第四話 奴隷の少女、奴隷の女
奴隷市場に踏み込むということは、十六歳で禁断の書店の十八歳未満禁止の暖簾をくぐるのと同義。
フードを目深に被り、ゆっくり深呼吸して、『人』の字を掌に三度書いて飲み込む。
震える脚で踏み出したんだ、僕は。中は意外に明るくてというか青空天井に客が何人か、並べられた決して大きくは無い檻に見入っている。
檻には男女問わず半裸でヒザを抱えて座っていた。
みんな、両頬に×印のタトゥーが入れられている。奴隷の証か。
積極的に自分を売り込む者もいれば、檻の奥で小さくなっている者もいる。どういう違いがあるのだろうか。
目の当たりにすると、やはり生々しい。
しばらくいくつかの檻を見て回っていると、檻の奥で小さくなっている女性がいた。長い髪が僕好みだ、ぱっと見二十歳前後といったとこだろうか。アッシリアであてたから、いい気になっているって、否、僕は人の歳を当てるのが得意なのだ。
ボロ布をまとっている背中が寂しげだ。
「よくぞ無事でいてくれた。魔界の四天王アブソリアーナよ」
女性は精気を取り戻したように背筋を伸ばし、手前まで擦り寄ってくると鉄格子を掴み間から顔を出す勢いで鉄格子にしがみ付いた。
「お待ちしておりました。ケイオス・ナイト様」
え、この人魔界の四天王アブソリアーナなの? それともノリのいい人? または僕と同じこっち版の患者さん?
榛色の瞳が輝いている。笑顔がとても素敵だった。
助けてあげたい。救い出してあげたい。
うん、お金を貯めて、買おう。
「アブソリアーナよもうしばらく待てるか」
「もちろんでございます。十年お待ちしていたのですから」
魔族ってやっぱり寿命が長いのかな、十年待つって。ハチ公前で十年待てる人っていないでしょう。檻の中で十年って。
「貴様の気持ちしっかり受け取った。しばし時間をくれ」
店員を探さなきゃ。値段分からないと貯めようないもん。
檻が並べられた外れに小屋があったので入ってみると、大きなベレー帽を被り麻のコートを羽織った男がカウンターの向こうにいた。
小屋の中には小さな檻が一つあり、中で十歳位の少女が乾いた咳をしていた。
ベレー帽の男に訊いた。
「ここの主人か」
「ああ、そうだ」
若造だから舐められたな。まあ、金も無いし勝手も分からないから、下手に出ておこう。
「表の榛色の瞳をした二十歳位の女性はいくらですかね」
「ああ、あれは十日程前に入った品でね、山ん中駆け回りやがって、捕まえるのに苦労したんだよ。ただね、剣の腕は相当立つが読み書きが出来ない」
主人は片ヒジを突いて、手に顎を乗せてしゃべる。
完全に舐めてるな。ふっかけられるぞ。いや待てよ。十年待ったって、虚言癖? ノリ? 病んでた?
まあいい。
「大負けに負けて二百万ギルだね」
高いのか安いのか分からない、ミザリアさんに相談しよう。
『ミザリアさん起きてますか』
『もちろんでございます。わたくしめに睡眠なぞ許されません。どういったご用でしょうか』
『さっきの榛色の瞳をした女性分かりますか? あの方を奴隷として買うならいくらが妥当でしょうか』
『八十万ギルで充分です。それでもおつりがきてしかるべきかと』
『そんな値段なんですか』
『そもそも奴隷の値段というのはあって無いようなものでございます』
『ありがとうございます。参考になりました』
『お役に立てて光栄です。わたくしめが交渉致しましょうか』
『あー、それは大丈夫です』
『やむを得ない場合は、我が主の右目をお使いになれば』
なるほど、ガブラやミザリアさんが現実になったということは、パニッシュメントアイも。
「この硬貨なら何枚になる」
銀貨を一枚見せた。主人の顔色が変わる。
「王家発行のプラチナ五十万ギル硬貨」
主人は膨らんだ麻袋を見て態度を改めた。
「大変失礼致しました。四枚ですね」
狐につままれるとはまさにこのことだ。
「あー肉の串焼きすらかえなかったんだけど」
「それはおつりが出せないからですよ」
なるほどね。
「では、交渉だ」
僕、値切るの苦手なんだよね。
「八十万ギルでどう」
「いや、さすがにそれは、赤字になってしまいます」
ミザリアさんは値段なんて無いようなって言ったけど。
早速試してみるか。
僕は主人の胸ぐらを掴んで眼帯をとった。右目には赤いカラコンが入ってるんだよね、誰にも見せたことないけど。
で、この赤い瞳を見たものは地獄で焼かれる自分を見る、っていう設定。
「己の重ねてきた罪を紅蓮の炎に焼かれて悔いよ、パニッシュメントアイっ」
「うわーうわーうわーああああああ、お許し下さい」
「八十万ギルでいいな」
「わー、わー、わー、は、は、はいーっ、はいーっ、構いません」
「そこの少女もつけろ」
「かしこまりました」
眼帯を付けると主人は青い顔に生汗を浮かべ、肩で息をしている。
落ち着いた主人は言いにくそうに、口を開いた。
「そちらの少女なんですが、使い道に限りがあるかと」
「なんで」
「もう長くないんです。で、処分しようとここへ」
なるほどそういうことか。
「構わん、貰っていこう」
「この硬貨、使える額まで両替できるか」
プラチナ硬貨を十枚置いた。
「はい、かしこまりました」
契約書というのを交わし、二人の首に鉄の首輪をしようとした。
「首輪は不要だ」
「しかし逃げた時首輪がないと、厚化粧で印を誤魔化そうとする者も」
「構わない」
僕は二人を連れて奴隷市場をあとにした。
それにしても肉の串焼きが買えなかったのが、おつりがないからだとは。
さすがアッシリア王女。気前がいい。
まずは名前を訊いた。
二十歳位女性は、エヴェリナ、と名乗り、十九で今年二十歳になるらしい。
十歳位の女の子は、ベッテ、十一歳だそうだ。
今、気になっているのは何と言ってもベッテの咳だ。奴隷商人の話だと長くないとか、見ていて辛い。
だが、僕には心当たりがある。邪慾のネクロノミコンだ。この世界は邪慾のネクロノミコンの設定に酷似している。
なら、あれもあるかも――
「二人に頼みがあるんだ」
「何でございますか、ご主人様」二人は声を揃えた。
「アムルス貝の指輪を探してほしいんだ」
「アムルス貝の指輪ですか」
エヴェリナは目を丸くした。ベッテも小さな手を口に当てている。
金ならある。ベッテを治したい。
「どんなに高くても、構わないんだ」
エヴェリナは言いにくそうだ。
「……いえ、高いのではありません。希少なのであまり手に入らないのです」
「希少なのに高くない? どういうこと」
今度はベッテが咳を我慢して口を開く。エヴェリナは背中をさすってやっている。
「綺麗なのですが、アムルス貝は沢山捕れるので、値段が付かないのです。せいぜい五ギルとか高くても十ギル位で、子供の付ける指輪なのです」
そう言うことか、儲からないから、商材として扱いたくないという訳だな。
「それでも探してみてくれるか? そこで落ち合おう」
近くにあった。『宿・ホタル・ド・ムッシュ』というネオンサインのある店を指した。
「はいっ、かしこまりました」
二人はすぐさま別々の方向へ、走っていった。
でだ、宿はいいムッシュもいい、ホタルは名前かホテルを間違えたのか、そもそも全て日本語って、転位者に優しすぎるだろう。
まあいい。
アムルス貝の指輪を探そう。




