第二十六話 手古希と言い沓沢と言い
沓沢龍馬がうるかたちの暮らす屋敷、うるかケーブを訪れたのは男爵令嬢イエシカの治療が終わって十日ほど経っての事だった。
「治療して欲しい人がいる、って言うんじゃ無いだろうな」
「しつこい男だな君も、僕が責任を取るって言っているだろう」
沓沢は天井を見上げてうるかに呆れて見せた。
「じゃあ家に住ませろか」
「必要無いよこんな小さいボロ屋敷」
「ボロ屋敷って……」
百合亜は言葉を無くす。
「そうは思わないかい」
「みんなで買ったんですけど」
「……申し訳ない」
「ボロ屋敷に住みたくないなら何の用だ」
「しばらく顔出せそうに無いから、寄っただけだ。それから男爵が君にも感謝しているってさ」
「うるかくん以外に誰に感謝するんだ」
「僕たちさ」
沓沢は景と自分を指差した。
「はあ、わたしたちが何で感謝されるんだ」
「僕たちが苦労して説得し連れてこなけりゃあ、今もイエシカの身体は不自由なままなんだぞ」
「なんだその考え方は、気が知れない」
景はティーカップを口に運んだ。
「感謝は気持ちじゃ無く金で欲しいね」
「男爵と言う地位だぞ、褒美が出ない訳ないだろう」
「じゃあ、それを渡してさっさと出て行ってくれ」
「君にもらう権利があるのかい」
沓沢の言葉に皆絶句した。
「何で無いんでしょうか」
「百合亜、今後の責任はこの僕が取るんだよ。この男はあれだけ治療を断っていたのをこの僕が説得したんだ」
「そしてあなたが簡単に諦めてもうるかくんは治療しました。不愉快なんで出て行ってください。みんなも同じ気持ちのはずです」
百合亜が席を立つと全員が離席した。
「待ってくれ百合亜、君は誤解している……」
沓沢はダイニングで一人になった。
屋敷を出るとその足で王城へと向かった。
虎口で門番にアッシリアに合いたい旨を伝えた。
「どう言った用向きだ」
「それは直接お話ししたいのです」
「アッシリア王女殿下は庶民が合いたいからと言って会えるお方では無い」
「わたしは異世界人でして」
「どんな業績を残している」
「……ヨナダン男爵の令嬢イエシカの病を治しました」
「偽りはないな」
門番は威嚇するように睨む。
「……正確には手伝いを」
「助手でも務めたか」
「……ヨナダン男爵に紹介しました」
「貴様の世界ではそれを手伝いというのか」
「……長い話にはなりますが、今後わたしは重責を担う事になっておりまして」
「ちょうどいい機会です。その者と話しましょう」
見張り台から見ていたアッシリアが声を掛けた。
「これはアッシリア第二王女殿下、お久しぶりでございます」
沓沢が言い終えて顔を上げると、すでにアッシリアの姿は無かった。
しばらくして虎口に現れたアッシリアに、沓沢が挨拶をしようとしたところ、結構、と突き出した掌で止められた。
門番が、アッシリアにこれまでの話を簡潔に耳打ちし終えると、今度はアッシリアが門番に耳打ちをした。
門番は城内へと走って行った。
「で」アッシリアは沓沢を見下した。「あなたはどのような重責を担うのですか」
「話せば長くか――」
「構いません。話しなさい」
「……藤之木があのような力があるにも関わらず、今後治療をしたくないと申すもので、二人目、三人目が現れた場合はわたしがそれを断るという責任を取る事になっているのです」
「それは責任では無くあなたの義務ですね。違いますか」
「……」
「うるか様は万人の病を治す能力だけではありません。この国を、ややもするとこの世界を救えるかもしれないお方なのです。紹介しただけで手伝いなどと言うあなたとは違うのですよ」
「……」
「男爵はさぞ喜んだでしょう。貴族、王族は敬意の証として褒美をとらせる事があります。ヨナダン男爵は褒美を出してくれましたか」
「……はい」
「それは全額ウルカ様の元へ」
「……」
「全額ウルカ様に渡しなさい。ウルカ様とは頻繁……とは言いがたいかも知れませんが、よく会っております。確認しますので。それで今日はどういったご用で」
「親友がこちらにお世話になっております。どうか親友のそばにいさせて頂けるよう、ご配慮願えませんでしょうか」
「そう言う事だろうと思いもう手配しています」
「ありがとうございます」
沓沢は嫌みに耐えた甲斐があったと、胸の内で喜んだ。
「ちなみにあなたのよく回る口のおかげで、ヨナダン男爵家は失墜します。いわゆる没落貴族になるのです」
アッシリアは眉根を寄せた。
「イエシカが元気になったというのに哀れな事です。なぜここに来るまえに、ウルカ様に相談しないのか、そうしていれば、ヨナダン男爵もイエシカも貴族社会で辱めを受ける事は無かったでしょう」
沓沢は口を開けたまま固まってしまった。
そこへ台場功也が門番に連れられてやって来た。
「連れて来ました」
「さあ二人で仲良くお好きなところへどうぞ」
アッシリアは城内へ姿を消した。
訳の分からない沓沢は台場に訊く。
「どういう事だい」
「親友がよく訪ねてくるから、二人で力を合わせて生きていけ、って」
台場の瞳は焦点が合っていない。
二人は無言で長く曲がりくねった坂道を下った。
「絶対駄目だ」
うるかは組んだ腕を結び治した。
「なぜだ君はつくづく了見が狭いな」
沓沢は背もたれに身体を預ける。
「こんなボロ屋敷には住めないんじゃ無いのか」
「まだ言っているのかいしつこい奴だ、百合亜、景、なんとか言ってやってくれ」
「わたしもうるかくんに賛成よ。上手く行くとは思えない」
「二人で男爵の所で世話になったらいいだろう」
百合亜と景は沓沢と台場を交互に見た。
沓沢は洋子たちに目を向けた。
「改めまして、沓沢龍馬と申します。龍馬は坂本龍馬からとったんだよ」
「出て行く奴の名などどうでもいい」
洋子はうるか同様腕組みをしている。
「君たちはどう思う」
「あなた方はご主人様を不愉快にさせてます。わたしもここで一緒に暮らすのは反対です」
「あたしもそう思います。二人はご主人様に敵意を持っています」
「もう奴隷じゃ無いんだからご主人様って言うのやめな」
台場が諭すように言った。
「放っておいてください。好きで呼んでるんです」
「理由は二つ。エヴェリナとベッテが言うように、おまえたちは僕を嫌ってる。もう一つ、僕もおまえたちが嫌いだ」
うるかの言葉に、沓沢と台場は奥歯を鳴らした。
うるかは続けた。
「お金ならあるんだ、男爵の所へ行くなり宿暮らしをするなり、好きにしろ」
「結局金か。ほらよ」
沓沢は硬貨の入った麻袋をうるかの前に投げた。
うるかはそれを洋子に渡す。
「貯金お願いします」
分かったと、洋子は麻袋を受け取った。
「さあ出て行ってくれ」
うるかは立ち上がると、ドアを開けた。
「金なら払っただろう」
「男爵からの報酬だ」
身の無いやり取りが繰り返され、結局沓沢と台場は出て行った。
うるかの部屋は片付き窓が入った。
下着はもちろん衣類もほとんど買い換えた。これを機に洋子も服を買ったのだが、スカートの丈はエヴェリナに負けてはいなかった。
「どうだ?」
「短いですね」
洋子にうるかは答えた。
「そうじゃない、乳首は透けて見えるか? ノーブラなんだ」
「じゃあ買って下さい」
「そうはいかないんだ。こっちに来た時ブラを破り捨ててノーブラで生きていく覚悟を決めたんだ」
「……せめて何か羽織って下さい」
「見えるんだな、分かった不安だがこれでいくよ」
呆れながら畳んだ衣類を横に、空のリュックを拭いていたうるかが首を捻った。
「やっぱり重すぎるんですよね、このリュック」
「底にまだ何か入ってるんじゃ無いのか」
リュックの底に手を入れてうるかが叫んだ。
その声に皆が集まった。
「このリュック二重底になってたの、忘れてたよ」
うるかがリュックの底を外すと、下には様々な部品のようなものが入っていた。
「重い分けだ」
うるかは皆の顔を見た。
手古希がホタル・ド・ムッシュの横の路地で残飯を漁っていると、声を掛けられた。
「何をしている」
警備兵だ。
慌てて走り出す手古希を制止する。
「止まらないと発砲するぞ」
それでも止まらない手古希目がけて、大口径の単発銃が火を噴いた。
弾丸は地面に着弾すると爆発し、爆風で飛ばされた手古希は壁に打ち付けられ、気を失った。
「アルザーヌ辺境伯、ボイドの作戦が失敗した件、我が国にも噂は届いております」
「今、新たな作戦を実行するため、遂行中だ」
ダンク・フォン・アルザーヌは男に言った。余裕を見せているつもりだろうが、焦りの色は隠せない。
「ご心配なく。我が国で開発した新兵器でございます。試作の段階で、街一つ失いましたよ」
男は小さな円盤が付いた。ピンを渡した。
「これは?」
「特定の周波で邪獣を呼び寄せるものです。王都内に仕掛けてもらえば、無数の邪獣が群れをなしてそのピンを目指します」
ダンク・フォン・アルザーヌはピンを眺めながらほくそ笑んだ。
沓沢と台場はヨナダン男爵領行きのフロータバスを降りた。
歩いて男爵の家を訪ね謝罪しようとしたら、男爵は沓沢を歓迎した。
「どう連絡すればいいものか悩んでいたのだよ」
「はあ、なぜでしょうか」
「治療してもらいたいものが十数人いてな、中には貴族もいる。これで我がヨナダン家も返り咲く事が出来る。細かい話は中でしよう。さあ、入りたまえ」
二人は顔を見合わせながら、男爵の屋敷に入っていった。
手古希が目を覚ますと警備隊の詰め所にいた。
手足を縛られ椅子に拘束されているのだ。
「目を覚ましたか」
「あのぉ、ここは……」
「貴様には関係ない。まず、これはなんだ」
邪慾のネクロノミコン第一集がテーブルに叩き付けられた。
「どこで手に入れた誰の物だ」
「わ、わ、わたしの物です」
「偽りであれば手首足首のうちでれかをもらう事になるぞ」
「嘘じゃ無いですよ、わたしのです」
「では聞こう。つまり、ボイドは純粋な生物では無く、貴様がボイドを製造し世界各地に発生させている。ということでいいんだな」
「えー、ボイド、は、は、はいぃ」
「分かった」
「明後日、国王陛下に会ってもらう」
「国王陛下に!」
手古希は王城にて世話をしてもらえると思い込んでいた。
「ええ、喜んで」
「その時、ボイドと貴様の関係、背後に組織があるならそれも包み隠さず話せ」
「はぃ……?」
手古希は全くこの問題の本質が分かっていなかった。




