第十五話 奴隷の行く末
道行く人々が避けて通るのも仕方ない。
黒い外套が不気味なくらい似合っており、顔を隠すように目深に被ったフードはまるで白昼の亡霊のようであった。
黒ずくめの五人の男たちは、奴隷市場の看板をくぐると並ぶ檻には目もくれず、主人のいる建物のドアを叩いた。
「あれを見せてもらいに来た。どこにいる」
先頭を歩いていた男が、低い声で訊いた。
「あれ。と申しますと、異世界人。でございましょうか」
フードが前に傾いた。
倉庫を空けると、右に高校教師の手古希打志多、左に根津牙命羅がそれぞれ檻に入れられていた。
「状態はどうだ」
「もちろん上々でございます。病気一つせず――」
「いい分けねえだろうが、ろくなもん喰わせねえで、狭いとこ閉じ込めやがって」
手古希が口を挟んだ。
男は主人を見る。
「威勢がいいな、躾は出来ているのか」
「これをご覧下さい」
手古希の檻を棒で叩いた。
「すいません、すいません、すいません」
手古希は檻の隅で頭を抱え丸くなった。
「ご覧のようによく吠える犬だと思えば簡単に言うことを聞きます」
「こっちはどうだ」
「大人しいものですよ。これよりは」手古希を棒で差した。「これに比べると頭がいいようでございます」
「少し席を外してもらえるか」
主人は軽く頭を下げると外へ出た。
「貴様らはウルカ・フジノキを知っているのか」
「ええ、よく知っています。なんかやらかしましたか、出してもらえれば仕置きをしますから、何しろあいつはわたしに頭が上がらないんですよ。な、根津そうだよな、あいつ俺の言いなりだよな、な、な」
「そうなのか」
男は根津を見た。
「まあ、理由はどうあれ、言えばやってくれるかな、地球……日本では」
「地球というのはおまえたちの世界のことか」
「あ、まあ」
「日本て言うのはわたしたちの国で東京って街の桃園第二校高で教員という――」
別の男が檻を蹴った。
「今はこっちの少年と話をしてるんだ」
手古希はまた頭を抱えた。
「フジノキができることは貴様らも出来るというのは本当か」
「もちろんです。あいつに出来ることどころか、あいつに出来ること以上のことが出来ますよ。何しろあいつ三軍だもんな、な、な、そうだろ根津」
「三軍って言うか、特殊だからなあいつは」
「だってカースト底辺だろ」
「教師がそれ言っていいのかよ。それに底辺でもないぜ、面白れぇし気利くしルックスもそこそこだから、男女問わずファンいるし……ただ、あいつが避けてるだけだよ。周りを」
「んな分けねえだろうが、俺の言いなりで臆病もんじゃねえか」
「臆病もんが人前であんなこと出来ねえし、言いなりになってるっつうか……まあ、そこがあいつの気が利くとこなんだよ」
「申し訳ないが、分かるように話してくれないか」
「どうもすいません、とにかくあいつは、わたしたちの世界でも、ん……なんて言ったらいいのかな……まあ、最底辺のクズですね。あいつに出来る事は、わたしたちの世界では誰でも出来る事です。特にあいつの師匠であるわたしは、あいつ以上の事を簡単にこなしますよ」
手古希は檻から出るために必死だった。
「その言葉に偽りはないか」
「もちろんです。なにし――」
男は檻を蹴ると倉庫を出た。
「主人今いくらだ」
「二千四百万ギルです」
「それだけの価値があると言うことか」
主人は返事をせず、ただ笑顔で揉み手をするのみだった。
奴隷市場の門をくぐると、すぐさま先頭の男は振り返った。
「城に常駐しているエギル枢機卿に連絡を取り、先程の話しの裏をとれ。値が上がる前に決着を付けたい」
一人の男が返事をするとすぐさま驚くべき早さで駆け出した。
うるかたちの出発の日が来た。
指定された城壁の外へ行ってみると、大型トラックのようなフロータが止まっており、小型サイズのトラック型フロータで王都から出て来た荷物を載せ替えていた。
フロータはいずれも蒸気のようなものを底部から排出していた。
蒸気のような霧はエレメンテーションダストと呼ばれ、邪獣から採れる燃石が化学反応を起こした際に生ずるもので、景観への配慮から背の高い煙突から排出されたり、屋台や店先一般家庭からも排出されたりするが、そういった場合は低い場所から排出される。
エレメンテーションダストは人畜無害で、ある程度すると消えてなくなる。
燃石は加熱、冷却、動力、発光など、あらゆるものに使われているため、危険ではあるものの、邪獣狩りに長けたハンターが食い扶持に困ることはない。
大型フロータが荷物を積み終えた。
トラックは前方がバルコニーのようになっていて、中央のテーブルを囲むようにベンチシートが据え付けてあった。
風防も付いているが、非常時に乗り降りがしやすいよう、数カ所は切り取られたように間が開き、そのままステップに繋がっていた。
もう二、三人は多いチームが護衛するものなのだろ、とバルコニーの広さを見てうるかは思った。
四人がバルコニーに乗り込むと、発注してきたイエオリも乗り込んできた。
大型フロータは、地面にエレメンテーションダストを吐き出しながら、ゆっくりと発進した。
「お時間を作って頂きありがとうございます」
純黒聖堂会の枢機卿エギルは、ローゼンヴェリー王城内にある訓練場の片隅で、台場功也と会っていた。
「ウルカ・フジノキについて教えて頂きたいのです。特に地球にいた頃の彼」
「藤之木ですか、取るに足らない男ですよ。成績は中の中、そのくせ目立ちたがり屋。普段は大人しいくせに突然はしゃぐんですよ。子供ですね」
「サクライ・ユリアさんは付いて行ったとか」
「口先に騙されたんでしょう。そうとしか考えられません。冷静な彼女が城を出て行くなんて」
エギルは続いて入江シオンに話しを訊いた。
「テコキ・ダシタの言うことなら何でも聞くとか」
「あー、確かに藤之木くんって、何でもやる印象あるよね」
「特別な能力はありましたか」
「特別? 僕と大して変わらないと思うんだけど」
「悪い奴じゃねえよ」
エギルの質問に琢磨大怪獣は答えた。
「何か変わったところは」
「突然大声出したり、芝居じみたことやってみたり、面白ぇよあいつ」
琢磨は笑ったあと、目を伏せた。
「人のこと真剣に考えたりさ、悪い奴じゃねぇよ」
「真剣にとは」
「いや、こっちのこと」
琢磨は訓練場の方を見て、じゃあ、と駆けて行った。
エギルはおおむね手古希の話しは正しいと判断した。
黒ずくめの男は再び奴隷市場を訪れていた。
二つの檻を前にしばらくして頷いた。
「値段に変わりは無いな」
「ええ、あれからは変わっておりません。ウルカ・フジノキに目立った動きがございませんから」
「二人とももらおう」
「ありがとうございます、お客さんお目が高い」
手古希が鉄格子にしがみ付いた。
「役に立たなければ、相応の処罰は受けてもらうぞ」
「それは当然ですよ。きっと満足しますから」
「ちょ待てよ。処罰ってなんなんだ」
根津牙命羅は動揺した。
「相応の罰だ。なにしろ二人で三千万以上払うんだからな」
「いや、俺いいわ」
「なに言ってんだ、俺たち奴隷だぞ断る権利なんてないんだよ」
手古希は一人では不安なため、仲間に引き入れるのに必死だ。
「ゴジラがいるし」
「城の暮らし捨てて来る訳ねえだろうが、お前も行くんだよ。選ぶ権利なんてないんだよ」
「王城に仲間がいるのか」
「ああ、親友が一人。向こうも俺がここにいるって知ってる」
黒ずくめの男たちは話し合いを始めた。
「王妃の件がある。しばらく様子を見た方がいいかもしれません」
「何も一度に二人ではなくても……」
「しかし、大司教は」
「本人に協力の意思がなくては始まらん」
「主人、申し訳ないがこっちの男だけにしよう」
「かしこまりました」
手古希は大いに慌てた。
「あいつも、根津も連れて行ってやって下さい。あいつ能力凄いんですよぉ。藤之木の百倍は凄いんですよぉ。わたし保護者としての責任がありまして、放っておく分けにはいかないんですぅ。だから連れて行ってやって下さい。おまえからも言えよ!」
「だから、俺はいいって、ゴジラ信じて待つよ」
「いいから付いて来い、命令だ、来なきゃぶち殺すぞ」
「おまえ、マジ教師かよ」
「手続きをしますのでこちらへ」
主人に案内され建物に向かった。
その間ずっと手古希は根津を引き込むためにしゃべり続けた。
サインをさせられ、指紋を取られ、手形に写真まで撮られた。写真は貴重なため通常の奴隷は撮らない。
そして、鉄の首輪を嵌められた。
「こ、これなんですか」
「奴隷の証だ。頬のタトゥーだけだと、化粧などで誤魔化そうとする奴がいるからな」
手古希は呆然とした。
「あのーぅ藤之木呼んで下さい。お願いします。藤之木呼んで下さい」
「呼べるなら、貴様を買ったりなぞせん」
首輪に鎖をつながれ、手古希は引かれていった。
アルザーヌ地方のダンク・フォン・アルザーヌ辺境伯の屋敷を、一人の男が訪ねていた。
「もう少し隠す気はないのか」
ダンクは苦虫を噛み潰した。
「ですね。計画も本格的になりましたので、今後は気を付けます。で、あちらは順調でございますか」
「上々だ、まあ完成にはもう少し掛かりそうだがな。で、持って来てくれたのか」
「はい、こちらです」
男は歩み寄り小箱を手渡した。
ダンクは蓋を開けて満足そうな笑みを浮かべた。
「これはあくまでも前哨戦であろう」
「前哨戦とも呼べません。数粒ずつ王都周辺に巻いて、戦力の分析を行うだけです」
「なるほどな」
ダンクは赤と黒のアーモンドのような粒が詰まった小箱を閉めた。
「マティアス皇帝陛下にはくれぐれも約束をお忘れ無くとお伝え願う」
「仰せのままに」
男の腕にはハバールス帝国の紋章が付いていた。
トリントの町外れの森で少女が一人、日本刀で邪獣狩りをしていた。ブレザーにミニスカート、紺のはいニーハイソックスに上履きだった。
桃園第二校高の制服だ。
動きは軽妙で邪獣を翻弄していたが、一頭も倒せてはいなかった。
スカートの丈が短いため、始終下着が見えていても、彼女は気にする素振りすら見せない。
肩より少し長い髪を風で揺らしながら、真剣な眼差しで額に汗を浮かべ刃を振りかざしていた。




