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もふもふにだけモテる勇者は、自分の価値がわからない  作者: 遠崎カヲル


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6/13

目的地と、覚醒と、それでも断る理由

 翌朝、森へ向かった。

 木々が密になっていくにつれて光は細くなり、においもぐっと濃くなっていく。

 ニャリエナの耳がぴくりと動いた。


「……変ニャン」


 足が止まり、鼻をひくひくと動かしてにおいを確かめる。


「においが変ニャン。強いのが、いっぱいあるニャン」


「……来るぞ。構えろ」


 カイルが低く息を吐いた。


 その直後、茂みが裂けるように揺れて狼型の魔獣が次々と飛び出してきた。数は十、いや、それ以上だ。


 さらに奥から重い足音が響き、やがて姿を現したのは依頼書の記述とは明らかに別物の巨体だった。

 骨のような外殻と太い前肢、濁った目がこちらを見下ろしている。


「……おいおい、おかしいだろ」


 カイルが呟く。

 最近、強い魔獣がうろつくという噂は聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。


「ボッチルフ君、周りの雑魚を頼む。あのデカいのは僕らでやる!」


「は、はい……その……ふごっ……」




 戦闘が始まった。


 カイルが踏み込んで、巨体の魔獣を引きつける。その隙をミーシャとドッツが狙う。

 カイルの盾が弾かれ、腕に痺れが走る。ミーシャが側面から槍を突き、ドッツが胴体を薙ぐ。しかし、二人の攻撃は魔獣の身体に薄い跡を付けるだけだった。


 巨体の魔獣は、速くて、硬くて、重い。三人が同時に押し返される。


「くそっ、硬い——」


 ドッツが次の動きに入ろうとした瞬間、魔獣の前肢が薙ぎ払った。

 ドッツが吹き飛んで、木の幹に叩きつけられた。呻き声が上がって、動かなくなった。


「ドッツ!」


 ミーシャが叫んだ。一瞬だけ注意が逸れた。その隙に尾が来た。

 ミーシャが横に吹き飛んで地面を転がった。立ち上がろうとするが、膝が震えている。


 カイルだけが残った。

 盾を構え直す。でも腕が上がらない。さっきの一撃で、まともに力が入らなかった。

 魔獣がゆっくりと近づいてくる。獲物を追い詰めるようにゆっくりと。


 まずい、とカイルは思った。

 本当に、まずい。次の一撃が来たら、盾ごと吹き飛ぶ。

 

 魔法による支援がほしい。四人で連携すればなんとかなるかもしれない。


 しかし、ボッチルフには雑魚の処理を任せてしまった。一匹はそれ程でなくても、とにかく数が多い。

 きっとボッチルフも苦戦しているはず。いや、逆にやられているかもしれない。


 巨体の魔獣が前肢を持ち上げた。

 その瞬間、カイルは後ろが妙に静かなことに気づいた。


 あれだけいた雑魚の気配が、ない。


 振り向く余裕はなかった。でも、視界の端に映った。

 地面に転がる残骸の中央に、ボッチルフが立っていた。ぶつぶつと何かを呟きながら、こちらへ歩いてくる。


 見た目は、いつものままだった。丸い体。伸びた前髪。ずれた眼鏡。

 なのに、まるで別人のように見えた。


「……ええと……外殻……ああこれ魔力循環型でござるな……でも均一じゃない……偏ってる……なら関節か頸部……ふごっ……ああ、やっぱり……」


 独り言が止まらない。


「……正面は非効率……誘って崩す……いや違うでござるな……こいつ感知が複合型……視覚だけじゃない……魔力……いや嗅覚も……なら……その……二手先……」


 魔獣が唸った。それでも、ボッチルフの目線は逸れない。


「……速度……初動だけ速いタイプ……典型……いや違う……改良されてる……? 誰かが……いや今はいいでござる……」


 一歩、近づく。


「……間合い……三歩……いや二歩で足りる……ふごっ……いけるでござるな……左前肢……いやその裏……魔力の抜け……ある……」


 カイルは、息をするのも忘れていた。

 理解が追いつかない。ただ、目が離せなかった。


「勇者様、行くニャン!」


 ニャリエナが叫ぶと同時に、ボッチルフが踏み出した。


「行かせて……もらいます」


 次の瞬間、消えた。いや、違う。見えなかった。


「……ここで入って外殻の継ぎ目に滑り込ませて魔力を逆流させれば内部から崩壊して動きが一瞬止まるはず……」


 ボッチルフが踏み込む。剣が外殻の隙間へ滑り込む。巨体がわずかに揺れた。


「……その隙に体重移動を最小限にして回り込みつつ次の頸部へのラインを確保……無駄な斬撃は一切省いて最短で終わらせるでござる……やはり初動だけでござるな……反応が遅い……」


 すでに側面へ回り込んでいる。魔獣の反応は一歩遅い。


「……ならそのまま流して崩して次に繋げるでござる……入ったならそのまま押し込んで魔力を流し続ければ内部構造が耐えきれないから崩れるでござる……ほらやっぱりでござるな……なら止めに入るでござる……この角度なら頸部に届くでござるからそのまま終わりでござる」


 踏み込み、剣が振り抜かれた。巨体が崩れ落ちる。



 静寂が落ちた。

 ボッチルフは剣を収めた。肩が、いつものように少しだけ縮こまる。


「……す、すみません……しゃしゃり出てしまって……吾輩などが……ふごっ……」


 カイルはしばらく何も言えなかった。

 頭の中で、古い記憶が蘇っていた。


 数年前、魔王討伐の戦場の端にいたことがある。まだ新米の冒険者だった自分は、遠くから見ていた。

 あの時、一人の人間が戦いながら独り言を呟いて、感情もなく、無駄もなく、的確に相手を崩していく戦い方をしていた。忘れられなかった。


 あの人物は長身で、引き締まった体つきをしていた。今、目の前にいるこの男とは、似ても似つかない容姿だった。


 でも、戦い方が――同じだ。


「ボッチルフ君、君は本当に、独学なのか?」


 剣を収めながらカイルが問いかける。


「……はい……その通りでございます……ふごっ……」


「……そうか。まあ、いい。ありがとう、助かったよ」


 カイルはそれ以上追わなかった。でも視線だけは、しばらくボッチルフの背中から離れなかった。




 ギルドでの報告はすぐに終わった。

 受付の男は書類を確認して、顔を上げた。


「……ボッチルフ。今回の討伐内容を考慮して、ランクをEからDに昇格する」


「え……」


 ボッチルフが固まる。

 ざわ、と周囲がざわめいた。


「は? あいつがD?」

「ありえねえだろ」

「カイルパーティのおこぼれでDかよ。ラッキーだな」


 その横で、ニャリエナの尻尾がぶわっと膨らんだ。


「すごいニャン! 勇者様すごいニャン!」


 ぴょん、と跳ねて、その場でくるくる回る。


「Dランクニャン! かっこいいニャン!」


「な、ななな……何かの間違いでは……その……吾輩などが……ふごっ……」


「規定通りだ。受け取れ」


 ライセンスが差し出される。


 ボッチルフはおそるおそる受け取った。


「……あ、ありがとうございます……ふごっ……」


 手の中のそれを見つめながら、困ったように眉を寄せた。




 外に出ると、カイルがボッチルフに向き直った。


「ボッチルフ君。よかったら、うちのパーティに入らないか」

 

 それは勧誘だった。

 

「すごいニャン! 勇者様にお友だちができるニャン。いいニャン!」


 ニャリエナが声を上げた。

 耳がぴんと立って、尻尾がぶわっと膨らむ。そのまま、くるくるとボッチルフの周りを回った。

 

「入るニャン。やったニャン!」


「……待つでございます」


 しかし、ボッチルフはそれを制した。


 ボッチルフは少しうつむいて黙っていたが、やがて顔を上げると言った。


「吾輩には過ぎたお誘いでございます……せっかくですが、お断りするでござる……ふごっ……」


 その声には、はっきりとした強さがあった。

 

 カイルは頷いた。


「……そっか、わかった。無理にとは言わない。しばらくこの街にいるから、また会おう」


 カイルはそう言って笑みを浮かべると、踵を返した。


 ミーシャが「気をつけてね」と手を振った。ドッツが「またどこかで組もうぜ」と笑った。

 三人が去っていくのを、二人で見送った。




 帰り道、ニャリエナはしょんぼりしていた。尻尾が力なく垂れている。耳も少し下がっていた。


「……ニャリエナ氏?」


 ボッチルフが、おそるおそる声をかける。


「勇者様に、お友だちができると思ったニャン……」


 小さな声だった。


「……余計なことしたニャン」


 目に涙が溜まっていく。


「……ニャリエナ氏は……悪くないでござる」


 ボッチルフは慌てて首を振った。


「これは、その……吾輩の問題で……ふごっ……」


 言葉が続かない。


 ニャリエナが、ゆっくりと顔を上げた。


「……わたしは、勇者様のそばにいてもいいニャン?」


 ボッチルフは一瞬だけ言葉に詰まり、それから小さくうなずいた。


「……奴隷は……主人から離れては……いけないでござる」


 それだけ、言った。


 ニャリエナの尻尾が、ぴんと立った。


「そうニャン! 奴隷はご主人から離れないニャン」


 そう言って、ニャリエナはボッチルフに抱きついた。


 ボッチルフの額から、汗がどっと吹き出した。


 ニャリエナは顔を寄せて、その頬に垂れた雫を、ぺろりと舐めた。


「おいしいニャン」


 ボッチルフの思考が止まった。


「…………」


 次の瞬間。


「な、ななななな何をしているのでございますかああああああああああ!!!!?!?!?!? ふごっ!?!?」


 ボッチルフはその場で崩れ落ちた。


 道行く人々が、汚物を見るような目で、二人を遠巻きにしていた。



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