第一話 キタコレ
教卓から向かって一番左の前から五番目。
そこが僕のサンクチュアリだ。
休憩時間というのは賑やかなものだと相場は決まっているのだろうが、入学式からまだ一ヶ月だというのに、もうグループ分けが出来ているというのはどういうことか。
しかもだ、よりによって一番声のデカい琢磨が僕の斜め後ろとか、拷問だ。
琢磨の拷問は声だけじゃなく、その名前よ、名前。大怪獣だよ。
琢磨ゴジラよ。常に二、三人は仲間が集ってるんだが、琢磨を呼ぶ時、ゴジラって呼ばれたら、そりゃ笑うでしょう。ガタイはいい。自己申告では喧嘩も強いらしい。
当然一軍だ。
性格には少々難があり、人に何かと強要したがるとことか僕的にはちょっと……
で、そこに乗っかって来るのが親友の根津だ。出逢ったのは入学式、で親友っと。
ただ分からなくもない。何故なら根津の名前は牙命羅だからだ。
お互い背負ってきたものが一緒なんだと思う。
あと一軍と言えば陽気なキャラのみなさんですが、これがまた声が通る。多分カラオケで鍛えられてるんだろうな。
リーダー格はなんと言っても茶髪ロン毛の我聞洋輔だね。そしてサブリーダーとして入江シオン。
名前がカタカナでシオンの時点で、産まれた時から一軍決定だ。ソフトモヒカンでトップだけカラー入れるわけだよ。だってシオンだもん。
女子だと須藤久瑠実がサバサバしていて、二軍の奴らにもフレンドリーに接していて好感が持てる。また、思い切った茶髪も派手なネイルも悪くない。
ちなみにうちの学校は風紀にうるさくない、というか静かすぎる。似合っていればそれでいい。みたいな。ただし似合っていなければ己を知れと、はっきり言われる。それも心が折れるくらい。
そして一軍で外せないのが文武両道グループ。
憎き沓沢龍馬。こいつの口癖は、俺の名前坂本龍馬からとったんだ……おまえがとったわけじゃないだろう。それとも産まれてすぐ、ボク龍馬、って言ったのか。
ちなみに僕は、藤之木うるか。親父はイルカにしようって言いだしたらしいが、母さんが直球過ぎるから『イ』を一段下げて『ウ』にして、ひらがなにすれば元ネタがバレないでしょう、って誇らしげに言ってた。何でもっと頑張らなかった、母さん。
参考までに親父も母さんもダイビングどころか、ろくに海水浴すら行ったことがなく、親父も何でイルカにしようと思ったか忘れたらしい。
こういうとこなんだよ。今の僕を形作ってるのは。
で、沓沢龍馬が何故嫌いか? 入学式で一目惚れした桜井百合亜ちゃんにちょっかい出すからなんだ。
百合亜ちゃんのことはそっとしといてくれ。
そしてもう一人嫌いな奴は、沓沢龍馬の友人の台場功也だ。
理由は入学式に一目惚れしたもう一人の女子、岡城景ちゃんにちょっかいを出すからだ。
この四人が仲良くしていると思うと、毎夜胸が痛むのだよ。
それにしても百合亜ちゃんと景ちゃんは可愛い。
栗毛色の長い髪を外に流した百合亜ちゃん。一方、景ちゃんは黒いストレートヘア。
つい見とれてしまう。
ちなみに一度も話したことはない。
そしてほら来た。
二人に見とれてると見切れてくるのが五十鈴有栖だ。
五十鈴とは幼なじみだっただけど、いつの頃からか話をしなくなった。
避けてる訳でもないのに、話さなくなった。理由は全く思いつかないんだ。ただ話さなくなった。昔は仲良かった気がするんだけど。
まあ、理由があるとするなら、その右目の眼帯と左腕の包帯だよ。
あいついつから中二病を患ったんだっけ。
まあいいや、とにかく百合亜ちゃんと景ちゃんを、目がつりそうなくらい横目で見ていると、視界に入ってくるんだよね。席が悪いんだよ。
そんな人間観察をしながら、様々な雑音に妨害されつつ、僕は聖域で邪慾のネクロノミコン第十二集という名の大学ノートを開き、亡骸の自動筆記具と名付けた白のマーカーで骸骨の絵を描いた安物の黒い万年筆にて、次なる妄想を執筆していた。
当然右目には眼帯、左腕には包帯を巻いてある。左の掌には毎日苦労して描き直している、海賊旗のドクロのようなイラストがあるが、これは『煉獄の番人ガブラ』が、寄生しているという設定だ。だから、左手はあんまり開かないようにしてたり。結構苦労してるんだ。
僕の場合きっちり中二の春に発病した。
発症原因は特になく、ただカッコいいと純粋に思っていた。それから症状は酷くなる一方で、親も心配するほどだった。
だが、高校入学を前に快癒の兆候を見せ始めたのだ。で、結果的に周りからみると二重人格やサイコパスに見えるらしく、逆に相当こじらせた奴として、この教室に君臨している。
という訳で、先程からずっと僕の横でうるさいのは見条恒彦と伊豆清太郎だ。フィギアオタクの三軍だ。学校にまでフィギアを持ってきて、互いの作品をローアングルから撮影しあうのだ。
全く学校まで持って来るって、子供かよ。チョー引くわ。
「なあ、頼む早くいつものカッコいいあれやってくれよぉ」
訳すとこうだ。
おまえが目立って笑い者なれば、俺たちが安心して趣味に集中出来るだろう。だからさっさと生け贄になれよ。休憩時間なくなるじゃんよ。どうせおまえ中学の頃から笑われ慣れてるんだろう。
となると、不思議なことにこの二人が哀れに思えて、同情してしまうのだ。なんなんだろうか、この心理は。
「ああ、分かったよ」
僕は派手に音を立てて席を立つ。
当然全員が注目する。見条恒彦と伊豆清太郎は飛んで自分たちの席に帰り、趣味に没頭した。
桜井百合亜ちゃんと岡城景ちゃんも見てる。そして五十鈴が被ってきた。
「皆の者聞くがよい。イリスが沈みイズスが世界を染める頃、このジェイドユニバースを混沌が襲いデウス・エクス・マキナが空より降り注ぐであろう。だが案ずるな、このダーケス・ナイトが必ずや世界を救うため、エンリッチャーと共にインフェルノより戻ってくることをここに約束しよう。デウス・エクス・マキナの名はボイド。この名を聞いたなら、迷わず隠れよ。そしてダーケス・ナイトの帰還を――」
「おい座れ」
教室中が沸いた。
お役目終了。
「おい早くねえか」ゴジラが噛みついた。
「二十分位いいじゃねえか」
腕時計も見ないで時間を言い当てたエスパー教師は手古希打志多だ。うちの親も顔負けのネーミングセンスで振り切った感じがいい。
また性格が最悪だ。そのくせ自分は人気があると思っているから手に負えない。
今も僕の声が聞こえたから、いじればうけると思って入ってきたんだ。
「おい中一病、いや中二病か。がははははは」
お腹を抱えて絵に描いたように大げさに笑う。
「始業の挨拶をしろ」あの必死さ同情してしまう。
「マジで受業やんのか」今度はガメラが噛みついた。
教科書も何も持ってないのに、受業なんてできるわけがない。儀式はさっさと終わらせて、退場して貰おう。
「皆の者立つがよい。彼の者にひれ伏せ。そして座するがよい」
よかったよかった打志多が満足そうで。
「そなた他の芸も見せてみよ。がははははは」
おいおいおいおい勘弁してくれよ。邪慾のネクロノミコン第十二集が書きかけなんだが。
「おい、藤之木」ゴジラが斜め後ろから声を掛けてきた。こいつもこの状況を打破したいんだろう。
「何、琢磨くん」
「百合亜か景に告れ」
確実に心臓が止まった。
「どどどど、どっちに?」
「じゃあ両方に」
ガメラが嬉しいことを言ってくれた。じゃなくて、怖いことを言いだした。
するとボクの席の周りは、小声と小さな手拍子で、こ・く・れ、と厳かな嵐が吹いた。
打志多が何か苛立っているがどうでもいい。今のテンションなら、いける!
僕は席を立った。
すると何故か五十鈴も席を立ちやがった。影に隠れて二人が見えない。なんなんだ五十鈴。
身体を傾け百合亜ちゃんと景ちゃんを覗き込む。
深呼吸をして肺が裂けそうな程空気を吸うと、変な角度で僕は声を張った。
「桜井百合亜さん、岡城景さん。僕はお二人のことが――」
足下に輝く二重の円が出来て円と円の間に謎の文字が浮かぶ。いや、これは謎の文字じゃないぞ。古代パブリス文字だ。僕の考えた文字だ。
中央に六芒星が現れると、円に合わせて光の壁が出来た。
キタコレ!
人生で最も大きな声を出しちゃった。
胸がときめく。鼓動が止まらない。
ネクロノミコン第十二集を手にした。亡骸の自動筆記具が転がり落ちたが、今はそれより大事なものがある。
教室の後ろにある私物ロッカーまで行き、背負えば後頭部まで来るようなリュックにネクロノミコン第十二集を入れて、しっかり抱きしめた。後ろからみんなを見渡す。
光に包まれているのは、琢磨、根津、我聞、入江、須藤、沓沢、台場、桜井、岡城、見条、伊豆、手古希の十二人だ。
僕の頭脳がフル回転する。
『たねがいすくださおけいて』頭の文字をとるとこうなる。
頭をフル回転。
アナグラムだ、並べ替えると『おねがいたすけてください』
完璧だ向こうで誰かを助けるんだ。
いや、待てよ。どっちのパターンだ。
赤ん坊から転生する感じ? だったらリュックいらなくね。
でもこのまま転位するんなら、手放せない。
いやいや、みんなまとめてお城の地下に行くやつ?
バラバラに飛ばされるタイプ?
だとしたら、あの二人と離れるわけには――
百合亜ちゃんと景ちゃんの席に走った。
「百合亜ちゃん、景ちゃん」
興奮のあまり思わず名前で、しかもちゃん付けで……
横を見ると五十鈴が不安げに見ていた。そりゃそうだろう、このビッグウエーブに乗れないんだから。おまえは持ってないな。
心の底から同情しながらも、百合亜ちゃんと景ちゃんに手を差し伸べた。
二人の手が上がったような気がした。
その間に割って入るように、沓沢と台場が立ち塞がった。
「こんな非常時に不用意に近づくな」
って、おまえらの方が近いし、輪っか重なってるし……
頭の中が真っ白になり、意識が遠のいていった。




