第五話 アムルス貝の指輪
露天から高級宝石店まで探したが、アムルス貝の指輪は見つからなかった。
店員は口を揃えて、安過ぎるからと。
日も暮れかかってきたし一旦宿に戻ろう。
ホタル・ド・ムッシュの入り口で、二人は待っていた。お金渡しておいてあげればよかった。
「ごめん、遅くなった」
「お待ちしておりました」
二人は血相を変えて駆け寄ってきて、同じ方向を指した。
「あちらの露天で見付けました」
「マジで! すぐ行こう」
道の端にゴザを敷いて、様々なアクセサリーが並べられていた。
何より驚いたのは、だるそうに片ヒザを立てている店員が、猫耳なのだ。
安心した。一つは猫耳がいたこと、そしてもう一つは猫耳にも、左右に耳が付いていることにだ。アニメを見るたびに思っていた。この可愛い猫耳は髪をかき上げた時耳のある位置はどうなっているのか、と。想像すると少し萎えていたのだ。
だが、これなら気持ち悪くないし、大して違和感も感じない。
「さっきのお姉さんとお嬢さんじゃない。買う?」
語尾にニャーとは付けないし、耳も尻尾も動かさないんだな。クールじゃないか。
「我が買おう」
猫耳娘は指輪を取り上げると、僕に突き出した。
「はい、六十ギル」
ん?……
「高すぎます」ベッテがものすごい剣幕で噛みついた。
「アムルス貝の指輪は五ギル、高くても十ギルが相場だろう」
「うちの手彫りなんだよ、オリジナルだよオリジナル。そこらの機械生産とは違うんだよ」
確かに僕の手造りガジェットの数々も、値段は付けられないよな。それに指輪関係は、今後何かと役立つかもしれない。思いがこもっていれば……
「そうだよな、本当は値段なんて付けられないよな」
他の指輪も見たが、高級宝石店にあったような素材の指輪も揃っていそうだった。
猫耳娘は拍子抜けした顔をしていた。
「そうだよ……」
僕は奴隷商人に教えて貰い硬貨の単位は、分かっている。百ギル取りだし、猫耳娘に渡すと指輪をもらった。
「釣りはいらない。足りるとは思えないが、それを受け取って」
「え? ありがとう」
「名前を訊いても」
「ネコムス」
「はあーっ!」
「うるせーっ、人の名前で驚いてんじゃねえよ。うちの国ではポピュラーなんだよ」
「いや、いや、いや、いや、まんまじゃん」
「さっさと帰れ」
抜けそうな腰を支えながら、店をあとにした。
ホタル・ド・ムッシュに戻り部屋を取ることにした。
二人が宿に入ろうとしないのは、奴隷だからだろう。
「気にするな、付いておいで」
中は右が食堂、わりと賑わっている。
左はカウンターがありその横に、部屋へと続く階段があった。
カウンターでは案の定主人らしき男が、あからさまに嫌な顔をしたので、プラチナ硬貨を一枚叩き付けた。
「三人部屋。釣りが出るならこれで払ってもいいが」
男の態度が急変した。
「三名様、何泊ぐらいのご予定で」
何泊。二人は身体が治れば何らかの手続きをして、解放するつもりなんだが……
「ずっと三人かは分からんが、しばらく泊めて貰うことにする」背後を振り返り、「食事代もそこから引いて欲しい」
「かしこまりました」
アッシリアのおかげで金銭的には余裕あるし、ここを拠点に色々と探索や調査をしよう。
部屋は五階にあり、基本石と木で出来ているものの、広く清潔そうで風呂も付いていた。大きな窓の外はバルコニーになっており、街が見渡せた。
無駄に重いリュックをおろすと、ガチャガチャ、チャリチャリ鳴るのは、意味の無いチェーンや飾りが付いているからだ。
サイドポケットを開くと、あったよ、青の油性マジック各サイズ。あと亡骸の自動筆記具の予備が入っていたのも嬉しい。とても禍々しいものになっていたけどね。
邪慾のネクロノミコン第四集と第八集をリュックから取り出すと、机の上で第八週に描いた『大いなる天と大地の癒やし』という指輪を参考に、第四集の古代パブリス文字の一覧表を見ながら、極細のマジックにて指輪の内側に書き込んでゆく。
指輪の形が偶然にも一緒なのだが、素材感は違うようだ。
第八週のイラストの方はとても子供用とは思えない、高級感があった。
デザインはさすがネコムスといったところか、なかなかに綺麗だ。
時間をかけて慎重かつ丁寧に、古代パブリス文字を書き込む。
集中力が九十六パーセント位削られた。二人は斜め後ろで見ている。ベッテが咳を我慢しているのが分かってしまう。
最後の一文字を書き終えた瞬間、指輪が光り思わず机に投げ出してしまった。
光が消えると、イラスト通りの指輪がそこにあった。
ベッテを治せる。
手袋を外して左の中指にはめると、測ったみたいにぴったりだった。
すぐさまベッテの頭上に手をかざし、真言を唱えた。
「天と大地に渦巻く精霊たちよ、その力を我に与えたまえ、この者を癒やしたまえ」
「あー」
エヴェリナが声を上げたのは、ベッテに光りの粒子が集まっていたからで、僕も目を開けた時、声を上げそうになったよ。モードに入ってなければね。
しばらくすると光りの粒子は収まり、ベッテはゆっくりと目を開けた。
「咳は? 胸は苦しくないか?」
「……はい」ベッテは満面の笑みで。「全然苦しくないです。気分がいいです」
「そうかよかった」と言って、なんか可愛くなってないか? と思ったら頬のタトゥーが消えていたのだ。最近入った。と言っていたから、傷と判定されたのかもしれない。
じゃあ……
「エヴェリナ次は君だ」
「私は特に具合の悪いところはありませんが」
「まあまあ」
掌を顔の前にかざし真言を唱えた。
ベッテ同様光りの粒子が集まり、消えるとエヴェリナの頬からタトゥーが無くなっていた。
エヴェリナ綺麗だわ。全然守備範囲だし。
「二人とも鏡を見て」
エヴェリナとベッテは自分の頬をさすりながら、嬉しそうに微笑んでいた。
指輪作ってよかった。手袋をはめながらつくづくそう思った。




