第二十七話 邪獣襲来ヒーローネコムス
嬉しそうにダイニングに入ってくる琢磨大怪獣、根津牙命羅、入江シオンを見て、藤之木うるかは、この三人さては屋台に進展があったなと微笑んだ。
「おい、味みてくれよ」
琢磨は粘液質の黒い液体の入った器をテーブルに置いた。
お好みソースである。
皆、指先に付け一舐め二舐めすると、スパイシーだ、奥深い、甘みがあっていいなどと、顔をほころばして絶賛した。
これで百六十八回目の試食だ。
三人は手を取り合って喜んだ。
「諦めずに頑張った甲斐があったぜ」
根津は涙すら浮かべていた。
「手続きの方は順調?」
「ああ、ほとんど王国庁で出来る」入江はうるかに顔を向けた。「あとトレーダー組合に提出しなきゃなんない書類あるんだけどね」
「凄いじゃない。確実に進んでるんだな」
景はソースをもう一度指に付けた。
うるかが自室にこもって作業していると、エヴェリナがお茶を用意して入って来た。
「あまり根詰めないで下さいね」
「これ見てよ、ついに完成した」
うるかはリュックの底から出て来た部品を組み合わせて作ったものを、背中に背負って見せると、エヴェリナは硬直した。
「それです。十年前、ご主人様が背負っていたのはそれです。そして綺麗なフェンリルを連れていらっしゃいました」
目を滲ませていた。
「フェンリルはいないんだけどね」
「コートに金具をビス留めしてホルスター代わりにするんだ」
うるかは話を続けた。
指が四本くらい入るスペースを握り、引っ張り出す。
「ストックに隙間があってこうやって引き抜いたあと、ここを押すと」
ストックの根元のスイッチを押すと、ストックはスライドして四十五度回転した。
「アサルトライフルになるんだ」
肩にストックを当てて、構えた。
「ドラゴンブレスとは違うんですか」
楽しそうなうるかをエヴェリナは微笑ましく見た。
「装弾数も威力も違う。極めつけは銃身の下にあるこれ、小口径の五連発グレネードランチャー」
「名前はもう決まってるんですか」
「もちろん、ゴッドブレイカー」
「神様壊しちゃうんですか」
「真のダーケス・ナイトは神をも恐れぬ」
エヴェリナは満面の笑みを堪えた。
国王に王妃、王子たちと王女たち、そして多くの貴族が見守る中、怯える手古希打志多は手かせをはめられて正座していた。
こんなはずでは無い、優遇されて旨い食い物にありつける予定だったんだ。忌まわしい藤之木の書いた、訳の分からない大学ノートさえ無ければ。
手古希は藤之木を恨めしく思っていた。
「まず最初に言おう。発言に偽りがあった場合、手首足首のうち一度に付き一つ切り落とす。我々としてもそれは望まん、よって虚言は控えるように」
宰相のバスティアが上記を含む書状の全文を読み上げた。
手古希は震える声で宰相を見た。
「藤之木を、藤之木を呼んで下さいませ、お願い致します。藤之木を呼んで下さいませ」
「先に述べた通り、発言は許された時、必要な事のみにとどめる事。分かったか」
「藤之木を呼んで下さいませ」
宰相は番兵に合図した。
番兵は抜剣するとそれを手古希の首元に当てた。
「宰相のお言葉は理解出来たか未開人。このまま処刑でも構わんのだぞ」
「すいません、すいません、……」
「では、この邪慾のネクロノミコンは貴様ので間違いないな」
「いいえ違います」
広間はざわめいた。
「詰め所では自分の物だと主張していたそうだが」
「あれは嘘です」
「虚偽を認めるのだな、では手首足首のうちどれか一つを切り落とさねばならぬが」
「えー、ここでは嘘はつきませんから」
「あの発言をもってしてこの場が開かれたのだ。それにあの場でも虚偽に対しては同様の罰が下る趣旨を伝えているはずだが」
「えーと、えーと、えーと……藤之木を呼んで下さいませ」
「貴様は普段ウルカ・フジノキ対して横柄な態度を示しながら、困窮すれば頼ろうとする、そう言うことは奴隷市場、組合、その他、異世界人からの聞き取りで確認済みだ。つまり今貴様は答えに窮している、そう言う事だな」
「あ、いえ、違うんですぅ、それ藤之木のなんですぅ」
「なぜそれを貴様が持っている」
「えーと、えーと、えーと貰ったんですぅ」
「確認してもよいな。ウルカ殿は頻繁に王城を出入りしている。すぐにでも確認出来るだろう」
「えーと、えーと、えーと拾ったんです」
「まず、自分の物では無かった。次に貰った、拾ったどっちだ」
「拾ったんですぅ」
「虚偽二つ。手首足首二つ。選ばせてやろう」
「あっ、ちょ、ちょ、ちょ、待ってください」
「もうよい」国王はあまりの無様さに呆れた。「この者が何かを隠しているのは確実。審問官に事実を追求させよ」
こうして一旦閉廷した。
フードを目深に被り季節でも無いのにマントを着込んだ女が歩いていた。
彼女はうるかを見付けると一人なのを確認し、足早に近づいた。
「外苑城壁前、大量の邪獣、王都危険」
すれ違いざまにそう言い残し去って行った。
うるかは何事か理解出来ず一瞬遅れたのち振り返ったが、女の姿は人混みに消えてた。
その言葉が気になったうるかは、エヴェリナに洋子たちを集めて貰い、外苑城壁前三十メートルほど先で待っていた。
しばらくすると、土煙が上がり女の言った通り無数の邪獣が現れた。
左の手袋を取り煉獄の番人ガブラを呼び起こす。
「煉獄より来たりし番人よ、熱き慟哭の咆哮で彼の者どもを食らい尽くし、己が運命を後悔させよ、インフィニティーバーン!」
数え切れない邪獣たちが燃え盛りながら飛び散った。
他の皆は射程外のため、臨戦態勢を取っている。
景はミザリアの特訓を受けているが、実戦は初めてだったため、洋子がバックアップに付いている。
うるかはインフィニティーバーンを連発して数を減らす。
射程内に入り全員が攻撃に移った。近すぎるのでうるかは攻撃方法を切り替えた。
アサルトライフルのデビューだ。
安全装置を切りサイトを覗いてトリガーを絞る。
高圧ガスが細い穴を抜けたような音が、三発ずつ連続する。
威力は抜群だった。次々邪獣が倒れてゆく。
「倒しても倒してもきりが無いな!」
洋子が叫ぶ。
「ですね」
城から兵士が到着しハンター組合からもやって来た。
皆で応戦するが、邪獣の減る気配が無い。
ネコムスは、休業、と言う看板を出すと店を出てマタタビの所へ行く事にした。
「これはストレスという奴だニャ。リフレッシュが必要だニャ。マタタビの所でケンタルキルフライドチキン食べるニャ」
五番街を歩いていると、中央で光りが点滅している円盤が、地面に刺さっているのを見付けた。
猫耳族はこういうのが放っておけない。
思わず拾おうとすると先がピンになっていた。
「危ないニャ。誰か怪我するニャ」
ピンを折り円盤は足で踏み潰した。
点滅が止まり、なぜか心に平穏が戻った。
「なんか、いい事した気分ニャ」
鼻歌を歌いながらマタタビのいる店に向かった。
外苑城壁前にアッシリアが到着した。
彼女はすぐに見張り台に上った。
「数が減らないのですか」
「それが、なぜか先程から減り始めまして」
「そうですかよかったです」
邪獣は見る見る数を減していった。
数十分後、全ての邪獣の死亡が確認された。
死骸は国と組合の差配により分配された。
当然うるかたちの取り分は圧倒的に多い。
疲れ切ってへたり込んでいると、近衛隊長のクラースが近づいてきた。
「貴様は先に来て待っていたそうだな」
「ああ」
うるかはクラウスを見上げた。
「なぜ分かった、邪獣の襲来が」
「匿名の情報だ。フードで顔を隠した女が教えてくれた」
「こんな陽気でフードか、つくならもっとましな嘘をつけ」
「はあぁ! 何が言いたい」
「おまえが何か仕込んだんだろう」
うるかは立ち上がると歩き始めた。
「どこへ行く!」
「近衛隊長のおまえが疑っているという事は、アッシリアも疑ってんだろ。身の潔白を晴らしに行くんだよ」
「ゆ、許さん!」
クラースはうるかの前に立ち塞がった。
「ヒヨコ剣術で立ち向かってくるか」
クラースは震える拳を握った。
「アッシリアーっ!」
「待て、悪かった」
「こっちはヘトヘトなんだ。馬鹿な暇人に付き合う余裕は無い」うるかは踵を返すと、皆の所へ向かった。
その後アッシリアが来て六人にねぎらいの言葉を掛けた。
クラースはその様子をじっと観察していた。
「審問てぇ色々メモとって聞かれるんですよねぇ」
手かせをはめた手古希は薄暗い通路を兵士に連れられて歩いていた。
「わたし嘘つく気ないんすよぉ。忘れっぽいんすよねぇ。なんて言うのかなぁ、世の中ぁ覚える事一杯あるじゃ無いっすかぁ、わあたしね、教師って言う仕事してたんすよぉ。自分で言うのもなんなんすけどぉ、偉いって言うのかなぁ、先生って呼ばれちゃうんですよ。呼べ! って言ってる訳じゃないんすよ。なんて言うのかなぁ、勝手にそう呼ばれちゃうみたいな。尊敬されて――」
「ここだ、入れ」
鉄で出来た物々しい扉だった。引くととても重く手を離せば勝手に閉まる仕組みだった。手古希は中に入って生唾を飲み込んだ。
部屋は広く窓は一つも無い。壁一面、そしてスペースというスペースには、血の付いた拷問器具が並べられていた。
審問室らしいものと言えば、小さな机と座面の狭い椅子。
マスクを被った男が五人立っていた。
背後で扉の締まる音がして表から施錠された。
「さあ、審問を開始する。座ってくれたまえ」
男の一人が巻いた鞭で椅子を指した。




