第二十四話 身勝手な暴走
決着の付かない話に辟易し自宅で食事をとりながら話す事にした。
琢磨たちがいた方が説得しやすいだろうとうるかは考えたのだ。
「琢磨、入江、根津、元気だったか」
「ああ、俺は元気でも無かったがな」
「なぜなんだ」
根津に景が訪ねる。
「奴隷だったんだよ長い間、うるかの励ましがなきゃ心折れてたわ」
「バッテンが無いじゃないか」
「ああ、うるかが取ってくれたんだよ」
根津は嬉しそうに頬をさすった。
「ほらみろ、出来るんじゃないか」
「出来る出来ないを言ってるんじゃないだろ」
うるかは沓沢の頭の固さに呆れる。
「ここにいるみんなうるかに救われたんだよ。太田先輩も?」
琢磨は皆を見渡す。
「ああ、命も、心もな」
「うるかくんは色々活動してたんだな。思ってた通りの人物だ」
景はしみじみとうるかを見る。
「みんなはどう思う」沓沢は箸を置いた。「怪我人を治す事は悪い事か」
「話を端折りすぎだ」
「いや、まずはそれを聞きたい」
当然、悪い事だという者はいない。
「ほらみろ君は了見が狭いんだ」
「だから端折りすぎだ。まず、知人の病気を治して欲しい。気持ちは充分理解出来る。だが、それをすれば今後、次から次へと病人や怪我人が現れて、治せと言う。僕の一生はこの異世界で怪我人に手をかざし続けて終わる。そうなるだろ」
「一人でいいんだぞ」
「人の口に戸は立てられぬ」洋子は続けた。「話は必ず広がる、それも瞬く間に。あと知人だけ治して欲しいというのは傲慢な考えだぞ」
「人を治して何が悪い」
沓沢は頭を抱えた。
「それ自体を否定してるんじゃないんだ。世の中に病気や怪我で苦しんでる人は五万といる。そのせいで苦しんでる人も五万といる。僕たちはデーモンシックを治す順番でさえも頭を抱えてたんだぞ」
「確かにわたしたちの考えは傲慢かもしれない」
「じゃあこれならどうだ、決して誰にも言わないように約束してもらう」
「だから先輩が、人の口に戸は立てられぬ、そう言ってたじゃない」
百合亜は洋子を見た。洋子は深く頷く。
「もし誰かに知られて治療してくれって言われたら、僕が責任持って断る」
「君そうなったら絶対あと一人だけって言うよね」
入江が薄ら笑いを浮かべる。
「断るならおまえが断れってうるかに言うだろう」
琢磨は腕組みをした。
「いや絶対に僕が断る。誓約書を書いてもいい」
「男爵に世話になってるんだっけ? その気になれば誓約書なんてどうにでも出来るよ。それと二人には悪いけどその男爵、腹に一物抱えてるよ」
「そんなはず無い! すごく面倒見のいい人だ」
「いや、うるかくんにそう言われたスッキリしたよ。いつもなんか監視されてるみたいだし、地球の話しするたび特に何か物だったりすると、やたら製法聞きたがってたもの。デーモンシックだってやれるんだろう、とかしつこく。イエシカはいい子なんだけどね」
景が顔を歪めながら話した。
「金儲けのネタか、いざとなったら王家へのカードにしようとしてたんだと思う。異世界人が二人もいたのに王室が把握してないのはおかしいよ。最悪使い道無くなったらポイだよ」
「そんなわけないだろ!」
沓沢の叩いたでテーブルの上で食器が音を立てた。
「あるだろう、な」
琢磨に顔を向けられた入江はひょうひょうとした顔をした。
「あるよ。気の長い王室だってあるんだぜ」
「あるわよ保護してくれていても役に立たないのなら、ポイでしょう。台場くんも近々見捨てられるんじゃ無い、一人になったし」
「王室? 台場? 一人?」
困惑する沓沢は百合亜に訊いた。
「ごめん、言ってなかったわね。わたしと琢磨くんと入江くん、お城に保護されていたの。今は台場くんだけだけど、一人だけ保護し続けるほどお人好しじゃ無いでしょう」
「台場、城で暮らしてるのか」
この時、沓沢は台場を訪ねて行き二人に人数が増えれば、贅沢に安定して暮らせる、そう考えた。
「そうか会いたいな、一度訪ねていくか」
「治療はどうするんだ」
「ああ、必ず責任を取る」
王家の後ろ盾さえあればどうにでもなる。沓沢は心の中でほくそ笑んだ。
翌日、皆が出掛けている間、沓沢はさっそく王城へ出向いた。
景はうるかたちの狩りの見学だ。
沓沢は城門の前で台場の名を出した際、門番が渋い顔をした事に気付かず、フロータの用意も無くひたすら曲がりくねった坂道を歩かされた。
ようやくたどり着いた正門で門番に、台場に会いたい旨を伝えるとやはり渋い顔をされた。あれこれしつこく質問され、世話になっているというヨナダン男爵の名が出ると、門番の顔色が一変した。質問が詰問に変わり門番の他に幾人かの兵士が現れ、沓沢は身じろぎした。
うるかの所に身を寄せている、そう告げた途端兵士たちの態度は一変した。当人はいないものの、ボイド襲来の際にはうるかに仲間を救われているからだ。
うるかの名前が出ると兵士の一人が城内に消え、時間を置いて近衛兵を連れたアッシリアが現れた。
沓沢はその美しさに圧倒された。
「わたしはローゼンヴェリー第二王女アッシリアと申します。ウルカ様とはどういったご関係で」
「これは大変失礼しました。アッシリア王女殿下」
沓沢は跪いた。ヨナダン男爵の元で覚えたのだろう。
「立っていて結構。あなたの国では王に跪く習慣が無いとウルカ様が申しておりました」
「我が国に王はおりません。あの者は無知でして、総理だ――」
「天皇陛下は王ではないのでしょうか。総理大臣というのは宰相の事だと訊いておりますが。わたしが間違って教えられたのでしょうか」
「……」
「ウルカ様が無知だという発言、取り消してください。それと付け焼き刃では様になりません。立って結構」
「大変失礼致しました。先程の発言取り消したいと思います」
沓沢は立ち上がり腰を折った。
「で、ウルカ様とはどういうご関係で」
「学友でございます」
「桃園第二高校一年四組の生徒ということですね」
「は、はい」
「特に親友、友人といった関係ではないのですね」
「こちらでお世話になっております台場功也とは、親友でして」
沓沢の欲が先走るのをアッシリアが見逃すはずも無い。
「ウルカ様とは特に親友、友人といった関係ではないのですね!」
「申し訳ございません。ただの学友でございます」
「でしょうね。本日はどのようなご用で」
「台場功也と会わせて頂ければと思いまして」
「呼んでやりなさい」
沓沢の人となりを見終えたアッシリアは、兵士に言い付けると城の中に消えた。
随分待たされて台場が現れた。
「おお!会いたかったぞ!」
大げさに手を広げる沓沢に、台場は並ぶ兵士や門番に気を使いながら歩み寄ってきた。
「ああ、久しぶりだな」
「ここじゃあ話づらいだろう。向こうへ行こう」
沓沢が歩き出すと、門番が正面を向いたまま声を掛けた。
「ここで話せ」
沓沢は困惑しながらも小声で話し始めた。
「藤之木はなんかやらかしたのか」
「なんで」
「王女が怒った感じでやたらあいつの名前出すから」
「何があったか知らないが、あいつ王女殿下の事を名前で呼び合う仲みたいなんだ。わたしが注意すると王女殿下がむしろそうして欲しいんだとか言って。なんか深い関係?」
「えっ……嘘だろ」
「藤之木来るっていうと、あからさまに嬉しそうだし」
「……って事は僕たちにもワンチャンありって事じゃ無い」
「いや、それどころじゃ無いんだよ。今、異世界人一人になって肩身狭いんだよ」
「今日はそれで来たんだよ。僕もここで世話になろうかと思ってさ」
台場の目が輝いた。
「出来るならそうしてくれよ」
「どうすればいい。国王に謁見とか」
「いやいきなりは無理だって。やっぱり王女殿下かな」
二人は小声ながら乗り気で話し込んだ。
この国には王都とは別に聖都と呼ばれる同規模の街がある。
王都が政治の街なら聖都は宗教の街だ。
聖都にも光明神殿教会、純黒大聖堂会があり、総本山として機能している。
この度王都での純黒大聖堂王都会における女神降臨は、どちらの宗派にも多大なる衝撃を与えた。
大司教並びにダーケス・ナイトの断罪、真のダーケス・ナイトが教徒では無いという事実は、純黒聖堂会にとって大きな痛手だった。
純黒聖堂会の教皇ルードルフィンはすぐさま新たな大司教を選出した。
「ダーケス・ナイトは数を求めん。質を重視しろ。力あるものを送れ」
神官たちにそう命じた。
新たな体制が整うまで、純黒大聖堂王都会は事実上、漆黒の巫女ギュードゥルが支えていた。元々信徒の人気があったところへ、イズスのお墨付きがでたのだ。彼女を支持する声が高まるのは致し方ない事であった。
多忙を極め日々疲弊する彼女は真のダーケス・ナイト来訪を望んでいた。そして心の安らぎを得たいと願っていた。
アルザーヌ地方にあるダンクの屋敷で彼は小箱を空けた。
『もうこれだけしか無いのかマティアス皇帝陛下から下賜されたシードは』
腹心の部下を呼びつけた。
「簡単にやられすぎではないか」
「真のダーケス・ナイトと女神に認められたものが現場に……」
「もう数が少ない湾岸都市エビリスタ内に撒け」
「街中にですか」
「あそこを叩けば物流が止まる。今の手駒でこの国を疲弊させるにはこの方法しかない」
「かなりの人数に被害が出るかと」
「あれが完成……再生するまでなんとか時間を稼ぐのだ」
ダンクはシードと呼んだものを部下に渡すと、底に僅かしか残っていないシードを数え小箱に蓋をした。
国王、王妃、王子たち王女たちが揃う中、ヨナダン男爵は跪ていた。
要件は察しが付いている。
道中言い訳を考えていたが上手く思いつかなかった。
「なぜわたしは知らん。異世界人が二人もいたことを。異世界人だとは思わなかったなどとは言わせんぞ」
国王ゼギスムントは声を押し殺している。
「ご報告が遅れて申し訳ございません。あの者たちがこちらになれたら連れて来てご紹介させて頂こうと思っておりました」
ヨナダン男爵は額に汗を浮かべている。
「国王陛下、発言をお許しください」
アッシリアが国王へ顔を向けると、王子たちは不服そうに彼女を見た。
「うむ、この件に関することならよかろう」
「ヨナダン男爵、今二人はどこに」
「ええ、何分不慣れなもので、右も左も分かりません。我が領内の屋敷の方へ」
「では、昨日こちらで保護している友人を訪ねてきたのは、偽物か何かのクツザワ・リョウマでしょうか?」
男爵は顔色を変えた。
「今はオカシロ・ケイと共にウルカ・フジノキの屋敷にいると聞いているのですが」
「どうなのだ!」
国王の口調が厳しくなる。
「あの、それはですね、ああ、思い出しました数日前、行きたいところがあるので、と出掛けて行ったのです」
「右も左も分からぬのにか」
「国王陛下これは虚偽の申告に当たります」
第一王子が発言した。
「うむ……」
国王の声がこもる。
「国王陛下提案がございます」
アッシリアに国王は頷く。
「オカシロ・ケイはウルカ・フジノキと友人とのこと、ともに屋敷に住むのがよろしいかと。クツザワ・リョウマはそれほど親しくは無いと本人も言っております。好きにさせて、男爵には長きにわたる虚偽の申告を問うこと、そして改めて公式の場でこれを認めてもらうこと、としてはいかがでしょうか」
「うむ」
国王の声に力がこもった。
「第一王子並び第二王女の提案、受け入れるな」
「はいかしこまりました」
国王が第一王子の名を入れたのは配慮であろう。
全ての貴族にこの事実を知られれば、ヨナダン男爵は事実上終わりである。
自業自得とは言え、二人に対する恨みは深いものだろう。
沓沢が屋敷に帰ってみると、まだ誰も帰っていなかったので周辺を散歩していたら、森の中で物音がした。
「沓沢か」
小声で呼びかけられた。
森から姿を現したのは手古希打志多だった。
「腹減ってんだ、なんか喰わしてくれよ」
「手古希先生?」
「そんなことどうでもいいから飯食わせろ」
「いや、今何も持ってないし、お金も持ってないから」
「使えねえな」
「どこ住んでんだ」
「住んでるって言うか今はそこの屋敷」
「あのでけー家か。じゃあ最近引っ越して来たんだな」
「ああ、それは藤之木たちだろう」
「はあ、あのガキこんなとこ住んでんのか。じゃあ、俺の奴隷代払えよ」
「僕はもう行くよ」
「待ってくれよ。腹減ってんだよ。そこの家入れてくれよ」
「鍵持ってないし。なんか兵士みたいな人走ってきてるけど大丈夫」
手古希は一目散に森の中に逃げていった。




