大きな街と、新しい服と、レバー定食
二人は新しい街へとやってきた。
「大きな街、すごいニャン。でも、なんであの街を離れたニャン?」
ニャリエナが首を傾げた。
「……それは、その……カイル殿たちに……申し訳ないというか……顔を合わせにくいというか……ふごっ……」
「勇者様のすきにすればいいニャン」
ニャリエナはあっさり言った。
ボッチルフはぼそぼそと独り言を言いながら通りを歩き出した。
ニャリエナはその隣を、軽い足取りでついていく。
新しい街は、先日までの街より一回り大きかった。
門をくぐった瞬間、ニャリエナの耳がぴんと立った。鼻がひくひくと動く。
「いろんな匂いがするニャン! 楽しいニャン!」
くるくると辺りを見回しながら、尻尾を揺らしている。
ボッチルフは眼鏡を押し上げた。
「……人が多いでございます……ふごっ……落ち着かないでござる……」
人混みをすり抜けながら、ぼそぼそと独り言を言っている。
ニャリエナはそんなボッチルフを気にせず、屋台の匂いを嗅いだり、道行く人を観察したりしている。
通りを進むと、周囲のひそひそ声が聞こえてきた。
「なんかあいつ、キモくない?」
「いっちょ前に獣人奴隷連れてるよ。無理してんな」
二人は特に気にせず歩いた。
「見ろよあの奴隷の格好、みすぼらしくないか」
「服も買ってもらえないなんて気の毒だな」
ニャリエナは鼻歌を歌っている。
ボッチルフは、ニャリエナへの声が聞こえるたびに、眼鏡を押し上げた。
そっと、ニャリエナを人の流れから外すように歩く。
「……その……ニャリエナ氏……服には興味が……ござらんか?」
「服? そんなのなんでもいいニャン」
ボッチルフは少し考えてから、口を開いた。
「……ニャリエナ氏に……に、似合う服を、か、か、買ってあげたい……で、ござる」
ニャリエナの表情がぱっと明るくなった。
「勇者様が買ってくれるニャン? うれしいニャン!」
ニャリエナはスキップしながら前を行く。
「ふう……うまく説得できたで……ござる」
ボッチルフは聞こえないように、ボソッとつぶやいた。
『冒険者御用達』そんな看板を掲げた服屋の扉を開ける。
ボッチルフが足を踏み入れると、女性の店員は一瞬だけ顔をしかめた。
続いて入ってきたニャリエナを見ると、その表情は何事もなかったかのように笑顔へと変わった。
「いらっしゃいませ。どのようなものをお探しでしょうか」
「……その……連れの者に……服を……ふごっ……」
その間、ニャリエナは店内のにおいを嗅ぎ回っていた。布地の匂い、染料の匂い、店員さんの匂い。店員が困惑した顔でニャリエナを見ている。
ニャリエナが一着の服を指さした。色鮮やかで、細身のデザインだった。
「これがいいニャン」
店員は困った顔をした。
「あのお客様には……着られないかと」
「なんでニャン?」
「お胸が……入らないかと……」
ぶほっ。
ボッチルフの鼻から赤いものが噴き出した。慌ててハンカチで押さえる。メガネが曇った。
「……別の……お願いするでございます……ふごっ……」
店員が何着か選び、ニャリエナに手渡した。
その瞬間、ニャリエナが今着ている服に手をかけた。
「ちょ! ニャリエナ氏!」
ボッチルフが飛びついた。顔を真っ赤にして、ニャリエナの手を両手で押さえる。
「な、なにをしているでございますか……ふごっ……」
「着替えるニャン」
「こ、ここではだめでございます……! その……人が見ているでございます……!」
視線が集まっていた。
「見てていいニャン」
「よくないでございます——!!」
店員が青ざめた顔で、勢いよく試着室を指さした。
「あ、あちらでどうぞ」
ボッチルフはニャリエナをそのまま試着室に押し込み、カーテンを閉めた。
鼻を押さえるハンカチの赤い染みが、静かに、しかし確実に広がっていく。
「……あぶなかったでございます……ふごっ……」
しばらく待った。
「勇者様、勇者様」
呼ぶ声がした。
「……なんでございますか……」
「ちょっと見てほしいニャン」
ボッチルフはおそるおそる中を覗く。
見えた。
ニャリエナが立っていた。
すっぽんぽんで。
選んだ服が床に広がっている。
「着方がわからないニャン」
どばふっ。
ボッチルフのハンカチが真っ赤に染まり、メガネが盛大に曇った。床に手をついて、震えながら店員を呼んだ。
「……す、すみません……た、助けてください……ふごっ……」
店員が試着室に飛び込んで、素早くカーテンを閉めた。
閉まる直前、汚物を見るような目が向けられた。
しばらくして、カーテンが開いた。
ニャリエナが新しい服を着て立っていた。
動きやすいように、体にフィットした丈の短い服と、短パン。
「どうニャン?」
後ろで腕を組んで、首を傾げてポーズを取った。
「……メロンが二個……でござる……か? こ、腰が……細くて……折れそうでござる……健康的で……その、た、大変よい太もも……」
ぶほすっ
あまり血しぶきに、店員はドン引きした。
夕方の道を、二人で歩く。
ニャリエナは嬉しそうに、くるくると回りながらついてくる。
新しい服の裾がふわりと揺れ、尻尾も機嫌よく動いていた。
ボッチルフはふらふらだった。
「勇者様」
呼ばれて、振り向こうとした、その瞬間、後ろから、ぎゅっと抱きつかれた。
「ちょ、ニャリエナ氏……離れるでござる……」
「いやニャン」
後ろから抱きつく腕に、さらに力がこもる。
「ありがとう、勇者様。とっても嬉しいニャン」
ボッチルフは、少しだけ力を抜いた。
「……そ、それは……よかったでござる……ふごっ……」
そう言って、ほんの少しだけ、柔らかく笑った。
「でも」
ニャリエナはボッチルフの耳元に近づいて、ささやくように言った。
「本当にほしいのは、勇者様のにおいがする服ニャン」
どばっ。
耐えきれずに、ボッチルフは崩れ落ちた。
夕食の時間。
ボッチルフは黙々とレバーを食べていた。
皿が空になると、すぐに追加を頼む。
「勇者様、なんで今日はレバーばっかり食べてるニャン?」
「……貧血予防でござる……ふごっ……」




