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もふもふにだけモテる勇者は、自分の価値がわからない  作者: 遠崎カヲル


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2/13

奴隷と、相部屋と、お風呂

 街が見えてきた頃、ボッチルフが足を止めた。

 門の手前に、検問所がある。衛兵が二人、往来を確認している。


「あの……ニャリエナ氏」


 ぼそぼそと、声が出た。ニャリエナは隣で耳をぴくぴくさせながら門を眺めている。


「その、言いにくいというか……吾輩の口からはなかなか……ふごっ……その……」


 ボッチルフは眼鏡を押し上げた。押し上げた。もう一度押し上げた。


「……獣人の方が人間の街に入るには……その……法律上……吾輩などが言うのも大変おこがましいのでござるが……」


「なんニャン」


「…………奴隷、契約が……必要で……ござる……デュフフ……」


 最後の方はほとんど聞こえなかった。


「吾輩などのせいでそんな思いをさせるくらいなら……その……縁を切って元いた場所に帰った方が……ニャリエナ氏のためで……」


「奴隷にしてほしいニャン」


 間髪入れずだった。


「ふごっ!?」


「奴隷にしてほしいニャン。早くするニャン」


「い、いや待って、その……わかってて言ってるでござるか? 奴隷というのは……その……」


「勇者様のそばにいられるニャン?」


「……いられるでござるが」


「望むところニャン」


 ボッチルフは口をぱくぱくさせた。メガネが少し曇った。


「そういう話では……その……吾輩などの奴隷になっても、何もいいことは……ふごっ……」


「早くするニャン」


 ニャリエナはすでに検問所の方へ歩き出していた。ボッチルフは慌てて後を追いながら、ぼそぼそと独り言を言い続けた。


「吾輩などのせいで……その……本当に申し訳ないでござる……ふごっ……」


 登録所は街の門を入ってすぐの小屋だった。

 受付の男は書類を広げながら、ボッチルフを一瞥し、ニャリエナを一瞥し、それからまたボッチルフを見た。


「所有者の名前は」


「ボッチルフ、と申します……」


「職業は」


「……旅人、でござる」


 受付の男は何も言わなかった。ただ淡々と書類に書き込んでいく。ニャリエナは受付台に顎を乗せて、興味深そうに男のペンの動きを眺めていた。


「これに印を」


 書類が差し出された。ボッチルフはしばらく見つめた。

 獣人奴隷契約登録。所有者の責任において管理すること。逃亡した場合の責任は所有者が負うこと。


「……ふごっ」


「どうかしましたか」


「いえ……なんでも……」


 ボッチルフは印を押した。受付の男は引き出しから細い腕輪を取り出して、カウンター越しにニャリエナの手首にはめた。銀色の、地味な輪だった。


「逃亡防止の魔法錠でございます。所有者の許可なく一定距離を超えると作動します」


「作動すると?」


「相当の苦痛を伴います」


 ボッチルフはその腕輪をしばらく見つめた。


「……ふごっ……」


「どうかしましたか」


「なんでも……ないでござる……」


 ニャリエナは腕輪を眺めた。くるくると回して、耳をぴくぴくさせた。それからボッチルフを見上げた。


「わたしは勇者様のものニャン?」


「あの……その……本当に申し訳n——」


「嬉しいニャン」


 尻尾が大きく揺れた。


 ボッチルフは何も言えなかった。ただメガネを押し上げて、小さくため息をついた。




「人間の街、初めてニャン。いろんなにおいがするニャン」


 ニャリエナがしっぽを振りながら先を歩く。

 ボッチルフはその後ろをトボトボとついていく。

 宿に着いたのは日が傾いた頃だった。


 宿の主人は帳簿を確認しながら、首を振った。


「あいにく空き部屋が一つしかなくてね」


「……一つ、でござるか」


「ベッドも一つだ。それでよければ」


 ボッチルフはニャリエナを見た。ニャリエナはボッチルフを見た。


「いいニャン」


「よ、よくないでござる。その……吾輩は床で寝るので……いや、それとも別の宿を……」


「この街に宿はここだけだよ」と主人が言った。


「……ふごっ」


「決まりニャン」


 ニャリエナはすたすたと階段を上がっていった。ボッチルフはその場に残されたまま、ぼそぼそと独り言を言っていた。


「吾輩などと同じ部屋では……その……ニャリエナ氏に申し訳なくて……デュフフ……いや吾輩が気にしすぎなのかもしれないでござるが……」


「お客さん、早く上がってくれないと困るんだけど」


「あ、すみませんすみません……」




 部屋に荷物を置いて少し経った頃、ニャリエナが口を開いた。


「お風呂、あるニャン?」


「……あるでござるが」


「一緒に入るニャン」


 ボッチルフの動きが止まった。


「……え」


「一緒に入るニャン」


「い、いや……その……男女が一緒に……というのは……人間の習慣として……ふごっ……」


 ニャリエナは首を傾げた。


「習慣?」


「その……恥ずかしい、というか……吾輩などと一緒では……ニャリエナ氏が……その……」


 ニャリエナは迷いなく服に手をかけた。


「勇者様のにおいがするお風呂、いいニャン」


「ぐほっ」


 ボッチルフは口元を手で押さえた。メガネが盛大に曇った。


「においは……その……吾輩の場合いい匂いでは断じてなくて……昨日も風呂に入れてなかったでござるし……ふごっ……むしろ申し訳なくて……」


「早くするニャン」


 ニャリエナはすでに立ち上がっていた。着ているものを躊躇なく脱ぎ始めた。


「ちょ……ニャリエナ氏……! ここは部屋の中で……その……」


「勇者様もはやく来るニャン」


 ボッチルフは前かがみになった。

 そのまましばらく動けなかった。


「……吾輩の人生……その……どうなってしまうのでござるか……ふごっ……」

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