第十二話 異世界で暮らすということ
アッシリア付きのメイドに頼み、桜井百合亜を中庭に呼び出したのは夜九時頃だった。
この世界では一日二十四時間、数は十進法、長さの単位はメートル、重さの単位はグラムである
エヴェリナとベッテには先に寝るよう言って、藤之木うるかは部屋を出た。
先に着いたうるかはベンチに座り、よく手入れされた庭と空に輝く二つの月を見ながら、異世界に来た喜びに浸っていた。
「遅くなった?」
まるでデートみたいと浮かれて振り向くと、何故か近衛隊長のクラースが付いて来ていた。
「何でおまえがいんの」
不服そうなうるかに百合亜が答えた。
「遅い時間だから護衛してくれるって」
「……じゃあ、離れててくれない。誰にも聞かれたくない話なんだ」
「誰にも聞かれたくない話とはなんだ。今度は彼女に悪魔を取り憑かせよとでもしてるのか」
「僕は誰にも悪魔を取り憑かせてないし、聞かれたくない内輪の話くらいあるだろう」
「駄目だ、側を離れる訳にはいかん」
「じゃあ、アッシリアに訊いてくれ」
「こんな時間に緊急でもないの用事で王女殿下の部屋を訪ねる訳にはいかん。今度王女殿下を名で呼べば斬る」
クラースは苛立たしげに剣の柄に手をやった。
「それはおまえが決めることじゃない。アッシリアが決めることだ」
クラースは抜剣すると斬りかかって来た。殺す気はなさそうだが本気の太刀筋だ。
うるかはケイオスブレードを抜きパリィを当てた。
タイミングよく切っ先を合わせると強い反動を与える事が出来る。
クラースの剣は弾かれ手から抜けると、回転しながら四、五メートル飛んで芝に刺さった。
「口先だけのこの無能が邪魔だ。百合亜よ時間を変えて改め話しを交わそう」
クラースは顔を歪めて自分の手を見つめていた。
立ち去ろうとするうるかに百合亜が声を掛けた。
「待ってうるかくん、わたしも話しがしたいの。クラース隊長席を外して頂けませんか」
クラースは無言で剣を拾いに行きその場に立ちすくんだ。
うるかと百合亜は改めてベンチに座った。
「まず、うるかくんから、話しって何」
「多分、同じ問題だと思う。百合亜ちゃんは、あまり居心地よくないんじゃないの?」
「……ええ、なんか……飼われてるみたいで、気使うし」
「うん、そうなんだろうなあと思った。王室の考えを率直に話すね。いい?」
「是非聞かせて」
「アッシリアは特別待遇の侍女として側にいてもらいたいと思ってるし、国王を始めとする人たちも、城にいてもらって構わないと思ってる。剣士とは違う形でね」
うるかが百合亜の顔色を覗うと、少しほっとしていた。
「ただ、他の三人は訓練に熱心じゃないし、今から十数年特別待遇で育てる価値があるのか、疑問に感じてる。と言うかその価値はないと判断しているみたい」
俯いて真剣な眼差しをしていた百合亜が口を開く。
「街で生活していけそう」
「それに関しては、僕もまだ褒美でなんとかなってるって感じだし、これから普通に生活していく方法を模索していかなきゃならないと考えてる」
「褒美ってどんなことをして貰うの?」
「たまたま盗賊倒したり」
「盗賊ってたまたま倒すもんなんだ」
百合亜が初めて笑った。
「僕の場合初日で盗賊に襲われてるアッシリアと出くわして、ノリで。あとは流れで王妃の悪魔を祓ったりかな」
百合亜は肩を揺らした。
「何でそんなに強いの?」
「それが僕にも分からないんだよね。こっち来たら強くなってた」
両掌で口を押さえる百合亜をうるかは見た。
「居心地悪いなら、城を出て生活基盤が出来るまで一緒に行動してもいいよ」
百合亜もうるかを見た。
「……本当にいいの?」
「ああ、少しの間ここにいるから、考えてみればいいよ」
悔しそうなクラースを尻目にうるかは立ち去った。
翌日の昼過ぎ、琢磨と入江、台場を以前アッシリアとティータイムを過ごした、ガーデンガゼボに呼び出した。
まず、台場が苛立たしげに口を開いた。
「用があるならさっさと済ませてくれないか。こっちは訓練で疲れているんだ」
「君ら今の暮らしは満足か」
「当然だろ」
琢磨と入江も大きく頷く。
――だよね、適当に剣振って、美味しい料理食べて、ふかふかのベッドで寝て、身の回りの世話はリアルメイドがしてくれるんだもん――
「どれくらいで近衛兵になれそうなんだ」
「そんなもん、こっちは竹刀も振ったこと無いのに、簡単になれる訳ないだろう」
「一人一日いくらの経費が掛かってると思う?」
「……そんなこと君に関係ないだろう」
「王室、王家から頼まれたとしたらそうも言ってられない」
三人が俯いたのは、薄々ではあるがやはり現実が見えている証拠だ。
「何年も気長に待ってくれると思うのか」
「待ってもらうしかないだろう」
「待ってくれると思うのか」
「じゃあ、どうしろって言うんだ。右も左も分からないこんな異世界で」
「それは王家には関係ない。一時的に保護しただけだ。右も左も分からないなら分かろうとするしかないだろう。多分だけど、百合亜ちゃんは出て行くよ」
「え!」
台場は雷にでも打たれたようだ。
「いつまでも人の好意に甘えてはいられないだろう。僕は数日中に城を出た方がいいと思う」
「数日中!」
三人は声を揃えた。
「追い出されるくらいなら自分から出て行った方が、後々何かあった時に力になってもらいやすいんじゃないかな」
うるかは呆然とする三人を残してガーデンガゼボをあとにした。
アッシリアに頼み国王に会う時間を作ってもらった。
「デーモンシックに苦しめられている者は、ここ王都にはあと何人いるのだ」
国王は呟きながら指を折った。
「五人だな」
「よかろう全て祓ってみせる」
立ち会っていた王妃とアッシリアが口を押さえた。
「大丈夫なの」
我慢出来ず王妃が口を挟む。
それほどまでに大変なのかと王は眉間にシワを集めた。
「うむ、大丈夫なのか」
「……王妃から聞いたその苦しみ、知ったからには放っておくわけにはいきません」
うるかは心の迷いが消え去らぬ。
考えあぐねた末、国王は褒美、いや、治療費を約束し正式に悪魔祓いを依頼した。
二日後、桜井百合亜から呼び出され前回会ったベンチに来た。
百合亜は先に来ており、クラースの姿は無かった。
真剣な眼差しをうるかに向けた百合亜はしっかりした口調で言った。
「どれくらいの期間になるか分からないけど、しばらく面倒見てもらえますか」
「もちろん」
短く笑顔で答えた。
「三人は何か言ってた?」
「うん、悩んでるって言うか、迷ってるみたい」
「選択肢はないんだけどね」
「あーなんか街で暮らすの楽しみになってきた」
背伸びをしながら百合亜は笑顔を湛えた。
「楽しいよ。エヴェリナとベッテいい子たちだし。エヴェリナの服のセンスはあれなんだけど。それと、見つかるというよね、いや見付けよう、景ちゃんも」
「うん」
百合亜のうるかを見る目は潤んでいた。




