迷子と、誤解と、アレ
その日の昼過ぎ、二人は街の中心部を歩いていた。
屋台が並ぶ通りは、いつも通りの喧騒に満ちている。
焼き串の煙、甘い菓子の匂い、果物を並べる音。人々は行き交い、笑い声も絶えない。
「いいにおい。アレ食べたいニャン」
ニャリエナが指さした先は串焼きの店だった。『名物、高級霜降り牛』との記載がある。
ボッチルフは財布の中身を確認した。店先の値段表を確認し、もう一度財布に目を落とした。
「あの……ニャリエナ氏……そろそろ節約を……」
「二本くださいニャン」
「ちょ……」
店主が顔を上げた。ニャリエナを見て、にこやかに笑う。
「お、獣人の嬢ちゃん元気だな。はいよ、二本な」
店主は串焼きを手渡しながら、ボッチルフを見た。
ほんの一瞬だけ、その表情が固まった。
「……あ、えっと……そっちのお客さんも一緒で?」
「……ふごっ……い、いえ……吾輩は……結構でござる……」
「そ、そうか」
金を受け取りながら、店主はなぜか少し身構えた。
周りで小声が交わされる。
隣の屋台の店主が、ボッチルフをちらっと見た。向かいの果物屋も、ちらっと見た。
「……あいつ、さっきから見かけるな」
「なんか怪しくねえか」
ニャリエナは気にせず串をぱくっとかじった。
「おいしいニャン!」
尻尾がぴょこんと立った。
「……よ、よかったでございます……ふごっ……」
ボッチルフは小さくうなずきながら、周りに目を向けた。
店主たちがボッチルフをちらちらと見ながら、ひそひそと話している。
「最近、子どもが消えるらしいな」
「ああ、うちの近所でも起きた。物騒だ」
「昼間でも油断できねえって話だ」
ボッチルフを指さす者もいる。
ボッチルフは眼鏡を押し上げた。また押し上げた。
財布をしまいながら、ボッチルフはニャリエナの隣に寄った。
「……ニャリエナ氏……そろそろ移動するでございます……ふごっ……」
「まだ食べてるニャン」
ニャリエナはもう一口かじった。尻尾がゆれている。
通りの向こうで、母親が子どもの手を引いて早足で通り過ぎた。子どもがボッチルフをじっと見た。母親が子どもの頭をぐいと引っ張った。
「見ちゃだめ」
ボッチルフは眼鏡を押し上げた。
「……早く食べるでございます、ニャリエナ氏……ふごっ……」
「おいしいから、ゆっくり食べるニャン」
店主が隣の店主に小声で言った。
「……ギルドに言った方がいいんじゃないか」
「ああ、あんな見た目で子どもの多い通りをうろついてるなんてな」
背中に、嫌な予感が張りついた。
「ニャリエナ氏、急ぐでございます」
「もう一口ニャン」
「急ぐでございます!」
人通りの少ない路地に差し掛かった時、ニャリエナの耳がぴくりと動いた。
路地の隅に、小さな子どもが座って泣いていた。膝を抱えて、しゃくりあげている。
ニャリエナは鼻をひくひくさせた。少しだけ首を傾げる。
それから、迷いなくすたすたと近づいた。
「あの子、不安がってるニャン。困ってるにおいだニャン」
ボッチルフも後を追った。
「どうしたニャン? なんで泣いてるニャン?」
ニャリエナが話しかけると、子どもが顔を上げた。目が真っ赤たが、ニャリエナを見て落ち着いたようだ。
ボッチルフも子どもの前にしゃがみ込み、できるだけ優しそうに見えるよう努力しながら、おそるおそる声をかけた。
「だ、大丈夫でござるか……ふごっ……迷子でございますか……?」
子どもが顔を上げて、ボッチルフを見た。
一瞬の間。
大声で泣き出した。
「うわああああああああん!!」
ボッチルフの肩がびくっと跳ねた。
「ひぃっ!? あ、あの、その……泣かないでいただけると……その……ふごっ……」
通りがかった人たちが足を止めた。視線が集まってくる。
「おい、あいつ……」
「子どもに何してやがる」
「不審者じゃないか」
ざわざわと人が集まってくる。距離がじわじわと詰まる。
ボッチルフは立ち上がって振り返った。汗がふきだす。
「ち、違うでございます……その……迷子を見つけただけで……ふごっ……」
そこへ衛兵が二人、走ってきた。
ボッチルフを見るなり、迷わず両腕を後ろに回した。反応する間もなかった。
「ちょ、ちょっと……待つでございます——ふごっ!?」
あっという間だった。
ニャリエナも一緒に確保された。
「なんニャン! 離せニャン! ふーっ!」
ニャリエナが威嚇する。
「獣人奴隷だ。こいつ、獣人を使って子供をおびき寄せて、攫ってたな!」
知らん間に話が進んでいく。
そのまま二人は詰め所へ連れて行かれた。
壁際の椅子にボッチルフとニャリエナは並んで座らされた。
向かいに衛兵が腕を組んで立っている。影が落ちる位置だった。
「白状しろ。子どもに何をしようとしていた」
「し、知らないでございます……その……本当に迷子を見つけただけで……ふごっ……」
「嘘をつくな」
間髪入れずだった。
「その見た目で子どもに近づくやつが善人なわけがないだろ」
「あわ……あわわ……」
ボッチルフの声が裏返る。
そこへ、扉が勢いよく開いた。子どもの親たちが飛び込んできた。
母親が泣きながら叫んだ。
「子どもを返して!!」
「うちの子に何をしたんだ!!」
父親が机を叩いた。音が部屋に響く。
ボッチルフは椅子ごと後退した。
「あ、あわわわわ……し、知らないでございます……ふごっ……吾輩は何も……」
衛兵が水晶玉を取り出した。机の上に置いて、ボッチルフに向けた。
「嘘をつくと光る」
冷たい声だった。
「もう一度聞く。子どもに何をしようとしていた」
「し、知らないでございます……本当に迷子を見つけただけで……ふごっ……」
水晶玉は光らなかった。
衛兵が眉をひそめた。
「勇者様は、優しい人ニャン! 子どもにひどい事なんて絶対しないニャン!」
ニャリエナが声を荒らげる。
やっぱり水晶玉は光らない。
「あ、これ絶対故障だわ」
衛兵の一人が言うと、周りもうんうん頷いた。
その時、扉が勢いよく開いた。
「犯人、捕まりました!! 子ども攫いの一味です!」
全員が固まった。
「……は?」
声が重なった。
釈放はあっさりだった。
書類を一枚書かされて、それで終わり。謝罪もなかった。
出口に向かうボッチルフの背中に、衛兵の一人が言った。
「まあ、紛らわしい見た目してるのが悪いよな」
子どもの母親も続けた。
「誤解させる方が悪いでしょ、普通」
なぜか、少し怒っていた。
ボッチルフは何も言わなかった。
眼鏡を押し上げて、黙って歩き続けた。
外に出た瞬間、空気が少しだけ軽くなる。
だが、ニャリエナは軽くなっていなかった。
尻尾がぶわっと膨らみ、耳が逆立っている。詰め所の方を振り返り、声を張り上げた。
「違うニャン!! 勇者様は悪くないニャン! ちゃんと謝るニャン!!」
「……ニャリエナ氏……いいのでございます」
「よくないニャン!」
「……吾輩などは……その……慣れているでございますし……ふごっ……」
そう言って、歩き出す。少しだけ、背中が丸くなる。
ニャリエナはしばらくその場で睨んでいたが、あっかんべーをして、やがて小走りで追いついた。
路地を曲がったところで、野良猫が一匹、ボッチルフの足元に擦り寄ってきた。ごろごろと喉を鳴らしている。
「猫も勇者様が好きニャン」
「……そ、そうでございますか……ふごっ……」
もう一匹来た。さらにもう一匹。
気づけば十匹くらい足元でごろごろしていた。
ボッチルフは固まった。
「な、なぜ増えているのでございますか……ふごっ……」
「やっぱり勇者様はいい人ニャン。もふもふにはわかるニャン」
ニャリエナが満足そうに頷いた。
しばらく歩いてから、ニャリエナがボッチルフに語りかけた。
「勇者様、優しいニャン」
「……そんなことは……ふごっ……」
「わたしが慰めてあげるニャン」
ボッチルフは少しだけ顔を赤くした。
「……あ、ありがとうでございます……ふごっ……」
ニャリエナがにこっと笑う。
ゆっくりとボッチルフに近づくと、耳元でささやいた。
「今日も《《アレ》》やってあげるニャン」
どばふっ。
盛大に鼻血が噴き出した。
ニャリエナはそれを見てくすっと笑う。
夕暮れの街を、二人で並んで歩いていった。




