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第二話 異世界補正

 澄み渡った空気と爽やかな風に吹かれ、聞いたことのない鳥の鳴き声で目を覚ました。

 やっちまったよ。アナグラムに自分の苗字入れるの忘れてた。

 出だしからこれじゃあ先が思いやられるな。


 とりあえずリュックをしっかり抱えていたことは、自分を褒めてやりたい。

 百合亜ちゃんと景ちゃんはあのクソ共と一緒にいるのだろうか、輪っか……重なってたもんな。


 まあ、活動を開始しよう。異世界にきてやる事といったらまずは着替えですよね。


 ブレザーを脱いで丁寧に畳む。

 カッターシャツを脱いで丁寧に畳む。

 ズボンを脱いで丁寧に畳む。

 靴下、アンダーシャツも畳む。


 神経質なくらい几帳面にしておくのは、患者の基本姿勢。


 通学時、雨の日だろうが毎日背負って、学校に持って行っていた無駄に重いリュックを開けると、上に重ねてある服を順番に着ていく。


 まずはパンツから、害獣の一種である邪獣。その邪獣の中でも強靱で希少性の高いヘバリスのなめし皮で作られた、薄くて対魔法性、対物理性に優れたヘバリスレザーを使った『剛盾(ごうじゅん)のヘバリスパンツ』という設定のペラペラのフェイクレザーのパンツである。


 軽い。丈夫そうだ。そもそも色艶が違う。

 決してフェイクレザーなどではない。

 履き心地も最高だ。


 異世界補正掛かった感じ?


 毎日学校に持っていっとてよかった。



 全てがそうだった。


 ブーツも安物の黒いブーツに白いマーカーで、翼の絵を描いただけのはずが、十秒間音速で走ることが出来る、という設定の『神速のブーツ』になっているのだよ。

 ほんとに音速で走れるかどうかは置いといて、黒のロングブーツにくるぶし辺りに素材は分からないが、翼の飾りが付いている。


 邪慾のネクロノミコンに描いた通りになっているんだ。


 某リーズナブルな衣料品店で買った、ワインレッドのカッターシャツやシルバーグレーのベストも、色艶が違い形も仕立てたみたくなってる。


 プラのワンタッチバックルのナイロンベルトも、高級そうな革で出来ててバックルも金属製になっている。

 右のホルスターにさしている、対魔銃『ドラゴンブレス』も黒いエアガンに金のマーカーでデコレーションしただけのはずが、模様が金属質で浮き出している。

 重量感もある。

 銃の横の精霊を宿したミスリル制のナイフ、『スピリットナイフ』もそうだ。玩具屋で買った玩具が、本物のようになっている。


 左右の太股に巻いたホルダーにさしてある、『業火の手斧』と『氷結の手斧』もホームセンターで買った安物の手斧が、左右色違いだしメチャ格好よくなってるんだよね。


 さらに、子供用の玩具を改造して作った、『ケイオスブレード』楕円形のボタンを押すと

左右に閉じていた(つば)ガ開き中央から黒い刃が飛びだすというもので、魂に呼応して第一段階は炎をまとい切ったものを焼き尽くす、第二段階は黒い炎をまとい魂をも焼き尽くす、という設定。

 苦労して鍔が開くギミックまでは作り込んだんだよ。

 これまた柄の長さも鍔の精密さも重量感もまるで違う。


 これってもしや? と思い柄を握り楕円の宝石のようなボタンを押してみた。


 やっぱり何も起こらない。

 そんな気はしてた。だから、あえて踏み込まなかったが、これは苦労して作ったしいけるかと思って、淡い期待を抱いたのが失敗だった。

 テンションだだ下がりよ。

 何しろ鍔すら開かないんだもん。


 まあいい。


 最後はコートだ。

 これも苦労した。

 安物の黒いロングコートを中央から左右共に十五センチ位を切り落とし、胸元とお腹の辺りに二本ワンタッチバックルのベルトを縫い付けて、肩から上は素材の違う黒いパーカーを切り落として縫い付けた。

 このためにわざわざ、裁縫の本まで買ったんだよね。

 案の定、異世界補正が掛かっており、立派な仕上がりになっていた。

 素材感はパンツと一緒だが、パンツはやや赤みを帯びており、コートは真っ黒だった。


 全てを着用し様々なポーズをとる。

 ちなみに室外で着用するのは、今日が初めてだ。異世界といえども、快癒に向かっている身としては、ちょっと恥ずかしい。これでここが異世界じゃなかったらとんだ赤っ恥だわ。


 ちなみにここは河原である。背後には森。

 道はだいたい川沿いにあると、アニメでは決まっているし、主人公はあえてここで森に入るものだ。


 川に直角に森へと踏み込んだ。


 どのパターンだろう、森で獣に襲われている幼女を助ける方向?

 なんかの精霊的な美しい少女が、眠っているヤツ?

 道に出たとこで伯爵令嬢が盗賊に襲われている感じ?


 まあいい。

 とにかく道を目指そう。森の木々や植物は見たことないものばかりだった。異世界確定だな。時折、変わった羽虫を遠くで見かけるが、特に襲ってくる様子もない。

 しばらく歩くと森が明るく開けてきた。

 フードを被り心の準備をする。何パターンか台詞も考えとかなきゃ。


 道が見えた。


 伯爵令嬢が盗賊に襲われているパターンだった。


 まずは草むらに隠れ様子見は、チキンの基本。


 馬車がある。いや馬車じゃないな、何しろ馬がいないし車輪もない。でも形は伯爵令嬢が乗るしかない、上品なデザインの……なんだ、車輪もないし馬もいないから、呼びようがない。車みたいなヤツとしか。

 それの周りには何台も車輪のないバイク? が倒れてる。二本重ねた丸太にハンドルを付けた感じだ。もちろんディテールはもっと複雑でカッコいいんだけど。

 車みたいなヤツを守るように甲冑を着た兵士が十数人、もう既に倒れている兵士が数人。

 盗賊らしき男たちはそれらを挟んで三、四十人いた。


 無理だな僕では――


…………と言いたいところだが、異世界初のイベントだ、これを逃す手はない。


 手頃な木の棒を拾って、口上を頭の中で復唱する。フードを目深に被ると、背筋を伸ばしてゆっくり歩み出た。


 僕の登場で戦闘は一時中断され静まりかえった。


 これだ、これ。教室の空気と同じだ。


 盗賊たちに歩みよると、奴らはいったん下がって距離を置いた。

 待てよ。こいつらほんとに盗賊か。何か複雑な事情があるんじゃあ。


 まあいい。

 何故まあいいかと言うと、車みたいなヤツに金髪の綺麗な伯爵令嬢が乗っていたからだ。


 車みたいなヤツと盗賊の間に立つと、口上をもう一度復唱し準備した。

 上手く行けば、大爆笑して戦意を無くす。からの棒で殴る、作戦だ。


「目覚めよ、煉獄の番人ガブラよ我に従え」

 低めの声で決め、黒い手袋を外すと、左掌のドクロの絵をかざした。

「いかが致しましたか、我が主うるか様」

 盗賊たちがなんか怯えて後ずさってるんだけど。


 何故かかざした掌の先辺りから声が聞こえた。

 朴も引いてるんですけど。

 おかげで口上は吹っ飛んだ。掌を見たいが今見ると、プランAは台無しだろう、だからプランBにした。

 怖いけど……


 まあいい。この場さえどうにかなれば――

「煉獄の番人ガブラよ。彼の者たちを焼き払え」

「かしこまりました、我が主」


 掌が温かいぞ、掌の先に熱そうな火球が見えてるんだけど。

 火球は、二十人近い盗賊と思われる者たちに向かって、放たれた。


 盗賊たちに届くと、大爆発を起こし半径十メートル程の大穴を空け周りの樹木も焼き焦がした。

 人の形をした炭が音も無く崩れ落ちる。


「多少は加減いたしましたが、お気に召して頂けましたでしょうか」

「うむ、いい働きだ。で、この穴と木々を元に戻せるか」

「そういうことでしたら、博覧強記のミザリア使ってやってくださいませ」

「ミザリアかよかろう」

 掌をちらっと見ると、禍々しい骸骨の顔がめり込んでいた。

 そら盗賊も後ずさるわ。

「もう戻ってよい、ガブラ」気持ち悪いから……

「ははあ、我が主」

 掌にはリアルで不気味なドクロのタトゥーが刻まれた。


 今、僕、人を殺しちゃったんだよね。二十人近くも。

 だけど不思議と後悔してないし、トラウマになる気もしない。これも異世界補正の影響かな。


『それは、この世界が死と隣り合わせだからではないでしょうか。この世界に来た時に、何者かにマインドプロテクターをインストールされたのでしょう』

「誰?」

『大変失礼いたしました。お悩みかと思い勝手に発言させて頂きました。ミザリアでございます』

「貴様がミザリアか、丁度よかった。いでよ博覧強記のミザリア」


 白い肌をした全裸の女が、僕の前にひざまずいた。

 正確には全裸ではない、イバラを巻いているもん。


 思いだした。ある、あるぞ、記憶にあるぞ。


 知識を得すぎたために神から罰せられた、という設定だった。


「立てミザリアよ」

「かしこまりました、我が主」


 無造作だが綺麗な銀髪だ。

 右から左目にかけてイバラが三巻かれ、イバラから覗く青い瞳が美しい。首、胸は大事な部分を隠すように、腰にも、左腕にも、あとは太股などにも、肌に食い込むようにイバラが巻いてある。


 痛々しい。あまりに痛々しい。


 ミザリアは市販のフィギアを削ったり、パテで盛ったりしながら丁寧に作った。

 そして、イバラはミリタリーフィギアの有刺鉄線を緑に塗って、ドライヤーで温めながら巻いたっけなぁ。

 あとは市販の十字架に貼り付けたんだ。


 首にかけてあったクロスを取り出してみると、ミザリアがいない。

「わたくしめはここに」

「ああそうだな……」


 ミザリアの掌と足の甲の磔の痕を見ながら、腰を折るしかないでしょう。

「ミザリアさんどうもすみませんでした」

「何をおっしゃるんですか」

「いえ、一応けじめとして。それでですね、この穴と焦げた木、なんとかする方法ありませんかね」

 ミザリアは見渡して、

「このくらいでしたらわたくしめの魔法で」

と、右手を左から右にかざした。

 たちまち穴は埋まり、木々は生え替わった。

「このような形でご納得頂けましたでしょうか」

「凄いですキザリアさん」僕は満面の笑みで拍手した。「こんなことできるんですね」

「簡単な魔法しかできませんが、利用して頂けるのならわたくしめをお使いください」

「ありがとうございます。じゃあ一旦戻って頂いて構いませんか」

「かしこまりました」

 ミザリアは光になって、クロスに吸収された。

 見ると、十字架に磔られたミザリアは、とても美しく芸術とも思えた。


 さてと、振り返ってみるとですね、盗賊たちは逃げており、生き残っていた兵士たちは全員、唖然として僕を見ていた訳ですよ。


 あれ、もしかして、僕なんかやっちゃいました? 的な……


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