第三十二話 ボイド襲来
うるかがホタル・ド・ムッシュに顔を出すと、マタタビが完成したとアムルス貝の指輪を十数個手渡してきた。
代金と追加報酬だと言いに多め金を渡し、マタタビにはチップもやった。
指輪が多いので一旦家に置き、箸巻きのゴジラへ手伝いに向かう。
店は繁盛していて、忙しいがとても楽しい時間だ。
根津などはもう一件だそうかなどと言っているくらいだ。
エヴェリナたちは狩りに出掛けている。腕を磨くんだと張り切っている。
アッシリアとは連絡を取り合っており、クラースの処刑が終わった事も聞いた。女神が降臨して以来、王子たちは冷たく当たるようになったらしい。
次期王はアッシリアだと女神に断言されたのだから、仕方ない事だろう。
貴族としても、積極的に派閥を作る気にもなれないのではないか。
そんな時、光明神殿教会の聖女ベルナットが、真っ白なフロータから降りて蒸気を脚で切りながら走ってきた。
「わたしに神託が降りたのです。あなたを神殿に連れてくるように、と」
どこか嬉しそうであった。
真っ白なフロータに乗り、うるかは光明神殿に向かった。
石像の前に立つと、待ってましたと言わんばかりに、イリスが現れた。
「わたしの名の秘密、解けましたか」
「ウリス?」イリスは肩を落とした。「一段下げたらそうなるんだけど」
「なぜ、下げるばかり考えるのですか」
「……僕の名前は一段下げたから」
「なぜ、下げるばかり考えるのですか」
イリスの声は少しばかり怒りがこもっていた。
「……上げる?」
「とどうなりますか」「
「……ア、リス。アリス。本当の名前はアリスって言うの?」
「ピンときましたね。アリスと言えば」
「不思議の国のアリス」
イリスは姿を消した。
「何かお役に立てましたでしょうか」
聖女ベルナットが訊いてきた。
「うむ、よく呼んでくれた。また力になってくれ」
「喜んで」
うるかは首を捻りながら神殿を出た。
外苑城壁前の数キロ先で、男たち、シードブリーダーがボイドシードを撒いていた。
その数。百数十粒。
人に見つからぬよう気を付けながら、入念に向き、間隔、距離を調整する。
木陰に入り作戦開始時刻まで休む事にした。
うるかは手古希がちゃんと純黒聖堂会か奴隷市場に行っているのか気になり、顔を出してみる事にした。
純黒大聖堂の巫女ギュードゥルに会うと、彼女は涙を流した。
「どうした、何かあったの」
巫女ギュードゥルはうるかに抱きついてきた。思わずうるかも抱きしめる。
神官や新たに着任したダーケス・ナイトも見ていたが、放っておけなかった。
しばらくして落ち着いた巫女は
「すみませんでした」
腰を折った。
「いつでも僕が付いている。忘れないで」
うるかがそう声を掛けると、ギュードゥルの瞳は再び潤んだ。
「本日はどういったご用で?」
「ん、あの頭の悪い手古希が来てないかなと思って」
ギュードゥルは口元を手で押さえ、目を細めた。
「残念ながら来ておりません」
「残念でも無いんだけどね」
ハハハ、と声を出して笑うギュードゥルは、とても可愛かった。
様々なプレッシャーと戦ってるんだな、と思い時々顔を出そうと、うるかは決めた。
その知らせを受けたのは、純黒大聖堂を出てしばらくしてからだった。
王都に類を見ないほどのボイドの群れが迫っていると。
「遅くなり申し訳ない」
知らせてくれたのはアブソリアーナだ。
お詫びに狩りに出ている皆を集めて来ると言う。
うるかは一足先に外苑城壁前に向かった。
博覧強記のミザリアと蒼き銀狼スティーヌを呼び出すと、ボイドの群れの一キロほど手前で煉獄の使者ガブラにて応戦した。
「煉獄より来たりし番人よ、熱き慟哭の咆哮で彼の者どもを食らい尽くし、己が運命を後悔させよ、インフィニティーバーン」
インフィニティバーンを連発し、ひたすら数を減らす。
ミザリアは広域魔法でスティーヌは雷撃の雨で応戦した。
「いかがでしょうか」
アッシリアが単発銃を抜いた兵士を率い、背後にいた。
「我が出来る限り数を減らそう。その後射程に入り次第、斉射を頼む」
「はい、分かりました。全員展開!」
斉射が始まった頃、レイザー、雷撃、溶岩の弾丸が放たれた。
皆が集まったのだ。
ボイドとの距離が縮まると、交代しながら各個撃破に移行した。
レイザー攻撃はみんながミスリルシールドで積極的に受ける。
外苑城壁に背中が付く頃には、ボイドは十数体になっていて、ハンター組合の応援はようやく到着したところだった。
全てのボイドが倒れるのをまたずして、うるかは怪我人の治療に当たった。
これらのもようはフォロビジョンで中継されており、もちろんアッシリアの活躍も国中に流れた。
ボイドの残した純核はちょっとした財産になった。
その後、手古希の行方を探るべくみんなで奴隷市場に向かった。
洋子とエヴェリナは大金があるからと、先に帰る事となった。
主人に訊くと開口一番。
「全く困ったもんですよ」
だった。
無様、見苦しい、不気味、形容しがたいその姿で、手古希は檻の中から吠え立てまくった。
「重労働刑務所で暮らすよりはましだ」
うるかは腕を組んで手古希を見下した。
「重労働刑務所に連れてけ」
「アッシリアと見学に行ったが、重労働刑務所は死ぬより辛い場所だぞ」
「重労働刑務所の方がマシだ」
「おまえのそう言う短絡的なとこだよ」
「黙れクソガキが」
「重労働刑務所に行ったら死んだ方がマシ、で殺されそうになったら得意の、すいません、だろ」
「いいから連れてけ」
皆の制止も聞かず、稼いだ賃金で自分を買い取ると言う誓約書にサインをして、手古希は重労働刑務所に行く事になった。
エヴェリナと洋子が話しをしながら公園を抜けようとすると、三人の男、ダーケス・ナイトが斬り掛かって来た。
エヴェリナと洋子はすぐさま刃で受け、三本目はエヴェリナがミスリルシールド止めた。
ダーケス・ナイトたちは一旦飛び退いた。
「おまえたちに恨みは無い、ウルカ・フジノキに手を出すとイズス様の怒りを買うからな」
「あいつ、ウルカ・フジノキは恨みを買いすぎたのだ」
別のダーケス・ナイトが言った。
「本部からの指令なんだ、悪く思うな」
「うるかくんが恨みを買いすぎた? おまえたちが嫉妬深いの間違いだろ」
洋子の言葉に逆上したよに、三人は再び斬り掛かって来た。
「まとえ炎」
エヴェリナの剣が燃え盛る。
「猛り狂え稲妻」
洋子の日本刀が電気を帯びた。
二人は後方へステップすると、三人の振り下ろす剣をかわし踏み込みざまに切り込んだ。
腹を傷つけ炎と稲妻に焼かれた三人は慌てた。
伊達に連日朝から晩まで邪獣狩りをしているわけではない。
一人に斬り掛かられたエヴェリナは、盾で受け流し剣を振り下ろした。
ダーケス・ナイトの右腕が音を立てて落ちる。
背後から剣を突き付けられ、急いでしゃがみむと頭頂部の髪がなびく。
刃をギリギリで回転でかわすと脚を薙ぎ斬った。
体勢を崩したダーケス・ナイトは、抱き合い地面に倒れ込んだ。
洋子の頭上に振り上げられた剣を、刀で払い腹部に突きを食らわすと、ダーケス・ナイトは後方に飛んだ。
深く踏み込んだ洋子は刀を横に薙ぎ、刃の向きを変えると上に振り上げた。
剣を持った黒い腕が空を舞う。
そのまま斜めに太股へと斬り込んだ。
バランスを崩したダーケス・ナイトはヒザを付き、腹ばいになった。
エヴェリナと洋子は刃を納めると、歩き出した。
「仲間を呼んでなんとかしてもらえ」
「見てるんですよね、お仲間」
「この事はうるかくんには言わないでおこう」
「はい、心配かけたくありませんから」
二人の姿が見えなくなると、助けてくれ、と呻くダーケス・ナイトの元へ複数の神官たちが駆け寄った。
「お望みの物が出ました」
ダンク・フォン・アルザーヌの前に跪く男がそう報告した。
「どのような内訳だ」
「元、ではございますが、ブライテス・ナイトが三、その上官は恐らく自ら志願するかと、あと、未確認ですがダーケス・ナイトが三、以上になります」
「うむ、金をチラつかせても構わん。大金をな。どうせ、いずれ頭がおかしくなって、何が何だか分からなくなるのだ。最終作戦に、ヤツの足止めさえ出来ればよい」
「はい、了解しました」
「他にも志願者がいれば連れてこい。久しぶりに腕が鳴るわ」
笑みを湛えたダンクはブランデーを口に運んだ。
手古希を乗せた物々しいフロータは、王都を出て数日走りっぱなしだった。
同乗者が交代する中、手古希が口にしたのは干し肉三枚と水だけだった。
フロータは山岳地帯に入り、険しい山道を丸二日登った。
「あのぅ、やっぱり市場に帰りたいんですけど」
車内は無言だった。
やがて鋼鉄製の扉が見えてくる。
左は気の遠くなるほど高い絶壁、右は崖で底は霞むほど深い。
扉からさらに数時間フロータは進んだ。
ようやく見えてきたのは大きいだけが取り得のような老朽化した建物だ。
手古希は乱暴に降ろされると、写真や手形などを取られ、顔全体に大きなバツ印のタトゥーを入れられた。
分厚い書類を渡され、一分後には、もう読んだな、と取り上げられた。
「読んだんならそこにサインしろ」
サインし終えた手古希はいやらしい笑みを浮かべて訊いた。
「報酬がいいと聞いたんですけどぉ」
「ああ、恐らく国内随一だろうな」
「わたし何ヶ月くらいで自分を買えますかねぇ」
書類を見て。
「逃亡奴隷は一生出られん」
目の泳ぐ手古希の足にさらに重しの付いた鎖が付けられる。
つるはしを持って連れて行かれた場所は、岩肌に空いた大きな洞穴の入り口だった。
かなり歩いた。
奥には明らかにオーバーテクノロジーと思われる構造物が削り出されていた。
現代地球から見ても未来的なものだ。
「さあ掘れ、機械には決して傷を付けるな」
目の前にある信じられない光景より、一生出られない事に呆然としていると、激しい鞭が手古希の背中に飛んだ。
骨に響く痛みだ。
「さっさと仕事しろ! 貴様は今日から十八時間働き続けなきゃならんのだ。ここが刑務所だという事を忘れるな!」
再び鞭が飛ぶ。
手古希の背中はみるみる血に染まった。




