第二十九話 うるかピンチ
湾岸都市エビリスタは地中海のようだ、といった街並みで王都とはまるで違う雰囲気だ。
地中海のようと言っても階段や坂道が多いわけではない。
港湾は広く船も燃石で動いているようで、煙突からエレメンテーションダストを吹き上げている。
うるかたちは浜辺へ行きアムルス貝を探した。ネコムスの言っていた通り貝は沢山あった。
極厚手の二枚貝でとても綺麗な虹色をしていた。
多めに集めると一旦宿に戻り、みんなで手分けしてボイドに警戒した。
当然アッシリア経由で領主にも伝えてあり、普段より兵士も多く出ているようだ。
フォロヴィジョンのエレオノールを見かけたので、挨拶をしているとエヴェリナとベッテがうるかを見付け駆け寄ってきた。
「怪しい二人組を見かけました。顔を隠すように麻のフードを目深に被って辺りを覗うようにキョロキョロしていました」
「その男を付けよう。ベッテはみんなを集めてくれ」
後を付けてみると確かに挙動が怪しい。
立ち止まっては周りの様子を覗っている。
人を探している様子でもない。
距離を置いてついてまわる。
他のメンバーと合流すると、男を先回りして人の多い場所で待機してもらうようにした。
フォロヴィジョンのエレオノールはカメラマンだけを連れて、さらに遅れてうるかのあとを付いて回った。
男たちは人通りの多い港湾の広場に出ると、倉庫の影に隠れた。
追い掛けようとすると、倉庫の間から赤いアーモンドのようなものが投げられた。
それは光りだしみるみる大きな光りとなった。
うるかは早速呼び出すことにした。
「蒼き銀狼スティーヌよ目覚めろ!」
掌から飛びだしたスティーヌは、状況を察し光りに向かい威嚇態勢をとった。
「百合亜ちゃんと景ちゃんは二人組の男を追って!」
百合亜と景は倉庫の間に駆けて行った。
光りは六体のボイドになった。
港には悲鳴が轟く。
うるかはアサルトライフルを構え、頭部目がけて連射した。
スティーヌは開けた口先で大きな岩を生成すると、ボイドの胴体目がけて放った。
一体のボイドの口が光る。
レイザーを発射しようとしているのだ。
洋子が駆け込み雷撃をまとう刀でその首を切り落とす。
逃げ惑う人に襲いかかろうとするボイドに、エヴェリナが雷撃を喰らわすと、全身を稲妻で包んだ。
レイザーを放とうとしているボイドの口に、ベッテは溶岩を叩き込んだ。
最後の一体はうるかがグレネードランチャーで仕留めた。
その一部始終をフォロヴィジョンで撮影していた。
百合亜と景が戻って来た。
「ごめんなさい。見失ったって言うか行った時にはもういなくて」
「辺りを探したんだが見つからなかった」
景が補足した。
ともあれ、うるかたちは湾岸都市エビリスタ無事に守った。
領主から晩餐に呼ばれ、褒美をもらうことも出来た。
帰る前にショッピングを楽しんでいると、鰹節と青のりを見付けたので琢磨たちに買って帰ることにした。
「また失敗か……」
ダンク・フォン・アルザーヌは瞼を閉じて、小箱の蓋に手を掛けると天井を仰いだ。
「フォロヴィジョンにダーケス・ナイトの姿が……」
跪いた部下は床を見つめたままだ。
「忌々しい。これで最後だ、王都内に撒け。シードブリーダーが映り込まないようフォロヴィジョンは別の取材をさせろ」
「フォロヴィジョン放送は高いですが」
「構わん」
「……ブライテス・ナイト……雇え」
部下は顔を上げた。本当にいいのか、そう聞き返そうとしたのだ。だが、ダンク・フォン・アルザーヌの真剣な表情を見て言葉を飲み込んだ。
エビリスタから戻り、うるかたちは久しぶりの我が家での夕食を楽しんでいた。
琢磨たちはどれほど店が繁盛しているかを報告する。
楽しい食卓だ。
チャイムが鳴ったので百合亜が出た。
「どこに行っていたんだい、ずっと探していたんだよ」
沓沢は責めるように言い立てた。台場は屋敷の中を覗き込んでいる。
「人助けに行ってたの」
「藤之木を呼んでくれないかい」
「うるかくんに何の用」
「直接じゃ無いとまずい事なんだ」
百合亜は二人を睨み付けた。
「治療のこと以外なら」
「……」
二人は黙った。
「責任持って断るんじゃ無かったの?」
「事情が変わったんだ」
と台場。
「じゃあ、中でみんなの前に立って話して」
百合亜は二人を通そうとしたが、一歩も入ろうとしない。
「用がないなら帰ってちょうだい」
百合亜の言葉に立ちすくんでいた二人は、去って行った。
光明神殿教会訓練場で三人のブライテス・ナイトが話していた。
「小遣いにしちゃあ高いな」
「ふーむ、悪く何じゃ無いの」
「ああ、ダーケス・ナイト一人葬るだけだよね」
ダーケス・ナイトが純黒聖堂会の剣と呼ばれるのに対して、ブライテス・ナイトは光明神殿教会の盾と呼ばれている。
この世界で広く信仰されているイズスの純黒聖堂会は剣、イリスの光明神殿教会は盾、とそれぞれを有し世界を守っている、とされていた。
イズスの降臨、そしてう連日のるかの活躍が、ブライテス・ナイトにとって、また光明神殿教会にとって面白い訳がない。
三人のブライテス・ナイトは様々なルートを通って出元が知られないようにし、ダンク・フォン・アルザーヌから金を受け取っていた。
「イズス降臨も何かのトリックでは?」
「ふーむ、事実だったとしても我らにはイリス様が付いている」
「ああ、少年一人に活躍させておいて、イリス様も面白いはずが無いよね」
三人は剣を抜き切っ先を会わせると聖典の言葉を口にした。
手古希は椅子に手足を縛られて、審問室にいた。
手足の爪は全て剥がされ、歯は前歯が上下会わせて四本抜かれたいた。
片目はくりぬかれ、反対の片耳はそぎ落とされていた。
ただ涙を流すばかりで、悲鳴をがげる気力すら無い。
「なぜ、ウルカ・フジノキ、ダーケス・ナイトの家に侵入した」
「……」
「歯を抜け」
「ちょっと待ってください、ちょ――わーっ」
「黙るなと言ったはずだ」
手古希の口は血だらけになる。
「もう一度訊く、なぜ、ウルカ・フジノキ、ダーケス・ナイトの家に侵入した」
「それはですね、えーと、えーと、腹が空いてまして」
「日本の教師というものは、腹が減れば空き巣をするのか」
「そうなんですよぉ、何しろ偉いですからぁ」
「もう一本抜け」
「ちょっと待ってください。話したじゃないですか、ちょ――あっ!」
「馬鹿にしてるのかこちらにも教師くらいいる。模範になるべき存在だ」
「もう一度訊く、なぜ、ウルカ・フジノキ、ダーケス・ナイトの家に侵入した」
「あ、あ、あ、あ、あ、腹が減ってたからです。ほんとです。ほんとにほんとです」
空気の抜けたしゃべり方だ。
「日本の教師というものは、腹が減れば空き巣をするのか」
「いえ、わたしだけです、はい、わたしだけです」
「なぜ邪慾のネクロノミコンを持っていた」
「それは、それは、お金になるかなぁと思いまして」
「なぜお金になると思った」
「……」
「もう一本、下の歯だ」
「あ、待ってください、今答えますから、答えま――」
「もう一度訊く、なぜお金になると思った」
「なんかぁ、あいつがぁ、有名人みたいなんでぇ」
審問官は拷問を一時中断しこれまでの経緯を含めて話し合った。
「おまえは言うことがコロコロ変わる、信用できん。ウルカ・フジノキ、ダーケス・ナイトとの関係は」
「教師と生徒です」
「なぜ困れば頼ろうとする」
「あいつは大概の事ならなんとかしてくれるので」
手古希は口から血を流しながら話す。
「なら、なぜ日頃は傲慢に振る舞う」
「……何言っても怒らないので」
「この邪慾のネクロノミコンがウルカ・フジノキ、ダーケス・ナイトの物だと証明出来るか」
「ええ、本人に聞いて下さい。間違いなくあいつのです。あいつの部屋に、あいつのリュックの中にありましたから」
「下の歯をもう一本抜け」
「ななななな何でですか」
「おまえは不愉快だ」
審問官は邪慾のネクロノミコンを持って、宰相バスティアの元へ向かった。
うるかは琢磨たちの手伝いを終え歩いてい帰っていた。
東市場という場所を抜けると近道なので、そこを抜けようとした。
市場はすっかり閉まっていた。
夜目にも白装束と分かる三人の恐らく男が三方から歩み寄って来る。
円錐形の頭巾にゆったりとした全身を覆う装束、腰には剣と単発銃を下げていた。
三人は一斉に抜剣すると斬り掛かって来た。
うるかは神速を発動させ背後に回り、アサルトライフル、ゴッドブレイカーのストックで三人の首元を殴りつけた。
三人はヒザを付いた。
「まずは名乗る? 必要は無い。だがどこの者かくらいは言え。殺す前にその時間はくれてやる」
立ち上がろうとした先からゴッドブレイカーで、太股を撃ち抜く。
太股に大きな穴が開いた。
「どこの、手の者だ。教えれば治してやろう」
歩み寄ると単発銃を抜いたので、腕を撃った。
腕も太股もちぎれそうになっていた。
「悲鳴を上げなかったのは褒めてやろう」
うるかは東市場をあとにした。
翌日、王城から迎えが来た。
「ご一緒にお願い致します。要件は国王陛下から直接お聞き下さい」
兵士は丁重にフロータへと案内した。
朗報が届けられるといった雰囲気では無さそうだ。
謁見の間に入ると中央に神妙な面持ちの国王ゼギスムント、心配そうな王妃マリブリット。
傍らには宰相バスティアが立ち、向かって左ににやけた王子たち、これで朗報じゃないなとうるかは確信した。
右手には王女たち、アッシリアもまた王妃同様心配そうな表情だ。
左右には貴族たちが立ち並んでいるが、様子見といったとこか表情は硬い。
アッシリアの後ろに近衛隊長のクラースが剣の柄を握りしめ、立っていた。
国王は表情に似合わず、穏やかな声で言った。
「忙しいところ呼びだててすまん。先日はエビリスタ感謝する」
「当然のことをしたまでだ。この国、この世界を守るのは純黒聖堂会とは関係なく、我が勤め」
王子たちとクラースの顔が歪む。
「国王陛下、発言よろしいですか」
国王は第一王子に頷く。
「貴様はダーケス・ナイトのクセにイズス様を信仰していないのか!」
「していない! 一度も祈りを捧げたことすらない。逆に訊こう。信仰厚き大司教、ダーケス・ナイトを名乗るものは誰の手でどうなった! イズスの望みはただ一つ……やめておこう。イズスは我が友。イズスは祈りでは無くその行動を見ている。例えば王都の危機に執務を優先することがよいのか、とかな」
「じゃあ貴様は――」
「やめておけ」
王子の言葉を切る国王は、どこか寂しげであった。
「この者に会ってもらいたい」
国王は手招きをした。
ドアが開いた途端、空気の抜けた手古希の声がした。
「こいつです、こいつが持ってました。間違いありません、こいつのノートです」
「よかった。では見つかったのだな、邪慾のネクロノミコン第一集が」
手古希に振り向くこと無く答えた。
「そなたの物と認めるのだな」
「もちろん、誰のものでも無い。我のものだ」
「どのようにしてこの情報を」
この世界は邪慾のネクロノミコンに酷似している、そう言うとこの世界の人々のアイデンティティーはどうなるのだろうか、また、自分の言う事を信じるだろうか。
「時間を掛け調べ上げ、匿名の情報提供者によりもたらされた情報を元に作成した。正確では無いし未完成だ」
近衛隊長のクラースがうるかの前に闊歩してくる。
「匿名の情報提供者とは誰だっ!」
「貴様は無能か? いや無能だったな。匿名とは名を知られたくない事情があるから匿名なのだろう。外苑城壁前の一件も、エビリスタの一件も、その情報提供者の情報によるものだ、ここで明かし今後一切のボイド襲来、ボイドの生態に関する情報は入らなくてよい、と国王が言うなら明かすことも考えるが、無能よ得策ではないぞ」
謁見の間でのやり取りは続いたが、そのほとんどは王子とクラースによるうるかへの口撃だった。




