は軍配給の一般兵が使っている物と同じなので、特にその手の創作物を知っている星也にとっては大量生産品というのは頼りなさを感じていた。
無意識に剣の柄を握りしめた星也の手を、リリシアが両手で包み込むように握り込んだ。
「セイヤ様、どうか無事に帰って来てくださいね。美味しいお茶を用意してお待ちしていますわ」
「……あ、ありがとう。リリシア」
「むむむ、セイヤ! そろそろ朝食時間ですよ! 早く部屋に戻って着替えないと遅れます!」
「わ、わかった! じゃあリリシア、また今度な!」
星也はリリシアに一礼すると、剣と防具を返しに慌てて訓練場を飛び出して行った。
――エルクレア王国郊外
街の外へと連れ出された勇者たちは、初めての戦闘にざわついていた。
とは言っても、勇者には勇者同士は共闘できないという厄介なシステムがある為、戦闘を行うのは数人に分けたグループで時間内のみと細かく決められていた。
そして、星也を含む魔王討伐に積極的なメンバーは真っ先に自ら志願して戦闘に参加する事となった。
一行が平原に着くと、馬に乗った訓練教官のノレドはぐるりと見回して危険が無いかを確かめると、軽く頷いて勇者たちの前に戻ってきた。
「よーし、この辺で良いだろう。ではお前たちにはこの辺でモンスターを狩って貰う。今日は感覚を掴むだけだから指導役は連れてきていない上、レベルの関係上で俺も遠くからしか見守れんがしっかり学べよ!」
「「「「はい!」」」」
「よし! では始め!」
ノレドの合図で、勇者たちはバラバラになって獲物を探し始めた。
数分後、得物は簡単に見つかった……が。
「食らえっ!」
――ピギー!
「ははは、何だ。簡単じゃないkぐぼっ!?」
雑魚の代名詞である“毛玉”ことムクムクというモンスター。
このモンスターの最大の特徴は強い者からは一目散に逃げ、格下の者は集団でトコトン縄張りから排除しようとするという警戒心の強さである。
強い冒険者にとっては滅多に見つからない雑魚であり、初心者にとっては素早い動きで体当たりを集団でかましてくる厄介なモンスターなのだが、それでも雑魚の代名詞とされるのは、このムクムクは罠を仕掛ければ子供でもナイフ一本で簡単に倒せるモンスターだからである。
しかし、異世界から来た勇者たちには問題があった。
「な、何でだよ!? 俺、ちゃんと倒したじゃねぇか!」
「しっかりしろ! キチンと刃を立てて斬らねば雑魚とは言え倒せんぞ!」
「そ、そんな事言われたって!」
現代の学生に生き物を剣で斬れと言われて、どれだけが出来るだろうか。
それこそ、特殊な経験でもしていない限り剣から伝わってくる刃が皮を切り、肉を断ち、骨を砕き、鮮血が飛び散る事に耐えられる者が居る筈もなかった。
ゲーム感覚だった者もいたが、中には生き物を殺す事を覚悟していた者もいた。
しかしそれは所詮、経験のない覚悟だった。
目の前にいる生き物を手に持った凶器で殺さなければならないという現実が、ほんの少し前までただの学生だった子供たちに突き付けられた。
「うぅ……思った以上にキツイなぁ。これは」
何とか剣で突撃して来るムクムクを叩き落としながら、星也は思わず愚痴を漏らした。
元の世界では規則正しい優等生だった星也にとって、生き物を殺すという嫌悪感は自分が思っていた以上に足を竦ませ、剣を握る腕を鈍らせた。
どうやら他の勇者たちも同じような状況なようで、視界の端に同じように竦んでしまっている人影が見える。
星也は一旦引き返そうと顔を上げた瞬間、ムクムクの悲鳴が聞こえた。
星也が思わず振り向くと、そこには同じ討伐組メンバーの花菱明日菜がものすごい形相で、次々とムクムクを斬り裂いていた。
「私は! こんな所で立ち止まっている訳には行かないのよ!!」
技も何もない、ただ力任せに剣を振り回して叩きつけるだけの物ではあったが、一匹、また一匹と明日菜は確実にムクムクを倒して行った。
明日菜はただ必死だった。
突然、見た事も聞いた事も無い世界へ飛ばされ、勝手に勇者にされて魔王を倒さなければ家に帰れないと告げられた。
しかも、異世界へ来て一ヶ月は何の為になるのかわからない作法や異世界の歴史について勉強をさせられ、一向にレベルを上げられない日々。
明日菜は毎夜郷愁で枕を濡らしていた。
「私は帰る……魔王なんて物はさっさと倒して、私は家に帰るのよ!」
その日、明日菜はノレドに止められるまで泣きそうな顔をしながらひたすらムクムクを狩り続けた。
その日、1グループ1時間交代で約六十人の勇者たちがモンスターとの戦闘を経験したが、レベルが上げられたのはたったの10人だけだった。
戦闘を経験したその殆どが、改めて自分たちがいる場所が現実であり、心のどこかでゲームの主人公になった様な感覚でいた彼らには衝撃的過ぎたのだった。
――タイムリミットまであと2ヶ月。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。




