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もふもふにだけモテる勇者は、自分の価値がわからない  作者: 遠崎カヲル


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8/13

迷子と、誤解と、アレ

 その日の昼過ぎ、二人は街の中心部を歩いていた。


 屋台が並ぶ通りは、いつも通りの喧騒に満ちている。

 焼き串の煙、甘い菓子の匂い、果物を並べる音。人々は行き交い、笑い声も絶えない。


「いいにおい。アレ食べたいニャン」


 ニャリエナが指さした先は串焼きの店だった。『名物、高級霜降り牛』との記載がある。

 ボッチルフは財布の中身を確認した。店先の値段表を確認し、もう一度財布に目を落とした。


「あの……ニャリエナ氏……そろそろ節約を……」


「二本くださいニャン」


「ちょ……」


 店主が顔を上げた。ニャリエナを見て、にこやかに笑う。


「お、獣人の嬢ちゃん元気だな。はいよ、二本な」


 店主は串焼きを手渡しながら、ボッチルフを見た。

 ほんの一瞬だけ、その表情が固まった。


「……あ、えっと……そっちのお客さんも一緒で?」


「……ふごっ……い、いえ……吾輩は……結構でござる……」


「そ、そうか」


 金を受け取りながら、店主はなぜか少し身構えた。


 周りで小声が交わされる。

 隣の屋台の店主が、ボッチルフをちらっと見た。向かいの果物屋も、ちらっと見た。

 

「……あいつ、さっきから見かけるな」

「なんか怪しくねえか」


 ニャリエナは気にせず串をぱくっとかじった。


「おいしいニャン!」


 尻尾がぴょこんと立った。


「……よ、よかったでございます……ふごっ……」


 ボッチルフは小さくうなずきながら、周りに目を向けた。

 店主たちがボッチルフをちらちらと見ながら、ひそひそと話している。


「最近、子どもが消えるらしいな」

「ああ、うちの近所でも起きた。物騒だ」

「昼間でも油断できねえって話だ」


 ボッチルフを指さす者もいる。


 ボッチルフは眼鏡を押し上げた。また押し上げた。

 財布をしまいながら、ボッチルフはニャリエナの隣に寄った。


「……ニャリエナ氏……そろそろ移動するでございます……ふごっ……」


「まだ食べてるニャン」


 ニャリエナはもう一口かじった。尻尾がゆれている。


 通りの向こうで、母親が子どもの手を引いて早足で通り過ぎた。子どもがボッチルフをじっと見た。母親が子どもの頭をぐいと引っ張った。


「見ちゃだめ」


 ボッチルフは眼鏡を押し上げた。


「……早く食べるでございます、ニャリエナ氏……ふごっ……」


「おいしいから、ゆっくり食べるニャン」


 店主が隣の店主に小声で言った。


「……ギルドに言った方がいいんじゃないか」

「ああ、あんな見た目で子どもの多い通りをうろついてるなんてな」


 背中に、嫌な予感が張りついた。


「ニャリエナ氏、急ぐでございます」


「もう一口ニャン」


「急ぐでございます!」




 人通りの少ない路地に差し掛かった時、ニャリエナの耳がぴくりと動いた。

 路地の隅に、小さな子どもが座って泣いていた。膝を抱えて、しゃくりあげている。

 ニャリエナは鼻をひくひくさせた。少しだけ首を傾げる。

 それから、迷いなくすたすたと近づいた。


「あの子、不安がってるニャン。困ってるにおいだニャン」


 ボッチルフも後を追った。


「どうしたニャン? なんで泣いてるニャン?」


 ニャリエナが話しかけると、子どもが顔を上げた。目が真っ赤たが、ニャリエナを見て落ち着いたようだ。


 ボッチルフも子どもの前にしゃがみ込み、できるだけ優しそうに見えるよう努力しながら、おそるおそる声をかけた。


「だ、大丈夫でござるか……ふごっ……迷子でございますか……?」


 子どもが顔を上げて、ボッチルフを見た。


 一瞬の間。


 大声で泣き出した。


「うわああああああああん!!」


 ボッチルフの肩がびくっと跳ねた。


「ひぃっ!? あ、あの、その……泣かないでいただけると……その……ふごっ……」


 通りがかった人たちが足を止めた。視線が集まってくる。


「おい、あいつ……」

「子どもに何してやがる」

「不審者じゃないか」


 ざわざわと人が集まってくる。距離がじわじわと詰まる。

 ボッチルフは立ち上がって振り返った。汗がふきだす。


「ち、違うでございます……その……迷子を見つけただけで……ふごっ……」


 そこへ衛兵が二人、走ってきた。

 ボッチルフを見るなり、迷わず両腕を後ろに回した。反応する間もなかった。


「ちょ、ちょっと……待つでございます——ふごっ!?」


 あっという間だった。

 ニャリエナも一緒に確保された。


「なんニャン! 離せニャン! ふーっ!」


 ニャリエナが威嚇する。


「獣人奴隷だ。こいつ、獣人を使って子供をおびき寄せて、攫ってたな!」


 知らん間に話が進んでいく。

 そのまま二人は詰め所へ連れて行かれた。

 



 壁際の椅子にボッチルフとニャリエナは並んで座らされた。

 向かいに衛兵が腕を組んで立っている。影が落ちる位置だった。


「白状しろ。子どもに何をしようとしていた」


「し、知らないでございます……その……本当に迷子を見つけただけで……ふごっ……」


「嘘をつくな」


 間髪入れずだった。


「その見た目で子どもに近づくやつが善人なわけがないだろ」


「あわ……あわわ……」


 ボッチルフの声が裏返る。


 そこへ、扉が勢いよく開いた。子どもの親たちが飛び込んできた。

 母親が泣きながら叫んだ。


「子どもを返して!!」

「うちの子に何をしたんだ!!」


 父親が机を叩いた。音が部屋に響く。

 ボッチルフは椅子ごと後退した。


「あ、あわわわわ……し、知らないでございます……ふごっ……吾輩は何も……」


 衛兵が水晶玉を取り出した。机の上に置いて、ボッチルフに向けた。


「嘘をつくと光る」


 冷たい声だった。


「もう一度聞く。子どもに何をしようとしていた」


「し、知らないでございます……本当に迷子を見つけただけで……ふごっ……」


 水晶玉は光らなかった。


 衛兵が眉をひそめた。


「勇者様は、優しい人ニャン! 子どもにひどい事なんて絶対しないニャン!」


 ニャリエナが声を荒らげる。


 やっぱり水晶玉は光らない。


「あ、これ絶対故障だわ」


 衛兵の一人が言うと、周りもうんうん頷いた。


 その時、扉が勢いよく開いた。


「犯人、捕まりました!! 子ども攫いの一味です!」


 全員が固まった。


「……は?」


 声が重なった。




 釈放はあっさりだった。

 書類を一枚書かされて、それで終わり。謝罪もなかった。


 出口に向かうボッチルフの背中に、衛兵の一人が言った。


「まあ、紛らわしい見た目してるのが悪いよな」


 子どもの母親も続けた。


「誤解させる方が悪いでしょ、普通」


 なぜか、少し怒っていた。


 ボッチルフは何も言わなかった。

 眼鏡を押し上げて、黙って歩き続けた。


 外に出た瞬間、空気が少しだけ軽くなる。


 だが、ニャリエナは軽くなっていなかった。

 尻尾がぶわっと膨らみ、耳が逆立っている。詰め所の方を振り返り、声を張り上げた。


「違うニャン!! 勇者様は悪くないニャン! ちゃんと謝るニャン!!」


「……ニャリエナ氏……いいのでございます」


「よくないニャン!」


「……吾輩などは……その……慣れているでございますし……ふごっ……」


 そう言って、歩き出す。少しだけ、背中が丸くなる。


 ニャリエナはしばらくその場で睨んでいたが、あっかんべーをして、やがて小走りで追いついた。


 路地を曲がったところで、野良猫が一匹、ボッチルフの足元に擦り寄ってきた。ごろごろと喉を鳴らしている。


「猫も勇者様が好きニャン」


「……そ、そうでございますか……ふごっ……」


 もう一匹来た。さらにもう一匹。


 気づけば十匹くらい足元でごろごろしていた。

 ボッチルフは固まった。


「な、なぜ増えているのでございますか……ふごっ……」


「やっぱり勇者様はいい人ニャン。もふもふにはわかるニャン」


 ニャリエナが満足そうに頷いた。




 しばらく歩いてから、ニャリエナがボッチルフに語りかけた。


「勇者様、優しいニャン」


「……そんなことは……ふごっ……」


「わたしが慰めてあげるニャン」


 ボッチルフは少しだけ顔を赤くした。


「……あ、ありがとうでございます……ふごっ……」


 ニャリエナがにこっと笑う。

 ゆっくりとボッチルフに近づくと、耳元でささやいた。


「今日も《《アレ》》やってあげるニャン」


 どばふっ。


 盛大に鼻血が噴き出した。

 ニャリエナはそれを見てくすっと笑う。


 夕暮れの街を、二人で並んで歩いていった。


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