第二十八話 箸巻きのゴジラ
琢磨たちの屋台を下見にいった。
大通りからは外れているものの、他にも屋台が並び飲食関係が多く動線が出来ていいと思うよ。
立地の左右が牛の串焼きと鳥のもも焼きというのもいいんじゃないかな。
肉と肉に挟まれての粉もん、いい。
ほぼ決まりだろう。
開店間近だな。
とある用事があるので僕は一足先に帰る事にした。
近道をするため人通りの少ない通りを歩いていると、背後からあの声が聞こえた。
「湾岸都市エビリスタ、都市内、ボイド数体」
振り向くと女が疾走して去ろうとしていた。
「疾風よりも早く、鐘の音が一万尺へ届かん前にたどり着け、駆けろ神速!」
女の前に出てフードを取った。
ウェーブの掛かった長い黒髪のなかなかの美女だ。
断然ストライクゾーン内。
十秒後、女は素早く後方へ飛び退いた。驚くべき運動神経だ。
「申し訳ない驚かすつもりは無かった、先日の邪獣の礼となぜ我に教えてくれるのか、その理由が知りたいだけだ」
女はマントを脱ぎ捨てた。
禍々しいセクシーハイレグレオタード。ん、この表現がふさわしい。
それを身に付けて腰に下げていた、グネグネ曲がったおぞましい剣を抜いた。
抜いた? 味方じゃ無いの?
咄嗟にケイオスブレードを抜き受ける。
受けざまに氷結の手斧を抜くと身体を返し、女の胸元をなぎ払う。
女は背を仰け反らせ手斧を避けると、足を伸ばした綺麗なバック転を見せ、構えた剣で突進してくる。
回転で刃を避けると、そのまま脇腹に蹴りを入れた。
しまった――力入れすぎた。
女は家の壁に激突し、顔を歪め脇腹を押さえて立ち上がった。
なかなかに強靱な女だ。
掌をかざし、白く光る球体を勢いよく放ってきた。
魔法?
なんとか避けるが、背後で壁が破壊される音がする。
やばくね……
ケイオスブレードを左に持ち替え、ドラゴンブレスを抜いた。
まずは左太股を打ち抜く。
女が態勢を崩した。
威嚇するように女の周辺をそのまま撃ち続けながら近づき、彼女の首にケイオスブレードの刃を突き付けた。
女はすぐさま剣を投げ捨て跪いた。
「腕を上げたな、魔界の四天王アブソリアーナよ」
女は驚いた顔を上げた。
エヴェリナと同じパターン、それとも……
肌青くないよって言うか、どちらかといえば白い方だと思うし……
心当たりがあるとすれば、ずっと気になってた頭に付いてる小さなカタツムリみたいな角?
「大魔王ダールビョルは健在か、それともあの小心者魔王バルデマールが、残りの四天王にそそのかされて調子に乗りおったか」
「まずはこのアブソリアーナの非礼お許しを。恥ずかしながらお力を試させて頂きました」
え……
「さすがはダーケス・ナイト。全てお見通しだったのですね」
え……
「当然だ。で何の用だアブソリアーナよ」
「お力をお貸し下さい。バルデマールは器ではございません。謀反が成功すれば、魔界は滅び人間に占領される事でしょう」
「四天王を敵に回せと」
「もちろんわたしとわたしの派閥も共に戦う覚悟でございます」
え……一人でこんなに強いのに?
「その代わりわたしの収集出来る情報は全てお知らせします」
「うむ」
心の準備、出来てないんですけど。
「どれくらい先を予定している」
「攻め入りそうな国々の情報収集を含め、まだしばらくは時間が掛かりますし、四天王の方もまだ意思決定できたわけで分かりません」
なら先の話か、まあいい。
「分かった、時が来たら知らせよ」
「取り急ぎ湾岸都市エビリスタの都市内にボイドが出現する予定です。数こそ少ないですが、都市内ですので」
「都市に直接! いつ?」
「一週間から二週間後ではないかと」
「マジか」
背後から人が来た。
「申し訳ございません。わたしは一旦失礼します」
アブソリアーナはマントを持ってハイレグレオタードで走り去った。
洋子先輩と気が合いそうだな。
家に帰ると邪慾ネクロノミコン第十二集にフェンリルの顔を描いてみた。
邪獣の襲来の時に機動力のある仲間が欲しいと思ったのだ。
で、色々悩んだんだけどいいのが思いつかず、エヴェリナに乗っかっとこうと思って、フェンリルにした。
ただの犬にならないように気を付けて、精悍な顔立ちでまつ毛が長く、ん、メスにしよう。額には意味も無く三日月の模様。
体高は一メーター半。馬くらいかな。もう少し小さい方がいいな。
俊足で最高時速は百キロ以上としとこうか。一千年生の齢を生きて、五元素魔法は全て操れる。人語を解する。
名前は、青みがかった銀だから「蒼き銀狼スティーヌ」っと。
左手にガブラがいるから右手に書く訳だけど、右利きの僕には難易度が高いため、思い入れがありそうなエヴェリナに描いてもらう事にした。
マジックは全種類の太さを用意した。
「失敗は許されないからね」
「はい分かっております」
真面目なエヴェリナだがいつにも増して真剣だ。
僕の右掌にスティーヌが描かれてゆく。
我ながらいいデザインだ。
額の三日月だ。
「慎重にね」
エヴェリナが跳ねた。
「ごめんごめん」
かなり集中しているようだ。
三日月が描かれていく。
「エヴェリナっ! あれどこ?」
ベッテが乱入してきてしまった。
マジックがあらぬ方向へ走る。
エヴェリナは慌てて消そうと線をこする。
「駄目だエヴェリナ」
かすれた線で三日月が繋がった時、帆を張った笹舟のような形になり、光り輝くとタトゥーになってしまった。
「本当に申し訳ございません」
「いやいいよ」
「新しいガブラですか」
ベッテは全く責任を感じていない。ん、ん。
「いや、実際に呼び出してみよう」
大学ノートに忠実かもしれない。
「出でよ蒼き銀狼スティーヌ!」
青みがかった銀色の毛をなびかせて、大きなフェンリルが現れた。
僕の前に伏せると、大人びた鼻に掛かる甘い声で訊いてきた。
「我が主、このスティーヌめに何なりと、お申し付けくださいませ」
スティーヌが顔を上げると、額には帆の付いた笹舟が傾いていた。
ひれ伏して謝罪するエヴェリナを、スティーヌは不思議そうに眺めていた。
その後みんなにスティーヌを紹介したが、笹舟に触れる者は誰一人いなかった。
屋台のオープンの日がやってきた。
ネオンサインは「箸巻きのゴジラ」となっていた。
この世界のエネルギーは全て元素の結晶である燃石だ。
冷やしたり、加熱したり、光らせたり、全て燃石で行われている。
あちこちで吹きだしている蒸気のようなエレメンテーションダストは、燃石が様々な鉱物と科学反応を起こした際に発生する人畜無害のガスらしい。
種類は生地と卵を巻いたプレーン、ネギとチーズを巻いたネギチーズ、野菜と豚肉を巻いたニクやさい、の三種類。マヨビームも忘れない。
店のほうはお世辞にも繁盛しているとは言いがたい。
夕食時はしばらくの間、みんなで三人を励ます日々が続いた。
思いきってフォロヴィジョン放送のエレオノールを訪ねてところ、取材に出ていると言うのでそこへ行ってみた。
人気リポーターというだけあって彼女の周りは、人だかりとなっていた。
場所や僕の思いなどをメモしスタッフに渡した。
「時間がある時にでも取材して欲しいんだよね」
三十分と経たないうちに空に浮かぶあちこちの巨大スクリーンに、箸巻きのゴジラが映しだされた。
「箸巻きというのは何なんですか」
カチコチのゴジラが答える。
「異世界人ばかりのお店とか、あの手古希とは全く関係ないんですよね」
「はい!」
三人の眉間にシワが寄った。
「それどころか、真のダーケス・ナイトの思い出の味とか」
「えーはいっ」
ガメラの目が泳いでいた。
「では、一口……ん? 美味しい!」
エレオノールはほんとに美味しそうに食べ、二種類目にも口を付けた。
「えー……わたしはですね、仕事柄あまり口に合わないものでも、美味しいと言って食べなければならないのですが、これは本当に美味しいです」
三人はエレオノールに腰を折った。
このリポートはナイスだ。
結局エレオノールは三種類全てを食べて、味を事細かに説明してくれた。
その夜から三人が落ち込む事は無くなった。
エレオノールに礼をしにフォロヴィジョン放送に顔を出したところ、彼女は小走りでやって来た。
「ほんとにお声を掛けて下さりありがとうございます」
「いやこちらこそありがとう、おかげで嬉しい悲鳴を上げてるよ」
よかったです、と笑うエレオノールに迷った挙げ句伝えた。
「湾岸都市エビリスタに、ボイドが出現するっていう匿名情報があったんだよね」
「取材について行くと邪魔になりますか」
「日時は不明だよ」
「向こうで取材しています」
「じゃあ現地集合で」
これで礼になるなら安いもんか。
百合亜ちゃんと景ちゃん、エヴェリナとベッテ、そして洋子先輩。僕を入れた六人は湾岸都市エビリスタを目指した。




