28.お光、再び
目の前の景色がいきなり変わったのです。何が起きたのかなんてわかりません。私は、私はただ御使いを殺そうと、前へ、ただ前へ。多くの仲間とともに御使いの元まで行くのだと走っていました。それなのに、それなのに。御使いは突然消えてしまったのです。その後、巫女たちも消えうせました。そこで私の記憶は終わります。再び世界を視認したときには、そこはみたこともない部屋だったのです。
あれが夢だったのか、今が夢の中にいるのか。自分の体を見下ろします。何も記憶の中の私と変わらない。悟様は、仲間は。もしくはお母さんは。誰か、私を見てくれる人は。私は自分の無事を確認したので誰かを探そうと思います。
「目が覚めたみたいだな」
部屋の扉はしまったまま。扉の向こうから声がします。
「あなたは、あなたが私を助けてくれたのでしょうか」
「何も知らん。ただ村の入り口に転がっていた。捨て子ではないのか?」
「捨て子、なのやもしれません」
記憶の中で私を追い出す母をみる。あれは本当に起きたことだったのだろうか。遠い昔のことのようにおぼろげです。しかし私は戦っていたことは鮮明に覚えています。でも、でもそういうことになったということは、あれも。あれも真実なのでしょうね。
「母には妖怪に取り付かれた娘だと追い出されました」
そして私は。私は悟様と出会い。仲間と。仲間と神を
「お前は人間だ。鬼ではない」
「どうなのでしょうね。私は人間より妖怪が愛しい。私を捨ててしまえる人間より」
だからでしょうか。妖怪と人が同じ地位をもてればと思ったのです。しかし、現実がどれなのか。夢のような記憶だらけなのです。全て幻であれば、私は普通の女の子としていつものように家に。
閉じた扉から音がします。そして隙間があきました。
「娘、名をなんという」
「お光と」
「お光、お前は妖怪が怖くないのか」
「いいえ、愛しい人でした」
そう、悟様はとても優しかった。私にも妖怪にも人にも。誰もが幸せであれるようにと、悟様は願っていた。そんな悟様は愛しい、ただ一人の私達の道しるべでした。
「こちらにおいで、お光。お前が怖くないのであれば粥を馳走してやろう」
扉を開けるとそこにいたのは悟様のように美しくはありませんでしたが、紛れもない妖怪がおりました。私の中の魔力がこの男を妖怪だと知らせます。しかしながらその心根はきっと美しいのでしょう。不安げに揺れる瞳は人を怖がる妖怪のものです。
「ご迷惑おかけします。どうぞ一杯恵んでください」
男は私に粗末な碗を手渡してくれました。貧しさが伺える粟が少し沈んだだけの湯のようなものです。このように貧しい暮らし向きながら身元のわからない私に分け与えてくれる。知り合いが誰もまわりにいない今の私にとって、彼はいつかの悟様のようにうつります。
「あの、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「捨という。見てのとおり鬼人だ」
「鬼人というのは妖怪なのでしょうか?」
「お前もそう思うのだな」
「けして妖怪が悪だとは思っておりませんから。しかし、私、鬼という種族は初めて会いました」
「まさか。今時そんな嘘を」
「嘘ではございません。私が知る妖怪はサトリの悟様という方だけなのです」
「鬼以外の妖怪を?そんなのじじぃの物語でだけの話であろう」
話が何故か合いませんでした。そして私は知るのです。この世があれから60年も過ぎ去ったものであると。そして鬼人が瘴気の中から生まれるものではなく、人の体から生まれるのだということを。




