14.1話 少年、竜人料理は口に合わない
これは勇樹が回避の修行でボロボロになり、勇樹の世話をする事になった竜人のニゲルが食事を持って来た時の話……
勇樹がベッドの上で唸っていると、ニゲルが2人分の食事を持って戻ってきた。
「おーい、飯を持って来たぞ。生きてるかー」
「なんとか……ギリギリ……」
ニゲルの問い掛けに、勇樹は返事をする為に辛うじて声を絞り出しながら痛みで軋む体を無理やり起こす。
モゾモゾと蠢く勇樹をニゲルは愉快そうに口元を歪めながら石のテーブルに料理を並べ始める。
「喜べ。なんと赤賢竜様がお前に精を付けてやれと、特別な部位を分けてくださったぞ。感謝して食いやがれ」
「おー、それはありがたい。こっちに来てすぐサバイバルで碌な物が食べられなかったから、真面な料理は久しぶりで……」
初めての異世界での料理という事もあって、ワクワクしながらテーブルに並べられた料理を見た瞬間、勇樹は口を閉じて黙り込んだ。
勇樹の反応にニゲルは首を傾げる。
「おい、どうした? 遠慮しないで食って良いんだぞ。本来だったら長たちしか食えない部位を特別に分けて貰ったんだ。若い俺なんかじゃ滅多に見た事も無いようなご馳走なんだぜ?」
「うん、美味しそうだね……料理は」
どこか浮かれているニゲルの説明を聞き流しながら、勇樹は目の前に並べられた料理を見回した。
まず目を引いたのは大皿にはみ出んばかりのキツネ色にこんがり焼かれた鳥の丸焼きとその脇に積み上げられたフットボール大の玉子である。
玉子は殻のまま火で炙られていて、殻を剥くとつるんとした白身が現れて、半分に割ってみると中からオレンジ色の固まり掛けた黄身がとろりとこぼれ出す、ゆで卵ならぬ焼き卵だった。
丼には肉と香草らしき青物が浮かぶスープが並々と注がれていて、骨付き肉やローストビーフの様な薄切りにした肉も並んでいる。
しかし、その中でも目の前に置かれた一際異彩を放つ皿に勇樹は我が目を疑った。
ほんのりとピンク色の牛の角のような形をして、ふっくらと丸みを帯びた膨らみ具合と、艶やかに光る表面の張り具合から“ソレ”が取れたて新鮮だという事は一目で判る。
――ニゲルが指して言ったご馳走とは丸々一個の“生の胃袋”だった。
まだ赤い血が付いている事から取り出した直後で何も手を加えられておらず、中身すらも出されていない生々しい状態なのは見て分かり、勇樹は思わず口元をひくつかせた。
「こ、これって生の胃……だよね?」
「そうだ、スゲェだろ!? 胃袋丸々一個なんて、もう長ぐらいしか食えない希少品だぜ? しかも、赤賢竜様直々の獲物なんて長老たちも悔しがってたぜ!」
勇樹が問い掛けたかった内容とは若干違う返事が返って来たものの、その回答は勇樹の知りたかった事を十全に答えてくれた。
即ち、これは調理前の物を間違えて持って来た訳でも何でもなく――これ自体がご馳走なのだと。
「な、生の内臓がご馳走……」
「あったりまえだろ? 本当だったらこんな大物の内臓は捕った奴と長連中ぐらいしか食えねぇのに、赤賢竜様がお前の為に取ってきた物だからって分けてくださったんだぞ」
「あははは、そうなんだ……内臓なんか食えるワケないだろうが赤爺めっ」
想像の中で、人型で暢気に笑う赤爺こと赤賢竜ドラグニールに悪態を吐きながら、勇樹は密かに頭を抱える。
すると唐突に勇樹の脳裏に、幼き日に『何故ライオンは野菜を食べないのに自分は野菜を食べなければいけないんだ』という疑問を持った頃の事を思い出した。
調べた中には様々な理由があったが、その中の一つに肉食動物は草食動物の胃の内容物を一緒に食べる事でビタミンなどの栄養を補給している。
そして、一番柔らかい獲物の内臓はその群れのリーダーが最初に食べるのだという事を思い出した。
「ましてや、ここは農作物なんか育てられない高所にあるゴツゴツとした岩山の上。ビタミンなんかを取るには麓の森にある薬草や香草程度、だからこれが竜人族のご馳走になるのか……」
「俺も解体しているところをちょろっと見たけど、獲物もデカかったんだぜ。あれだけの大物の胃袋なんて一度は俺も食ってみてぇよ」
「あー、良かったらこれ食べる? 多分、僕の貧弱な胃腸じゃあ生の内臓なんて食べたらお腹壊すと思うから……」
勇樹が遠慮気味に胃袋の乗った皿をニゲルに差し出すと、ニゲルは目を見開いて身を乗り出した。
「い、いいのか!? あ、いや、でもそれはお前にって分けられたもんで……」
「いや、食べられないのは僕に原因があるから気にしないで。寧ろ、代わりに食べてくれた方が嬉しい」
「そ、そうか? じゃあ遠慮なく!」
勇樹が言うが早いか、ニゲルは皿を奪う様に取ると美味しそうに生の胃袋に食らいついた。
鋭い歯で食い破った拍子に、中のドロリと溶けかけの物が飛び出すのには気にも留めず、寧ろ啜らん勢いで味わう様に咀嚼する。
「おお……これが胃袋なのか。中身は酸っぱくて臭ぇけど、外のコレは柔らかくて……こんなの今まで食った事ねぇ!」
「あー、うん……気に入ったようで良かったよ。というか、それのインパクトで気が付かなかったけど、他の料理の中々……」
そう言って勇樹はスープを匙で掬って匂いを嗅いだ。
そして漂って来たのは強烈な獣臭さ、思わず顔を顰めて反り返ってしまう程の猛烈な悪臭が鼻腔を支配する。
「に、臭いが強烈だね。このスープ」
「そうか? 普通に美味そうな匂いだと思うが」
「くっ、獣人系は嗅覚までモデルになった動物に準じてるのかっ!」
勇気の感想に首を傾げながらニゲルは強烈な獣臭を放つスープを美味しそうに啜る。
勇樹は文化の違いという物に戦慄を覚えながら、スープは止めて見た目は普通そうな骨付き肉へと手を伸ばした。
竜人族は基本手掴みで食事をするので、勇樹もそれに習って肉の塊を掴むと噛り付いた……が、その状態で固まってしまう。
ミディアムレアに焼かれた肉は、まるでゴムのように勇樹の歯を沈めながらもしっかりと受け止め、それ以上の侵入を頼もし過ぎるほどに拒んでいる。
硬いワケでもないのに弾力があり過ぎて食い千切れず、日本にいた頃よりはるかに強くなった筈の勇樹の顎を頑固なまでに押し戻す。
「な、何、この肉……」
何とか歯を食いこませて食い千切ろうとすると、今度は肉から鉄臭い――真っ赤な血が溢れ出る。
勇気が噛みついた肉は焦げ目が付くほど焼けていたのは表面だけで、中は血が滴るほどの生肉のままだった。
流石の勇樹も初めての感触に思わず口を離すと、ブチッブチッと何かを引き千切る様な音がテーブルの真向かいから聞こえてきた。
「うめぇ! やっぱ、肉は血が滴るくらいが最高だぜ!」
「Oh……」
口から血を滴らせながら、鋭い歯で強引に肉を引き千切り食らうニゲルを見て勇樹は思わず口を押える。
その様はまるで映画に出てくる肉食恐竜そのもので、暫くその食事シーンを眺めていると勇樹が全く食べていない事にニゲルが気付いた。
「なんだよ。お前殆ど食ってねぇじゃねぇか。どんどん食わねぇと治るもんも治らねぇぞ」
「あはは、それが貧弱な普人の僕じゃあ肉はよく火を通さないと食べられないんですよ。なんで、残念なんですけどこの肉は後で……」
「なんだ、だったらそこの暖炉で焼けば食えるだろ」
ニゲルはそういうと暖炉の脇に積んでいた薪を暖炉の中へ適当に放り込んで、口から軽く火を吹くとあっという間に火を点けた。
そして慣れた手つきで適当に皿の上の肉を取ると、暖炉の脇に差した。
「ほれ、これなら食えるだろ? 明日もあるんだから、沢山食ってさっさと怪我治せ」
「ど、どうもありがとう……」
勇樹は礼を言いながら石を加工したナイフを取り出して親指の爪ほどの大きさに肉を削って火に炙る。
焼き目が付いた辺りで肉の欠片を口に入れて咀嚼し出すと、勇樹の表情が渋くなった。
口に入れた肉は、最早少し固めのチューインガムだった。
噛めば噛むほど岩塩で味付けされた肉汁が野性味あふれる香りと共に溢れ出すが、肝心の肉自体は解れる事なく飲み込もうにも少々勇気のいる大きさなので、いつまでも口の中に残り続ける。
悪戦苦闘しながらも勇樹は修行で空腹が限界に来ていて、何か食べなければ回復できないので、必死に石のナイフで細切れにした肉と強烈な臭いのスープを胃に詰め込んだのであった。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。




