第二十五話 男爵令嬢の治療
ちょっと酷いと思わない? 普通さあ、お願いする時って、やってもらいたいんだけど、くらいは言うと思うんだよね。それを、やれ、ってさ。
で、本人は責任取るって言うから結局、治療に行くんだけど、それでも人間か治療しろ! だよ。
沓沢マジむかつく。
僕たちが留守の間どうするか相談した結果、琢磨たちもなんかあったら責任とれないし、宿でも取るわってなったんだけど、じゃドライブ旅行がてらみんなで行かね。
からのフロータ人数乗れないんですけど、みたいな。
「スピーダ買おうか二、三台」
で、三台買うことになりました。フロータよりはスピードでるみたい。さらに夜中こっそり、ミザリアさんにお願いして魔改造したら二倍以上のスピードが出るようになちゃった。フロータも改造してもらいました。
スピーダはうるポッドと名付けられた。
旅の仕度のためマタタビに食事の注文をしに行った。
「ネコムスが凄いことになってるニャー」
注文を終えたあと、ひさびさにネコムスの所に行ってみた。
客が群がってて引いたわー。
そのまま引き返そうとしたら、呼び止められた。
「待つニャ」
「凄い大繁盛じゃないか」
「おまえが宣伝してくれやがったニャ。ありがとうだニャ」
センテンスが崩壊してるんだけど。
「フォロビジョン効果?」
「それとおまえが指輪をはめてくれやがったおかげニャ」
「忙しそうで何より」
「ちょっと手伝って行くニャ。猫の手も借りたいニャ」
猫娘だけにね。
結局手伝わされるはめに。
僕が接客でネコムスは後ろの段ボールの横で、アクセサリーづくり。
夕方になってようやく解放された。
五人でフロータとスピーダを乗り換えながら、片道三日掛けたという道のりをたった一日で走破した。
ミザリアさんの話によると、負傷であれば手足がちぎれていようが僕でも治せるらしい。しかし先天性となればミザリアさんが直接施術しないと無理だと言う。みんな閉め出すしかないな。
男爵邸に着くととても不穏な空気が流れていた。
沓沢と景ちゃんが事情を説明に行ったが、とても歓迎ムードでは無かった。
「悪いが帰ってくれおまえら異世界人は、役に立つどころか迷惑しか掛けん」
馬脚を現したと言った所か。
景ちゃんが戻って来た。
「沓沢くんが王女に会いに行ったらしい」
はい見えました。余計なことをする。前日にこいつは黒だぞと教えてるのに、僕は腹黒男爵の所から来ました。なんて言う奴がいるか?
「出て行くよう言われてしまったよ」
爽やかに言ってるけど、うちに来る気じゃないだろうな。
景ちゃんはいいよ、でもおまえはダメだ。
「治療はどうするの」
「どうするって仕方ないだろう」
「僕のことをあれだけ責めておいて、仕方がないで済ますのか。もう一度確認を取るみんなの前で宣言しろ。責任は取ると」
「ああ、その覚悟はある。イエシカが治るのならいくらで取るよ」
「景ちゃん、そのイエシカってこの部屋に案内して」
「だからあれを見ろよ」
苛立たしげに立っている男爵に目線を送る。
「黙れこの臆病者、我に任せろ!」
男爵の前に立つと睨み付けた。
「そこをどけ、国王に何を言われたかしらん、貴様の人生がどうなろうとも構わん。だが、イエシカが幸せになる権利を奪うことは、この我が断じて許さん。景、案内せよ!」
男爵を押しのけ屋敷に入ると、景ちゃんの案内に従いイエシカの部屋に入り、一人にしてもらった。
外では男爵がキレまくっている声がする。中から鍵を掛け僕たちと同じくらいの歳のイエシカに声を掛ける。
「数分後にはみんなと同じ元気な身体にしてあげる。だから、布団を取る事を許して」
イエシカは両目が見えないようだ。というか恐らく眼球がない。布団を捲ると手足が未発達だった。
十数年間これで生きてきたのかと思うと、涙が滲んだ。
ミザリアさんを呼び出して施術を開始した。
さすがはミザリアさん手際もよく施術も早い。
「目は閉じたままでね」
ミザリアさんは最後に眼球を復元した。
僕に一礼すると黙って自らクロスに帰って行った。
カーテンを閉める。
「ゆっくり目を開けて」
イエシカはゆっくりと瞼を開いた。出来たての美しい瞳から涙が溢れる。
「手と指は動く? 足は動く?」
施術は大成功だった。
「お名前を」
「ウルカ・フジノキ。今みんなに会わせてあげる」
鍵を開けると聞こえた第一声は、
「さっさと出て行け」
だったので、指示に従い帰ることにした。
「景ちゃん百合亜ちゃんもいるし一緒に住もうよ」
「え! いいのか」
みんな笑顔で頷く。
フロータに乗って、
「あれ、沓沢は?」
「ああ、おまえに治療させるのに苦労したんだ、とか言って部屋に残ってたぞ」
根津が呆れたように言う。
「まあ、追い出される事は無いでしょう。帰っていいと思う人」
みんな手を上げたので発進した。
帰ると屋敷がとんでもない事になっていた。
尖塔の窓が割られていたんだ。
「電気があちこち付いてるぞ」
洋子先輩が屋敷を指差す。
「一階だけですね」
エヴェリナが目を凝らした。
「ゆっくり入ってみよう」
洋子先輩と僕は銃を抜き、エヴェリナたちはリングを構えた。
ドアを開け足音を殺して入っていく。
僕はまず窓が割られている自分の部屋に向かった。
洋子先輩があとを付いて来る。
リュックが荒さていた。衣類は散乱し下着類はもみくちゃにされて、そして無い。
邪慾のネクロノミコンが無くなっていた。
「大変じゃないか。これが目的か
洋子先輩は僕以上に驚いた。
「あとにして他を見てみましょう」
部屋を出るとベッテが顔色を変えて走ってきた。
「キッチンに人がいました。怖くて逃げてきました」
「正解だ」
全員が集まると、慎重にキッチンに向かった。
キッチンのライトははばかる事無く焚かれていた。
開けられるドアは全て開いていた。開きぱなしの冷蔵庫は空だ。納戸の食料も飲み物も空だ。空き瓶が無造作に転がっている。
「あれを見ろ」
洋子先輩の指差す方に目を向けると、作業台の奥の床に、皺だらけの邪慾のネクロノミコンが数冊投げ置かれていた。
二手に別れ作業台を左右から回り込む。
大の字になった手古希が高イビキをかいていた。手には丸めた邪慾のネクロノミコンが握られていた。
怒りの込み上げた僕は奴のスネを思い切り踏みつけた。
絶叫を上げて手古希は転がり回った。
「ちぎれた部位は回復出来るのか」
低い声で洋子先輩は訊いてきた。
「はい大丈夫です。大抵の事は回復します」
洋子先輩の銃、悦楽歓喜が火を噴いた。
手古希の右肩から先がちぎれ飛ぶ。
手古希い悲鳴を上げた。
「大抵の事なら大丈夫なのね。アルティメットサン」
手古希の左肩から先がくるくる回転し、冷蔵庫の下に入った。
「アルティメットサンダー」
エヴェリナの用命に従い電撃の垓環は、手古希の骨の折れていない方の脚を焼き尽くした。
「弱き力においてライジングラーヴァ」
ベッテは怒りに顔を歪めていた。
背中から湧き出した溶岩が手古希の胴体を包む。
治るのか?
手古希は力なく呻いていた。
「なんなんだこいつ」
琢磨が呆れるのも当然だ。
エヴェリナたちは邪慾のネクロノミコンを拾い集めてくれた。
「第一集から第十二集まであります」
「それで全部だ」
全員で取り囲み死にゆく手古希を見る。
「ほんと、クズだね」
入江は根津の顔を見た。
「これでも元教師かよ」
ベッテが溶岩をを消すと再生してやった。
逆再生してるみたいに、血液は元に戻り冷蔵庫の腕はくるくると回りながら、肩にくっつく。バッテンが消えませんように、そう念じながら癒やしを掛けた。
回復し手古希の第一声は、「何しやがる、死ぬとこだぞ」だ。
「あと三十回だ」
僕が言うと後ずさりをして、例の奴が出た。
「すいません、すいません、すいません」
「すみませんだろう」
琢磨が呆れた。
「まあ聞かなくても分かるが何してた。邪慾のネクロノミコンをどうして持ち出した」
「腹減って仕方なかったんだよ。それに面白そうだからよ退屈しのぎに読んでたんだ。おまえなんか知ってんな」
「検証中だ。僕たちの家じゃ無かったら、速射殺か斬り殺されてるぞ」
「いや、おまえの家だって分かってたよ。まさかこんなにいるとは知らなかったんだ」
「こんなにいるって……なんでうるかくんの屋敷だって知ってた」
景ちゃんはツッコミどころ多さに唖然とした。
「沓沢だよ、沓沢が教えてくれたんだ」
沓沢か……
多分みんな同じことを考えたと思う。
「わたしたちの下着が何であんなことになってる」
「下着?」
女子全員が洋子先輩を見た。
「ああ、くちゃくちゃに丸めてたり、裏返しにしてあったりな」
「本物のクズだな」
根津が手古希を睨み付けた。
「違うんだよ。綺麗だなと思って見てただけなんだ」
慌ててズボンのチャックを閉めた。
「とにかく通報する」
「待てそんなことしたら捕まるだろ」
「捕まるどころじゃない。一生重労働刑務所で暮らす事になる」
「かくまってくれ」
「かくまえば僕たち全員同罪だ。それに通報すれば報奨金が出る。それを弁償にかえさせてもらう」
「頼む見逃してくれ」
「ああ、見逃すのはいい、だが、純黒聖堂会の飼い主の所へ行くか、奴隷市場に戻るかしろ。じゃないと、ほんとに重労働刑務所送りだぞ一生な。アッシリアに聞いたがそれは大変な所らしいぞ」
「分かったらもう行けよ。見てるだけでむかついてくるぜ」
「俺らが買った試作用の食材まで食ってやがる」
琢磨に根津は目を向けた。
「おい、藤之木俺を買え。金持ってんだろ」
「おまえ、思考パターンが沓沢や台場に似てんな、よく思い出せおまえは僕をハメて純黒聖堂会と一緒になって殺そうとしたんだぞ」
「いや本気じゃ無かったんだ」
「また、手足をもがれたいんですか」
エヴェリナが眉を吊り上げて指輪をかざした。
「すいません、すいません、すいません」
「さっさと出て行け」
手古希はフラフラとよろめきながら立ち上がり、作業台に派手にぶつかりながら出て行った。
「片付けは明日だな」
手古希がぶつかった拍子に散らばった、邪慾のネクロノミコンを集めてくれていたエヴェリナが叫んだ。
「十一冊しかありません!」
「手古希だ!」
みんなで外に出て探したが手古希を見付ける事は出来なかった。
「何が書いてあったんだ」
「第一集。二年前だからうろ覚えなんですが、確かボイドに関する事で、近いうち読み返そうと思っていた所なんです」
洋子先輩に答えた。
「痛いな」
確かに痛い。よりによって第一集。どうせたいした動機じゃ無いんだろうから、適当に読んで捨てられるんだろうな。
ボイド対策についてやボイドの生態なども、設定していたと思うんだが……




