08話 少年、ダンジョンから帰る
勇樹たちがティアナとアンジュを保護して3日が経った。
といっても、完全にダンジョンに籠りっきりだったワケではなく、一度はフィーアの事を聞いたアンジュが一言言うべきだと主張したので、勇樹は一度帰らされている。
但し、その時にフィーアはやけに動揺した様子で自分の部屋を頻りに気にしていて、何か不味い事に巻き込まれているのではという考えに至って軽く殺気立つ。
しかし、部屋の臭いやフィーアの部屋から聞こえてくる微かな声で、何が起こっているのかを察した勇樹は、敢えて何も言わずにダンジョンへ戻った。
そして、アンジュの足が完全に回復したその日、ダンジョン内に奇声が轟いた。
「おりゃりゃー! そこ退けそこ退け、僕が通る!」
「オラオラ! 死にたい奴だけ前に出やがれ!」
「フッハッハッ! 妾の前に立ちはだかった事を後悔するがいい!」
「ああ、ティナが良く無い物に影響されていく……」
勇樹たちに混じって高笑いするティアナに、アンジュは頭痛が酷くなった気がして頭を抱える。
一頻りモンスターを薙ぎ倒したので休憩をしていると、通路の隅でゴソゴソと何かをしている勇樹を見つけた。
「なあ、ユーキはそこで何をしてるんだ?」
「いやぁ、折角沢山湧いて出て来るから、一匹ぐらい捕まえて観察したいなぁと思って」
――グギャ! グギャ!
そう言ってワクワクを抑えきれていない様子の勇樹の足元には、手足を縛って転がされたゴブリンと、自動二輪車並みの大きさがある芋虫『ビッグキャタピラー』が頭に袋を被せられてジッとしていた。
「観察したいなぁって、コイツらはどこにでもいるモンスターだぞ?」
「いやいや、それは違うよ! だって、ゴブリンだよ!? 完全な二足歩行をしていながら、その性質は獣に近くて食欲旺盛で好色。馬などの獣でも襲い掛かって交配して子供を産ませるけど、人間との間の子供が一番素質の高い子供が生まれて来るので優先的に人間を襲う性質まで持ってるんだよ? 一説にはゴブリンは魔に堕ちた妖精だとか元人間だったとか、魔族の成れの果てなんて話もあるみたいだけど、僕の仮説としては……」
「あーうん、そうなのか」
鼻息荒く語り出した勇樹に、面倒臭い空気を感じ取ったルシアは適当に相槌を打ってビッグキャタピラーに目を向ける。
「じゃあ、こっちは何で捕まえたんだ? こんなの普通の芋虫より図体がデカいだけだろ?」
「全然違うよ! まず注目すべきはこの分厚い皮膚だね。この硬いゴムみたいな皮膚の所為で下手な剣なら跳ね返せる鎧になってるんだよ。しかも、コレの吐く糸は粘着力があって、まだ大して調べてないけど大木一本を丸々包んでも余裕があるくらい大量に糸を吐き出せるみたいなんだよね。他にも興味深い事が色々……」
「のう、何でも良いが妾は早くここを出たいぞ」
「そうですね……水を無駄遣いしない為とはいえ、身体を拭くだけではやはり限界があります。せめて水浴びくらいはしたいです」
「え、そんな事してたの?」
「はい、ダンジョン内では水は貴重で無駄遣いは出来ませんでしたから」
アンジュの言葉に勇樹は額から冷や汗が流れる。
ティアナたちを泊まられた小屋には樽にコックを付けたウォーターサーバーのような物を置いて、そこから生活用水を得られるようにしていた。
そして毎朝、皆が起き出す前に勇樹が継ぎ足していたのだが、一日分を想定していたにも拘らず減りが少ない事を疑問に思っていた。
自分は一日の終わりに水をたっぷり使って水浴びをしていたので、気まずくなって思わずアンジュたちから目を逸らした。
そんな事とは露知らず、アンジュは軽くその場で足踏みして怪我の調子を確かめる。
「よし、特に問題はなさそうですね。これなら行けます」
「よっしゃ、じゃあさっさと帰るか!」
「りょうかーい。あ、でもダンジョンのモンスターって持ち出せるのかな?」
「……テイムしたワケでも使い魔でもないモンスターなんぞ町中に持ち込めば、即衛兵が飛んでくるぞ。ゴブリンなんぞは一匹いれば犬猫馬の雌を襲って幾らでも増えるからな」
「そっか……それじゃあ仕方ない」
それこそダンジョンに入れば幾らでも遭遇するモンスター程度にそこまで執着する必要も無く、勇樹はあっさりと2匹を魔石に変える。
ゴブリンを処理した勇樹たちは特筆すべき出来事も起らぬまま、ダンジョンを脱した。
しかし、事件は魔石を換金する為に訪れた冒険者協会で起きた。
今回、ルシアは勇樹に魔石を全部渡す気で預けており、ティアナとアンジュは救出された手前、分け前を主張するつもりはなかったので早めに宿に戻る事になった。
結果、魔石が詰まった小袋を6つほどぶら下げて勇樹が協会へ入ってきた時には、周囲の注目を集める事となる。
そして、受け付けに向かう勇樹をニヤニヤと笑う男たちが見つめていた。
勇樹がカウンターに袋を積み上げると、職員の男性はギョッとした顔で勇樹と袋を見比べた。
「すみませーん。コレお願いしまーす」
「お、おう。こんなに沢山よく取って来たな」
「まあ、全部雑魚ばっかりですけどね。散々脅されたんで、もっとエグイのが出て来ると思って拍子抜けしました」
「低層階でどんなのを期待してんだ。流石にこれだけの量を鑑定するのには時間が掛かるから、ちょっと待っててくれ」
職員はそう言い残して袋を抱えて奥へと持って行く。
暫くして、戻ってきた職員の手には低層で稼いだとは思えない量の銀貨を持ってきた。
「ほい、これが魔石の買い取り額だ。というか、どんだけ倒せば9万Eなんて額になるんだよ」
「あはは~、上手い具合に稼げるボーナスポイントを見つけたんですよ。お陰で大量でした!」
「……まあ、お前がそれなら良いけどよ。くれぐれも気を付けるんだな」
職員は勇樹の身に着けている装備から、上手い事上位ランクの冒険者に入り込めたと判断して、後ろの視線を送っている輩を見ながら忠告する。
それに対して勇樹は極普通に笑いながら職員にお礼を言い、それ以上の用もないので席を立った。
勇樹が協会を出ようと扉に手を掛けた時、横から腕が伸びて勇樹の腕を掴んだ。
「よう、随分と景気が良いみたいじゃねぇか」
「はい、おかげさまで。正直、色々な意味でこんなもんかと拍子抜けですけど」
「じゃあ、その金は俺たちが有効に使ってやるからよ。ソイツを寄越せ」
「わぁお、予想以上にストレートな要求。ここって向こうよりチンピラ率というか、不良冒険者が多いよね。下手にくいっぱぐれが無いからグレるのも多いのかな?」
「訳分らない事をブツブツ言ってねぇで、金を寄越せ!」
男が不用意に勇樹の持つ銀貨の入った小袋に手を伸ばした瞬間、勇樹は掴まれた腕を振り払って逆に伸ばされた腕を掴み返して捻り上げた。
「いててて!?」
「折角、迷宮都市に居るんですから真面目に稼いでみてはどうですか? 毎日とは言わなくても通っていればそれなりの稼ぎになると思います。それが出来ないんだったら冒険者止めた方が身の為ですよ?」
「う、うるせぇ! それが出来たら苦労しねぇよ!」
「あはは、苦労なんかしてないじゃないですか。見た所、鍛えてる様子はないですし、何より持ってる武器がナイフ一本って何の苦労をしてるんですか? 飲んで打って買うお金があったらその分を装備に回せばだいぶ楽になると思いますよ」
勇樹はそれだけ言うと男の足を払って引き倒し、男が起き上がって来る前に協会を出ようと扉を開けた瞬間、扉の向こうから跳んできた拳が勇樹を殴り飛ばした。
勇樹はまるでボールのように床を跳ねて受け付けの椅子を巻き込みながら、カウンターに叩き付けられる。
「よう、ウチの若い奴らが世話になったってのはアンタか?」
そう言って協会に入ってきたのは3m近い巨体の大男――ギルド『迷宮の鬼神』リーダーのギッドガルだった。
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